【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
「さて」
「さてじゃないわよ」
帰宅後、セイカとセナノは行動を共にしていた。
ユウトを前にいつも通りの完璧な偽装をして見せたセイカはそのままセナノを連れて――。
「どうして私達は今、お風呂にいるのかしら」
二人は湯煙の中に包まれていた。
夕日が落ちる前、少し早い入浴タイムである。
「色々と理屈はある。ここには監視するシステムが必要最低限しか存在していない。縁波密度や封応値を捉える他に出来ることは何もないさ。それに君や私の服に何か仕掛けられていたとしてもこれで大丈夫だ。」
そう言ってセイカはゆっくりと湯船に体を沈める。そして恍惚とした表情で声を漏らした。
「そしてたまにはこうして私のまま風呂に浸かりたい」
「そっちが本音よね」
「どちらも本音だ。……ああ、安心してくれ。私は別に同性に興味はない。それに私から見れば君はまだ子供だ」
「……何歳なの貴女」
「はっはっは」
セイカは女子高生と呼ばれてもおかしくはない容姿からは考えられない程に老練とした雰囲気で笑う。
そして天井を仰いだ。
「20を超えてから数える意味なんてないぞ」
「……まあいいわ、ここで話しましょう」
風呂場は、あまりにも生活感に溢れていた。
白いタイル、古い換気扇、曇りかけた鏡。
それ以外には何も目ぼしいものは見当たらない。
「安心すると良い。音声も映像も、観測構文もない。ここは継乃木家で唯一、研究ログが存在しない場所だからね」
セイカは浴槽の縁に頭を預け、湯気の向こうに何かを見るようにして続ける。
「この家はね、縁者。最初から――」
彼女は、言葉を選ばずに言った。
「がびがびに対抗するための異縁存在を育てる家なんだ」
空気が、わずかに沈む。
「がびがび?」
「異縁存在だよ。それも処理が出来ていないとびきり面倒なやつだ」
セナノはシャワーを浴びながら言葉を待つ。
「信罰は偶然じゃない。恐怖、喪失、納得、祈り……それらが自然発生した異縁存在として成立するかを見るための、民家型実験場だ」
「……つまり」
シャワーに混じるセナノの声は低い。
「家族そのものが、触媒だった」
「そう。継乃木家は装置だ。人が壊れていく過程を、異縁存在がどう被覆し、どう再構成するかを観測するための」
セイカは、ほんの一瞬だけ水面に視線を落とした。
「私は、この実験に反対していた。絆されたんだよ」
淡々とした声だったが、そこには確かな疲労があった。
「理論としては成立している。でも、被験者は人間だ。うまくいった例の裏で何が失われているのかを、誰も見ようとしなかった」
「……それで」
セナノはその言葉の続きを察し俯く。
頭から温水を被っているというのに、まるで脳髄から冷えていくような感覚だ。
「そう。距離が近すぎると判断されて、私は処理された」
処理、という言葉が重く響く。
「疑似家族として再編成。研究員ではなく継乃木セイカとして、記憶も人格も、必要最低限だけ残されて、ほとんどは沈められた」
セイカは自分の胸元に、軽く手を当てた。
「でもね、完全じゃなかった。特定の条件――信罰が次を選び、がびがびの影響が一定以上進行したとき。その時だけ、意識が浮上する。そう細工したんだ。意識が戻ったのは、母さんが死んだ時だったか」
「……そう」
セナノは、奥歯を噛みしめる。
「その隙を突いて、縁理学園に連絡したのね」
「ああ、そうだ」
セイカは膝を抱え湯船の片側を開けると、セナノへと目をやって入る様に促す。
が、セナノが断固拒否の姿勢を崩さずに首を横にふった為、セイカは肩をすくめて足を延ばす。
「と言っても、この実験を止めるためじゃない。今から全国に数百存在する実験場を手当たり次第に破壊する訳にもいかないだろう。私の目的はただ一つ」
セイカは、はっきりと断言した。
「ユウトを逃がすためだ」
その言葉だけは、研究員ではなく姉のものだった。
「信罰にとって、ユウトは最後の対象。完全な裁定を成立させるための、最も美味しい被験者だ」
彼女は苦く笑う。
「だからこそ、逆縁班は……縁理庁は手放さない。でも、私は手放す」
湯を掬ったセイカは、手の中で遊ぶ。
彼女のほっそりとした指先から、湯はすり抜けるように落ちていき、彼女の胸元に波紋をいくつも広げた。
セナノは彼女に目を合わせることはなく、シャワーに打たれたまま頷く。
「任せなさい。このS階位である三鎌セナノがその役目を引き受けてあげる」
その言葉に、セイカの瞳がわずかに揺れる。
「……ありがとう」
間を置いて、セナノは続けた。
「それと、貴女も一緒に連れて行く」
その瞬間、セイカははっきりと視線を逸らした。
「……期待はしないで待っておくよ」
「どうしてかしら。まさかこのエリート様が信用できないの?」
おどけて見せたセナノに笑みを返して、セイカはわざとらしくため息を吐く。
「私は失敗例だ。疑似家族として編成された研究員は、最終的に――」
「それでも」
セナノは、被せるように言った。
「約束する。逃げる時は、一緒よ」
沈黙。
換気扇の低い音とシャワーだけが、二人の間を満たす。
やがて、セイカは小さく笑った。
「……S階位の縁者っていうのは、皆そうなのか?」
「どういう意味?」
「理屈より先に守ることを選ぶ。以前、一度だけ共に仕事をした縁者も同じだった。……彼は元気だろうか」
セイカは、浴室の白い壁を見上げる。
そのまま絞り出す様にこう言った。
「ユウトを、お願いする」
「もちろん」
その願いには、やはり彼女自身は含まれていなかった。
■
『っていうやりとりがありましたよ^^』
『ソラ、プライバシーって知ってる?』
『空の前で人間ごときが隠し事を出来るとでも?』
『流石御空様だぁ』
本来ならセナノちゃんとセイカおば……セイカちゃんの二人だけの約束も上位存在の前では無力であった。
どうしたらこいつの目の届かない場所に行けるんだよ。
特に俺。俺のプライバシーってもうないの?
一生、上位存在のコンテンツリアリティーショーの中なの?
「今度はエイおねえちゃんがおみせやさんね」
「わかりました!」
俺は相変わらずユウト君と遊んでいる。
しかしその胸中は複雑であった。
血の繋がらない姉に性別風見鶏の俺、そしてセナノちゃんやハカネちゃんなど。
まるで恋愛ゲームの主人公のようなヒロインの充実っぷりである。
これが揃うまでは殆どソラの手が入っていないというのだから驚きだ。
まあ、今となっては手が入りまくっているのだが。
「おさかなひとつください!」
「はい。どうぞ!」
『血の繋がらない姉弟コンテンツください!』
『そこになければないっすねー』
『なら作ってください』
コンテンツ悪質クレーマー?
『冗談ですよ。素材の味を楽しむとしましょう。……うーん、しかし惜しむらくはこれが完全な家族愛という事ですね』
大いに結構だろ家族愛も。
なんでそんなに残念そうなんだよ。君が残念そうだと何か嫌な予感がしてすっごく怖いんだけど。
『……よし、私はカプ厨ではありません。なので、二人の間にある価値観を無理矢理捻じ曲げるようなことはしませんよ!』
もうだいぶ遅いよその宣言。
ユウト君の性癖をごらんよ。もう現代オブジェみたいな形になっているよ絶対に。
『じゃあセナノちゃんはどうなんだよ』
『元々もないものなら私がどう作ろうが勝手でしょう? あそこは私の
『嬉しい!』
『よしよし^^』
俺もセナノちゃんにこっそりと依頼を出したいよぉ。
でもセナノちゃんが勝てる未来が思い浮かばないし、そもそもどこで打ち明けても知られていそうだよぉ……。
そして忘れてはいけない。こいつは海の凄い奴に勝利している。
どう考えても同格ポジションの奴をボッコボコに出来てしまったのなら、それ相応の怪物でないとソラの相手は難しいだろう。
『ああ、そうそう。逆縁班もあの人間の裏切りに気が付いたようで、近々処分用の戦闘班を送り込んできますよ。異縁存在という恐ろしいものが蔓延っているのに同種同士で殺し合いだなんて、人間は相変わらず愛おしいですねぇ』
『そんな小耳にはさんだみたいなノリで言っていい情報じゃないよそれ!? えっ、じゃあ早く知らせないと!』
『駄目ですよ。エイがそれを今知ることはコンテンツ上は出来ないのですから。何も知らない無垢なえちえちおねえさん♂♀としてこの子供と遊んでいてください』
『じゃあせめて襲撃は予告しないで欲しかったなぁ』
俺は玩具のおさかなさんを手の中で遊んで窓の外を見る。
綺麗な夕焼けが民家の向こうに沈もうとしていた。