【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
普段は風と鳶の声だけが山間に響くこの澄目村だが、今日は違った。
家の屋根から屋根へとロープが繋がり、青い提灯が吊るされる。
風に揺られてからからと鳴る姿は、まるで久しぶりの出番に喜んでいるようだ。
村の広場を中心にして活気は伝播していく。
縁側に腰かけた老人も、まだ畑仕事の最中の若人も、男も女も全員が浮足立っていた。
それもその筈だ。
これは、空心祭と同じく澄目村の人間にとっては重要なものである。
さらに言えば、15年に一度の空心祭とは違い、この祭りは過去に一度しか開催されたことがなかった。
その為、村人たちの張り切りようと言ったらない。
当然、その活気と喜びの感情はこの祭りの主役にも伝わってきた。
「凄いですね、とってもにぎやかです!」
エイは村を見渡して嬉しそうに身を震わせる。
それに合わせて、黒く艶のあるポニーテールが揺れる光景はセナノにとっては新鮮なものだった。
(ポニーテールのエイ……良い……)
朝の事である。
神社にエイを迎えに行った際、エイから唐突にポニーテールにするようにせがまれたのだ。
「お前器用だな」
「ポニーテールでその評価貰えるんですか……!?」
「私はそういうのは鍛えていない。必要ならミラクに結んでもらう」
当然、髪を結んだのはセナノであった。
エリートであれば、髪を結う事も造作もない。
異縁存在と髪が密接に関わる事案は少なくない為、学園である程度教えているという背景もあった。
当然、そうなれば同じ学園を卒業したネネがまったくの不得手である事がより際立ってしまうのだが。
「凄いです、こんなに綺麗な提灯があったんですね! 空心祭の時はもっと厳かだったので、賑やかなのは初めてですよ」
「はしゃぎすぎて転ばないようにね」
「なら、手を繋いでくださいっ」
エイはセナノとネネの間に入ると、それぞれの手を握った。
そして満面の笑みを浮かべる。
「これで大丈夫ですね!」
「エイは賢いな」
「賢いですか、これ」
「私、賢くないですか……?」
「賢いわよ」
セナノの意見は全てエイの一喜一憂に左右される。
この瞬間、二人のS階位によりエイが賢い事が認められた。
「焼き鳥と焼きそばがあるらしいですよ! 楽しみですねえ」
「すっかり食欲も戻ったみたいで、嬉しいわ」
「そうだな。セナノ、約束を忘れるなよ」
「……私が全部奢りますよ」
セナノは財布を見せる。
S階位として稼いでいる彼女だが、既にキャッシュレスの生活をしている為、彼女の財布には諭吉が数枚しかない。
大喰い二人が果たしてどれだけ常識の範囲内で楽しむことができるのか、それに全てがかかっていた。
「あ、エイちゃん! 来てくれたんだねぇ!」
やがて村人の一人がエイの姿に気が付くと、その名を呼んだ。
どうやら村長のようだ。
彼は、エイの登場をこの場の全員に知らせるように大きな声を出しながら、田んぼのあぜ道を通って近寄ってくる。
エイもそれを見て、昨日の事など忘れた様子で無邪気にぺこりと頭を下げた。
「村長さん、おはようございます」
「おはよう。今日も良い天気だね。きっと御空様のおかげだろうさ。今日は祭りだ、うんと楽しんでくれ!」
「はいっ!」
村長はうんうんと頷く。
そして、先導するように背を向けて歩き出した。
「それにしても、まさか生きている内にこの祭りを二度も開けるとはなぁ」
「過去にもあったんですか?」
「エイちゃんの先祖さんの一人が60年前に一度だけ開いたんだ。空心祭が御空様への捧げる儀式なら、これは人の祭りだ。めいっぱい楽しんでな」
そう言って、村長は公民館の中へと消えていく。
代わりに、エイを見た村人たちが表情を明るくして次々とその名を呼んだ。
「エイ! 久しぶり!」
「エイちゃん、焼き鳥食べていってよー!」
「あ、エイ君!」
「エイ姉ちゃん!」
それぞれがこれまでエイを呼んでいたようにその名を口にする。
しかしセナノは知っている。
その言葉の裏には空写への期待と信仰が隠れていると。
村長の時点で、それは確実だ。
今は、セナノの言葉でそれを取り繕い、過去の再現をしているに過ぎない。
エイもそれはわかっている筈だ。
知識ではなく、独特の鋭い感性でエイもこの場に蔓延した生暖かく自身に巻き付くようなそれを理解しているだろう。
しかしそれでも、エイはどこまでいっても無邪気だった。
「皆さん! お久しぶりですね!」
まるで空のように澄み渡った彼女は、穢れを感じさせない笑顔でお辞儀をする。
そうしてエイが視線を地面に移した刹那――村人たちの視線が一斉にセナノとネネに向いた。
「……っ」
今はまだ敵意ではない。
しかし、エイの傍にいる事二人には随分と興味があるようだ。
「今日は私の為にお祭りを開いてくれたと聞いています。期待していますね」
村人たちの威勢の良い返事が空の下に響く。
セナノはそれを見ながら、先ほどの視線の事を忘れ去ろうとした。
これからエイの傍にいるならば、彼女も心の底から楽しまなければならない。
でなければ、エイの心が曇ってしまうのだから。
セナノの表情の変化にすぐに気が付き、きっとその顔色を窺いながら祭りをめぐる事になる。
それだけは避けなければならないだろう。
(エイだけは不安にさせちゃ駄目)
決心したその時、肩に手が置かれる。
見れば、ネネが鋭い目でセナノを見つめていた。
「気負うな」
「……!」
「もしもお金が無くなったら、私も出す」
「…………ありがとうございます」
「うむ!」
ネネはボロボロの財布をセナノに得意げに見せつける。
その姿を見て、セナノが何とも言えない気持ちに胸をいっぱいにしていると
手がぐいと引かれた。
「セナノさん、行きましょう!」
「あっ、ちょっとエイ」
手を引かれて、セナノも祭の会場へと足を踏み入れる。
強く握られた手は期待の表れか、それとも。
(この子が心から楽しめるようにしないと)
目標を定めて、セナノは祭に臨む。
それは決して遊ぶ者の顔ではなく、任務で死地に赴く縁者と同じであった。
■
普通にお祭り楽しそうエイねぇ!
屋台のラインナップが限界集落過ぎるけど、それでもあるのと無いのとでは大違いエイよ!
焼き鳥と焼きそばを同時に作っているケンジさんを見ていると、本当に感謝しかない。
『私の方で、御空たこ焼きの方も用意しました』
『それなに入ってるの?』
『知る必要がありますか?』
『知る権利があるだろ』
『権利……?』
『嘘だろオイ』
俺って権利そのものが無いの?
命が無いのはわかったけど、権利はせめてちょっとは残しておいてよ。端っこの方に寄せておいてよ。
『まあとりあえず食べてみてくださいよ。はい、あーん』
『え、ちょ、まっ――』
次の瞬間、閉じた俺の口にアチアチのたこ焼きが虚空より現れた。
神様の「あーん」って口閉じてても有効なんだね。
「っ」
俺は気が付かれないように必死にアチアチを耐える。
そして、ゆっくりと咀嚼して……うっまあぁぁぁぁい!
『ソラ、これすっごく美味しいよ! 怖いくらいに!』
『ふふふ、良かったです! これは御出汁と生地、そして産地にこだわった蛸が美味しさの秘密なんですよ』
『確かにこれは秘密にしても仕方がない美味しさだ』
『気に入ったならもう一つ、はいあーん』
『いやそれはちょっと待っ――あちあち!?』
再び口の中を灼熱と美味が支配する。
鼻を抜ける出汁は香り高く、外はさっくり中はトロトロ。中の蛸も大きく、そして噛めば噛むほどに味が染み出てくる。
うん、美味しい!
『こんなに蛸が大きいと嬉しいね!』
『でしょうでしょう。海じゃあこんなに立派に育ちませんからね』
『えっ、じゃあどこで……?』
『空』
『ははは、ご冗談を』
『空』
『……ほ、本当に?』
『空にも、蛸はいるんですよ。この青を引っぺがせば、すぐにでも見れます。まあ人間は見たら駄目なんですけどね!』
ソラはそう言って青空を指さした。
彼女の言う事が正しいなら、この空の向こうではこんなに美味しい蛸が生息しているらしい。
『さて、エイにミッションです』
『ミッション?』
『このたこ焼きを一度でいいので、あの人間に食べさせてください』
『嫌な予感がするエイ~!』
『黙ってやるソラ~!』
『はい』
祭を楽しむ側だと思っていたが、どうやら俺も屋台の側の人間だったようだ。