【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
泉から戻った頃には既に、空が遠くに赤らみ始めていた。
間もなく、澄目村は夕日に染まるだろう。
神社から一望できる田園が橙色一色になる光景はさぞ壮観な筈だ。
セナノは階段から村を見下ろしながらそんな事を考えた。
景色を見つめていると、余計な事を考えなくてすむ。
この村に来てまだ半日だが、セナノは思考の逃避が上手くなったと自覚していた。
『もし私がいなくなっても、どうか悲しまないでくださいね』
死を間近に感じさせない振舞をしていた相棒が、誰よりも一番その現実を受け入れていた。
まるで明日が来るように、当然のようにエイは自身の死を運命として見定めている。
セナノはまだ、こんなにも都合の良い「もしも」に囚われているというのに。
もしもその時が来れば、受け入れられるのだろうか。
やれることはやった、と自分を騙せるのだろうか。
(きっと無理ね)
エイはセナノに初めてできたバディであり、もはやただの同居人ではなくなっていた。
彼女がいなくなって空になった心を、何かで埋める事など出来ないだろう。
しかしそれでは、だだをこねる子供に過ぎない。
異縁存在の処理しか出来ない彼女に許された唯一の事は、ただ見送る事だけだった。
(あの子の生命を維持できるような異縁存在って、無いのかしら)
特定個人への私的な異縁存在の利用は禁忌とされている。
それはS階位でも同じだ。ましてや人の命に干渉しようなど、縁理庁や縁理学園を敵に回す行為だろう。
しかし、セナノは考える事を止めなかった。
彼女は記憶している全ての異縁存在と、それに関わる事例を思い出す。
「……延命となると、相当高位の異縁存在になるわね。可能であれば、災主級」
空澱大人も広義では、延命が可能な異縁存在だろう。
実際、今のエイは臓器の機能を殆ど失っているというのに生きているのだから。
潮哭ノ巫女も同様の事が行えるのかもしれないが、今はそもそも連絡が取れない。
「でも、ミナコは何を考えているのかわからないからそもそも信用できない。気まぐれでエイを殺されたら……」
そんな事を考えていると、何故か足元の花が視界に入った。
名前も知らない白く小さな花は、まるでセナノに手を振っているように揺れている。
「あれ」
シオマネキ事件の時、ミナコが言っていたことが想起される。
『私は空澱大人や開闢蘭みたいに情報を盗み見るのは得意じゃないんだ。空と大地とは違うの』
あの時はそれよりも重要な事が多く、聞き逃していた言葉。
それは間違いなく、空、海に続く大地を司る第三の災主級を語っていたではないか。
「開闢蘭」
その名を口にした瞬間に、花は嬉しそうに揺れた気がした。
不意に、辺りを甘い花の香りが漂い始め――。
「護衛の方ですか?」
「っ!?」
ハッとして見れば、こちらに昇ってくる男が見えた。
日焼けした浅黒い肌に太い眉が特徴的なその男は、両手に大量の荷物を抱えている。
「すみません、驚かせましたかね」
「い、いいえ。ここからの景色が良くて見惚れていただけですから」
「ははは、それは嬉しい。ここ、日本の百景に選ばれそうになったことがあるんですよ? 何故か、途中で記者が消えましたが」
澄目村の人間にとっては、あいさつ代わりの冗談なのだろう。
男からは悪気は感じられない。
「俺はケンジって言います。端に酒屋があるでしょう? あそこで働いてるんです。今日は、エイの為に色々と持ってきましたよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ、あの子の為ですから」
ケンジは他の村人とは少し違う様子だった。
その名を呼ぶことに対して畏怖の念はなく、昔からの知り合いを呼ぶような懐かしさがある。
「おーい、エイ! お前の好きなアイスを持ってきてやったぞー!」
境内に響き渡る声は、カラッとして嫌味が無かった。
だからだろうか。本殿から顔をのぞかせたエイの表情は村長と接していた時よりも輝いている。
「ケンジさん! 来てくれたんですねー!」
エイはネネに支えられながら、ケンジの元へと急ぎ足で向かう。
そして、満面の笑みで抱擁を交わした。
「少し見ない間に、見違えたな。立派になった」
「そうでしょう! セナノさんと師匠に沢山の事を学びましたから!」
エイは胸を張り、それを見るケンジは優しく頷く。
彼はクーラーボックスからアイスを一つ取り出すと、エイへと差し出した。
それはエイがこの村で口にすることを許されていた数少ない甘味の一つだ。
「アイス!」
「これ、好きだっただろ」
「はいっ」
エイは嬉しそうにしてアイスを頬張る。
そして頬を押さえながら、にっこりとした。
「おいひぃ!」
「慌てないで食え。何本でも用意してやるから」
「本当ですか! ……あ、そうだ。じゃあ私からもプレゼントがあります。キャラメルって知ってますか? すごく美味しいんですよ!」
アイスを片手にエイは本殿へと踵を返す。
どうやら、ケンジの為にキャラメルを持ってくるようだ。
「そうか、そりゃ楽しみだな」
「待っててください!」
「アイス食べてからでもいいんだぞ」
「今すぐに渡したいんです」
やがて本殿にエイが一時的に姿を消した後、ケンジはセナノへとアイスを一つ差し出した。
「良ければどうぞ」
「ありがとうございます」
「それにしても、あの子の口ぶりから察するに色々と外の世界で楽しめたみたいですね」
「……ええ」
「そっかそっか……ああ良かった」
吐き出すようにそう告げて、彼もまたアイスを口に運ぶ。
「あの子は、この村で生涯を終える筈だったんです。だから、少しでも外の世界を見れて良かった」
食べ飽きたアイスなのだろう。
彼は表情一つ変えずにアイスを食べ進めて行く。
「……叶う事なら、戻ってきて欲しくはなかったんですよ」
その言葉は他の村人とは違っていた。
「あの祭りの日、エイが消えて何となく解放されたって思ったんです。これからあの子は自由に空を浮かぶ雲のように生きられるんだって」
「……すみません、戻ってきてしまって」
「いえ、あくまでこれは俺の願望ってだけなので」
彼は淡々とそう告げた。
まるで、その言葉に乗せるべき感情はもう残っていないかのように。
「あの子が運命から逃れられないのはわかっていました。だから、人生の最後を楽しい物にしてくれた貴女達には感謝をしているんです」
「そう、ですか」
「どうか、最期の日まであの子に寄り添ってあげてください。俺よりもずっと適任だ」
彼はそう話を締めくくる。
同時に、再びエイの跳ねるような声が聞こえてきた。
「ケンジさん、これです! キャラメルです!」
「ありがとな」
「えへへ。これ、おじさんにも上げてください」
「助かる。俺だけ食べたって知られたら、配達の量増やされそうだからなぁ」
ケンジは明るくエイと接している。
悔いを残さないようにしているのだろうか。
大げさに、エイの為だけに、彼はただひたすらにエイの望む人物であろうとしていた。
(きっと、あの人も以前は私と同じだったんだ)
その姿は、未来の自分のように思えた。
抗う事を諦め、エイの最期を華々しく飾る事に決めた者の覚悟がある。
(私だけだ。私だけがまだ、未練がましくエイの傍に居ようとしている)
神社に明るい笑い声が響く。
彼女だけが、取り残されていた。
『危ない危ない^^ こっちの領域だってのに割り込もうとして来やがりましたね、あの脳内お花畑め。遂にこちらに興味を持ちましたか』
『な、何か来たの?』
『善意から人を不幸にするタイプの神様がちょっと澄目村の玄関をノックしてきましたね』
『ならソラの同僚かぁ』
『ん?^^』
『なんでもないです!今日の夜も明日も頑張ります!』