【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
セナノが車を降りたのは、丁度山と山の境から朝日が差し込んだ頃だった。
まるで彼女に見せつけるように、陽がスポットライトとなり村を照らしだす。
最低限の舗装が為された道に沿って、山から続く小川が中心を流れている。
電柱は遥か昔に建てられたのか、木製でありその表皮は浅黒くなっており、辺りの家々も相まってこの村だけ時間という概念から切り離されたかのようだ。
「……ここが澄目村」
「帰ってきましたね。なんだかとても懐かしいです」
陽に目を覚ました蝉たちが次第に辺りで鳴き始める。
朝を知らせるけたたましい声が、
(……店らしいものは、一つ。村への入り口はここだけで、電波は縁理学園のスマホならなんとか入るわね)
降りてすぐにセナノは周囲の観察と当面の安全確保に努めた。
何せここはあの空澱大人を祀っている村であり、エイの故郷だ。
最重要機密レベルでの情報統制によりセナノですら、実態を把握していない。
「セナノさんセナノさん」
エイが服の裾をちょいちょいと引っ張っている。
朝日のせいだろうか、見ればエイの顔色が僅かに良くなっているような気がした。
ニッコリといつものような笑顔を浮かべている。
「なんだか、この村に来たら少しだけ調子が良くなりました。今までよりも頭の中がはっきりしているというか、胸が苦しくないというか」
「……そう。エイが少しでも楽になったのならそれでいいわ」
セナノは一瞬でエイのつま先から頭までを観察する。
体が震えていないか、呼吸に違和感はないか、顔色、視線、汗に至るまで全てを見た彼女は、そこでようやく安堵のため息を内心でついた。
それからエイの頭をわしゃわしゃと撫でて、車から二人分の荷物を降ろす。
「そう言えば私ってどこに泊まるのかしら」
「それなら……」
エイはそこで言葉を止め、西の方角に在る山を指さす。
700mほど先の麓に、一際大きな民家のようなものがあった。
「あそこは村の寄り合い所です。宿としても使えるらしいので、きっとあそこになると思います」
「へぇ、ここにも宿ってあるのね」
「滅多に使われないですけれどね。私も幼いころに一度だけ、この辺りの開発に来ていた業者さんが使っていたのをお見かけしただけなので」
「開発?」
「はい。この辺り一帯を崩して大型の工場を建てたいとかで。けれど、途中で無しになったみたいですね」
「あー……」
どう考えても道中のアレらに襲われている。
が、エイはわかっていない様子で不思議そうに首をかしげているので、セナノはそっと答えを心の中にしまい込んだ。
「さて、それじゃあ村長さんにでも挨拶をしておきたいところだけれど」
空澱大人がこの村では当然の様に知られている。エイの存在も同様だ。
故に、この村に来た理由は隠す必要ない。
「ねえ、ここで待っているって話なのよね?」
「はい。その筈ですが」
運転手は少し離れた場所で煙草に火を点けながら、セナノの方を見ずに言った。
それから煙草を口に咥えたまま、運転手は何かに気が付いたように村の方へ視線を送る。
つられてみれば、村唯一の舗装された道から軽トラが向かってきている。
「あっ、村長さんの軽トラです!」
「随分と古そうね。車検通ってるのかしら、あれ」
手入れはされているようだが、それを加味してもあまりにも古く、いつ止まってもおかしくはないように見える。
事実、軽トラは時折明らかにおかしな揺れ方をしていた。エンジンに異常でもあるのだろう。
「お待たせしましたー!」
運転席の窓から顔を出し、一人の老人が手を振っている。
その顔を見て隣でエイが嬉しそうに手を振り返していた。
「村長さんっ!」
軽トラはセナノ達の前で止まり、中から降りてきたのは人の良さそうな老人だった。
ほっそりとしているが、その足腰はまだ畑仕事で十分に活かせるだろう。
「お話は護衛の方から聞いています」
「護衛? それって「村長さん、お久しぶりです!」……もう、エイったら」
村の中で生きていたエイとっての数か月の別れは、一般人のそれ以上の意味を持つ。
エイはまるで十年ぶりの再会を喜ぶように、両手を広げて村長へと歩いていく。
本当なら駆けたいのだろう。歩くのが精一杯のエイは、必死に手を伸ばして村長へと近づく。
対して村長は、エイを見て感慨深そうに目を細めると――その場に両膝をつき、手と頭を地面にこすりつけるようにして平伏した。
「っ!?」
「空写様、二度も我々の村に降りてきてくださりありがとうございます。澄目村一同、この日を待ちわびておりました」
「っ、そ、村長さん……?」
エイの足が止まる。
そこで気力が尽きたのかその場に倒れそうになった所をすかさずセナノが後ろから抱きかかえた。
「大丈夫?」
「ありがとうございます。でも、村長さんが」
村長は相変わらず、頭を上げない。
その姿を見て、エイは怯えているような傷ついているような表情を浮かべていた。
エイに代わり、セナノが問う。
「一体それはどういうつもりかしら」
「感謝のしるしとでも思っていただければ。もっと早くから分かっていれば、全員で笑顔と心を捧げる祭りの準備をしたのですが」
「そっ、そんなものはいりません!」
「ははは、流石空写様。御空様のような広く澄み渡った心を持っていらっしゃる」
「止めてください村長! 何時もみたいにエイちゃんって言ってください!」
「ははは、ご冗談を。エイちゃんは死にましたよ」
「……え?」
村長は顔を上げない。
「空心祭の日、確かに御空様はエイちゃんを選びました。であれば、その体も心も全て空写様となる。あの日、あなた様は生まれ変わったのです」
「……そんな」
今にも泣きそうな声だった。
セナノはエイを強く抱きしめて、未だに頭を下げる村長を睨みつける。
「なら、これは空写様の命令よ。今まで通りに接しなさい」
「……それは」
「この子に余計な心労を掛けるなって言ってるの。それとも、その空写様とやらに迷惑を掛けるのが澄目村の望みなの?」
「セナノさん、それ以上は」
「大丈夫」
エイに力強く答え、セナノは村長へともう一度告げる。
「空写様の命令を疎かにするな。空はいつでもあなたを見ているという事を忘れないで」
それはこの短いやり取りとエイとの今までの会話から推測した、最も重くのしかかる言葉だった。
実際、それは村長にかなりの衝撃を与えたようで少しの間悩むように唸っていたが、やがて彼は顔を上げた。その顔は、相変わらず晴れ渡るような笑顔だった。
「空写様がそう望むなら、仕方がないですね。我々は空に従うのみ。エイちゃん、悪かったねぇ」
「村長さん……」
先程の態度から一転して今まで通りの態度で接する村長を見て、エイは複雑そうな顔を向ける。
その手は、しっかりとセナノを掴んでいた。
それを見てセナノは察する。
エイが村長に本当に心を許すことは二度とないだろう、と。
「数時間も車に揺られて疲れたわ。少しだけ休ませて頂戴。私にも、この子にも休憩が必要よ」
セナノがそう言うと、村長は笑顔で頷く。
「そうですね。であれば、宿に案内しましょう。エイちゃんは、空写様だから神社の本殿でお休みしてね。布団も用意してあるし、足りないものがあれば酒屋から持ってくるから」
「……ありがとうございます」
「あー、なら私も先に神社に行こうかしら。この村に来たのだから御空様に挨拶はしておかないと」
「セナノさん……!」
神を建前に使い、セナノはエイへの同行を願い出る。
村長は笑顔のまま僅かに黙っていたが、やがて快く頷いた。
「ええ、では行きましょうか。軽トラの荷台に乗ってください」
「懐かしいですね」
当然の様に告げる村長とそれを何の疑問にも思わず荷台に荷物を載せてタイヤにを掛けたエイを見て、セナノは少し固まる。
「……田舎ってこうなのね」
[セナノさん、出発しますよ」
呼ばれてセナノは慌てて飛び乗る。
荷台は固く、乗り心地が良いとはとてもじゃないが言えない。
「それじゃ、出発しますよー」
軽トラが発車し、荷台がガタガタと揺れる。
取り敢えずは怪我をしないようにとエイを抱き寄せながら、セナノは空を見上げた。
朝が訪れた村の空は、嘘のように青い。
「そう言えば護衛って結局なんだったのかしら」
空は答えず、静かに笑っているように見えた。
『村長さん……普通にショックだよ……』
『歴代もあんな扱いなので気にしないでください。VIP対応って事ですよ!』
『そう言われると自尊心が満たされて最高だな。やっぱりショック取り消して』
『『わはは!』』