【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第54話 日本が誇る湯けむりコンテンツ

 それはユウトにとって未知の体験であった。

 

「では、行きましょうか!」

「あ、うん……」

 

 折津エイは男である。

 本人にそう告げられたのだが、どう見ても女の子にしか見えない。

 セナノやハカネと比べるとやや幼さが残っているが、それでもユウトからすれば立派なお姉ちゃんであった。

 

 男と呼ぶにはほっそりとして白くやわらかな手に引かれてユウトはモジモジしながらも脱衣所に向かう。

 いつもなら真っ先に駆けていき、お風呂場で遊ぶ水鉄砲を吟味するのだが今は違った。

 

「ここの籠にお洋服を入れればいいんですね。ハカネちゃんごめんなさい、着替えを貸してもらって」

「別にいいよ。……本当に男の子なの?」

「はい。今日は男の子です!」

「……今日は? いや、やっぱいいや。後でセナノ先輩から聞くから」

 

 それだけ言うと、ハカネはエイに着替えを渡して脱衣所を後にした。

 残されたのはユウトとエイだけである。

 

 妙に換気扇の音が響いている気がする。

 ユウトがモジモジしながらも、エイの方に時折視線を向けていると、やがて彼は服を迷いなく脱ぎ始めた。

 

「ふぅ」

「っ!」

「あれ、どうかしましたかユウト君。あ、私がお洋服脱がせてあげましょうか? ばんざいしてくださーい」

「ひ、一人でできるよ!」

 

 ユウトはそう言って幼子とは思えないバックステップで距離を取る。

 するとエイは感心した様子で頷くと立ち上がった。

 

「そっか、もうお兄さんなんですね」

 

 それからゆっくりと制服に手を掛け、ブレザーから脱ぎ始める。

 白く細い指先がゆっくりとボタンをはずしていき、やがてシャツの合間から彼の雪のような肌が姿を現した。

 

 エイの身体は、光を受けると輪郭から先にほどけてしまいそうなほど白かった。

 肌は雪のように冷たい色合いをしているのに、どこか生き物としての温度を失っていない。

 血の気が薄いわけではなく、内側に静かな脈動を抱え込んでいるような白さだった。

 

 その華奢な体は、ユウトが知る姉や母よりもずっと少女らしいものであり、一糸まとわぬ姿は純粋な彼の心に一滴の背徳感を落とす。

 しかしその背徳感の正体がわからないユウトは、それを振り切る様に服を脱ぎ去って真っ先に風呂場へと直行することしか出来なかった。

 

「ああ、待ってください。走ると転んじゃいますよー」

 

 エイはのんびりとそう言って、ユウトの後を追う。

 その顔は、やはり純粋であった。

 

 

 

 

 

 

『コ ン テ ン ツ ラ ン ド 開 園』

『閉園してください。どうかお願いします……』

 

 俺は何かしらの罪に問われて法律に則って裁かれるのではないだろうか。

 こんな事をして良いわけがないのだから。

 

『見てください。この人間はエイと目を合わせようとしない癖に一丁前に体を盗み見てますよ?』

『そりゃ見るだろ、男なら……』

 

 友達のお姉ちゃん♂と一緒にお風呂とか、何歳であろうとも男なら見てしまうものだ。

 そう、例えお姉ちゃん♂であってもである。

 俺に出来ることは、ユウト君が歪んでしまわないように祈る事だけだ。

 ユウト君、本当に申し訳ない。

 

「ユウト君、先にシャワー浴びていいですよ!」

「ぼ、僕は先におふろにはいる!」

 

 そう言ってユウト君はお風呂に飛び込んでいった。

 

「あ、駄目ですよユウト君。お風呂に入る前にシャワーを浴びるのがルールだってセナノさんが言っていました」

「きょ、今日は二回目だからいいんだもん!」

「二回目だと良いんですね、成程……!」

 

 アホの顔で納得した俺は、お言葉に甘えてシャワーを借りることにした。

 俺の髪はくっそ長いので、手入れが必須で面倒だ。

 

「では、お先にお借りします」

 

 シャワーの下に立ち、温度を確かめるように手首に水を当てる。

 強すぎない水圧。

 それを確認してから、俺は静かに髪にシャワーを通した。

 

 黒い髪は水を含むと、さらに色を深くする。

 指を通すたび、絡まりそうになるのが嫌いなので丁寧に根元から解いていく。

 急がない、引っ張らない。

 これ大事。

 

 「……ここ、乾燥しやすいんですよねー」

 

 独り言のように呟きながら、指先で髪の感触を確かめる。

 毛先に残るわずかなきしみを感じ、自分で持ち込んだ小さなボトルを取り出した。

 市販のものではない、御空様印のシャンプーである。

 

『前に吸収した異縁存在から搾り取った天然エキスで構成されています! 面倒な手入れは必要なし。トリートメントとコンディショナーは天移。これ一本で、理想の艶を貴女に^^』

 

 香りは控えめだが、安らぐような花の香りが僅かにする。

 最初はくっそ怖かったし、急にシャンプーが現れてセナノちゃんもくっそビビってたが、今はもう慣れた。

 手のひらで泡立ててから、頭皮を押すように洗う動作は慣れたものだ。

 

「んしょ」

 

 流す時も同じだ。

 泡が残らないよう、角度を変え、時間をかける。

 シャワーの音だけが、一定のリズムで浴室に響く。

 

『いいですよエイ! 黒い髪と白い肌のコントラストにこの人間はもう滅茶苦茶です! 髪が濡れて肌に張り付いているのもグッド!』

『うぃっす』

 

 これもう魂の殺人だろ。

 ユウト君という幼気な少年相手に俺は何をやってるんだ。

 

 洗い終えたあと、一度だけ髪を軽く絞る。

 力はほとんど入れていない。

 前に雑巾みたいに絞ろうとしたらソラに滅茶苦茶怒られたのだ。

 

「ふぅ、さて」

 

 俺はユウト君の方を見て、笑顔を作る。

 きっとシャワーのおかげで体が温まり、顔はほんのり朱色に染まっている事だろう。

 

『見てください。エイに見惚れていますよ! この程度で心を奪われるなんて、人間はやはり愚かですねぇ^^』

 

 俺には、自分が最も愚かなように思えます……監督……。

 せめて、この後はユウト君に純粋に楽しんでもらえるように努力しないと……!

 

 

 

 

 

 

 浴室の方から、湯気と一緒に子どもの声が聞こえてきた。

 

 ぱしゃ、と水を叩く音。

 ユウトとエイのしゃいだ声に、扉越しにハカネが少し慌てたように注意する声が重なる。

 そのやり取りは、どこにでもある普通の夜の一場面だった。

 

 リビングには、静かな時間が戻ってきている。

 

 セナノはソファに腰掛け、テーブルの上のコップを指先で回していた。

 向かいにはセイカ。膝の上で両手を組み、背中を少し丸めている。

 

「……お風呂、楽しそうですね」

 

 セイカが、ぽつりと言った。

 それは安心したようでもあり、どこか寂しそうでもあった。

 

「ええ。あの子、面倒見がいいから」

 

 セナノはそう答えてから、視線をセイカに向ける。

 

「……無理してない?」

 

 その一言に、セイカの肩がわずかに震えた。

 

「……してます」

 

 すぐに出てきた答えだった。

 取り繕う余裕も、もう残っていないようだった。

 

「ずっと、してました」

 

 セイカは視線を落とし、畳の目を見つめる。

 

「弟の前では泣いちゃいけないって思って。親戚の前では、大丈夫なふりをしてこの家では……何も感じてないみたいに振る舞って」

 

 喉が詰まったように、言葉が一瞬途切れる。

 

「でも、夜になると……次は私なんだって、考えちゃって……」

 

 声が小さくなる。

 

「ユウトを一人にするわけにはいかないのに、それでも……怖くて……」

 

 セナノは、すぐには何も言わなかった。

 急かさず、遮らず、ただその沈黙を受け止める。

 やがて、静かに口を開いた。

 

「……よく、ここまでやったわ」

 

 その声は、柔らかく、だが芯があった。

 

「一人で抱えるには多すぎる。それでもあなたは逃げなかった。弟を守るって決めて、ここに立ってる」

 

 セイカは顔を上げる。

 まるでその言葉を待ち望んでいたかのように、その顔には安堵があった。 

 

「それはね、立派なお姉ちゃんの仕事よ」

 

 その言葉に、セイカの唇が震える。

 今でも必死に涙をこらえて、セイカはわざとらしくにっこり笑う。

 

「……私、ちゃんと出来てましたか」

「ええ」

 

 セナノは即答する。

 

「出来てる。完璧じゃなくてもいい。それでも、ちゃんと姉だった」

 

 セイカの目から、涙が一粒、零れ落ちる。

 声を押し殺すように、彼女は俯いた。

 セナノは立ち上がり、そっと彼女の前にしゃがむ。

 

「私にもね、お姉ちゃんがいたの。貴女みたいに優しくて強くて、辛い事をぜーんぶ受け止めちゃう、ヒーローみたいなお姉ちゃんが」

 

 セイカは何も答えない。

 しかし、耳を傾けていることは分かった。

 

「きっとユウト君は貴方の事を自慢のお姉ちゃんだと思っている筈よ。……ここからは全部私達に任せて頂戴」

 

 視線を合わせて、はっきりと言う。

 

「あなたが守ってきた時間を、今度は私が守る」

 

 その奥で、ハカネの声が聞こえた。

 

「二人共ーのぼせないようにねー」

 

 セナノは一瞬だけ、その方向に目をやり再びセイカに向き直る。

 

「私達が終わらせる。この家の恐怖を」

 

 セイカは、涙を拭いながら、ゆっくりと頷いた。

 

「……お願いします」

「任せなさい」

 

 その声には、迷いがなかった。

 

 浴室の方から、ユウトの元気な笑い声が響く。

 それは、守るべき理由がまだここにあるという何よりの証拠だった。

 

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