【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
三人は宿の浴場で汗を流した。
昼間の泉での水浴びのようなアクシデントはなく、いたって普通にドキドキしながら無事に終わったのである。
強いて言えばエイが男の娘だったのがやや問題だったのだが、ネネを間に挟むというエリート的機転によって無事対処。見事に入浴を終えたのだ。
それから、エイを神社まで送りセナノとネネは少し離れた場所にある民宿で寝泊まりをする事となる。
本当ならずっと一緒にいたいのだが、村との軋轢を避ける為では仕方がない。
「なんだか普通の旅行みたいですね」
「ああ。楽しい」
敷かれた布団の上で寝転んだままネネは頷く。
どうやら手持ち無沙汰のようだ。
しかし、セナノは知っている。それが本来やるべき事を全て無視したうえでの手持ち無沙汰であると。
「師匠」
「なんだ」
「護衛なら、一日ごとに記録する必要があると思うんですが」
「最終日にまとめて書くから大丈夫」
「夏休みの日記?」
ネネはどうやら報告書をまともに書く気はないらしい。
となると、同行していたセナノの報告書が参考になる可能性が高い。
普段よりも真面目にかつ詳細に書かなければならないだろう。
「師匠もたまには真面目に報告書を書いたらどうです?」
「いつも真面目だが?」
「ラクちゃんに怒られているのに?」
「ミラクは厳しい」
学園の中でもトップクラスに優しい教師を厳しいと評価したネネに、S階位としての尊厳はもはや無かった。
縁理庁ではネネの報告書は形だけ受け取り、後から同行者に聞くのが暗黙の了解となっている事を彼女は知らない。
「そ、それよりもセナノ。お前こそどうなんだ。一人だけ来るのが遅かったが」
「別に理由は無いですよ。少し夜風に当たりたかっただけで」
「そうか? ならいいんだが。どうにも慌てているように見えてな」
「ま、まさかぁ」
ネネの人間を超越した直感は、時折セナノを緊張させる。
今も、セナノのエリートではない感情にロジックなしで近づいていた。
それを察知して、セナノは冷静にこう提案する。
「そう言えば、私最近報告書を書くのにハマっているので、良ければ師匠の分も私が書きましょうか?」
「本当か!? 助かる! なんて良い弟子なんだお前は……!」
「大げさすぎますよ」
感動というよりは報告書からの解放に喜ぶネネを見て呆れた笑いを浮かべながら、セナノはPCに向き直った。
とりあえずは、自分の分を終わらせなくてはならない。
そうして、気が付けば時計の針は22時を指していた。
ネネの方を見れば、もう眠っている。
傍に常にカミキリの入ったケースが置かれている事から、仮に何かが侵入してきても真っ先に気が付いて対処するのだろう。
「ふぁ……ねむ」
セナノは背伸びをして、ノートパソコンを閉じる。
不意に荷物の中に紛れ込ませたアタッシュケースが気になったが眠気の方が勝ったようだ。
「……おやすみ、エイ」
ここにはいない相棒へと語り掛けて、セナノは目を閉じる。
思いのほか疲れていたのか、彼女はすぐに眠りに落ちた。
■
これは夢である。
そう気が付いたのは、見覚えのある景色が広がっていたからだった。
不自然に物が置かれただけではなく、壁から不規則に木材が飛び出た廊下は、真っ直ぐに歩けるものではない。
しかし、決まった歩幅と順番さえ覚えてしまえば、例え水で満たされたコップを持っていようとも難なく歩けることをセナノはよく知っている。
自分が遠い昔に靴箱に貼ったシールはまるで先ほど貼られたように鮮やかで、玄関には見覚えのある靴がいくつも並んでいた。
綺麗に並ぶもの、投げ出されたもの、雑に揃えられたもの。
様々な形で所狭しと並ぶ靴を見ていると、まるであの日に戻ったかのようだ。
「……エイと出会ってからすっかり見なくなったのに。シオマネキのせいかしら」
陽の家は、気が付けばそこにあった。
最後の記憶は、ネネの隣で眠りにいた所で途切れている。
シオマネキの一件から、幻覚を見せられている可能性もあるのだが、それも傍にネネがいるのであれば限りなく低いだろう。
わざわざS階位二人を相手にする異縁存在などそういるわけがない。
「はあ」
セナノは目覚めるまでの間、あてもなく歩くことした。
勝手知ったる我が家である。
既に灰となって燃えてしまった我が家を見て歩ける機会など現実ではないのだから。
しかし、そんなセナノの考えとは裏腹に、夢には異変が起こり始めていた。
『あか ひけ』
それは声である。
金切り声のような脳の奥に響く不愉快な鳥の鳴き声が、家の外から聞こえた。
鳴き声である筈なのに、明確に人語を介していた。
「っ、何の声よ」
『ひい くぐ』
セナノは顔を顰め、窓の外を見る。
外は相変わらずの夕日だった。
が、次に廊下へ視線を戻した時、全てが赤く染まっていた。
焔、血、肉、多くの赤が廊下を満たしてなおも溢れている。
揺らめきながら激しく燃える焔は、セナノの思い出を端から灰に変えていった。
それはあの日の光景によく似ている。
「……」
セナノは顔を顰め佇んでいる。
正確には、足が動かせなかったのだ。
まるで映像を眺めるように、セナノは廊下をただ見つめる。
そうだ。昔もそうだったではないか。
幼いセナノだけが
だから、一人だけ助かったのだ。
それの贄にされずに済んだのだから。
今まさに、啄まれていく兄のように。
「……せ、なの」
床に広がる焔から飛び出した赤い嘴が、兄のエンシンを何度も食んでいた。
まるで肉を柔らかくするように、ゆっくりと嘴で上半身を潰し、焔の中へと引き摺り込んでいく。
『ほのはら』
彼は手を伸ばす事はなく、最期までセナノに対して何かを訴えていた。
と言っても、既に肺は焼き潰れ、喉は血で満たされ名を呼ぶだけで精一杯だったのだが。
「セナノ!」
聞き覚えのある声が名前を呼ぶ。
焔をかき分けて廊下の奥からカリンが名を呼んでいた。
傍で姉妹を喰われたのか、その頬の半分は血で染まっている。
彼女はセナノを見て安堵して駆け出そうとして、足元に伸びた焔に絡めとられた。
「おねえちゃん」
セナノの口が自然と開く。
名を呼ぶ声は、今の自分よりもずっと幼かった。
地面に伏せ今まさに肌を焼かれているカリンは、しかしほほ笑んだ。
「大丈夫。貴女はきっとかとぐあ様に選ばれたの」
次第に声はしゃがれていき、終いにはせき込みながら仰向けに転がった。
すると、焔の中から巨大なかぎ爪が現れ、カリンを引き摺って焔の奥へと消えていく。
『ねはみ な』
セナノは直感的に理解する。
既にこの陽の家には、セナノしか残されていない。
ならば、最後に残った自分が舞を奉納しなければならないだろう。
(最悪な気分)
セナノの体は意思とは関係なく歩き出す。
それは、全てがあの日の再現だった。
倒れる柱も、焼けて傍に落ちる天井も、止まぬ声も。
全てがあの日のまま。
だからこれから何が起きるのかも知っている。
唯一、セナノが知らない事と言えば――。
『ほず めよ』
この、繰り返される言葉だった。
酷いノイズに紛れて聞こえる声は、セナノに刻み込もうとしているかのようだ。
もしもこれが当時聞こえていればセナノは耳を塞いでその場にうずくまっていたかもしれない。
それだけその言葉は、本能的に恐ろしく感じてしまったのだ。
まるで世界の一端を文字で表わしてしまったかのような。
人間が知ってはならない理を無理矢理に人の言葉に押し込めたような気味の悪さ。
禁忌を無邪気に手渡されたような恐ろしさが、その言葉にはある。
何よりも、それを聞いてどこか心地が良いと思っている自分が恐ろしかった。
『あか ひけ ひい 』
燃え盛る家を、セナノは奥へ進む。
目指すは地下室に用意された祭壇だ。
そこにいる者へ、舞を捧げなければならない。
『くぐ ほのはら』
そうしなければ、それは出てこれないのだ。
今のままだと焔という不完全な形でしか、それはこの世界に干渉できない。
なんと可哀そうな事か。
なんとみじめな事か。
『ねはみ な ほず めよ』
そもそも、焔とはかの者が自由に飛び回る世界そのものであり、言わば空と同義で――。
「セナノ」
力強い声と咀嚼音が、夢の中で響く。
それもまた、過去の再現だった。
焔も血も、セナノに向けて倒れてきた柱も、全てが咀嚼音と共に消えていく。
鳴き声はどこかへ消え去り、代わりにガチガチという歯を鳴らす音が聞こえていた。
やがて、セナノが背後に気配を感じ振り返った時そこには――。
■
「師匠?」
あの雑多な音が支配する夢から覚めた時、蛙と虫の声だけの田舎の夜は随分と静寂に感じた。
風が妙に涼しく感じるのは、自分が汗で濡れているからだろう。
「大丈夫か。うなされていたぞ」
自分を真顔で覗き込むネネは、その手にカミキリを持っていた。
それを視認してから、ほんのり額が痛みを主張し始める。
どうやら自分はカミキリで小突かれたらしい。
「せめて普通に起こしてくださいよ」
「すまない。何度も起こしたんだが、駄目だった。ただ、どうしてもあの言葉の続きを言わせてはならないような気がして」
「言葉?」
「ああ」
セナノは首をかしげる。
あれは過去にあった凄惨な事件の記憶だ。
言葉と言われても、セナノにはぴんと来ない。
そんなものは、夢の中には無かった筈だ。
「それって、どんな感じですか」
「……わからない」
ネネは絞り出すように告げる。
「難しくて、よくわからなかった……!」
「そ、そうですか」
セナノは内心で呆れながらも、素直に感謝を口にする。
言葉は抜きにしても、あの夢はなるべく見たくない。
「とりあえず、起こしてくれてありがとうございます」
「構わない」
セナノは上半身を起こし、風に誘われるように窓の外を見る。
外は暗闇に満ちており、なんだかそれが今は随分と安心できる気がした。
『すやぁ……』
『おやおや、エイったらこれを見逃すなんて。まあ当日に知った方が喜んでくれるでしょう!』