【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第61話 夕日の向こうでも青空はコンテンツを見つめている

 久方ぶりの学校は、いつもより長く感じられた。

 授業は相変わらず退屈で、来たことを少し後悔するほどである。

 

「……暑」

 

 校舎を出た時点で、まだ陽は高い。

 アスファルトは昼の熱を溜め込んだままで、靴底からじんわりと温度が伝わってくる。

 空は淡く白み、雲は薄く引き伸ばされ、そこに後付けのように規則正しい蝉の声が響いていた。

 

 セイカは鞄を持ち直して、学校を後にする。

 

 ――今日、友人は学校に一人として来ていなかった。

 

 どうやら体調を崩して休んでいるらしい。

 これもセイカにとっては馴れた事であった。

 「謎の流行り病」という言葉を聞き始めて、果たして何か月になるだろうか。

 

 教師も深くは触れず、出欠確認は名前を読み上げるだけで終わる。

 まるで、そこに人がいないことが前提になっているみたいだった。

 

(……早く帰ろ)

 

 セイカは鞄を肩にかけ、跳ねるように駆けていく。

 今日は、不思議と足取りが軽かった。

 

 近頃は常にユウトの事を念頭に置いて行動していたので、どうしても先に心配が来てしまう。

 しかし今だけは違った。

 

(……セナノさん達がいる)

 

 昨夜の出来事を思い出すと、最悪の事態を想像して喉の奥がきゅっと締まる。

 信罰にユウトが襲われることが、今のセイカにとっては自分の死よりも恐ろしい。

 

 だからこそあの人達がいるという事実は、確かな安心だった。

 異縁存在に対応するプロフェッショナルでなければ、これほど安心して学業に勤しむことなど出来るわけもない。

 

「……ふふ」

 

 家に帰れば、ユウトはきっと笑っている。

 リビングには人の気配があって、あの、静かすぎる空気はない。

 そう思うだけで、世界が少しだけ現実に戻る気がした。

 

 住宅街へ続く道にブロック塀の影が長く伸び、洗濯物が風に揺れている。

 日差しに焼けた青草と、どこかの家の夕飯の準備が混じった匂いが、ゆっくりと満ちてきた。

 今日は皆で一緒に料理をしても良いかもしれない、なんてことを考えながら角を曲がった、その時だった。

 

「――おかえり」

 

 不意に声がした。

 セイカは、思わず足を止める。

 

 夕焼けに縁取られるように、一人の少女が立っている。

 見覚えのある赤い髪はセナノだった。

 

 夕方であるというのに暑さはまだまだとどまる所を知らない。

 だというのに、彼女の立ち姿だけは不思議と涼しげに見えた。

 逆光の中、表情はよく分からないが、こちらをまっすぐ見ているのは分かる。

 

「どうしてここに?」

 

 問いは自然に口からこぼれた。

 驚きよりも、困惑が先に立つ。

 

 迎えに来た、という様子ではなさそうだ。

 

「少し、話がしたくてね」

 

 セナノはそう言って、一歩だけ近づいた。

 夕陽が沈みかけ、空が橙から紫へと滲んでいく。

 

 その光が、セイカの制服の白を、どこか現実離れした色に染めていた。

 

「もしかして、家のことですか?」

「……半分はね」

 

 言葉を濁したまま、セナノは視線を逸らし、空を見上げる。

 

「今日は、学校どうだった?」

「……いつも通りです」

 

 いつも通り友人は休んでいた、とは言わなかった。

 何故だかそれを彼女に向けて言う事が恐ろしく感じたのだ。

 

「そう」

 

 短い返事。

 けれど、沈黙は不思議と重くならなかった。

 

 蝉の声は相変わらず耳に突き刺さるようだ。

 遠くを走る自転車の軋む音や、河川敷で声を張り上げているスポーツクラブの少年たち。

 夏はまだ終わる気配を見せない。

 

 セナノは、ゆっくりとセイカの方を向く。

 

「……ねえ、セイカ」

 

 その呼び方はまるで異縁存在を相手にしているときのようだった。

 

「どうして、縁理学園に連絡を取れたの?」

 

 夕暮れの光が、二人の影を長く引き延ばす。

 その影は、並んでいるはずなのにどこかで重なっていなかった。

 

 セイカは、ほんの一瞬だけ瞬きをする。

 そして、いつものように、何事もなかったかのように微笑んだ。

 

「ああいった不思議な現象は貴女達のような専門家にお願いするのが一番だと思ったので。……もしかして、迷惑でしたか?」

「いいえ、そんなことはない。行動としては満点よ。けれどね、セイカ。普通の人は縁理学園に連絡なんて出来ないのよ」

「……?」

 

 言っている意味が分からないのか、セイカは首を傾げる。

 それは本当にセナノの言っていることが理解できていないかのようだった。

 

「それって……どういうことですか」

「縁理庁や縁理学園は秘匿された存在。警察だって一部しか存在を知らないのよ? それなのに、一般人の貴女が知っているわけがない。ねえ、セイカ……貴女は本当は何者なの?」

「何者って……私は……」

 

 困惑しながら、セイカは無意識の内に右手を持ち上げる。

 それに気が付いた彼女は、困惑しながらその手で自分の存在を確かめるように顔の輪郭をなぞった。

 

 それこそが、セイカが自分自身の体に仕込んだ合図だった。

 

「……あぁ」

 

 輪郭をなぞり終えた彼女は一度大きく目を見開く。

 その瞳にはセナノや夕暮れは映り込んではいない。

 

 あるのは、自身との再会だ。

 

「――私としたことが、随分と深く眠っていたようだ」

 

 普遍的な黒い髪をゆっくりとかき上げ、セイカは今までから一転して低めの声でそう呟く。

 まるで、今まで本当に眠っていたかのように。

 

「すまない、縁者。これも必要な処置だったんだよ」

「……それが本来の貴女って訳ね」

「いかにも」

 

 セイカは落ち着いた笑みを浮かべて、セナノへと手を差し出す。

 

「逆縁班、実地試験部門研究員のセイカだ。改めて、縁者である君に協力を要請したい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【途中経過報告書】

 

文書番号:EN-RD-GBB-Δ01-INT2

作成日:XXXX年XX月XX日

記録者:研究員セイカ

 

■ 実験進行状況

 

 第一次異常死、確認

→ 状況は EN-2417-JP『がびがび』の既知挙動と一致

 

 家族内において因果不明への強い不安反応を確認。

 誘導を行わずとも、被験者側から「神罰」「家の祟り」といった自発的解釈が発生。

→ 『信罰』の自然生成を確認。

 

■ 信罰の挙動

 

 家族構成員のみに影響。

 外部者・調査員への干渉なし。

 対象者に「納得」「理解」「謝罪」を促す精神影響。

 

 当初想定通り、『がびがび』による意味破壊を、『信罰』が説明として被覆している。

 抑制モデルとしては極めて理想的な挙動である。

 

■ 研究員所感(非公式記載)

 

 ここから先は研究報告として適切か判断に迷う。

 

継乃木家の人々は、想定よりも早く「家族」になっている。

 

彼らは実験対象として振る舞っていない。

ただ、かつて失ったものを必死に守ろうとしているだけだ。

 

■ 異常兆候

 

 ■■月■■日、信罰が想定以上に強い裁定性を帯び始めている。

 被験者が死を「恐怖」ではなく「納得」として受け入れ始めている為だろう。

 これでは抑制ではなく別の破壊だ。

 

■ 研究員からの提案

 

 本研究は、異縁存在抑制の実証という点では成果を上げているが、被験者の人間性の損耗が想定を超えている。

 

 以上を踏まえ、本実験は段階的中止、もしくは設計変更を検討すべきと考える。

 少なくとも、この家族をこれ以上「うまくいった例」にはしたくない。

 

記録者署名:研究員コード SE-██-██セイカ

 

■ 監査部注記(抜粋)

 

 当該研究員は、被験対象との心理的距離が規定値を下回りつつある可能性あり。

 今後の判断については第三者監査を挟む事。

 また、疑似家族として編成する処理も視野に入れて動向を見守る事。

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