【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
柔らかく暖かい風が吹くこの村は、まるで外の世界と切り離されているようだ。
神社のある小高い山の上から見下ろす景色の殆どは自然的で、家よりも田畑が目立つ。
10月でも30度を超え続ける異常気象ではあるが、それでもこの村では無事に米の収穫が始まりそうだ。
青々とした草木の中に存在する水田だけが、黄金色の穂を風に揺らしている。
(……この異常気象でも問題無いなんて、なーんかアレも異縁存在が絡んでそうね)
階段に腰を下ろしたセナノは、穏やかな時間に身を任せていた。
遠くに聞こえる蝉の声が彼女を八月へと無理やり誘う。
あと二ヶ月でクリスマスだと言われても、セナノは実感できない。
「……空澱大人もお供えの米とか食べるのかしら」
あんなに見事に実った稲を見ていると、あながち間違いではない気もした。
セナノの脳内で、空澱大人が茶碗いっぱいに米を盛った姿が浮かぶ。
真っ青な全身タイツの何者かが米をがつがつと食べる光景を想像して、彼女は自分自身に呆れた。
「どうした、悩み事か?」
「師匠は、あの水田をどう思いますか?」
「見事だな。ちなみに美味しかったぞ。塩むすびだというのに絶品だった。いや、塩むすびだからこそ、素材のうまみを最大限まで引き出せたのかもしれない」
「……そうですか」
どうやらネネは既にこの村の米を食べた後であるらしい。
ならば、今更異縁存在がどうとか言っても意味がないだろう。
意図せずネネが毒見を完了したことで、この村の食べ物が安全であることも証明できた。
「それにしても、エイ遅いですね」
「ああ。待ちきれなかったから、霊峰に岩を返してきたぞ」
「道理で、ここ一時間くらい姿が見えなかったんですね」
「いっぱい走って、大変鍛えられた」
ネネは満足そうだ。
ほんのり汗をかいている辺り、ウォーミングアップ程度の役割しかなさそうではああるが。
「それにしても、ソエを処理するのにも準備がいるとか……慣習って面倒ですね」
「郷に入っては郷に従えだ。仕方がないだろう」
ネネはセナノの隣に座る。
そして、真上に昇った太陽を眺めながら、ぼうっとしていた。
■
意気揚々とソエの処理を申し出た彼女達に返って来た言葉は「準備が足りない」であった。
休む間もなくすぐに村長の家に向かったのは、偏に役に立ちたい一心からだったのだが、どうやら空回りだったようである。
「そうですか……駄目ですか……」
エイはしょんぼりと肩を落とす。
その姿を見て村長は慌てて言葉を付け足した。
「オソエを天にお返しするのは良いんだけどねぇ。我々もまだ準備が足りていないんだ。どうか、明日にしてくれないか」
それはエイというよりは、村の外から来たセナノとネネに対する懇願の様に聞こえた。
何度もエイの後ろにいる二人に視線を向ける辺り、余程気になっているらしい。
「村長さんがそう言うなら、わかりました。……すいません、無茶を言って」
「いいんだよエイちゃん! 今日は長旅で疲れただろうから、ゆっくりしてくれ。……そうだ、せっかくオソエをお返しするなら、身を清めてくるのはどうだい?」
「身を清める……あ!」
エイは何かを思い出したように顔を上げる。
そして、先程から一転して明るい表情で言った。
「泉ですね!」
村長は嬉しそうに頷く。
「そうだ。エイちゃんはよく行っていたよね? 神社の裏手の道から入って――」
「霊峰から流れる川に沿って小道を進むと、たどり着く……ですよね」
「うん、覚えているね」
「勿論です。だって、夏はあそこが一番涼しいんですから」
それからエイは振り返ると、セナノに一歩近づく。
「セナノさん、前にお話した泉に行きましょう。ソエはまだ駄目みたいなので、先に身を清めて来ませんか? というか、そうしましょう。私、お二人にあの泉を見せたいんです!」
ぐいぐいと向かってくるエイの頭を撫でながら、セナノはネネへと視線を送る。
「師匠」
「私はそれで構わん。村のルールに従おう」
「わぁい――っとと」
エイは喜んで飛び跳ねようとする。
が、次の瞬間には足から力が抜けたように崩れ落ちてしまった。
「エイっ!」
「だ、大丈夫です……」
「エイちゃん!?」
村長は血相を変えて近づくと、エイの顔を覗き込んだ。
「もしや、御空様の祝福か? やはり、折津の家だからか?」
「っ……そ、その……」
心配ではなく、その目には狂気を孕んだ喜びがあった。
かつて自分を孫の様に可愛がってくれた村長はもういないのだ。
「すみません、エイの調子が悪いようなので、神社で休みますね」
セナノはエイを抱きかかえると、村長の言葉も待たずに踵を返した。
村長はその態度に何も思っていない様子で、快く返事をする。
それから、遠ざかるセナノ達の背中へと善意だけで呼びかけた。
「清めの衣装は用意してあるから、それを使ってくれぇ! それと、困ったことがあったら、また来ていいからねぇエイちゃん!」
果たして、本当にそれはエイを歓迎しての言葉なのだろうか。
セナノには、エイの向こう側にいる何かへと媚を売る様にしか見えていなかった。
「エイ」
「はい……」
「泉、楽しみにしているから」
「っ! はいっ! すっごく綺麗なんですよ!」
「ちなみに泳いでいいのか? 水深は? 」
「泳ぐのはちょっと……一応は村の大事な泉ですので……」
「そうなのか……」
落ち込むネネを見て、なんとか妥協案を出そうと眉をひそめてうんうんと唸り始めたエイを見て、セナノはくすりと笑う。
やはりエイは、純真無垢だからこそ愛おしい。
「気にしなくていいわよ」
「そうですかね? 折角なら師匠にも楽しんで貰いたいのですが」
「楽しむに決まっているでしょう。それより……今日、泉に行けそう? 体の方は大丈夫?」
「はい。少し、ふにゃっとなっちゃっただけなので」
「……そう、ならいいわ」
本来であれば、絶対安静だろう。
万全を期すなら、メディカルチェックもするべきである。
しかし、それではこの村に来た意味がないだろう。
「じゃあ、神社に急ぎましょうか。お昼前には出発したいし」
「では走るか」
「わわっ、セナノさんっ私を抱きかかえて走るんですか!?」
「余裕よ余裕」
セナノはエイを強く抱き抱えたまま走る。
今のエイは重くなく、走る際に大した障害にはならない。
本当に、今のエイは軽かった。
「……だから、振り落とされないようにしっかり掴まっていなさい」
「はいっ」
次の瞬間には空に昇って行ってしまうのではないか、連れていかれるのではないか。
それが妄想でも与太話でもない事は、セナノが一番わかっていた。
■
で、戻ってきて神社の中を調べたら、確かに身を清めるセットがあったんですけど……。
『ソラ、この白い和服っぽいので泉に入るの?』
『はい!』
『……めっちゃ透けない?』
『はい!!!』
『元気だなぁ』
地元に戻って来たから元気なのかな?
まあ何でもいいや! 俺のやる事は変わりないし!
俺は今から、セナノちゃん達と一緒に御空霊峰の中腹にある泉に行く。
そう、子供の頃によく行っていた泉だ。
……んなもんねえよ。なんだよ泉ってよ。
後から過去にエピソード差し込むのやめて貰っていいっすかねぇ。
『歴代の空写は、全員ここで身を清めていたと伝えられています』
『俺そんな事したことないよ。古いけどきちんと家にお風呂あったよ』
『清めていたと伝えられています。私がそう決めました』
『清めていました』
俺は白い衣装を床に広げる。
……なんかあれだね、これを歴代が本当に着ていたのならエッチだね。もう田舎を舞台にしたエロゲじゃんね。
だとしたら俺は何番目のヒロインなのかな。
神社に住んでいる生贄候補の女の子……これは、もしやメインヒロインになれる逸材か?
『ちなみに下着の着用は許しません。当然ですね』
『当然なのかなぁ? それ、本当に当然なのかなぁ?』
『丁度良い部分だけが透けず、それ以外は薄っすらと肌色が見えるような調整をします。エイ、無自覚エチエチ水浴び、いけますか?』
『御意』
やれやれ、故郷に戻ってもクライアントの指示に従わなきゃいけないなんてな。
俺に休日はないらしい。