【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
ユウトは、目を閉じても眠れなかった。
信罰は確かに姿を消している。この夜はもう襲ってこないだろうとセナノも言っていた。
しかし、それで幼子の恐怖心がとれる訳もなく。
「……っ」
まぶたの裏に闇が残っている。
音のない白み、数えられる感覚、焦げた匂い。
思い出そうとしなくても、勝手に浮かび上がってくる。
打ち消そうとする度に脳裏に這い出てくる恐怖に小さな体が、びくりと震えた。
「――大丈夫ですよ」
囁く声と同時に、背中に腕が回される。
エイだった。
力は入れていない。
包むように、逃げ道をふさがない抱き方。
それでも、はっきりと人の温度が伝わってくる。
エイに対して少々複雑な感情を抱いていたユウトだったが、その抱擁を受け入れたとき不思議と恥ずかしくはなかった。
むしろ、母に抱きしめられた時のような安心感すらある。
ユウトはそこでようやく自分が呼吸の仕方を忘れていた事に気が付いた。
けれど、エイの胸がゆっくり上下するのを感じて、それに合わせるように息を整える。
(温かくて、こわくない……)
さっきまで確かにあった、選ばれている感覚が、少しずつ薄れていく。
ユウトの指が、無意識にエイの服をつかむ。
エイは何も言わず、ただそのまま抱いていた。
(ああ、なんだかねむく…………ん?)
目を閉じたユウトはふと気が付く。
首のあたりに妙に柔らかいものが当たっている気がする。
視界を封じたが故に感覚が鋭くなった彼は、その柔らかい感触に覚えがあった。
(え……えっ?)
それは信罰に匹敵、あるいは凌駕するほどの衝撃と不思議を与えた。
思わず起き上がろうとしたユウトだったが、それを恐怖に怯えていると勘違いしたのかエイがより強くユウトを抱きしめる。
結果としてより強くユウトの首に押し付けられたことにより、彼は遂にそれの正体を確定させた。
させたが故に混乱した。
「!?!?!?!?」
「大丈夫、怖くないですよ。このまま私と一緒に寝ましょうねぇ」
寝れる訳が無い。
ユウトは必死に心を落ち着かせ、齢5年で培った経験と頭脳をフル回転させる。
(えっ、だってこの人って男の人だって……おふろだっていっしょに……え)
湯気の向こうに、ユウトは確かにそれの影を見たのだ。
エイのエイを確認したのだ。
それでもこの首の後ろのふくらみは嘘ではない。
ユウトは5歳にして初めて矛盾というものを体で実感していた。
「……あ、あの。お、おにいちゃん?」
「んぅ、今はお姉ちゃんですよぅ……むにゃ」
「???????」
そんな疑問がユウトの中に湧き上がる。
彼の脳裏には既に信罰の事など無かった。
「え、そ、それってどういう事……?」
「むにゃ……」
「えぇ……」
ユウトを抱き枕にして、エイは先に眠ってしまったようだった。
問いかけたとしても返ってくるのは寝息ばかり。
しかもその寝息が耳元をくすぐるのだからたまったものではない。
「大丈夫、大丈夫ですよぉ」
寝言のようにそう呟きながら、エイは起きる気配を見せない。
(ね、寝れないよぉ……)
果たして、今自分の背後にいるのは男なのか女なのか。
首元に当たっている柔らかいものはなんなのか。
それを探る為、感覚を研ぎ澄ませるように深く息を吐く。
そして精神を集中させたユウトは――。
「すぅ……すぅ……」
幼子故、眠気には勝てずそのまま眠りについてしまった。
この日、ユウトは生涯で最も安眠が出来たという。
■
その様子を少し離れた場所からセナノは見ていた。
(……本当に、あの子はこういう時に真っ先に動けるわね。私には真似できない)
縁者とは、異縁存在を処理するために存在している。
それがセナノにとっての揺るぎない価値観だった。
故にこういう状況では、被害者のメンタルケアよりも異縁存在に対する警戒を優先する。
(どうして信罰はこっちの子を優先したのかしら)
長年の経験から、信罰の行動が限りなくあり得ない事であると気が付いていた。
(異縁存在には必ずルールが存在する。誤信仰生成型は特に厳しい筈。介入した私達を異物として処理しようとするなら理解が出来るけれど、この子を狙うのは――)
道理が無い。
人の信仰により生まれた異縁存在は、その信仰自体を依り代とする。
その為、規則を破ることは自己を否定するに等しかった。
(セイカは自分の番だと言っていた。そしてユウト君はこの異縁存在について存在を知らさせていない。だから、次に襲われるのは絶対にセイカだったのに)
前提が覆る。
誤信仰生成型はその規則に沿って対処すれば、経験の浅い縁者でも処理が可能だ。
その為、ハカネのような生徒達にこのような依頼が割り振られることが多い。
(……最近、私の経験や常識が通用しなくなってきていて嫌になるわね。エリートじゃなかったら折れている所よ。まあ私はエリートだから問題ないけれど)
セナノはすぐに信罰をただの誤信仰生成型ではないものとして考察を始める。
扉の向こうに在る仏間からはもうなんの気配も感じない。
(順番が元々存在しない……? いやそれはあり得ないわ。この家の人間が順番を強く意識しているなら必ずそれが適応される筈……)
思考しながらふと視線を横に移すと、そこにはハカネがいた。
セナノのすぐ隣で、口を大きく開け信じられないほど無防備な顔で眠っている。
この騒ぎにも気が付くことなく眠っているのはある意味で大物だろうか。
(幸せそうな寝顔ね……)
今がどんな夜かも知らず、
ただ、セナノの隣で眠れるという事実だけで満たされている。
ある意味、この状況では強い。
存外、高位の縁者になるのではないか、そんな事を考えながらセナノは呆れつつ笑みを浮かべた。
さらに視線を向けると少し離れた場所にセイカが横になっているのが見える。
暗くて、表情までは分からない。
寝息も随分と静かなもので聞こえなかった。
一瞬、最悪の可能性が頭をよぎったが、体が僅かに上下しているのを見てホッとした。
(朝になったら色々と聞かなきゃいけないことがあるわね)
今、わざわざ起こす事はないだろうとセナノは判断する。
これで無理に起こして恐怖に駆り立ててしまえば逆効果だろう。
セナノはそう判断して、視線をエイへと移した。
エイの腕の中で、ユウトは穏やかに眠っている。
(よかった、眠れたのね。ある意味で最強のボディガードに抱きしめられているのだから、大丈夫でしょう)
空澱大人の疑似媒介体はそれだけで多くの異縁存在に対する無類の強さを誇る切り札となる。
現に、少なくとも今夜はこの家の順番は、止まっていた。
何よりも、ソレが顕現していない事が信罰の脅威度を物語っている。
空がその青さを証明する必要もない。
潮目村の時とは違い、予兆すら見せない事が空澱大人の答えのような気がした。
(何か引っかかるけれど……今日は警戒に努めましょうか)
セナノはゆっくりと壁に近づき、体を預け座った。
寝ずの番には慣れている。
異縁存在は夜に活性化するものが多い。
それ故、手練れの縁者程夜を寝ずに明かすのが得意になっていくものだった。
セナノもその例にもれず、1週間は眠らずに行動が可能である。
(今の内に、頭の中で報告書でもまとめておきましょうか)
セナノは静かに息を吐き再び、夜を見張る側に戻った。
『男の娘の無防備な胸元が、あっという間に美少女の無防備な胸元に! エイ、これが等価交換です』
『違うと思います』
『^^』
『等価交換です!』
『よし、では寝なさい』
『はい! おやすみなさい!!!』