【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
澄目村から少し離れた山間を流れる川を異縁存在の首が流れていく。
大きな力で引き裂かれたようにズタズタな皮膚の先端が水の中で躍る様は、奇妙だが美しくもある。
月明かりの下、照らされる川とその川に体を突っ込み覗き込むような姿勢で倒れる巨人型の異縁存在。
それらはリョウシにとってはどうでも良い事だった。
「――ああ、そうだな。性能は十分だ。だが使えて後一回ってところだろう」
今彼は、岩の上に寝そべってスマホを傍に通話をしている。
そのやる気のない姿勢とは裏腹に、胸部には大きな穴が開いていた。
『今度の夜神楽で使えれば良い』
スマホの向こうでしゃがれた声が返ってくる。
が、正直リョウシはそれが誰かをきちんと把握していない。
縁理庁の上層部の誰かであると認識はすれど、個体としてそれを見る事はなかった。
「勿体なくないか?」
『次は兵器として運用するだけだ』
「へえ策があるのか。俺や八方塞みたいにする感じかな?」
『もっと有意義に使う』
「流石は上層部様は色々と考えてらっしゃる。にしても、疑似夜神楽の処理速度、想定よりもずっと速かったな。護国機構型ってスゲー」
超遠距離からの撮影が可能なカメラには、一方的に異縁存在を蹂躙するエイの姿が記録されていた。
それを提出した時点で、今日のリョウシの仕事は完了している。
本番は明日だ。
『夜神楽は既に始まっている。明日、A-E1を必ず現地に連れて来い』
「わかってるよ。大丈夫大丈夫。俺は報酬を受け取った仕事は必ず果たす。だから、他のS階位じゃなくて俺に頼んだんだろ?」
軽薄な口調に苛立ちを覚えたのか、返ってきた言葉は低く冷たいものだった。
『自分の役目を忘れるなよ? 貴様の次の器を用意してやるのも我々縁理庁なのだから』
「はいはい、わかってますよー。じゃ、そろそろ仮眠取るんで報告終わるわ」
リョウシは返事も待たずに通話を終了する。
と、その横に何か大きなものが落下した。
それは、人の手足を引き延ばし、無理やり飛蝗の脚として組み込んだかのような歪な形の異縁存在である。
顔はひしゃげ、胴体にはいくつも切り裂かれた後があった。
まもなくその異縁存在は、闇の中から現れた仇熊により更に滅茶苦茶に体を壊されていく。
どうやら、仇熊がこの異縁存在を殺したようだ。
「怒ってるねぇ」
リョウシはそれを一度見て、興味を無くしたように夜空を見上げる。
とりあえず、明日の仕事に備えて眠らなくてはならない。
それ以上余計な事を考えるのは無駄だろう。
■
澄目村は、夜神楽による被害は一切無かったと言って良い。
それどころか、エイが守ったという構図が空澱大人の加護が継続しているという事実を知らしめている。
村人が舞い上がり、祭りがより騒々しくなるのは無理もない話だった。
昨日まで、後ろめたさを感じていた筈の両親も、体裁だけは整えて接していた村長も、かつてエイと親しかった同年代の子らも、今は一様に空に感謝をささげている。
空は我々を見捨ててなどいない。
空に捧げた笑顔は間違いではなかった。
その事実が、祭りを熱狂的に盛り上げている。
かつて空写が人として楽しむためにと作られた筈の祭りは、既に人々が空へ感謝を捧げ次の加護を願う祭りへと変わった。
これからも、この村は毎年この祭りを開催するのだろう。
違った形で祭りの意義を継承しながら。
「……馬鹿みたい」
セナノは、それがたまらなく嫌だった。
神社の階段から見下ろす村は、夜だというのに提灯の明かりやライトで照らされて明るい。
既に時刻は21時を回っている。
今宵の澄目村は、田舎の静かな夜など忘れてしまったようだ。
広場には屋台だけでなく、村人が大皿で持ち寄った料理も外のテーブルに並べられている。
笑顔で、景気よく、不安など一抹もないかのように、彼らは幸せそうだった。
「エイのおかげじゃない。空じゃなくて、エイが救おうとしたからお前達は生きているのに」
階段に腰を下ろしたまま、セナノは膝を抱えて動かなかった。
頭の上にいるヒバリは、退屈そうにセナノの髪で遊んでいる。
今、セナノは神社の警護をしている最中であった。
御空神社では、今もエイが眠っている。いや、意識を失ったままと言った方が正しいだろうか。
ともかく、今の状態のエイを縁理庁の手の者が狙うのは明白であった。
(師匠は、あの夜神楽がエイの実力を見るためのテストだと言っていたわ。だから、絶対に次も来る)
神社の中には立ち入らせず、外で完璧に片付ける。
そのつもりで、セナノとネネは交代しながら神社を守っているのだ。
(エイ、苦しんでいないかな……大丈夫かな……)
本当ならずっと傍に居たい。
手を握って、一人ではないと伝えたい。
しかし、それでは戦いに巻き込んでしまう。
エイを本当に救いたいなら、戦う者である自分は離れるべきであるとセナノは理解していた。
「――やあ、エイちゃんの様子はどうだい」
提灯の吊るされた明るい階段を、赤ら顔の村長が上って来るのが見えた。
彼は上機嫌そうに、セナノに話しかける。
その手には、焼き鳥が詰め込まれたパックがあった。
セナノは立ち上がり、村長の前に立つ。
「まだ、眠ったままです」
「そうかい。これを届けたいんだけど、入っちゃ駄目かな?」
「……私の方から、渡しておくので」
「仕方ないなぁ。今、エイちゃんは御空様と同化している最中なんだし、邪魔しちゃ悪いかねぇ。それも、貴女達で食べてくれ」
村長は軽い調子でそう言うと、焼き鳥のパックをセナノに渡して階段を下りていく。
その姿を、セナノはなるべく感情を出さないように見送った。
さらに、入れ替わるようにネネが上って来たことで、余計な事も考えなくて済みそうだ。
「襲撃者はゼロか。先程の村長も本物のようだな」
「はい。変わらずです。村も、エイも」
スマホの画面には、エイの眠る部屋が映し出されている。
リアルで映像と縁波密度を計測し続け、エイの容態を監視しているのだ。
「一度も目覚めていないのか」
「……はい」
「そうか」
ネネは階段の最上段に腰を下ろす。
そして村へと視線をやった。
「賑やかだな」
「はい」
「セナノ」
ネネはセナノに視線を合わせない。
変わらず村を見たまま、彼女は告げた。
「この村も、私達の守るものだ」
「……わかっています」
「そうか。次は2時に交代だったな。差し入れを貰ったみたいだし、それでも食べて少し休め」
「私は別にいりません。食べる気分じゃないので。師匠が食べます?」
「…………いや、セナノが食え。こういう時でも食っておかないと力が出ないぞ」
「迷いました?」
「迷ってない」
「一本だけ食べます?」
「貰う」
セナノから焼き鳥を受け取ったネネは、嬉しそうに頬張った。
これから護衛をする者の姿とは思えないが、彼女の場合はその体躯のおかげで座っているだけで役目を果たせるのだろう。
「……一度、エイの顔を見てから宿に戻ります」
「ああ」
セナノは境内へと足を踏み入れる。
夜だというのに、鳥居をくぐった瞬間視界は明るさで満ちた。
境内には日が差し、青空と僅かな雲が木々の隙間から見える。
蝉の声は、止むことを知らずセナノの鼓膜を揺らし続けている。
エイが意識を失ってから今に至るまで、この神社の敷地内は異常な現象に支配されていた。
それはフラシの迷宮によく似ている。本質的には同じなのだろう。
つまり、エイの体はもう――。
「エイ、入るわよ」
本殿で眠っているエイに、セナノは明るく声をかけた。
いつの間にか屋根には風鈴が吊るされており、涼し気な音色を風に響かせている。
相変わらず返事はない。
中には入らず、セナノはその場で笑みを作って語り掛ける。
「村長さんから焼き鳥を貰ったけれど、あなたは寝ているから私が全部食べちゃうわね!」
エイは答えない。
蝉はこんなにもうるさいというのに、沈黙が耳に突き刺さっている気がした。
「……また来るから」
セナノは背を向けて歩き出す。
最初こそ自分を落ち着けるようにゆっくりとした足取りだったが、気が付けば駆け出していた。
「っ」
ネネの傍を駆け抜け、階段をいくつも飛ばして駆け下り、祭囃子の中を抜けていく。
振り返らず、がむしゃらに宿に向かう姿は、きっと不思議に映っただろう。
しかし、それだけが今の彼女に出来る全てだったのだ。
『ソラ、このパーツとこのパーツくっつかないんだけど理由分かる?』
『どれどれ……ああ、これは相性が悪すぎますね! 互いの信仰に矛盾が生じて打ち消し合ってしまいます』
『成程なぁ。光と闇を両立させて最強ってのは難しいのか。オソエキットは奥が深いなぁ』
『逆に相性が良すぎる場合もあるので注意してくださいね。オソエはバランスが大切なんです。ちなみに、そろそろ最終曇らせ夜会が始まるので準備してください』
『はーい』