【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

49 / 128
第49話 これが二巻分ソラねぇ……

 灯らぬ社との戦いが終わり、セナノは一室を借りて、淡々と報告書を書き上げていた。

 

 畳の上に広げられた端末には、戦闘経過、異縁存在の消失、観測不能事項――必要な項目が過不足なく並んでいる。

 感情は挟まない。

 あの夜に感じた恐怖も、空を見上げた時の震えも、すべて「補記」にすら書かれなかった。

 

 それでいい、とセナノは思う。

 縁理庁に提出するのは記録であって、後悔ではない。

 

「……ふー、終わったわ」

 

 最後に署名を入れ、端末を閉じる。

 窓の外では、昼の潮目村が静かに息をしていた。

 

 あれから数時間、セナノとエイは村で過ごした。

 

 港で簡単な朝食を取り、土産物屋で干物を眺め、エイは何度も海を振り返った。

 

「また来たいですね。今度は……何も起きない時に」

「それは縁者には一番難しい願いね」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、時間はゆっくりと流れていった。

 

 正午少し前、村外れの停留所に縁者専用の迎えバスが姿を見せた。

 

 一般の車両とは違う、無地の白い車体。

 窓は外から中が見えない加工がされている。

 村の人間がそれと知らずとも、何かを運ぶ車だということだけは分かる佇まいだ。

 セナノ達がそれに乗り込もうとしたその時、誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 

「おーい!」

 

 声をかけてきたのは小川だった。

 その隣では大河が背筋を伸ばしてセナノ達を見つめている。

 

「本当に帰っちまうんだなぁ。せめてもう一晩、魚でもどうだ?」

「魚……!」

「これ以上いると、今度は観光扱いされます。一応、これでも卒業試験なので」

 

 肩をすくめるセナノの隣ではエイが残念そうに項垂れている。

 小川は苦笑し、大河は静かに頭を下げた。

 

「……改めて、礼を言います。この地を長く縛っていたものが、ようやく終わりました」

「完全に終わったかどうかは、まだ分からないです。暫くは観測する必要があるでしょう。でも……今は、これで十分でしょう」

 

 大河は一瞬だけ目を伏せ、それから深く頷いた。

 エイは少し迷ってから、一歩前に出る。

 

「……あの、ありがとうございました。皆さんが、ずっと守ってきたんですよね。この村」

 

 その言葉に、小川は照れたように頭を掻いた。

 

「守ったつもりはないよ。ただ、逃げなかっただけさ。戦う気はなかった」

 

 観測を続けたという事実に変わりはない。

 敬意を表すように、セナノとエイも頭を下げる。

 

 やがて、別れを告げるようにバスのドアが静かに開いた。

 セナノが先に乗り込み、エイは一度だけ振り返った。

 

「……魚」

 

 潮目村の海は、昼の光を受けて穏やかに揺れている。

 あの夜の闇が嘘だったかのように。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「はい……」

「……お土産で買ったあのお菓子、少し食べていいから」

「はいっ」

 

 二人が席に着くと、バスは音もなく走り出した。

 

 窓の外で、大河と小川が小さくなっていく。

 手を振る小川と、最後まで直立不動の大河。

 

 エイはしばらくその姿を見つめていたが、やがてシートに背を預け小さく息を吐いた。

 その手にはご当地のせんべいが握られている。

 

「……疲れました」

「でしょうね。お疲れ様」

 

 バスは山道へ入り、やがて潮目村は視界から消えた。

 

 灯らぬ社はもうない。

 だが、この地に何も残らなかったわけではない。

 

 それでも、縁者は次の場所へ向かう。

 いつも通りに。

 

『よし、明日は男の娘ですよ!』

『はい(適応)』

 

 そう、いつも通り。

 

 

 

 

 白い車体が、山道の向こうへ消えていく。

 エンジン音が潮騒に溶け、やがて完全に聞こえなくなった。

 

 停留所に残されたのは、夏の昼の光と、海から吹き上げる生温い風だけだ。

 

「……行っちゃったな。また平均年齢がぐっと上がる」

 

 小川がそう呟き、帽子のつばを持ち上げる。

 大河は腕を組んだまま、小川の様子にため息をつき黙って山の方を見ていた。

 

 その時だ。

 

「――あ、いたいた!」

 

 坂道の下から声がする。

 振り返ると、息を切らしたミナコが駆けてきていた。

 

 真っ青なジャージはところどころ濡れており、

 髪の先からは、ぽたりと水滴が落ちている。

 

「……ミナコ、遅いぞ。というかお前は今までどこに行っていたんだ?」

 

 大河が眉を顰めて言う。

 

「ご、ごめんなさい班長! ちょっと……その……」

 

 ミナコは言葉を探すように視線を泳がせ、それから海の方を親指で指した。

 

「……海に、落ちました」

「は?」

 

 小川が間の抜けた声を出す。

 

「足、滑らせちゃって……。ほら、岩場って海藻生えてるじゃないですか。で、気づいたらドボンって」

 

 あまりにも素朴な言い訳だった。

 だが、その声色はいつも通り明るく、笑顔も無理をしているようには見えない。

 

 大河達は、ミナコの濡れた袖と体にわずかに残る震えを見て、本当に海に落ちたのだと理解してそれ以上何も聞かなかった。

 

「……相変わらずだな、お前は」

 

 そう言って、軽く笑う。

 

「はは、さーせん!」

 

 ミナコも笑い返す。

 そのまま、二人の隣に並び遠ざかる山道を見つめた。

 もう、バスの姿は見えない。

 

「行っちゃったんですね」

 

 ミナコがぽつりと言う。

 

「ああ。あの方たちがやることは、全部終わったからな」

 

 大河の声は低く、静かだった。

 

 ミナコは小さく頷き、

 海の方へ視線を向ける。

 

 昼の海は、何も知らない顔で光っている。

 あの夜明けの異常も、空が裂けた記憶も、すべて飲み込んでしまったかのように。

 

「……海、冷たかったですよ」

 

 何でもないように、ミナコは言った。

 

 それは言い訳であり同時に、生きて戻ったという事実だけを伝える言葉でもあった。

 

 言葉の意図を理解しきれていないのか、二人はそれを聞いて顔を見合わせる。

 そして首を傾げた。

 

「とりあえず、一度部屋に戻って着替えたらどうだ」

「そうしまーす」

 

 そうは言いつつも、三人は並んでもう見えないバスの行き先を見送っていた。

 

 潮目村の夏は、これからが本番だ。

 暑い日差しと潮騒に包まれて、何事もなかったように緩慢な日常が続いていくだろう。

 

 しかし、その緩やかな余韻に浸る事はミナコには出来そうにない。

 

 (……異常に強くなってたな。ハルメル事変の時よりもヤバイんじゃないのアレ)

 

 空澱大人。

 あの空そのものに見下ろされた感覚が、まだ胸の奥に冷たく残っている。

 

 殺されなかった。

 それだけで、奇跡に近い。

 

 けれど――押し付けられた呪い(コンテンツ)はある。

 

「……班長達って、ラブコメ漫画って読みます?」

 

 とりあえず、空の青さを理解する所から始める事にした。

 

 

 

 

 

 

 記録は存在しない。

 記憶も存在しない。

 

 空澱大人と潮哭ノ巫女が戦ったという事実は、世界のどこにも刻まれていなかった。

 

 観測衛星SKY-9は沈黙し、地上のセンサーは平常値を示し、関係者の脳裏からは、その空白ごと削ぎ落とされている。

 

 しかし。

 

 縁理庁地下深層、『対・認識災害特化シェルター』に避難していた者たちだけは、その出来事を知っていた。

 

 壁は厚く、情報遮断構文は幾重にも重なり、この空間だけが世界から切り離されている。

 ここでは、「見てしまったもの」を忘れずにいられるのだ。

 

「……ふざけるなよ」

 

 静まり返ったシェルターに、荒い声が落ちた。

 

 縁理庁上層部の一人――役職名を呼ぶ必要もないほどの地位にある男が、苛立ちを隠そうともせず歩み寄ってくる。

 

「今回の件、どう説明するつもりだ、審縁導師」

 

 その視線の先にいるのは、いつもと変わらぬ様子で椅子に腰掛ける男だった。

 

 仮面は外していない。だが声色は、いつも通り穏やかだ。

 

「説明? 記録にも記憶にも残ってない出来事を?」

 

 それは火に油だった。

 

「とぼけるな! 我々は知っている! 空澱大人が、潮哭ノ巫女と交戦したことを!」

 

 拳が机を叩く。

 だがその音は、異様なほど軽く響いた。

 しかし、この場の人々が抱えていた不満を爆発するには十分すぎる。

 

「以前管理できていると言ったのは誰だ!」

「報告書で、制御下にあると判断したのは!」

「疑似媒介体の存在を許容したのは!」

「――全部、僕だね」

 

 審縁導師は、あっさりと認めた。

 

 その態度が、かえって相手の怒りを増幅させる。

 

「……なら話は早い。今回の件は、あなたの管理不行き届きだ。縁主様の判断を待つ必要もないだろう。処分だ」

 

 一瞬、シェルターの空気が張り詰めた。

 だが、審縁導師は微笑を浮かべたまま椅子に深く腰掛けている。

 相変わらず、その仮面に隠れた表情は知ることが出来ない。

 

「管理できていた、と思っていたんだろう?」

 

 静かな問いだった。

 

「……何だと?」

 

「空澱大人は、これまで確かに応じてくれていた。干渉を限定し、結果を最適化し、世界を壊さずに済ませてきた」

 

 指先を組み、審縁導師は続ける。

 

「でもそれは、管理されていたからじゃない」

 

 上層部の男は、言葉を失う。

 

「許されていただけだよ。観測され、利用され、それでも怒らなかっただけ」

「……馬鹿な。我々は、何度も――」

「成功体験が慢心を生んだ」

 

 審縁導師は、淡々と言った。

 

「また今回も大丈夫だろう。これまで問題なかった。空澱大人は制御できる」

 

 その言葉が、誰の口から出ていたのか。

 ここにいる全員が、心当たりを持っていた。

 

「でも今回は違った」

 

 審縁導師は、視線を上げる。

 

「空澱大人は、観測衛星すら掌握した」

「……っ

「世界に残らない戦いを起こし、それでも我々を殺さなかった」

 

 その意味が、何を示しているのか。

 

「管理を怠ったのではない」

 

 審縁導師は、はっきりと告げた。

 

「管理できているという前提そのものが、誤りだった」

 

 沈黙。

 怒鳴り込んできた男は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……なら、我々はどうすればいい」

 

 その問いは、責任追及ではない。

 純然たる恐怖故だった。

 

「同じだよ」

 

 審縁導師は、いつもの口調に戻る。

 

「必要な距離を保つ。触りすぎない。信頼しすぎない。でも――切り捨てもしない」

 

「それで済むと?」

「済まないかもしれない」

 

 だからこそ、と付け加える。

 

「次は、管理できているなんて思わないことだ」

 

 その言葉に、上層部の誰も反論しなかった。

 

 シェルターの外では、世界は今日も平然と回っている。

 何もなかった顔で。

 だが、ここにいる者たちだけが知っている。

 

 空澱大人は、まだ人類に()()()()()()()のだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『へえ、ここにいる人間は覚えていられるんですね。おもしろ!』

 

 そう、まだ見ているだけで何もしていない

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。