【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
その部屋に入った瞬間から、歓迎されていないことだけはよく分かった。
廻縁都市に並ぶ卒塔婆の秘匿されたとある白い一室。
円形の机を囲むのは、縁理庁の上層部ばかりであった。
その顔に面は付けておらず、それはこの会議が公的なものとして記録されることを意味している。
最後に到着した審縁導師が唯一の空席に腰を下ろすと、正面の男が書類を一枚持ち上げた。
「――それでは始めましょうか。審縁導師殿による、たいへん勇敢で、たいへん独創的な人事運用について」
「お褒めいただき光栄だね」
「褒めていませんよ」
「それは残念」
開始十秒で、空気が冷えた。
男は笑顔のまま書類を机へ置く。
「S階位を一名。正式な編成命令も通さず、澄目村へ派遣したそうですね」
「おや、まだ申請書が届いていなかったかな? どこかの部署が確認をさぼったようだね」
「しかも理由が、A-E1の護衛」
「内容を知っていると言う事は、申請書は通ったようだね。安心したよ」
「……ええ、読みましたとも。何度も」
別の上層官が口を挟んだ。
「『これは正式な編成命令ではない。私の権限による、独断での依頼だ』――実に潔い文章ですな。後から責任の所在を調べる手間が省けます」
「お役に立てて何より。たまには自ら責任を負わないとね」
「……皮肉がお好きなようで」
「そちらほどでは」
小さな咳払いが響いた。
「問題は手続きです」
上座に座っていた老齢の男が指を組む。
「S階位は庁内でも限られた戦力です。夜神楽を控えた現在、一名を辺境の療養地へ固定する意味を理解しておられるのですか」
「理解した上で派遣した」
「A-E1には既に監察官セナノが同行している」
「セナノは監察官で護衛ではないのではないかな? それとも、監察官はいつの間にか護衛も兼任するようになったのかい?」
「必要なら現地部隊を配置すればいい」
「その現地部隊とやらが、災主級の規模に見合うと?」
即答だった。
数人の表情が僅かに敵意を孕んだもの変わる。
相変わらず審縁導師の顔は白い面に覆われており、表情一つわからない。
傍に立つ瘦せぎすの男も真顔のまま立っているものだから、全員で責め立ているというのに、優勢なのは審縁導師のように見えた。
「……随分と過保護ですな」
苦し紛れに、一人の男がそう吐き捨てる。
「死にかけた人間を守ることを、最近はそう呼ぶんだね。いやぁ、最近の価値観にはついていけなくて困るよ」
「――人間、ですか」
誰かが念を押すようにその言葉をもう一度呟く。
その意図を彼は十分に理解していた。
理解した上で、彼は初めて言葉に感情を乗せる。
「何か?」
「いえ。貴方がA-E1をそのように認識しているとは思わなかっただけですよ」
「ほう、では、何だと思っているのかな?」
誰も審縁導師の言葉に答える者はいなかった。
代わりに、別の女が資料をめくる。
「本題へ戻しましょう。A-E1は空澱大人との疑似媒介体です。シオマネキ事案においても、その有用性は既に証明されています」
「その結果、今は一人で歩くこともままならないようだ」
「だからこそです」
女は淡々と言った。
「現在のA-E1が、どの程度まで媒介能力を維持しているのか確認する必要があります。これは簡易検査です。作戦行動には該当しません」
「ならその簡易検査ごと却下だね」
「貴方に却下する権限は――」
「無いと思うのか? この僕に」
柔らかな口調が、重圧と共に辺りを支配する。
遠くに聞こえるひぐらしの声は果たして、幻聴なのだろうか。
「A-E1に対する指揮権は現在、僕にもある。派閥争いがお好みなら、僕なりにすぐに対処するけど」
その場の者達は、それが最後通牒であると悟った。
審縁導師の立場とその特異な力は、上層部の人間からすれば常識である。
いつもの彼らであれば、それを見て身を縮めて青い顔で頷いただろう。
しかし、今回は違った。
「……なるほど」
正面の男が笑う。
「ようやく理解しましたよ。A-E1を守るための護衛ではない」
男は指先で机を二度叩いた。
「S階位は、我々をA-E1へ近づけないための護衛だ」
「どう受け取るかはご自由に」
「否定なさらない?」
「否定も肯定も、意味をなさないだろう?」
陰険な空気が流れる中、また一人の老齢の男が手を上げた。
「夜神楽まで時間がありません。シオマネキは所在不明。代替計画も未完成。その状況で、空澱大人へ接続可能な唯一の疑似媒介体を療養という名目で隔離し、そのうえS階位まで門番に置いた」
「よく把握されている」
「ふざけている場合ではないでしょう。貴方の私的な感情で、人類を滅ぼすおつもりか!?」
枯れ木のような老人の手が机を強く叩く。
しかし、それでも審縁導師は表情を変えなかった。
「では聞こう」
静かな声で審縁導師は問いかける。
「A-E1をどうするつもりだった?」
「……何?」
「澄目村へ送る前から、夜神楽対策班がA-E1の運用資料を作成していた。医療班が生命危険ありと判断した後にも、だ」
誰も答えようとはしなかった。
「縁波密度の再測定。空澱大人への強制接続試験。夜神楽発生時における広域天移への転用」
審縁導師は、突き付けるように一つずつ読み上げる。
「ご丁寧に、A-E1が意識不明の場合を想定した接続手順まであった」
「非常時に備えた検討です」
「便利な言葉だね、非常時というのは。今後、僕も使うとしようかな」
審縁導師は笑い、こう続ける。
「非常時なら死人もこうして働かせられる」
「言葉を慎んでください。これは公的な会議です。いくら審縁導師様と言えども、これ以上は倫理委員会に報告せざるを得ないですよ」
「慎んでいるさ。だから『使い潰す』とは言っていないだろう?」
審縁導師の態度に、その場の者達はようやく覚悟を決めた様子で座り直す。
そして、彼らの中で最も立場のある者が代表してその意思を告げた。
「……A-E1は人類の重要な資産です」
一人が言った。
「違う」
「感情論は――」
「違うと言ったのが聞こえないのかな?」
彼の声は決して大きくはないが、それでも会議室はしんと静まり返った。
「彼女は縁者だ。少なくとも僕の管轄下ではね。それ以外の扱いを認めない」
「では夜神楽が発生した場合は? 数千、数万の人命とA-E1一名。それでも同じことが言えますかな?」
ある物の問いに、審縁導師はため息を吐きながら立ち上がった。
「その二つを天秤に乗せなければならなくなった時に、もう一度聞いてくれ」
「まだ会議は終わっていません!」
「僕への糾弾なら十分聞いたよ。公的な会議なんていつぶりだい? わざわざそんな事をしなくても、処分するなら書面を回してくれ」
彼は、黒服を一人連れて扉へ向かう。
その際に背中に掛けられたいくつもの言葉を無視していたのだが、何かを思い出したように途中で足を止めた。
「ああ、一つだけ」
彼は、振り返らない。
「澄目村のS階位には、A-E1へ危害を加える存在を排除するよう依頼してある。あの子は素直だ。しがらみではなく、善悪で物事を判断する。異縁存在でも、武装した人間でも、彼女は変わらず対処するだろう」
数秒の間、誰も答えなかった。
そのS階位縁者の事を実際に知っている数名の者は、その言葉の説得力に押し黙る。
審縁導師は間違いなく、護衛として最適なS階位を用意したのだ。
「では。今度はいつものような密議で会おう」
審縁導師は満足そうに一礼すると、そのまま会議室を出ていった。
扉が閉じてからしばらくして、一人が小さく呟いた。
「……面倒なことをしてくれたな。まだ過去に囚われるか」
審縁導師という存在が敵に回すとどれだけ厄介であるかは、理解している。
しかし、人類の為であれば、自らが生き残る為であれば、ここで屈してはならない。
「いずれにせよ、計画に変更はない」
机上には、A-E1の運用計画書が置かれていた。
表紙には青い字で、『夜神楽発生時・御空式疑似媒介体強制接続案』と記されている。
「所詮は、封縁五家の裏切り者だ。組織に背く事には慣れているのだろう」
誰が吐いたかもしれないその言葉は、否定されることがなかった。
■
部屋を出た審縁導師は、次の瞬間には白面の間にいた。
この場所に刻まれた構文だけが、彼の存在を安定させるのだ。
「……ふぅ。鏑矢君、やけ食いどうかな」
「先に朝ごはんをいただきましたので」
鏑矢は冷静にそう答える。
そして慣れた様子で扉の傍に立った。
白面の間で、審縁導師と同じ席に着くことは規則で禁止されている。例え、審縁導師が内密にすると言っても、彼は立ったままだ。
「それにしても困ったねぇ。アレ、まだ諦めてないでしょ。シオマネキの捜索だったら手伝うのに……結構、僕って探し物が得意なんだけどな」
背もたれに体を預けて審縁導師は呟く。
それから、仮面の下で静かに目を閉じた。
「あー、疲れた」
とその時、いつの間にか彼の対面に誰かが現れる。
その場になかった筈のパイプ椅子を取り出し、遠慮なく腰を下ろしたのは、普遍的な女子高校生であった。
「――会議お疲れ様ー。クソみたいな人間が沢山で最高だったね」
「っ、侵入者!?」
鏑矢は咄嗟に懐の銃を取り出そうとするが、それは彼の背後から伸びた手に防がれる。
振り返れば、いつの間にか短髪の青年がそこに立っていた。
「あいつ、銃弾じゃ死なないから無駄弾っすよ。それに、俺達は敵じゃない」
「■■■■■」
鏑矢は相手の言葉に耳を貸さず、冷静にその禁忌を口にした。
それは認識汚染を引き起こす、ある生物の名前である。
しかし、その場の者には誰一人としてそれが通用しなかった。
「■■■■■? なんすかそれ。なんか、動物っぽいけど」
「あー私は知ってるよー! 雄は筋っぽいから煮込みがおすすめ!」
平然としている侵入者二名に驚いている鏑矢に、審縁導師は声をかける。
「鏑矢君、大丈夫だ。一応は、客人だよ」
「そうそう。もう何十年来の友人さ!」
「友人ではないよ」
審縁導師ははっきりとそう告げて、黙り込む。
どうやら、目の前の少女――笛吹の言葉を待っているようだ。
「で、早速本題なんだけどさ」
少女は、身を乗り出して問いかける。
「そろそろ縁理庁を見限らない? あいつらマジ終わってるってー」
「全員が全員、ああいう人間じゃないからね」
「そんな事言って、内心ピキってるでしょ? いい加減、同盟を結ぼうってーねー、いいでしょー!」
「僕の立場は変わらないよ」
審縁導師は笛吹の方を見ようとはしない。
ただ天井を仰いだまま、歩み寄る気はなさそうだ
「もぅ。縁理庁側なのに私とも仲良くしてるなんて、普通は有り得ないよ」
「必要な事だからね。僕は、必要ならなんでもするさ」
「そんなに、この世界が大事? どうせ、またゼロになるのに」
笛吹には理解が出来なかったようで、椅子に体を預けて投げ出す。
どうやら彼女の中では、ここで彼を引き入れる算段だったようだ。
だからこそ、敵陣の真ん中ともいえるこの部屋に姿を現わしたのだろう。
「私はこの人類もあんまり好きじゃないなー。何がいいの?」
信じられないと言った様子の笛吹に、審縁導師はやがて静かに答えた。
「僕は、あの子が好きだったものが、好きなんだよ」