【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
呪いとは、人類が生み出した物の中で最も古い窓の一つである。
意味の無い工程に意味を与え、存在しないものに存在を与える。
信仰と並び、古くから外より視線を注ぐ神の窓として在ったその概念は、人間にとって都合の良い物になり果てていた。
縁理庁特別封縁保管対象――
あるいは、S階位『狭間』。
それは縁理庁の中でも、異縁存在ではなく対人戦に特化した縁者である。
澄目村に夜神楽が襲来したのと時を同じくして、こちらも戦闘は激化していた。
山の中は、まるでそこだけ嵐が過ぎ去ったかのように荒れ果てている。
木々はへし折れ、地面は抉れて木の根が露出していた。
「相変わらず一直線だな、猪かお前」
「そういうお前も相変わらず老人の様だ」
仇熊と呼ばれている赤黒い毛皮の巨大な熊は、興奮状態にあるのかしきりに吠え地面を叩く。
ネネは額にうっすらと汗を浮かべているものの、目立った傷はまだ無かった。
「なら老人に付き合うと思ってここでゆっくりしていけよ」
「嫌だ」
カミキリが棒術のように振るわれる。
長い得物は本来、木々の多い山との相性が悪い。
しかしカミキリは、触れる傍から木や岩、果てには斜面までも咀嚼音と共に消失させていた。
文字通り、山を喰っているのだ。
仇熊は大きな手を振り下ろし、カミキリと真っ向から力比べを挑もうとするが、その手はカミキリにより噛み砕かれた。
「味が一緒でつまらんな」
カミキリが地面を突く。
そしてそれを起点として高く飛び上がったネネは、狙いを定めて一気に仇熊へと急降下した。
カミキリを突き刺すのは、生物であれば急所とされる脳天である。
腕がなくなったことで抵抗が出来なくなった仇熊は、そのまま鉄パイプのように太いカミキリを力任せにずぶずぶと押し込まれていく。
抵抗し、暴れていた仇熊は地面を転がりネネを引き離そうとするが、両足で首を挟み込んだネネは決して離れずゆっくりとカミキリを突き刺した。
それは野生動物同士の争いというべき暴力性を秘めた戦いであり、ネネはこの期に及んで自身の筋力で呪物と渡り合っている。
内部に入り込んだカミキリは、まるでご馳走を前にしたように歯を鳴らし、骨や肉を貪り始めた。
「うわぁ……仇熊を物理で殺したよ……やっぱりお前、おかしいな」
「お前には言われたくない」
カミキリを仇熊に突き刺したまま放置し、ネネは立ち上がる。
そしてこぶしを握ってリョウシに向けて歩き出した。
「おいまさか俺を――」
次の瞬間、リョウシの首はあり得ない方向にねじ曲がっていた。
そして目の前には拳を振り抜いた姿勢のネネが立っている。
「私を前に棒立ちか?」
「……流石は、一人で封縁五家を何人も殺しただけの事はある」
何かが切れるような音を首と背中からいくつも響かせながら、リョウシの顔が正面を向く。
その口の端からは血が流れ、首も歪に腫れてて内出血が起きているが、表情にはなんの変化もなかった。
「これも効いていないのか?」
「いいや、効いてはいるらしい」
リョウシは自身の首を指先で小突き、肩をすくめる。
その様子はやはり、今首をねじられた者とは思えない。
「体はお前のせいで滅茶苦茶だ。どうするんだ寿命が来たら。次の狭間を用意してくれるのか? なら次は若い女が良いな」
「死ね」
ネネの表情が一瞬、怒りに染まる。
そして拳を今度はリョウシの胸に埋め込まれたパズルへ放った。
「
胸のパズルがひとりでに動き始める。
ネネの拳が当たるまでの刹那に組み上がったそれは、表面に熊の絵を映し出していた。
血みどろの背景に佇む恐ろしい熊は、次の瞬間に現実のものとなる。
「っ、またか」
ネネの真横に熊が突如出現する。
それは、今しがたネネが殺した仇熊とは別の個体であった。
「いつでも組み直せるのがパズルの良いところだ」
笑うリョウシを守るように、仇熊が間に割り込む。
そしてネネの拳を真正面から受け止めた。
「……」
「そんな怖い顔するな。あー、痛い痛い」
首をさすりながら、リョウシは仇熊の後ろで木に寄りかかる。
彼自身はこの戦いに参加するつもりはないようだ。
「俺がお前の足止めに採用された理由がわかったろ。食い意地を張ったお前でも、流石に勝ちきれねえよ」
ネネは仇熊の死骸からカミキリを抜きとる。
そして、変わらず戦う姿勢を見せた。
「安心しろよ、ちょっと疑似媒介体のテストをするだけなんだから」
「やはりエイか」
「そうそう。まあ、あくまで天移の性能を見るだけで――って、おい」
リョウシの寄りかかっていた木に、別の木の幹が突き刺さる。
人の手の形で握った跡が刻み込まれた木が真横に刺さる光景は、冗談としか思えなかった。
「一人だけ昔話みたいな行動しやがって」
「エイをこれ以上、縁理庁の都合で苦しませるわけにはいかないんだ」
ネネは可愛い弟子を守る為だけに、カミキリを握り直す。
そして、工夫も何もなく、ただ普段よりももっと体に力を込めた。
彼女は、弾丸のように射出され仇熊の傍を横切る。
狙うのはリョウシただ一人だ。
(殺せないのは知っている。なら――)
「おいおいおいおいちょっと待っ――」
ネネは手を開くと、リョウシの胸倉を掴んだ。
そして、軽々と持ち上げてぐるぐるとリョウシを振り回すと、ある方向めがけて投げた。
そこあったのは、仇熊とネネの戦闘で折れて、鋭い槍のようになった木である。
「うぐぁっ……」
リョウシはそれに背中から串刺しにされ、宙に浮く形となった。
鋭利な枝が、腐りきった内臓をその先端に晒している。
彼は体の中心を枝に貫かれ、呻きながらネネを見た。
「お前……やばいね」
「これもオマケだ」
ネネは仇熊をカミキリで叩き、怯ませる。
そして持ち上げると一息で放り投げた。
当然、リョウシと同じ方向である。
「馬鹿力がよ」
放り投げられた仇熊は、激しく木を揺らしながら、そのままリョウシと同様に木に突き刺さった。
リョウシは仇熊と木に挟まれる形となり、完全に身動きが取れなくなる。
「あー、まいった。これは動けないな」
「そうか。ならこれで終わりだな。私はもう行く」
抵抗を諦めて突き刺さったままのリョウシを一瞥し、ネネはそれ以上の言葉を掛けることなく村へと走り出した。
その背中へと、気だるげな声が向けられる。
「次はちゃんと疑似媒介体を迎えに行くからなー」
「……来るなら来い」
カミキリを片手に、ネネは周囲の木々を薙ぎ払いながら真っ直ぐに村へと進む。
■
彼女が辿り着いた頃には、村は暑い日差しで照らされていた。
ネネは村の光景を目にして、立ち止まる。
そして呟いた。
「……間に合わなかった」
木に突き刺さったまま抵抗しなかったリョウシの様子に、今更合点がいった。
足止めという役割をリョウシは完璧に成し遂げたのである。
村入り口の周囲は、舞う灰と何かが焦げた跡、そして巨大な生物の足跡が散乱している。
異縁存在との大規模な戦闘があった事は間違いない。
そしてその争いは、二人の縁者によって終わりを迎えたのだろう。
「エイッ! エイ、返事をして……!」
意識を失った青い髪のエイを抱き抱えその場に座り込むセナノ。
そして、彼女達を囲むようにして静かに笑顔で手を合わせ続ける村人。
相変わらずの焼けるような日差しは、村の空を遮る雲が無いからだろうか。
祭囃子の代わりに村を満たしている蝉の声が、今は鬱陶しい。
「……」
ネネはカミキリを自身のコートでくるむと、背負って歩き出す。
あのまま、むき出しでカミキリを持っていると、守るべきはずのものまで食ってしまいそうだった。
『か、身体に力がはいらねえエイ~! でも不思議と心地良い脱力感で、スポーツの後って感じ』
『ふふふ、それがクセになってくるんですよ』