【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
シャワーを浴びた二人はほんのりと顔を赤くして戻ってきた。
お風呂場からは確かにはしゃいだ声が聞こえてきたのだが、戻ってきたユウトはどう見ても挙動不審で妙に静かである。
「セナノさーん」
内心で首を傾げるセナノの前に、頭にタオルを巻いたエイが向かう。
そして当然の様に彼女の前に座った。
「今日もお願いしますね」
「なっ……」
その言葉にハカネは口と目を大きく開けたまま固まる。
対してセナノは察したようにバッグからドライヤーを取り出した。
「こんな事もあろうかと持ってきておいて良かったわ」
「あぁっ……」
やがてセナノはエイの髪をドライヤーで乾かし始めた。
セナノは片手で髪を軽く持ち上げ、もう一方の手で温風を当てる。
熱くなりすぎないよう、距離を保ち、根元から毛先へ、ゆっくりと。
まるでそれはハカネに見せつけているかのようだった。
「うわあっ……!」
ハカネはその場にへたり込み、項垂れる。
セイカはその姿を見て、少し戸惑いながらも一応元気づけることにした。
「だ、大丈夫? 」
「憧れの先輩のドライヤーを寝取られた気持ちがわかる……!?」
「ううん、ごめんわかんないかも……」
ハカネの心に寄り添える者はいない。
「ほら、動かないでじっとしてなさい」
「でも、ハカネさんの様子が変ですよ!?」
「……そっとしておいてあげなさい」
ハカネの脳を破壊した本人はどうやら自覚が無いようだった。
後でフォローする予定を立てつつも、セナノはエイの髪を入念に手入れする。
エイの髪は、思った以上に柔らかい。
指を通すと、するりと抜けて絡まない。
普段から手入れしているのが、触れただけで分かった。
「相変わらず凄く良い髪質ね」
「はい! あ、セナノさんも御空様から貰ったやつ使いますか? あれを使い続けると空が近くなるらしいです!」
「遠慮しておくわ」
温風に揺れて、髪の色が少しずつ軽くなる。
濡れていたときの重さが消え、元の輪郭が戻っていく。
ドライヤーの音に混じって、家の中の生活音が、少しずつ戻ってきていた。
「ほら、もう大丈夫」
セナノが電源を切ると静寂がふっと落ちた。
エイは軽く首を振り、指先で自分の髪を確かめる。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
セナノはそう言って、自然な仕草でエイの頭に手を置き、一度だけ、整えるように撫でた。
エイは気持ちよさそうに目を細める。
その光景にハカネはもう限界だった。
「それにしても……そのTシャツ大きくないかしら」
「そうですか? ハカネさんに貸して貰ったんですけど、どこか変ですかね」
「変と言うか……」
今のエイの姿を漢字一文字で表すなら『艶』であった。
大きく胸元が見えるTシャツは、エイの華奢な体をより際立たせる。
左肩がほとんど出ている形であり、まるで彼氏の服を借りている少女にしか見えない。
歳が近い同性のTシャツを借りたにも関わらずである。
「……本当に男の子なのよね?」
「はい! なので今日はムキムキです!」
そう言ってエイは白くほっそりとした腕でなんとか力こぶを作ろうとする。
が、どう見ても出来ていなかった。
「どうですか? ふふん!」
「あー、はいはい凄い凄い。ほら、そっちでお菓子食べてなさい」
「わぁい!」
エイは軽くあしらわれてお菓子へと近づく。
そして様々なお菓子を前に目を輝かせながらユウトを手招きした。
「一緒に食べましょう」
「……う、うん」
モジモジしながらもユウトはこくりと頷きエイの元へと向かう。
その光景を、セイカは微笑ましそうに見つめていた。
「仲良くなれて良かったな……」
「………………そうね」
とりあえず、エイのあの無邪気な魔性をどうにかするべきだとセナノは強く認識した。
しただけで、特に解決法は浮かんでいないが。
「わ、このお菓子、練ると色が変わるらしいですよ。魔法みたいですね!」
「……ぼく、作ったことあるよ」
「本当ですか? 教えてください!」
「うん」
一緒にシャワーを浴びたことで仲良くなった二人を見て、セイカとセナノは目を合わせる。
そして放心状態のハカネを引っ張って二人の元へと向かった。
まだまだ賑やかな夜が続きそうである。
■
夜のリビングは、暗闇に沈んでいた。
あれだけ姦しく騒いでいた少女達も眠気には勝てずに、一人また一人と微睡に落ちていく。
守るという口実と楽しいという理由からエイ達はリビングに布団を敷いて皆でねむっていた。
明かりはすべて消えている。
カーテンの隙間から差し込む街灯の光も今日はなぜか届かない。
黒が、黒のまま積み重なっていた。
ユウトが目を覚ましたのはそんな深夜だ。
理由は分からない。
怖い夢を見ていたわけでも、物音がしたわけでもない。
ただ、起きてしまった。
(……あれ)
いつもと、違う。
そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
同じリビングのはずなのに、広さが分からない。
天井の位置も、ソファの輪郭も、全部が曖昧だ。
まるで、目を開けているのに、部屋がまだ眠っているみたいだった。
隣では、姉のセイカが眠っている。
その向こうに、セナノに密着する形でエイとハカネ。
セナノの少し苦しそうな寝息が微かに聞こえる。
ユウトは目をこすりながら、無意識に耳を澄ました。
音が、少ない気がする。
時計の針の音がしない。
冷蔵庫の低い唸りも聞こえない。
家が生きているときに出す音が、全部消えている。
代わりに、
何かを数える様な間だけがあった。
(……おねえちゃん?)
声に出そうとして、やめた。
喉が、うまく動かない。
そのとき、鼻をくすぐる匂いがした。
甘いようで焦げているようなそれは線香の香りだ。
「……」
ユウトは、ゆっくりと体を起こした。
すると、違和感ははっきりと形を持った。
暗闇の中、リビングの奥。
仏間のある方角に存在している閉じた扉が、わずかに白んでいる。
そこから、かすかな音がした。
――とん。
何かが、床に置かれた音。
――とん。
間を空けて、もう一度。
ユウトの心臓が、どくんと跳ねた。
(……だれか、いる)
今までも、この家には変なところがあった。
夜に音がしたり知らない匂いがしたり、でもそれは全部気にしなければ済むことだった。
姉が笑っていたし、家族は
でも、今は違う。
今、この暗い家の中で、起きているのは自分だけだ。
仏間の方から、何かが扉越しにこちらを見ている気がした。
目があるかどうかは分からない。
顔があるかも、分からない。
ただ、「次だ」と、決められた感じだけが胸の奥に直接落ちてきた。
その瞬間匂いが、強くなる。
やはり線香の香りだ。
焚いた覚えはないし、仏間の戸も閉じている。
それなのに空気の奥から、じわじわと染み出してくる。
ユウトは、幼いながら初めてそれをはっきりと理解した。
(……この家、なにかいる)
誰かじゃない。
人じゃない。
何かが、ずっとここにいる。
逃げようと思った。
声を出そうと思った。
でも体が、動かない。
仏間の白みが、少しだけ近づいた。
一歩も動いていないのに、距離だけが縮んでいく。
――とん。
音が、今度はすぐそばで鳴った。
それが何を意味するのか、
ユウトはまだ知らない。
ただ、自分が選ばれたことだけははっきりと、分かってしまった。
――ぱきり。
闇の中で、何かが割れる音がした。
それはガラスでも骨でもなく、順番という概念そのものが、踏み外された音だった。
ユウトの足元で、床が一瞬だけ白く光る。
仏間から伸びてきたそれは、姿を持たないまま、ただ次を確定させようとしていた。
その刹那。
「――そこまで」
低く、確かな声。
空気が揺れ、夜の闇が重さを失った。
視線を声のする方に向ければ、セナノがいつの間にか立っていた。
眠っていたはずの体は、すでに戦う者のそれに切り替わっている。
その手はギターケースへとかけられていた。
「……順番を破るなんて、あなたの存在自体が危うくなるでしょうに」
仏間の白みが、わずかに歪む。
それは罰する対象を再計算しようとする、無言の抵抗だった。
同時に、ユウトの背後で柔らかな気配が重なった。
「大丈夫ですよ、ユウト君」
エイの声だった。
彼は、ユウトの背後に膝をつき小さな体をそっと抱き寄せる。
その瞬間線香の匂いが、断ち切られた。
「この家の順番は、もう無効です」
エイが静かに告げると、空間が軋む。
仏間の方向から、怒りとも戸惑いともつかない圧が返ってきた。
「へぇ、まだやる気なのかしら」
セナノが一歩、踏み出す。
すると、床に染みついていた白みがじわじわと、溶けるように薄れていく。
その光景をセナノとエイはじっと見つめている。
決して視線をそらさず、油断をすることはなかった。
やがて仏間の奥で、何かが引き下がった。
姿を見せることもなく音も立てず、ただ部屋の隙間へと滲み込むようにそれは消える。
最後に残ったのは、焦げたような匂いの残滓だけだった。
間もなく、この部屋に夜の音が戻ってきた。
時計の針や冷蔵庫の唸り、遠くを走る車の音。
世界が、再び動き出した事を理解してエイは息を吐く。
ユウトは、エイの腕の中で震えていた。
「……こわかった」
小さな声。
「うん」
エイは、優しく答える。
「でも、もう大丈夫」
セナノは仏間のある場所に睨みつけるような一瞥をくれてやり、深く息を吐いた。
「完全に消えたわけじゃない。でも……今日は、ここまで」
信罰は、溶けた。
再び、家の中へと潜り込んだのだ。
しかし、それは今までとは違う敗走という形であった。
そしてそれだけで十分だった。
この夜、順番は進まなかったのだ。
『うん、奴はきちんとオーダー通り0時に事を起こしてくれましたね。命令が通じるほどの知能があるかは不安でしたが、安心しました。さ、今度は女の子コンテンツですよ』
『え、じゃあこれってマッチポンプ……』
男の娘の無防備な胸元からしか得られない栄養でしか生きられない皆さーん!
あの胸元で一緒にシェアハウスしませんかー?
(耳を傾ける動作)