【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
「お待たせしました」
階段から景色を眺めていたセナノを現実へ引き戻したのはエイの弾むような声だった。
振り返れば、そこにはどこか得意げなエイが立っている。
今のエイは血色も良く、歩行に支えを必要としない。
この数時間でわかった事だが、この神社の境内はエイの身体機能を一部回復させる力があるようであった。
この場所にいる時だけ、エイは普通の人間と同じように振る舞える。
澄目村でも、そこそこに体調は良さそうだったが村長の家で倒れそうになった例から考えるに、その力には場所による差があるようだ。
と、そんな事を考えながらもセナノは今のエイの服を真剣に観察していた。
初めて出会った時のような白い巫女装束に酷似している。
違いを上げるとすれば、全てが純白であることだろう。
色そのものが不純物であるとでも言いたげなその衣装は、陽の光を淡く反射して少しだけ眩しくもあった。
「これが身を清める際の正装です。どうでしょうか? 私はこの白さが結構気に入っているのですが」
笑顔でありながらもセナノの反応を窺うような顔が随分といじらしい。
今すぐに抱きしめて頭を撫でたいところだが、隣にネネがいる手前そんな事が出来る筈がなかった。
「いいんじゃないかしら」
「本当ですか? 師匠も、どうでしょうか」
「良いと思う。戦闘になれば少し動きづらそうだが」
二人から褒められてうれしそうなエイは、照れくさそうに笑う。
エイを見ていると、時折幼い子供を相手にしているような気分になった。
だからこそ、思わず目の前の現実から目をそむけたくなる。
(身を清めるって言っていたけれど、これって生贄用の衣装よね)
エイと出会ってから、多くの村や因習を過去の任務記録で学んだ。
その中で何件か、似たような衣装を目にしている。
意味もなく、白を着せる訳が無いのだ。
(それをこの子は、素敵な衣装だと思って私達に見せて……)
白は多くの儀式で生贄の最上条件とされる。
だからこそ、身を清める為に着用されるこの服は白いのだろう。
同時に、こうも考える。
もしも――エイの純真さすらも生贄として調整されたものだったら。
この村に来てから至る所で感じる空澱大人への信仰と周到さは、セナノにそのような仮説を立てさせた。
(こんな事を考える私自身が嫌になるわ)
神が望んだから、エイに純真という役割を当てはめているのではないだろうか。
世間を知らないのは、人格形成において悪影響を及ぼしかねない情報を遮断した弊害ではないか。
そんな事を考え、いたたまれない気持ちになったセナノは立ち上がるとエイの頭を撫でる。
そして、神社裏手から続く山を見た。
「じゃあ、行きましょうか」
「セナノさん、もう待ちきれないんですね!」
「……ええ、そうね」
適当な返事をして、セナノは歩き出す。
(仮に……仮にだけれど、この村を燃やすことを強く願ったら、かぐとあ様は答えてくれるのかしら)
その問いに答えるものがいなかったことが、幸いであった。
■
御空霊峰は澄目村の周囲を囲むようにそびえる山脈の更に奥に存在する山岳だ。
周囲の山脈から頭一つ抜けた霊峰は、まるで神が気まぐれで後付けしたようである。
その標高もさることながら、御空霊峰はその生態系自体が周囲とは違った。
仮にこの山が空澱大人となんの関係もないのであれば、世界中から生物学者がこぞって訪れただろう。
一歩足を踏み入れただけで、セナノはそれを直感した。
「……師匠、これって迷宮では?」
セナノはフラシの一件を経て、現実世界と調和を果たしている迷宮の存在を理解した。
この場所は、あの街にあった神社によく似ているのだ。
穏やかでありながら、居心地が悪い。人間がこの場にいること自体が間違いであるような、気がしてならない。
それにこの空の青は、セナノの本能に死の危険として刻み込まれていた。
村で見上げた空よりも青く深く、そして恐ろしい。
「ああ。周囲との境界が曖昧になってはいるが、そうだな」
古くには神域あるいは禁域と呼ばれた場所も迷宮だったのだろう。
異縁存在を知らなければ、神が棲んでいると感じてしまう筈だ。
そんな領域へ神社裏手の古びた小道から徒歩で到達できるのだから、澄目村の異常性は、語るべくもない。
ただの登山は最初の10分だけ。
残りは、全て油断が命取りの迷宮の調査と変わらなかった。
「師匠、この中を一人で往復したんですか? あの馬鹿みたいに大きな岩を持って?」
「そうだ。周囲から視線を感じたから、絶対に手合せ願えると思ったのだが……」
落ち込んだ様子を見るに、異縁存在は現れなかったのだろう。
そもそも空澱大人の迷宮と思しき場所にいるのならそれはもはや災主級と同レベルの異縁存在なのだから、セナノとしては会わない方が助かる。
こちらには、守るべき者もいるのだ。
「師匠、私を背負って一時間経ちますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫すぎる。というか軽すぎ。今すぐ重くなれないか?」
「それは流石に……」
エイは今、ネネに背負われて移動していた。
水浴びの正しい装束らしいそれは、風に揺れてひらひらと揺れている。
裾の先から時折見える白い足に気づいて以降、セナノは先頭に立っていた。
「それにしても、遠いですねぇ」
「来たことあるんじゃなかったの?」
「何度もありますよ。けど……うーん、いつもなら神社から10分くらいで着くんですけどね」
「……私達がいるからでしょうね」
「つまり、この足腰を鍛えるためのおもてなしだな。ありがたい……!」
「違いますよ師匠。歓迎じゃないですってこれ」
山道を歩き続けて一時間、エイの言葉が本当ならもう着いていなければおかしいだろう。
通いなれた場所なら尚更だ。
(このまま歩いても到着出来なさそうね。けれど、どうして?)
外から来たセナノとネネを警戒しているのであれば、もっと有効なやり方がある様に思える。
勝手に霊峰の岩でトレーニングを出来ていたネネの理由がつかないのだ。
(師匠は自由に移動できているし、なら……私?)
セナノはそう考えるが、どうにも腑に落ちない。
二度、空澱大人と相対したセナノだからこそわかる。
あれは、気に入らない相手はとことんまで自らの手で消し去るタイプであった。
言うなれば、子供の様に我慢が出来ない。
気に入らない事があれば、癇癪を起す。
泉に到着出来ないなどという、遠回しな手を空澱大人の本体は取らないだろう。
「師匠、どう思いますか? どう考えても私達は迷宮の中で彷徨っているわけですが」
「構わんさ、楽しもう。それに非常に良く鍛えられるじゃないか。……見ろ、あそこの木を。あんな大きなクワガタを私は見たことが無い。あれ程見事なクワガタが育つのならば、ここは大変素晴らしい修行場という事だろう」
「角が四本ある甲虫をクワガタと呼ぶならそうですね」
確かにシルエットはクワガタだが、セナノは角が四本ある種を知らない。
それと、遠めに見ても二十センチはある。
迷宮で異縁存在化しているのでは、と考えたがそうなるとネネが食べる可能性があるので口を閉ざした。
流石に目の前でクワガタを食べられるのは困る。エイが真似したら尚更困る。
「御空様に聞いてみますか? もしかすると、近道があるかもしれません」
「それは最後の手段ね。取り敢えず、もう少しだけ歩いてみま「構えろ」――っ!?」
最初に気が付いたのはネネだった。
山道を外れた木々の隙間から感じる明確な視線は、セナノの背筋に冷たい物を落とす。
「……まさか、本当にいるなんて」
最初に見えたのは、若い女の顔だった。
木々の隙間から白い顔がこちらを覗いている。
長い黒髪に細い眉、伏せ気味の目と山中でなければ、どこにでもいる人間に見えただろう。
だからこそそれが木陰から首をかしげるように出てきた瞬間、異常が浮き彫りになった。
女の顔から下に人間の身体がない。
「みよ、くう」
首はそのまま鹿の胴へ繋がっている。
茶色の毛に覆われた痩せた鹿の身体で、しかしそれを支えている四肢は鹿のものではない。
熊に酷似した、太く、黒く、地面を抉るほど巨大な四本の脚。
一歩進むたび、がさりと茂みが大きく揺れる。
その後ろでは、細長い猿の尾がゆっくりと揺れていた。
右へ左へ、まるで機嫌のいい獣のように。
「くう、くう」
何かを真似る様に、不気味な声色で同じ言葉を繰り返しながら、女がこちらを見て笑っていた。
人間とまったく同じ笑い方で獣の唸り声など上げずに、山道で知人に出会ったような穏やかな顔で、こちらを見ている。
「エイ、アレが……」
「はい」
エイは緊張の面持ちで頷く。
「アレが、ソエです」
『ねえなんかすげえ気持ち悪いんだけど!?』
『そうですかね? 結構格好よく仕上がったと思うのですが。あ、良ければエイもカスタムしてみます? パーツは無限にありますから、あなただけのオソエを作れますよ!』
『……それはちょっと興味あるなぁ』