【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
朝だよー! おはよー!
『おはようございます、エイ。今日もきちんと時間通りに起きられましたね、偉い偉い』
『容姿的に立場が逆では?』
相変わらず視界は真っ青だが、それも問題ない。
俺は快調である。
内臓がひっくり返るのも、レベル999の風邪みてえな症状の数々にも慣れた。
慣れれば別に大したことねえな、これ。
おかげで昨晩はぐっすりと眠る事が出来た。
本殿って涼しくて寝やすいのね。俺、また一つ学んじゃった。
『さて、エイ昨日の練習の成果を確認しますよ?』
『任せてくれ!』
俺は青い視界に意識を集中する。
これは前を見ようとするから駄目なんだ。
そうではなく、見下ろすような感覚で見ると……来た、見えてきたぞ!
人工衛星写真のような視界に、御空神社が映る。
その階段を上っている赤い髪が見えた。
セナノちゃんだ。
『セナノちゃんがここに来るようだね。ふふ、全知の俺にはなんでもお見通しさ』
『すぐに調子に乗るエイも可愛いですよ。それじゃあ、早速そのおめめを使ってあの人間の感情をすり潰しましょう。ペースト状にしないと、次の工程に移れませんからね』
『あんまり人間の感情を表す表現でペーストって言葉は使わないかも……』
セナノちゃんはそんな事などつゆ知らず、遂に本殿へと到達した。
俺は敢えて背を向けたまま、布団で座っている。
とりあえず、この御本尊様でも拝んでおこうかな。
『ソラ、ちなみにこの像って何? 現代アートみたいだけど』
無数の球体が集まった細長い物体に翼が不規則な向きで付いている。
目覚めさせた時点でバッドエンドのボスみたいだ。
『ああ、それは私ですよ』
『えっ』
『そんな姿にもなれるんですよ。他にも鳥とか様々です!』
『ソラは器用だなぁ』
『えへへ』
照れて嬉しそうにするソラと御本尊様を千里眼で見比べていると、やがてセナノちゃんが中に入ってくるのがわかった。
セナノちゃんが口を開いた瞬間に、俺はすかさず言う。
「おはようございます」
「おはよう。気が付いていたのね」
「ええ。見えていましたから」
俺はゆっくりと振り返った。
その瞳は、かっこよく真っ青に染まっている。
やっぱり能力者の目の色は青か赤だね。
俺の瞳、かっけえ……! 千里を見通せるとか実質魔眼だ。
「っ! エイ、その目は」
セナノちゃんは俺の元へと駆け寄り、両肩を掴んで顔をまじまじと見つめる。
不安そうな彼女を宥めるように、俺は微笑んだ。
「どうやら、馴染んできたようなんです」
まだだ。俺はここで終わらねえぞ!
俺はセナノちゃんを抱きしめてあげた。
君に何かを言われる前に、こちらで畳みかける。
「セナノさん、私の晴れ舞台をどうか見ていてくださいね」
セナノちゃんは何も答えなかった。
今日はお祭り二日目なので、きっと空心祭みたいにクソ面倒なのがあるのだろう。
それを完遂して、空写として活躍する所を見ていて欲しい。
青い目の巫女が踊る……なんてカッコいいんだ。
『お、やる気の様ですねエイ』
『いよいよ和風バトルファンタジーっぽくなってきたからね!』
今までが理不尽ホラー過ぎたので、ようやく俺の出番が来たと心が躍っているところだ。
これがもしかしてエイの言っていた、俺の好きな無双系コンテンツの下準備なのかなぁ。
『お祭り、頑張ってくださいね』
『うん!』
いやぁ、楽しみだなぁ。
■
祭り二日目。
澄目村は、昨日の騒がしさが噓のように、静けさに包まれていた。
人々はおろか、蝉や鳥ですら息を殺すようにして鳴き声の一つも聞こえない。
唯一響くのは、村を通り抜ける風の音だけであった。
「――」
風に揺れる穂の横を、白い服の集団がゆっくりと進む。
その顔は笑みが刻まれた仮面により隠されており、表情はわからない。
しかし、笑っているのだろうという確信があった。
ただ一人、先頭に立つエイを除いてその列の全員が笑みを顔に刻みつけていた。
「……これが、祭り」
セナノとネネはそれを少し離れた場所から見ていた。
本当であれば傍に行きたいところだが、それは村人が頑として認めなかったのだ。
長くエイの傍にいる為には、村人との余計なトラブルは避けるべきだろう。
「見ろ、神社に向かうぞ。エイのやつ、階段をきちんと登れるのか?」
「……たぶん、大丈夫です」
朝、セナノはエイ本人にその光景を見せられている。
青く澄んで全てを見下ろす瞳。
千里眼としか言い表せないあの瞳があるならば、階段なんて障害にもならないのだろう。
『――どうやら、馴染んできたようなんです』
自分の瞳を指さし、そう言って笑ったエイの顔は今も脳裏に焼き付いている。
馴染んできた、これが意味する所は考えるまでもない。
エイは少しずつ、空へと引かれているのだ。
「私達も行くぞ、セナノ」
「……はい」
ネネに言われてセナノは顔を上げる。
どうやら、いつの間にかあの行列から視線をそらしてしまっていたらしい。
セナノ達は、他の見物している村人たちと一緒に、裏の小道から神社へと回り込む。
と、神社に踏み込んだ瞬間に木々の向こうから「くう」という鳴き声が聞こえてきた。昨晩姿を見せたソエのものだろう。
どうやら、ソエの中にも見物している個体がいるらしい。
それも聞こえる声の数からして複数だ。
そして御空神社へと到着したセナノの前には、完成された舞台があった。
セナノが雨目市で使用した舞台よりもずっと古く、大きなそれは村人たちだけで用意するには骨が折れるだろう。為せるのは執念と信仰心が故か。
「見ろ、エイだ」
今まさに本殿の前に用意された舞台へとエイが上がる。
その瞳ははっきりと開かれており、やはり青い。
エイは左右の白装束に礼をすると、舞台へと登っていく。
気のせいだろうか、今日は昨日よりもずっと暑い。
「たた なが ひそ くく ことはら みなし な いず みよ」
焼けるような日差しの下、しわがれた声が告げた。村長の声だろう。
それに続いて、エイは空を見上げる。
神社は、周囲を木々で覆われており中央にだけ日が差す作りになっていた。
その為、自然と青空がエイだけを見下ろす形になる。
「……久しぶりですね」
小さくエイはそう呟いた。
そして、腕を大きく空へと広げて、舞を始めた。
簡素で必要最小限な囃子がそれに合わせて境内に響き出す。
エイは穏やかな笑みを浮かべて、袖をひらひらと揺らす。
青空にぽつんと残された浮雲のように、自由で孤独な舞をセナノとネネはただ黙って見ていた。
(エイがきちんと舞っている所なんて初めてみたけど……これは確かに神に捧げるための舞だ)
同じく舞を知るセナノだからこそ、直感的に理解できた。
怖ろしくも美しいソレは、人や自身ではなく神の事だけを考えて作られている。
古くから伝わっている物ではあるのだろうが、その根底には空の神への理論がある筈だ。
これは正真正銘、捧げるための舞である。
その時、山の向こうからひときわ大きな鳴き声が聞こえた。
「ソエだ」
まもなく、神社の裏から一匹のソエが躍り出た。
昨日よりもずっと興奮して、飛び跳ねるような軽やかな足取りで境内を走り回る。
村人たちは、それをありがたい物でも見るようにして手を合わせていた。当然、その顔には笑みが浮かんでいる。
やがて、軽快に跳躍するとソエは舞台の上に着地する。
先ほどまでの様子からは考えられない程に静かにエイの前に降り立ったソエは、舞うエイの前で首を垂れた。
脚を折りたたみ、人が平伏する時のようにエイにその体を差し出している。
エイはそれを見ながら、もう一度舞を繰り返した。
口から流れ出る言葉はソエへの手向けなのだろう。
「たた なが」
空が青さを増し、透明な圧が辺りに降りる。
「ひそ くく ことはら」
澄んだ声の向こうに蝉の声が聞こえる気がした。
木々の切れ間から覗く青空がはっきりと舞台を見下ろしている。
「……ぁ」
どうしてだろうか。
そこでセナノは気が付いてしまった。
理由はわからないが、体の芯から伝わる熱が訴えかけている。
――これこそが、空写として完成するために必要な最後のピースだ。
(駄目……!)
セナノは空澱大人と澄目村について詳しいとは言えない。
だからこそ、それに理屈など無い筈だ。なのに表情を穏やかに舞台の上に立つエイが、人間としての最期の姿なのだと理解した。
ソエを空に還す行為は、空澱大人にのみ許された御業。
であるならば、それを行えるエイは正真正銘の空澱大人と同じ存在――空写である。
「っ!」
セナノは駆け出そうとした。
この儀式を完遂させてはならない。
止める為ならば、ヒバリで舞台を焼き払う覚悟すらある。
いや、舞台だけで留まるものか。真に焼くべきは――。
(どうして……体が動かないの……!)
空の青さが、両肩にのしかかりセナノは一歩も動かせなかった。
それどころか満足に言葉を発することすらできない。
油断すれば肺の空気が全て吐き出されてしまいそうだ。
(エイ! 駄目……!)
セナノの祈りも空しく、儀式はここに終わりを迎える。
終わりは、ソエを指さすと同時に吐き出された言葉だった。
「みなし な いず みよ」
澱語を空が聞き届ける。
その瞬間、ソエはその場から姿を消した。
予兆も無く、忽然と舞台の上から消えたのだ。
いや、空へと還したというべきか。
「……」
しんと静まり返った舞台の上で、エイは振り返り村人たちに向けて礼をする。
風に揺れるその髪の端は、濃い蒼に染まっていた。