【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
祭囃子は夜になっても止むことはなかった。
昨日の静かな夜が嘘のように、人々は宴を続けている。
その中をエイを背負ったセナノは進んでいた。
エイは周囲の音に聞き入るように瞳を閉じている。
「セナノ、代わるか?」
「大丈夫です。ありがとうございます、師匠」
傍でネネが交代を提案をする。
これで二度目だ。
かれこれ2時間ほど、セナノはエイを背負ったまま村を歩き続けていた。
それは偏に、エイに孤独を感じさせない為である。
青く染まった瞳には、世界が映らない。
それがまだ一時的な物なのか、遂にその時が来てしまったのかはわからない。
しかし、いずれにせよ祭りの主役が早々に姿を消すのは村人を不安にさせてしまうだろうとエイ自らが提案したのだ。
であれば、セナノはエイを背負って歩くだけである。
少しでも人がいる方へ、そして懐かしい声がする方へと足を運び、聴覚で祭りを楽しんで貰うのだ。
「ふふふ、なんだか不思議な気分です。誰かに背負われるのはこれが初めてではないのですけれど……なんだか安心しますね」
「S階位の背中だもの」
「おぉ……流石S階位」
軽口に返せる程度には、エイは調子を取り戻していた。
神社前の階段で見せたような、擦り切れた笑顔はもうそこには無い。
今のエイは穏やかにほほ笑み、見る者に安堵を与える。
まさに、村人たちの望んだ空写しだ。
「おぉ、エイちゃん!」
背負われているエイへと声がかかる。
それは村長の声であった。
エイはそちらを向こうと体を動かすが、すぐに村長がそれを止める。
「ああ良い良い、そのままで。歩き疲れて眠くなったんだろう。別に目を開けずとも構わんさ」
「そうですか……ありがとうございます」
青い目を見られたくないのか、エイは安堵と共に礼を言う。
「どうかな、この祭り。結構、派手だろう?」
「はい。凄く賑やかですね。皆の笑い声に包まれて、幸せです」
「はははっ、村人全員、エイちゃんと同じ気持ちさ」
村長とエイの会話は明るく弾んでいる。
が、セナノの顔は険しかった。
(エイの目が見えなくて良かった……いや、見えないからこそか)
祭囃子の中をセナノは歩いてきた。
その誰もが、エイの方へと視線を向けていた。
そして、村長も。
「――最期まで楽しんでくれ、エイちゃん」
彼は身をかがめたまま、ずっと拝むようにしている。
周りの村人たちも同じようにエイへと手を合わせて笑顔を向けていた。
これは喜びの感情ではない。
エイへと笑顔を捧げているのだ。
彼らは、エイの目が今見えない事を理解して、声のみ親しい村人達を演じている。
しかしその実態は、笑顔が張り付いた信者であった。
「明日は少し、エイちゃんにも儀式に参加してもらうけど、緊張しないで。終わったら、ご馳走もある」
「本当ですか? ありがとうございます」
「はっはっは、いいんだよ。エイちゃん、山菜のおひたし好きだっただろう。あれ、また持っていくから」
「わぁい! 嬉しいです」
エイはきっと、本心から喜んでいるのだろう。
対して村長は終始、エイを空写として扱っていた。
「……っ」
セナノは思わず村長を睨みつけようとしたが、すぐにその視界が大きな手で覆われる。ネネの手だ。
見れば、彼女は変わらぬ仏頂面のまま何も言わない。
「お二人も、是非召し上がってください。この辺りの山で採れる山菜は絶品でね」
「是非、いただきます」
ネネは淡々と答える。
しかし、セナノは何も言えなかった。
声を荒げれば、エイに今ここで何が起きているのかを知らせる事になってしまう。
だからここは黙っているのが正しい。
エイを都合の良い信仰対象として人々の中に連れ込むことが、今は何よりも正しいのだ。
彼らはエイに害を与えない。
欺きはするが、エイを喜ばせようとする。
それが、折津エイではなく空写に対する誠意だったとしても、今のエイには支えになるのだろう。
セナノはそうして自身に納得させる。
やがて、いつものように明るく自信をもってエイに語り掛けようとしたその時だった。
「大変だ、村長」
駆け寄って来た男は肩で息をしていた。
その様子に、村長の笑顔が僅かに崩れる。
「どうした」
「オソエ様が、降りてきた。神社の裏にいる」
「なんと……!」
予想外の事だったのだろう。
神社から唐突に聞こえ出した金切り声に、周囲の笑顔が一斉に消える。
その顔には、不安と焦燥感が募っていた。
「空に返すのが遅れたからか……?」
「だが、これまで捧げものは続けていた筈だ」
「笑みが足りなかったのか?」
口々に言い合う村人達の中心で、エイは静かに耳元で囁く。
「セナノさん、行きましょう」
「……ええ」
セナノは男を見て、告げた。
「エイが今から向かうわ。正確な場所を教えて」
「ありがとうございます……! こちらへどうぞ」
セナノはエイを背負って神社へと向かう。
見送る彼らの顔は、再び笑顔で満ちていた。
■
御空神社には既に数人の村人が集まっていた。
辺りの様子から見るに、明日に使う舞台のような物を組み立てていたのだろう。
工具や古びた材木がその場に転がって放置されており、全員が神社の裏の方を心配そうにのぞき込んでいる。
そこへ丁度、エイを背負ったセナノ達が駆け付けた。
境内に足を踏み入れた瞬間に、ネネは目を細める。
「ああ、確かにいるな」
本殿の裏、霊峰へと続く道を透かして見ているかのように、彼女ははっきりとそう告げた。
エイもそれに合わせて頷く。
「セナノさん、申し訳ありませんが急いでくれますか」
「わかったわ!」
セナノはエイを背負ったまま、神社の裏手へと駆ける。
そして本殿を抜けてすぐに、それらの姿を見た。
「――くう、くう」
様々な生物の姿を組み合わせた異形の異縁存在。
野生動物というよりは、人間の文化と交わらなかった神のような恐ろしくもどこか美しい、ソエ。
それはセナノ達が見た個体を先頭にして、群れですぐそこまで降りて来ていた。
丁度霊峰へと続く道と神社の境目で足を止め「くう」と鳴き続けている。
「あ、エイちゃん来てくれたのか! それに、護衛の方々も!」
ホッとした様子で、村人たちが道を開ける。
自然と、セナノ達はソエと対峙する形となった。
しかし、その雰囲気は剣吞としたものではなく、妙に厳かであった。
「……ふふ」
エイは何かを理解した様子で笑う。
そして、セナノの背からゆっくりと降りた。
目が見えないエイを補助するようにセナノは傍に立つ。
「明日が待ちきれなくて、挨拶に来てくれたようですね」
エイはクスリと笑ってそういった。
確かに、ソエ達は人間を襲う様子を見せない。
全ての個体がエイを見て、首を垂れている様はエイの事を絶対的な格上であると示していた。
「明日、必ずあなたを空に還します」
エイはソエに触れようと虚空に手を伸ばす。
すると、ソエの方から首を伸ばしてその手に自身の頭を触れさせた。
「ありがとうございます。私がいない間、村を守ってくれていたのでしょう」
エイは優しくソエを撫でる。
すると、背後で見ていた無数のソエが、空へと向けて遠吠えを始めた。
金切り声がいくつも重なり、村の隅々までその声が響く。
しかしそれを聞いて不安に思う者はいないだろう。
おそらく、これは旅立つソエに向けた祝福なのだ。
「……では、明日またお会いしましょう」
エイはそう締めくくり、手を離す。
ソエは一度、じっとエイを見ると踵を返した。
その足取りはカモシカのように軽やかで、あっという間にその場にいたソエ達は森の中へと消えていく。
「凄い……流石は空写様だ」
誰かの本音が、感心のどよめきにかき消される。
しかしそれはこの光景を目にした村人全員の胸中であった。
「セナノさん」
エイはセナノがいるであろう方向を見上げると、ゆっくりと目を開いた。
その目は青空を透かしているように青く、腹が立つ程に美しい。
「今日は、少し疲れてしまいました。このまま神社でお休みしたいです」
「……わかったわ」
セナノはエイを再び背負い、本殿へと歩き出す。
「大丈夫ですよ、明日にはきっとまた見えるようになっていますから」
エイはセナノの様子を察したのか、明るく言う。
対してセナノは上手く返事が出来ず、ネネを見るが彼女は何も言わなかった。
セナノに出来たことは、少しだけ歩を早めることだけだ。
こうして、祭りの一日目は幕を下ろす。
そして迎えた次の日――その目は、青いままだった。
『もう、ソラったら! 俺のおめめを返し忘れているゾ☆彡』
『返すも何も、あれはもう私のものですよ』
『えっ』
『代わりにオソラアイで千里眼なので、強化ですね』
『……なら、いいかぁ! わぁい! 後で使い方教えてー!』
『ふふ、はしゃいじゃって……はぁ、可愛い。勿論いいですよ^^』