【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
陽が落ち夜に包まれた潮目村は、まるで息を潜めているかのようだった。
街灯は一本も点いていない。
家屋の明かりはどれも早くに落とされ、窓の奥で灯っているのは、たった一つの蝋燭の揺らめきだけだ。
風はないが、遠くの海だけがざわめいていた。
「足元に気を付けてねー」
「大丈夫よ。縁者はある程度の暗闇なら活動できるように訓練を受けているから」
「おぉ! ……あ、確かに私の記憶にもあったな」
潮の満ち引きが、山肌にぶつかってはゆるやかに返っていく。
その波の音がまるで囁きのように、一定の間隔で村を包んでいた。
ミナコの背中を追う形でセナノは舗装の剥がれた坂道を歩く。
靴の底に湿った砂が張りつき、踏みしめるたびに微かな音を立てた。
(処理するなら断然早い方が良い。だからこうして来たんだけれど……ヒバリがどこまで通用するか)
手には小型の懐中電灯を持っているが、その光はあえて最低限に絞っている。
強い光を灯すこと自体が、この土地では呼ぶ行為だからだ。
闇の奥にあるのは、灯らぬ社のある山。
昼間に見たときでさえ不吉な黒をしていた、あの稜線だ。
「ミナコ、貴女は協力してくれるみたいだけれど何が出来るのかしら」
「うーんそうだなぁ……海が私のホームだから山では目立った行動は出来ないね。奴の罰を回避することぐらいかな」
「罰?」
「明かりを点けたら、パァンってくるやつ」
ミナコは振り返り手を鳴らす。
「これを封じ込められるよ。ま、精々がその程度だね。だから直接戦える人が欲しかったんだ。……あ、弱いとか思わないでね。海なら誰にも負けないから!」
補足をしながらミナコはセナノに顔を寄せる。
セナノは何も返事をしなかったが、ミナコはニコリと微笑んで再び歩き出した。
「貴女は、ずっとアレを監視していたの?」
「うん。海にまで来られたら困るからね。私ってば一応は正義の味方だし」
夜の山は輪郭を失い、海と空の境界が溶けていた。
上も下もわからない。
しかし、波音が確かな方角を教えてくれる。
右耳に潮の音があるかぎり、まだ海を背にしているとわかった。
それがなければ、すぐにでも方向感覚を喪ってしまうだろう。
「それは結構な事ね」
「あ、信じてないでしょ」
遠くの防波堤には、壊れかけた標識が立っている。
錆びた鉄の板には、この先進入禁止の文字が刻まれていたが潮風に削られてほとんど読めない。
その先に封鎖された参道がある。
灯らぬ社へと続く誰も通らなくなった山道だ。
ミナコは足を止めると、最後の確認だとでも言いたげに口を開く。
「セナノちゃん、君は今までの縁者とは違う。強い人間だ。期待しているよ」
「任せなさい。……あの子に頼らずとも勝ってみせるわよ」
後半の言葉は自身に向けた小さな誓いであった。
ミナコは聞こえていないのか、それとも聞こえないフリをしているのかわからない。
しかし、セナノの決心した様子を見て先陣を切る様に歩き出す。
「じゃ、行こうか」
散歩にでも赴くような声と共に、ミナコは山の領域へと足を踏み入れる。
続いてセナノが足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
「……迷宮ね」
海の匂いが薄れ、代わりに湿った木の匂いが鼻を刺した。
暗闇の中で、木々の葉がわずかに揺れる。
風はないはずなのに揺れる木々は、まるで来訪者である二人をあざ笑っているようだった。
セナノは立ち止まり深く息を吸う。
海鳴りが遠のく。
世界の音が一枚、隔てられたようだった。
それでも歩くしかない。
この闇の向こうに、神を封じた社があるのだから。
「不安なら手を繋ごうか?」
「冗談でしょ。子供扱いしないで」
「うーん、君の年齢だとまだ子供だと思ったんだけど」
波の音はもう聞こえない。
聞こえるのは木々の擦れる音と、自分の心臓の鼓動だけだった。
(明かりを灯した瞬間から灯らぬ社は動き出す。つまり、ヒバリを出してすぐに良くも悪くも決着がつくわね)
当初、セナノはこの異縁存在を外部からの一方的な構文焼却により対処する予定であった。
ヒバリは新型のNARROWだ。
その能力は大抵の異縁存在には負けることがないだろう。
が、それでもセナノが当初の予定を取りやめ内部へ侵入して処理をすることに決めたのは神の出来損ないを見たからだった。
(昼間の幼体みたいなものがいる。それを叩かないと灯らぬ社を根本から処理することはできない。きっと外側の闇だけを焼却しても意味が無いわ)
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
セナノが狙うのは本体だけだ。
「うん、着いたよ」
「え?」
僅かな思考の間に、気が付けばセナノは社の前へと来ていた。
振り返れば、闇の中へと続く階段が見える。
その時、再び耳の奥で潮騒が響いた気がした。
「ちょっと道案内をさせて貰っただけだよ。気にしないで」
「……ありがとう」
「いいって事よ! ねえねえ、なんかこれって凄いプロフェッショナルっぽいね!」
「ぽい、じゃなくて私達はプロフェッショナルなのよ」
山の最奥に辿り着いた瞬間、空気が変わったのを感じた。
呼吸の仕方すら思い出せなくなるほどの静寂。
それは夜だから静かなのではない。
世界そのものが、音という概念を忘れているかのようだ。
灯らぬ社の本体は、おそらく目の前にあった。
朽ちた社殿の残骸の奥に、心臓のように脈動している何かの低い音が聞こえる。
この闇のせいで輪郭すら捉えられないが、いる事だけははっきりとわかった。
近づくほどに、胸が圧迫される。
重いのではない。
見えない何かが、意図的に拒んでいるのだ。
「じゃ、ここからは私の声で守るから」
「その言葉、信じているから」
「まっかせて!」
胸を叩くミナコに若干の不安を抱きながらセナノは一歩踏み出した。
(……ここが、本体のある場所)
セナノはギターケースをゆっくりと下ろす。
そして、その中にしまってあった羽を取り出した。
『認識接続、オース・リンク開示。確認しました』
既にNARROWの使用許可は下りている。
昼間とは違い、セナノは躊躇うことなく自身の切り札を切った。
「……起きて。ヒバリ」
セナノは深く息を吸い一歩、足を踏み出す。
(舞を奉納した瞬間からヒバリは輝きだす。そこからはスピード勝負よ! 私の焼却が勝つか、それとも灯らぬ社の与える罰が勝つか!)
意を決したセナノが舞を始めようとしたその時だった。
「……うわ、ごめんセナノちゃん! やっぱり守れそうにないわ!」
背後で聞こえたのはミナコの声だった。
まるで待ち合わせに遅れると言っているかのように告げられた衝撃の言葉にセナノは驚く他ない。
「は!? アンタまさか裏切って――」
振り返ったセナノは息を呑むと同時に、その言葉の意味を理解する。
申し訳なさそうにこちらに手を合わせるミナコの顔がはっきりと見て取れた。
青々とした木々も、苔むした石畳も、古びて朽ちかけた鳥居も、全てが青空を背後にはっきりと世界に曝け出されている。
「……え」
その現象にセナノは既視感があった。
夜の帳が下りた迷宮を塗り替える嘘のような青空。
頬を撫でる熱風に、静寂を打ち破り拍手の様に鳴り響く蝉の声。
「お待たせしました、セナノさん」
階段を上り姿を現したのはセナノの予想通りの少女だった。
「……エイ」
「はい。今度こそお役に立って見せます。だからどうか、目を瞑っていてください」
青空の下、災主級異縁存在の能力が解放される。
この瞬間にセナノの任務の完遂は約束されたのだ。
一人の少女の献身的な犠牲を伴って。
『体が軽い! それにこの無双できる感じ! これだよこれ!』
『守られるだけのヒロインは昨今はウケません。重い愛と有能さを適度にアピールしましょう!』
拙者、愛故のすれ違いにより互いが傷つく展開大好き侍
ここに同志はおらぬか!