【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第64話 あっ、作戦前の回想コンテンツは……

 セイカが継乃木の人間になったのは、今から約一年前の事であった。

 葉桜が夕暮れに吹く風に涼し気に揺れている頃、継乃木家は生まれたのである。

 

(職質されたらどうしてくれようか。この歳でこれは……コスプレだろう)

 

 その日、セイカは久方ぶりに制服を身に纏っていた。

 

(内部からの観測任務と聞いていたからどんなものかと思えば……)

 

 自分を送り出した同僚の何とも言えない顔を彼女は暫くの間は忘れられないだろう。

 兎も角、今セイカは花の女子高生として、とある家に向かっていたわけだ。

 

 道すがら手元の資料をスマホで眺めながら、セイカは周囲に溶け込み下校途中の女子高生として歩みを進める。

 

 (――この子供以外は、全員が疑似家族になる事を自ら望んだのか)

 

 理解できない、とセイカは考える。

 疑似家族と言えば多少は耳障りが良くなるかもしれないが、結局のところ洗脳による自己の喪失であった。

 異縁存在により人生を滅茶苦茶にされた人間がただ一度の悲劇でそれまでの全てを否定し、新たに生まれ変わる。

 人道的な自殺などと、部署内で言われているのをセイカは耳にしたことがあった。

 

(自分を消すことで得られるものなど何もないだろうに。……やれやれ、果たしてそんな人間たち相手に家族ごっこが務まるだろうか)

 

 必要な情報を頭に叩き込み、セイカは何度も反芻する。

 家族構成から始まり、縁理庁で用意したそれぞれの人生をよく理解し、彼女は継乃木セイカという少女を作り上げていった。

 

(多少はボーナスを弾んでもらわなければいけないな)

 

 そんな事を考えながらセイカはいつの間にか一軒家の前に立っていた。

 少しばかり日が経ち色が薄くなった屋根に、子供が遊ぶなら十分な庭。

 そして末っ子が生まれたときに奮発して買ったという設定のワゴン車。

 玄関端には小さな鉢植えがいくつも並んでいた。

 

 セイカは息を一つ吐き、玄関の扉を開ける。

 そして家の中へと向けて声を掛けた。

 

「ただいまー」

 

 この日より、セイカの長い任務が始まった。

 

 

 

【観測開始から三日目】

 

 継乃木家の朝は、想像よりも静かで穏やかだった。

 

 生活音はある。

 食器の触れ合う音、換気扇の低い唸り、子供の足音や他愛もない家族の会話。

 だがそこに、異縁存在特有の濁りはない。

 

(……順調かな)

 

 セイカはそう判断した。

 記憶再構成は安定しており、疑似家族としての関係性も、破綻は見られない。

 

「こらユウト、野菜も食べなさい。セイカお姉ちゃんを見習って」

「えー」

「ふふっ、ユウト。食べないと大きくなれないよ?」

 

 マニュアル通りに、彼女は継乃木セイカという役を演じる。

 この時点では、彼女はまだ観測者だった。

 

【観測開始から十日目】

 ユウトが、台所で皿を割った。

 

 大きな音がして、一瞬だけ家の縁波が揺れを観測する。

 セイカはスマホを眺めるふりをしながら、即座に分析に入った。

 些細な出来事でさえ、セイカにとっては記録の対象だ。

 

(異変は特に見当たらないな。今日はまだ誰も異縁存在に目を付けられてはいないようだし、ゆっくり眠れそうだ)

 

 観測と同時に、彼女は家族を異縁存在から守る業務も与えられていた。

 窓もなく強引に世界に介入しようとしてきた異縁存在を元居た場所に送り返す。

 そのための知識と大量の道具を彼女は受け取っている。

 

 昨日は玄関前に影があった。

 その前は父親が左肩の痛みを訴えた。

 またその前は――。

 

 その全てが異縁存在を引き付けたが故である。

 異縁存在から生還した人間に共通する事、それはその後の人生で異縁存在に出会いやすくなるという事だ。

 故に疑似家族は必ず縁理庁の庇護のもとに生きなければならない。

 

 セイカは家族であると同時に守り人でもあった。

 

 「おねえちゃんみてみて! かっこいいやつ貼ってもらったー!」

 

 そう言って駆け寄ってきたユウトの指には、彼が好きなアニメのキャラが描かれた絆創膏が貼り付けられている。

 

「よかったねーすごくカッコいいよ!」

「でしょ!」

 

 ニッコリ笑うユウトの頭を撫でる。

 セイカは、自分の胸に生じたわずかな違和感を記録しなかった。

 

【観測開始から二十三日目】

 

 夕方、買い物袋を下げたまま玄関先で立ち止まる時間が増えた。

 

 理由は分かっている。

『ただいま』と言う前の、ほんの一瞬の期待を抑えるためだ。

 

(……これは危険な兆候だ。私は家族ではない)

 

 セイカは、自分にそう言い聞かせた。

 果たしてそれは何度目だろうか。

 

 だが、『おかえり』と返る声を聞くたび、彼女の精神はわずかに安定する。

 観測データは、情を否定しなかった。

 

【観測開始から一か月目】

 

 夜中に、ユウトが悪夢で目を覚ました。

 炎の匂い。

 声にならない叫び。

 親であった黒い塊。

 

「う、うぁっ……あ、ぁ!」

 

 恐怖と悲しみが嗚咽となり部屋中に木霊する。

 しかし、それでも家族たちは起きてこなかった。

 

 こういう時は他の家族は眠らせておいて、セイカが精神を安定させる規則である。

 ここまではセイカは、研究員として正しい対応を取っていた。

 

 だが、そこからは違った。

 

「……おねえちゃんがここにいるよ」

 

 隣に座り、静かに彼を胸元に抱き寄せ自身の心臓の音を聞かせる。

 確かに生きている家族がここにいるのだと、ユウトに何時間もかけてゆっくりと伝えるのだ。

 

「……大丈夫、ここにいる」

 

 それだけで、ユウトは落ち着きを取り戻しやがて静かな寝息を立て始める。

 目を覚ます頃にはこの時の事は覚えていないだろう。

 

 縁波が、ゆっくりと沈静化していくのをスマホで確認してセイカは自身の行動に理由を付け足した。

 

(……記憶操作よりこっちの方が効果が高い。だから、仕方が無い)

 

 その結論に、セイカは強い違和感を覚えた。

 

【観測開始から四十五日目】

 

 セイカは家族でテレビを見ていた。

 

 くだらないバラエティに意味のない笑い声が響く。

 その笑い声には自分も含まれていた。

 

 その中で、ふとセイカは気づく。

 

(……がびがびの兆候が薄いな)

 

 異縁存在対策としては、異例だった。

 

 恐怖も、納得も、強い感情も、今はここにない。

 

 あるのは、日常の反復だけだ。

 

(……これは本当に実験なのか?)

 

 それとも――。

 

【観測開始から二か月目】

 

 縁理庁から、定期観測のリマインドが届いた。

 

 数値提出、異常有無。主観排除。

 

 その文面を読みながら、セイカは初めて怒りに近い感情を覚えた。

 

(不愉快だな。まるで私がまともじゃないかのような言い草だ。これは潜入なのだから、家族として振る舞うのは当然だろうに)

 

 思考が、一線を越えたのを彼女自身が一番理解していた。

 

【観測開始・5か月目】

 

 家族で、ささやかな誕生日を祝った。

 

 ケーキは小さくろうそくは一本。

 だが、誰も足りないとは言わなかった。

 

 それは、兄とセイカがお金を出し合って弟の為に初めて買ってあげた誕生日ケーキなのだから。

 

「ありがとう! おにいちゃん、おねえちゃん!」

 

 ユウトが無邪気に笑い、ろうそくの火を消すために張り切って頬を膨らませる。

 

 その日、セイカの中で観測という言葉が静かに壊れた。

 

(……幸せに、なってほしい)

 

 その願いは研究目的と真っ向から衝突していた。

 

【観測開始から八か月目】

 

 セイカは報告書を書かなくなった。

 

 代わりに家の掃除をした。

 洗濯物を畳んだ。

 ユウトと遊び、兄に勉強を見て貰った。

 

 週末に旅行に出かける計画を家族と立てた。

 

「ありがとう」と言われるたび、胸の奥が少しずつ重くなる。

 

(これ以上私はここにいてはいけない)

 

 だが、離れられなかった。

 

 

――そして、決定的な日。

 

 縁理庁から、次段階移行の暗号通信が届く。

 

 曰く、信罰理論、完成間近。最終裁定準備。

 

 セイカは、その文面を消去した。

 

 記録に残らない方法で。

 念入りに、何度も自分の意思を確かめるように。

 

(……皆を逃がす)

 

 その瞬間、彼女は研究員であることを捨て、家族を守る側に立った。

 そしてそれは逆縁班にとってはあまりにも想定内の答えだった。

 

 

 

 それから3日後、彼女は家族の前から行方をくらました。

 夜遅くになっても帰ってこなかったセイカを心配して父と兄が町中を探し回ろうとしたその時、セイカは帰ってきた。

 

「ただいま。ごめん、スマホのバッテリーがなくなって――」

 

 少し申し訳なさそうにしながら家の中へと入っていく彼女は、今やただの継乃木セイカであった。

 

 

 

 

 

 

 規則正しいアラームの音と共にセイカは意識を浮上させる。

 仮眠は十分だった。

 

「いい夢でも見ていたのかしら」

 

 体を起こせば、隣で同様に仮眠を終えたセナノが既に準備運動を始めている。

 

 夜も更けてきた頃、彼女達は動き出そうとしていた。

 

「……ああ、とても良い夢だった」

「そう。ならもう少しだけ眠っていても良いわよ。スヌーズよりも効率的に起こしてあげるから」

 

 それがセナノなりの気遣いであるとわかっていたセイカは首を横に振り立ち上がる。

 

「もう充分に見たよ」

 

 あの日失敗した計画を、今度は頼れる縁者達と共に。

 セイカの願いは依然として変わりなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おっ、アレはどうやら良い夢を見たようですね^^ 作戦開始前に夢を見るなんて、なんて縁起が悪くて最高なんでしょう!』

『セイカちゃんの事をアレって言うのやめなね。あと別に夢を見るのは縁起悪くないから』

『でも戦闘前にそういうのがあるとだいたいが……』

『現実でも回想死亡フラグが有効だと思ってる?』

『? いえ、アレに死亡フラグはもうないと思いますけど……なにやら最高なコンテンツがお目に掛かれそうで^^』

 

 

 




非情な研究者が結局情に流されるの好き好き侍と申す!
共に一旗揚げんとする同志はおらぬか!
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