【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第58話 謎や疑問はコンテンツの隠し味ですよ

 公園のベンチに座ったセイカちゃんは、まるで絵のようだった。

 美しさの比喩ではなく、本当に絵のように無機質でその場にいるのに存在していない感覚があったのである。

 まるで、この光景を一枚めくればそこには何もないのではないか、不思議な事に俺はそんな事を妄想していた。

 

 という、現実逃避である。

 お外で少年の思い出を占領しようと思ったら、まさかの保護者がいたんだが。

 学校に行ったはずのセイカちゃんがベンチでぼうっとしている光景に、俺はハッと気が付いた。

 

 これ、学校に居場所が無いんじゃ……。

 

「おねえちゃん!」

 

 俺のような悲しい想像が出来るわけもなく、ユウト君が遠慮なく声を掛けながら駆け寄っていく。

 止める間もなく、ユウト君は嬉しそうに手を振っていた。

 君、自分がお姉ちゃんに外出禁止令出されていたの覚えてる?

 

『うーん、今回使うとしたら窓か鏡ですね。相性と規模的には窓の方が良いでしょうか』

 

 こっちはこっちで手持ちのバケモン確認してるし……。

 流石御空様! 異縁存在のタイプ相性を理解しているんですね!

 するな、そんなもの。

 

「――あれ、ユウト?」

 

 俺が脳内でバケモンマスターに気を取られている間に、ユウト君はセイカちゃんの元へと到着していた。

 俺は慌ててその後を追う。

 マズイぞ、バレたら怒られるかも!

 

『ソラ、外出した事がバレたらセナノちゃんに怒られちゃうよ。セイカちゃんの記憶を良い感じにふわっと忘れさせることって出来ない?』

『できますよ! でも、その必要はないと思いますよ』

『まあ確かにセイカちゃんは優しそうだけど……』

 

 でもこういう優しいタイプが怒った時が一番怖いんだよ。

 しかも信頼して預けた弟を勝手に外に連れ出しているって、出会って一日でやっていいことじゃないだろ。

 これでユウト君もお説教されたら罪悪感でいっぱいになっちまうよ。 

 

「おねえちゃん、がっこうにいくって言ってたのに。どうしてあそんでいるの?」

「別に遊んでないよ。ただ、ベンチでぼうっとしていただけ。……そう言えば私、お外に出ちゃ駄目って言っていたよね?」

 

 妙に抑揚が無い声で、セイカちゃんはそう言ってユウトへと視線をやった。

 その目はまるでガラスのように無機質で、ただ目の前の映像を写しているかのようだ。

 

 マズイ!

 少年の性癖の夏が、苦い思い出になってしまう!

 

「……あっ、そ、その」

「ごめんなさいセイカさん! 私がお散歩に誘ったんです! 気分転換を兼ねて……」

「なーんて、嘘嘘。エイさん、ありがとうございます」

「え?」

「私一人だと、どうしても気が回りきらなくて。ユウトもごめんね、窮屈な思いをさせちゃったよね」

 

 セイカはそう言って、ニコリと笑った。

 それからスマホを鞄にしまい込み、立ち上がる。

 

「ここにいたのは、実は……」

「実は?」

「バスに乗り遅れちゃって」

 

 恥ずかしそうにセイカはそう言った。

 それを聞いて、ユウトが頬を膨らませて腰に手を当てる。

 母親の真似をしているのだろうか。

 

「もう、またのれなかったの? おかあさんもいっつも、いってるじゃん。気をつけてって」

「あはは、ごめんごめん。まさか学校に行けると思ってなくてさ、実は今朝起きた時点で休む気満々だったんだよね。だからいつもよりゆっくり起きて……家を出た時点で遅刻は確定って訳です! 言い出せなかったので、出て来ちゃいました」

 

 そう言ってセイカちゃんは両手を合わせて俺を拝む。

 

「あんなに気を使って私を送り出してくれたセナノちゃんに申し訳ないので、出来れば内緒にしていただけると……」

「……ふふっ、わかりました」

「本当ですか!? ありがとうございます……!」

 

 セイカちゃんはホッとした様子で何度も頭を下げる。

 良かった、ぼっちセイカちゃんの未来はなかったんだね……!

 

「じゃあ、次のバスがそろそろ来る時間なので私は今度こそ失礼しますね。ユウトも、エイお兄さ……じゃなかったお姉ちゃんの言う事を聞くんだよ?」

「うん! いってらっしゃい!」

「はいはい。行ってきます」

 

 俺達に見送られてセイカちゃんはバス停へと向かって歩き出す。

 

『……ああ、気が付いていないんですね^^』

『え、何か見落としてた?』

『いえいえ。それよりもエイ、これから面白い物が見れるかもしれませんよ?』

『絶対に良くない事だろそれ』

『ん?』

『めっちゃ楽しみです!』

『ヨシ!』

 

 

 

 

 

 

 廊下の奥は、朝の家の匂いが薄かった。

 リビングには生活の熱が残っているのに、こちら側は冷えて込んでいる。

 真夏だというのに、鳥肌が僅かに立っていることにハカネは気が付いた。

 

「なんか、静かですね」

 

 人が住んでいる家のはずなのに、壁紙の白さが妙に施設じみて見える。

 セナノはスリッパの音を殺して歩き、襖の前で立ち止まった。

 

 仏間は昨夜、あの白みが滲んだ場所でもある。

 今は何事もない顔をしており、朝日が差して木目も畳も健全に見えた。

 少し前に代えたばかりなのだろうか、畳からは独特の良い香りがする。

 

「それにしても、妙に綺麗ですね。モデルハウスみたいだ」

 

 ハカネが小声で言った。

 彼女は昨夜の自責で落ち込んでいるはずなのに、目だけは冴えていた。

 いや、落ち込んでいるからこそ挽回しようと集中しているのだろうか。

 

「怪異ってのは、痕跡を残したがらないのもいる。逆に残った痕跡を整えるタイプとかもね」

 

 仏間は暗く静かだった。

 位牌と仏壇。供物の皿、線香立て。

 全部が正しく置かれている。

 正しすぎる。

 

 セナノは床の端から端まで目を走らせ、手袋越しに畳の縁を撫でた。

 湿りも、煤も、焦げ跡もない。

 それでも畳の下に何かがが貼りついている感覚がある。

 

「……何か見えますか?」

 

 ハカネが喉を鳴らす。

 

「見えないから、厄介なのよ」

 

 セナノは線香立てを持ち上げ、底を確認する。

 次に、仏壇の引き出し。古い祝儀袋、通帳の控え、宗教用品の領収書。

 そして奥の方に一枚だけ、端が不自然に折れている紙があった。

 

 『不幸が続くときの供養』『祓い』『順番』

 

 検索して印刷したような簡易的な資料だった。

 そこには丸みを帯びた誰かの文字がある。

 

『次は私? ユウト?』

『順番を止めるには?』

『外へ出ない外へ出ない外へ出ない』

 

 ハカネが息を呑んだ。

 

「……誰が書いたんですか、これ」

「セイカでしょうね」

 

 セナノは紙を戻す手を止め、指先で『外へ出ない』の行を軽く叩いた。

 文字が震えていない。

 怖くて書いた人の字じゃない。

 思考のルールとして決定した字だ。

 

「でもさっきのセイカ、普通でしたよね? 礼も言って、笑って……」

「普通に見えるだけよ」

 

 セナノは淡く言って、仏壇を閉めた。

 音が小さすぎて、逆に耳障りだった。

 

「信罰の原因、この家が何を祀ってたか、何をしたか。それを探るのが第一。でも私はもう一つ探してる」

 

 廊下へ出る。

 寝室、物置、台所の棚、書類ケース。

 生活の中に埋没したであろう、根拠を掘る作業。

 怪異は、たいてい生活の継ぎ目に巣を作る。

 そしてそれは、人も同じであった。

 

「……何ですか?」

 

 ハカネが、追いすがるように聞いた。

 

 セナノは答えながら、家族写真の入ったアルバムをめくる。

 途中で、写真が数枚だけ抜けていた。

 引き抜いた跡が新しい。

 

「セイカが、どうやって縁理学園に依頼できたか」

 

 ハカネの眉が寄る。

 

「え、でも依頼は……本人が送ったって」

「そう。そこが不自然」

 

 セナノはアルバムを閉じ、書類ケースの背表紙を指でなぞる。

 保険、税金、学校、病院。

 どれも普通の家である。

 なのに、縁理学園だけが混じっているはずがない。

 

「縁理庁も縁理学園も、世間には秘匿されてる。一般人が直接連絡してくることなんて、ほぼ無い」

 

 ハカネが頷く。

 

「普通は警察とか、役所とか……公的な窓口を通しますよね。それでも間に合わないことが多いのに」

「そう。だから今回は早すぎる」

 

 セナノは言葉を切り、少しだけ声を落とした。

 

「私は昔、似た依頼で痛い目を見た。人間のふりをした異縁存在に、呼び出されたのよ」

 

 ハカネの喉が鳴る。

 

「……それって」

「連絡先を知ってるはずがない人間が、知ってた。助けを求めるふりをして、こっちを誘導した。まあ、ボコボコにしたけれど」

 

 セナノはキッチンの引き出しを開け、輪ゴムで束ねられたレシート類の中から、メモ紙を一枚抜く。

 買い物リストの裏に走り書きがあった。

 

『えんりがくえん 夜間連絡 ――――』

 

 途中で塗りつぶされている。

 筆圧が強すぎて紙が毛羽立っていた。

 

「……これ」

 

 ハカネが覗き込み、唇を噛んだ。

 

「セイカが書いたんだ。でも、どこで知った?」

 

 セナノはメモ紙を戻さず、指先で塗りつぶしの跡をなぞった。

 インクが少し滲んでいる。

 まるで思い出したくないものを消したみたいに。

 

「縁理学園の連絡先は、ネットに出てない。電話帳にもない。知ってるのは、縁者と限られた協力機関だけ」

 

 言いながら、セナノの脳裏に昨夜のセイカの視線が蘇る。

 仏間を見たあの一瞬、あったのは祈りでも怯えでもなく、確認だった。

 

(この家は、信罰だけじゃない)

 

 信罰は順番を数える。

 だが、縁理学園への連絡は、順番の外にある情報だ。

 それを知る経路が、この家のどこかにある。

 

 あるいは、この家の中の誰かが知っていた。

 

「……セイカ本人が、知ったんじゃない可能性も?」

 

 ハカネが恐る恐る言う。

 

「うん」

 

 セナノは肯定も否定もせず、視線を廊下の奥へ向けた。

 今、エイとユウトはリビングだ。

 そのエイは、空澱大人の疑似媒介体で――歪みの中心に立ちやすい存在でもある。

 

「だから調べる。この家に、信罰が生まれた原因。そして、セイカが正しいルートを知った理由」

 

 セナノは書類ケースを閉め、指を鳴らした。

 

「早期解決の手掛かりが、ひとつの棚に入ってるとは限らない。怪異は、生活の中に散らして隠す。だから、拾い集めるわよ」

「はい!」

 

 ハカネは大きく頷く。

 

 

 それを、部屋のどこかでカメラのレンズがジッと見ていた。

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