【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
泉に頭を浸していたおかげだろうか、セナノは次第に頭が冷えて冷静になってきた。
どこからか聞こえてくる川のせせらぎ音が今はとても心地よく、風も穏やかで木漏れ日も丁度良い。
己の心をひたすらに鋼とし、脳内で数千に及ぶ異縁存在との仮想戦闘を経てセナノは冷静さを取り戻していた。
S階位たるもの、その精神は揺らいではならないのだ。
「はぁ、楽しかった! こんなに賑やかに水浴びをしたのは初めてですっ」
自分の傍に腰かけて、エイはそう言って笑っている。
しかし決してそちらを見てはいけない。
見れば、無防備な巫女の体を直視してしまうからだ。
濡れて張り付いた衣服はもはやエイの体を隠す役割を放棄している。
おまけに泉でかなりネネとはしゃいだせいで、きっちりと締めていた帯は緩み、胸元が陽の元に晒されていた。
そんな姿を見てしまえば最後、セナノは再び一人で泉に飛び込まなければいけなくなる。
「大変良い水浴びだったな。年甲斐もなくはしゃいでしまった」
「師匠、また今度あれやってください。水の上を走るやつ!」
「わかった」
二人はセナノのように悶々としている様子はなく、清く楽しそうだ。
この様子だと、明日も行きかねないだろう。
「セナノさんセナノさん、明日も……」
予想通りだ。
「……中に水着とか着れないの?」
「村のしきたりですので」
そんなどスケベな因習なんてあってたまるかと言いかけたセナノだったが、そんな風に考えている自分が一番のどスケベだと気が付き口を閉ざす。
そして「……っす」と小さく言葉ですらないそれとともに頷いた。
「ありがとうございますっ。……あ、そうです。明日はお弁当とか持ってここに来ませんか? きっと楽しいですよ!」
「ほう、それは良いな」
「私、簡単なお弁当なら作れるようになったんですよ。なので、師匠にも食べて欲しいですね」
明日の予定を和気藹々と立てている二人を他所にセナノはひたすらに水面を見つめる。
が、水面に映るエイの生脚を見てしまい、逆効果にしかならなかった。
「そうと決まれば、早く村に戻ってお弁当の材料を集めないと……あぁっ!」
「っ、みっ、見てないわよ!?」
唐突に上がった声に、セナノはついそう答える。
しかし、見ればエイが不思議そうに首をかしげていた。
「見る……? なんのことかわかりませんが、大変です。着替えを忘れてしまいました!」
「え、着替え?」
「はい。タオルは持ってきたんですけれど……うぅ、浮かれてすっかり失念していました」
「そう言えばセナノもびしょびしょだな。私は殆ど脱いでいたから何ともないが……」
そう言われてようやくセナノは自分が濡れている事に気が付いた。
纏う服はずっしりと重く、少し動くだけでも水がじわっと染みるのがわかる。
一度気にしてしまえば、中々に不快であった。
「早く戻りましょうか。この気温と言えど、風邪を引いてしまうわ」
「いや、ここで待っていろ。10分で戻ってくる」
ネネは嬉々としてその場で屈伸を始めた。
どうやらここから神社まで走る気満々であるらしい。
「そんな、悪いですよ師匠。私達なら大丈夫ですって」
「万全を期すことの何が悪い。体調管理も仕事のうちだぞ。任せておけ、この山道は何度往復しても気持ちが良いんだ!」
「……山を走りたいだけでは?」
「そうだが?」
ネネは嘘をつかない。
真っ直ぐに胸を張り、はっきりとそう答えた。
GOサインを出せば、今すぐにでも走り出しそうな勢いの彼女を見て、エイとセナノは顔を見合わせる。
「じゃあ」
「お願いしましょうか?」
「わかった!」
ネネは喜びと共にその場で跳躍する。
そして近くの木の上へと飛び移った。
「すぐに戻る!」
一つ、また一つと木を飛び移っていくその姿は、巨体からは考えられない程に俊敏である。
「凄い速いですね。村でもあんなに木登り上手い人いませんよ」
「木登りの範疇越えているでしょあれ」
木々の向こうにネネを見送り、セナノはエイと二人きりになった。
自然と口数は減り、それぞれが水面を眺める事となる。
「……澄目村は、いい所なんです」
エイがそう言った。
泉に舞い落ちた深緑の葉を足先で遊びながら、エイは言葉を続ける。
「最初に村長さんにあんな風に扱われて、きっと村の人達も昔のように扱ってくれないでしょうけれど。それでも、私はやっぱりこの村が好きです」
言葉から伝わってくる感情は安堵だろうか。
いつの間にかセナノがいる事を確かめているように、エイはぴたりと体を寄せた。
「嫌いになったらどうしようって思っていました。もしも皆さんが私の事を空写としてしか見なくなったら、胸を張って澄目村が好きだと言えないのではないか、と」
故郷を愛せない。
それは限られた世界で生きてきたエイにとっては何よりも恐ろしい事だった。
澄目村は過去のエイにとっては、世界の全てだったのである。
「少しだけ見方が変わっただけよ。村長さんも、あなたを大切に思っているわ」
安い慰めしか出来ない自分をセナノは恨んだ。
「だと、良いんですけれどね。少なくとも、私は皆さんが大好きですから。この空の向こうに行った後もきっと私は澄目村を守る事が出来ます」
「っ」
空を見上げそう告げるエイに、セナノは何も言えなかった。
エイは相変わらず、自らの運命を受け入れている。
その献身的な根底は揺るぐことなく、恐らくこれからもそうなのだろう。
きっと空に還るその時まで。
「今日もセナノさんと師匠のおかげで良い一日です。毎日が楽しくて、大好きな人が傍にいて……私は幸せ者ですね」
「なに馬鹿な事を言ってんのよ」
「わっ」
セナノはエイの頭にタオルを被せると、わしゃわしゃと水気を拭きとっていく。
最初はタオル越しに指の腹で優しく押すように水分を吸収し、それから毛先へと向かって優しくふき取る。
もう慣れたものだった。
何度こうしてエイの頭を拭いただろう。そして、お返しに拭かれただろう。
「これからもその幸せは続くわ。感謝しなさいよね。このエリートが保証してあげるんだからさ」
「ふふ、そうですね。ありがとうございます」
髪を拭かれるまま、エイは心地よさそうに目を細める。
揺れる木々、小さく波が立つ水面、風に髪と共に揺れる白いタオル。
暫くエイはそれを何も言わずに堪能していた。
やがて、タオルを受け取ったエイはセナノの背後に回る。
自分よりも大きくで逞しい背中に微笑んだエイは、手を伸ばして懸命にセナノの頭を拭き始めた。
「セナノさんの髪はいつ見ても綺麗ですね。水に濡れていると本物の夕焼けみたいです」
「結構目立つから、任務中はどうかと思うけれどね」
「私は好きですよ」
「なら私も好き」
「じゃあじゃあ、伸ばしてみませんか? きっと綺麗ですよ!」
「えぇ、面倒よ。サッと洗ってサッと乾かせるほうがいいわ」
実際、エイの拙い拭き方でも十分に乾き始めていた。
利便性を重視するセナノは昔からこの髪型だ。
しかし、それ以上に優先することがあるなら伸ばすことも厭わないだろう。
「……エイは見たいの? 私の髪が伸びた姿」
「そうですねぇ、叶う事なら」
「なら――」
その言葉に、セナノはすかさず答えようとする。
しかし、タオルが視界を塞いだ。
そして間もなくエイが被せるようにして名を呼ぶ。
「セナノさん」
きっとここに来るまで、何度も飲み込んだ言葉をエイはようやく口にした。
「もし私がいなくなっても、どうか悲しまないでくださいね」
相手も見ず、会話の隙間に差し込んだ形だったが。
それでもエイにとっては伝えるのに勇気がいる事だったのだ。
「……っ」
セナノは答えない。
それが今の彼女に出来る精一杯の抵抗だった。
『セナノちゃん温度差で死なない? 大丈夫?』
『この人間はこの程度では死にませんよ。今までも素晴らしいコンテンツを繰り広げてきたじゃないですか! 期待していますよ、人間!』
『誉なのかなぁ?』