【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
夕方から夜にかけて、特段おかしなことは起こらなかった。
山間から時折ソエの鳴き声が聞こえてくる以外には、村は閑散として平凡な物である。
澄目村は街灯も少ない為、陽が山の向こうに落ちれば人々は示し合わせたかのように家の中へと戻っていった。
ケンジが食料他生活用品を届けに来た以外には、来客もない。
神として崇められる者にそう気軽に会う事は許されていないと言う事なのだろうとセナノは解釈していた。ならば、理由を付けてでも会いに来たケンジの覚悟は相当なものである。
そして、肝心の崇められる側はというと。
「もぐもぐもぐもぐ……」
「美味い……!」
本殿で村の料理に満足している様子であった。
空が描かれた巨大な絵の前に三人分の膳が並び、座布団が敷いてある。
それだけみると、上等な旅館の様であった。
古くどこか物々しい雰囲気にのまれたのはセナノだけのようで、エイとネネはいつも通りだ。
特にエイの方は、今は味覚が戻っているのか、目の前の食事を美味しそうに口に運んでいる。
山菜に川魚、米や野菜と味噌に至るまで、全てがこの村で作られたものだ。
椀や箸まで作っているというのだから、その徹底ぶりといったらないだろう。
それはまるで、内側からエイをこの村のものとして作り替えているようにも思えたが、考えすぎだとセナノは頭を横に振る。
「よく嚙んで食べなさいよね。師匠も、エイの前でそんなにがっつかないで……」
「美味いぞ!」
「はい。美味しいです!」
二人で勢いよく食べ進めている姿を見ていると、食べるまでもなく満腹になってしまう。
このまま本当に腹が視覚で満たされる前に食べてしまおうと、セナノはよくわからない山菜の天ぷらを口に運んだ。
「……うま」
軽く食感の良い衣の向こうから、程よい苦みと青臭さが顔を覗かせている。
独特の香りもまた、食欲を増進させた。
続いてセナノは川魚の焼き物へと手を伸ばす。
鮎だろうか。随分と肥えた良い個体だと素人目にもわかる。
背中の肉を箸でほぐして口に運べば、塩気と川魚特有の柔らかな白身が口の中で躍った。成程、これは二人が食事に夢中になるのもわかる。
「「おかわり」」
「自分で盛りなさい」
と言っても、流石にここまでの食べっぷりは異常ではあるのだが。
(そもそもエイはあんなに食べて大丈夫なのかしら。消化不全になったりしないの? 内臓、どうなっているのよ)
今のところ、吐き出すような様子は見られない。
以前から臓器の機能が殆ど停止していたと医者は言っていたが、今でも食べる事は問題ない筈だ。
しかし、どうしても心配になってしまう。
エイの倒れ伏した姿を目にした唯一の存在として、セナノだけは冷静に彼女を観察していた。
嚥下の瞬間や、呼吸、目線や発汗。
全てを観察し、それからようやく安心できる。今、エイは心から食事を楽しんでいるだけだと。
(もしかすると、この神社の敷地内だからかもしれないわね。この子が元気な事には感謝しないと)
セナノは食事を口に運ぶ。
その速度がいつもよりもやや早い事は本人も気が付いていない。
遠くに蛙や虫の鳴き声を聞きながら、三人の食事の時間は流れていく。
「セナノさん、師匠、明日も泉に行きましょうね! それから皆で今日みたいにご飯を食べて――」
「ああ、わかっている」
「あなたの要望には可能な限り応えるから安心しなさい」
身振り手振りも加えて明日の予定を話すエイを二人は見守る。
きっと今だけは辛さを忘れているのだろう。
「約束ですよ!」
「ええ、約束よ」
だから、こうして守れる筈もない約束までしてしまうのだ。
■
食事を終え、汗を流そうという話になった。
どうやら本来セナノ達が泊まる予定の民宿には小規模ながら浴場があるらしい。
という訳で。
「お風呂です!」
「楽しみだ」
桶にタオルと青いアヒルを入れて楽しむ気満々のエイとネネ、そしてごく一般的な装備のセナノがここに揃った。
神社から腹ごなしの運動も兼ねて歩いて民宿に到着した三人は、仲良く一緒に入浴――という訳にはいかない。
「あれ、セナノさんは入らないんですか?」
「私はもう少しゆっくりしてから行くわ。後から合流するから気にしないで」
「そうか。では、エイ。私達で先に楽しもう」
「わかりました……後でちゃんと来てくださいね!」
「ええ、もちろん」
セナノは頷き、廊下の奥に向かうエイとネネを見送る。
それから、玄関に唯一ある古びたベンチに座り、天井を見上げた。
古臭い天井は木目が黒ずんでまるで人の目のようにセナノを見下ろしている。
そしてその目は全て彼女を責め立ててこう言っているようだった――どスケベ、と。
「今の状態でお風呂に入ったら泉での事、思い出しちゃうじゃない……!」
泉で見えそうで見えない歯がゆい思いをしたからこそ、だ。
あの時の服の皺の向こう、折り重なった白い布の最奥にあるものを目にしてしまえば、セナノは冷静ではいられない。
泉であんな事が無ければ、エイの事を思って一緒に入浴しただろう。
しかし、あんな事があってしまったので、駄目だった。
「もう……私がしっかりしないと……!」
意外にも、それはセナノの緊張の糸を緩めていた。
他の糸は張り詰めっぱなしだが、こうして時折邪念を挟むことによりセナノは、思考の奥の方にある禁忌に手を染めずにいられるのである。
「私はエリート私はエリート私はエリート私はエリート……」
はた目には相当追い詰められているようだが、それでもまだ彼女がこうしていられるうちは余裕があった。
そんな今、精神に選択するだけの余裕のある状態で彼が来たことは幸いというべきだろうか。
「――三鎌縁者」
「うわあっ!? 何!?」
声に驚きセナノは飛びあがる。
そのまま臨戦態勢に入れる辺り、流石はS階位といった所だろうか。
対して声をかけた瘦せぎすの男は、そんな態度のセナノを見ても疲れ切った無表情を維持していた。
「お疲れ様です。鏑矢です」
「……最近、よく会うわね」
「シオマネキの一件は、お互い大変でした」
鏑矢は民宿に入る予定はないのか、靴を脱ぐ様子を見せない。
どうやらその手にもった小型のアタッシュケースが、彼がこの地に赴いた理由のようだ。
「審縁導師様から、お話は伺っているかと」
「……ええ」
それは審縁導師曰く、プレゼントである。
あの夕日の中で告げられた罪の告白にも似た会話は、セナノの中で鮮明に残っていた。
「どうやらとっても素敵なプレゼントを贈ってくれたらしいじゃない?」
「私からは何とも」
鏑矢はそう言ってアタッシュケースをセナノに向けて差し出す。
今すぐにでもそれ手放したそうな彼を見て、セナノは少し警戒しながら受け取った。
その瞬間、何故か胸中を深い安堵が包み、同時に何かの視線を強く感じた。
「っ!?」
セナノは咄嗟に上を見上げるが、そこには相変わらず木目しかない。
そんな彼女の様子を見て、鏑矢は乾ききった口を開いた。
「わかります。ずっと何かに見られているような、精神を啄まれているような感覚。不愉快ですよね」
鏑矢はそれを不愉快だと言った。
「これ、中身を見ても良いかしら」
「どうぞ、お好きなように」
セナノはアタッシュケースを床に置き、鏑矢にも見えるように開ける。
中には、封をされた試験管のようなものが入っていた。
何よりもその中で揺れる赤黒い液体が目を引く。
セナノはそれをよく知っている気がした。
「……これって何かしら。私は最先端の武器とか来ると思ったのに」
「三鎌縁者には既にヒバリがあるでしょう。これは、その出力限界を一時的に解放するものです」
「こんな血で?」
「血、とは誰も言っていませんが。わかるのですか?」
「……どう見ても赤黒いし、血でしょ」
感覚によりわかったのだ、とセナノは言えなかった。
ただ、確信している。それは、何かの血であると。
「必要な時、一度だけ使用してください」
「使い方は?」
「審縁導師様曰く、ヒバリに飲ませればあとはわかると」
「……そう」
セナノは詳しく話を聞くことはなかった。
ただ、己の中でなんとなく全てが理解できたのだ。
【縁理庁・Ω級機密管理記録】
文書番号: EN-HIR-■■■■
機密区分: Ω級機密
管理対象:緋色の血
保管区分: 特別封縁保管対象
■ 概要
「緋色の血」は、特定の精神疾患を有する患者の夢領域内でのみ採取可能な、極めて希少な異縁物質である。
現実空間での直接採取および人工生成は不可能とされ、その特殊性と高い異縁的価値から、縁理庁の特別保管庫に厳重収容されている。
■ 管理規定
本物質の使用、移送および保管区域外への搬出には、統制システム『縁首』による正式な許可を必須とする。
審縁導師を含む上位権限保持者であっても、当該認証の省略および代行は認められない。
無許可での搬出行為は、特級保安違反として処理する。
■ 特記事項
本物質の具体的用途、保管数量および採取手順は、すべて特級機密に指定されている。
【縁首認証:未承認】
【搬出制限:継続中】