【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
地下六層、監視区画。
そこには湯気に包まれた浴室の映像は存在しない。
だが、継乃木家内部の縁波密度が僅かにしかし確実に変化していた。
数値が跳ねると同時に、いくつかのモニターに警告色が灯ったのだ。
「……切り替わったな」
逆縁班の一人が、低く呟く。
「会話内容は拾えていないが、精神干渉値が上昇している。しかも二名分だ。あー、嫌な予感が当たっちまったよ」
それを聞いて、研究員の一人が椅子に深く体を預けた。
「セイカと……こっちは縁者か」
「浴室から出てきた二人だな。……唯一、ログが存在しない空白点から。これもう決まりでしょう」
卓上に緊張が落ちる。
それぞれの顔には、面倒事を前にしたようなうんざりた色が浮かんでいた。
「つまり……奴が全て説明したと」
「だろうな。きっと俺達が悪者の様に語られたに決まっている」
「違いないな」
軽口のようであったが、誰も笑っていなかった。
「対象S階位縁者に、実験の全容を知られた可能性が高い。つまり――」
言葉を続けた者はいなかった。
その先は、全員が同じ結論に辿り着いているからだ。
誰ともなく、少しの間の後に言葉を吐く。
「観測の前提が崩れたな」
「……ああ。こうなってしまっては、規則通りに動かなくてはなるまい」
逆縁班の責任者が、ゆっくりと息を吐いた。
何か思う所があるのか、セイカが映るモニターを眺めながら彼は暫し思考する。
けれど、やはり答えは代わらなかった。
「観測から、介入へ切り替えるべきか」
再び沈黙が流れる。
「セイカ研究員が既に動き出してしまった。我々には介入するべき理由が生まれている。……だから研究員を再利用するのは反対なんだ」
「問題は、どこまで介入を許容するかだな」
うんざりした声色ながらも彼らが介入の準備を始めようとしたその時だった。
重い、足音が廊下から響いてくる。
それから間もなく、監視区画の扉が許可なく開いた。
白に染められた、上層部専用の制式外套を纏った男が無遠慮に中へ入ってくる。
瘦せぎすの男はモニターをいくつか目だけ動かして眺めそれから、研究員たちへと呆れた様子で問いかけた。
「まだ決めていないのか?」
空気が、一段冷えた。
逆縁班の数名が、即座に姿勢を正す。
「縁理局・封縁官補佐、葛原様……」
「いい。形式はいらん」
葛原と呼ばれた男はもう一度モニターを一瞥する。
そこには、赤い髪の少女が映し出されていた。
「話は聞いている。S階位が関与したな」
「……はい」
「あの研究員が呼び寄せたのか。無駄に仕事ばかり増やすな、あいつは」
ため息を隠そうともせず、葛原は部屋の奥へと進む。
そして大量のモニターを前にして、研究員たちに振り返ることなく言った。
「迷う必要はない。介入するべきだろう」
「しかし、それでは――」
「迷う必要はないと言ったはずだ」
葛原は、平然と言い切る。
目線を向ける事すらなく、彼は言葉を続けた。
「がびがびはこうしている間も日本を侵食し続けている。信罰は完成間近なのだろう。継乃木家以上のデータはないと報告をしてきたのはお前達ではないか」
「ですが……」
「継乃木ユウト以上に気に掛ける存在がいるのか? 彼は最後の裁定対象だろう」
葛原は、そう言って振り返ると卓上に指を置き、爪でコツコツと叩き始める。
まるで苛立ちを表しているかのように、その指は加速していった。
「ユウトは奪取する」
「……ならセイカは」
「抹殺だ」
誰も声を上げなかった。
どれだけ異を唱えようともそれが、この場の答えになるとわかっていたからだ。
もしも逆らえば、次にあのモニターに映っているのは自分になるだろう。
「疑似家族として再編成された研究員は、例外なく逸脱するな。感情を持った時点で、失敗例だよ。あれに回収価値はない」
葛原はさらに言葉を続ける。
「S階位縁者の存在も問題にならないだろう。優秀だが、敵ではない」
そう言って、彼は薄く笑った。
「彼女は縁者だ。規則に従う。S階位ともなれば、縛る物も多くなるだろう。縁理庁には逆らえまい」
「ですが、それ以外にも問題点があります」
「アレか」
別のモニターに視線を投げる。
そこにはリビングで、エイとユウトが遊んでいる映像が映し出されていた。
「空澱大人の疑似媒介体だな。噂には聞いている。蛇の窓で
「……そ、そうなのですか」
葛原は得意げに自身の首をトントンと小突く。
「アレの首にはNARROWがある。通常の物とは違う特別製だ」
意地の悪い笑みだった。
が、研究員たちはそんな笑みに今だけは安堵のため息を漏らす。
「断言しよう、あれは完全に制御可能だ。何故か最近、上層部の一部の奴らはあれに怯えているが、私からすればただの子供だ。異縁存在を研究してきた私には手に取る様にわかる」
その言葉に逆縁班の一人が思わず口を開きかけ、やめた。
「特殊縁者部隊を出す。私直属のをだ。現場介入、即時実行!」
彼がそう言えば、決定だった。
議論は存在しない。
沈黙を肯定と捉えて葛原は研究員たちを見渡して声を張り上げる。
「目的は二つ。セイカの排除とユウトの確保だ!」
葛原は、締めくくるようにこう言った。
「実験は成功させる。個人の感情で、世界構造を止める気はない」
踵を返した彼は、去り際にひとつだけ付け加える。
「――S階位だろうと、疑似媒介体であろうと、守りたいものがあるなら、必ず手を誤る。奴らも所詮は人である事を忘れるな」
扉が閉まる。
残された逆縁班の誰かが、呟いた。
「始まってしまったな」
モニターの向こう。
継乃木家のリビングでは、何も知らない日常が、まだ続いている。
だが観測は終わり、狩りが始まった。
そう。
『……やったぁ^^』
狩られるのは当然――。
■
【縁理庁内部文書/派遣申請書】
文書番号:EN-OPS-DEP-6F-041
機密区分:対外秘(A-2)
作成日:XXXX年XX月XX日
作成部署:縁理局・封縁官補佐室(地下六層監視区画)
起案者:封縁官補佐 葛原
宛先:縁理局長/審縁導師/縁構主査/^^(緊急回覧)
■ 件名
継乃木家(民家型実験場)への特殊演者部隊派遣申請
(対象:逸脱研究員の排除および被験体児童の確保)
■ 背景・状況
民家型実験場「継乃木家」において、異縁存在相互抑制研究(通称:逆縁研究)が継続中。
当該環境に介入中のS階位縁者(三鎌セナノ)が、研究員セイカ(本名秘匿)と接触し、実験全容の一部が外部(縁理学園経由)へ露出する可能性が生じた。
監視区画の観測値より、浴室(非ログ領域)における精神干渉値上昇が確認され研究員セイカが状況説明を行った蓋然性が高い。
以上より、当該実験場は観測段階を終了し、介入段階へ移行する必要がある。
■ 派遣目的(必達)
目的1:対象研究員の排除
対象:継乃木セイカ(研究員コード:SE-██-██)
理由:心理的距離の逸脱による研究妨害/被験体脱走誘発/情報漏洩リスク
処置:抹殺(回収不要)
※回収価値なし、再利用禁止
目的2:被験体児童の確保
対象:継乃木ユウト(元氏名:■■■■)
理由:信罰における最終裁定対象/実験の完成条件/逸走時の二次災害リスク
処置:奪取・再収容(記憶再処理は回収後に実施)
■ 付随事項(許容範囲)
1. S階位縁者への対応
対象:三鎌セナノ(S階位)
指針:排除は不要、行動制限・拘束を優先
根拠:縁者は規則に従う傾向が強く、縁理庁への明確な敵対は低確率
例外:重大な妨害行為が確認された場合、現場指揮官判断で無力化を許可
2. 疑似媒介体の管理
対象:A-E1(通称:エイ)/空澱大人疑似媒介体
指針:首部装着の特別製NARROWにより制御可能
処置:現場状況により「隔離」「誘導」「拘束」を選択
※破壊は原則禁止(観測価値保全)
■ 派遣部隊
部隊名:葛原直属 特殊縁者部隊 【驟雨】
編成:縁者 6 名(B以下混成)+技術員 2 名+封縁補助員 4 名
装備:対精神干渉対策具(聖式遮断/縁波低減)
近接制圧具(封縁杭・拘束符・短距離封域展開器)
NARROW同調キー(A-E1拘束用)
記録媒介遮断端末(がびがび対策)
■ 実施要領(概要)
侵入経路:縁理庁指定「管理線」より非公開ルートで接近
初動:セイカの所在を特定し、即時排除
次動:ユウトを確保、必要に応じて鎮静処置
終動:セナノの行動制限(拘束・隔離)
追加:A-E1が暴発兆候を示した場合、NARROW同調キーにより制御
■ 申請区分
緊急派遣:即時実行(E-0)
指揮系統:封縁官補佐 葛原 → 現場指揮官 → 部隊員
予算・物資:封縁官補佐枠にて暫定流用(事後精算)