【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
「端的に言えば、今の日本はかなりマズイ状況だ」
審縁導師は穏やかな口調でしかし迫りくる現実を突きつけた。
相変わらず椅子に体を深く預けリラックスした姿勢ではあるが、その言葉の端からは危機感が見て取れる。
「……空澱大人の疑似媒介体の力が日本に影響を及ぼすことが改めて証明されたから、でしょうか」
「ははは、エイちゃんでいいよ。普段はそう呼んでいるんだろう? 友達の事なんだから気さくに呼びな」
「お気遣いありがとうございます。では、エイにより日本が滅ぼされる可能性を危惧していると?」
「んー、今のところそれはないかな」
意外な事に彼はすんなり首を横に振った。
一夜にして日本全土を未曾有の大パニックへと陥らせた異縁存在。
しかし、審縁導師からしてみれば、その程度は問題ではない。
「空澱大人を筆頭に、国が認めたいくつかの護国機構異縁存在は、そのものが日本を滅ぼすことはない。それらが日本に牙をむくなら、それは疑似媒介体が外道に落ちたか、守るべき国ではないと見捨てられたかだろうね」
「護国機構異縁存在……?」
「あ、これ最重要機密事項だった。はは、忘れて忘れて」
そう言って審縁導師は手を叩き話を強引に進める。
流石のセナノも自分よりもずっと立場が上の人間に根掘り葉掘り聞く気にはなれなかった。
「さて、僕が言いたいのは空澱大人の疑似媒介体の存在が公になってしまったことだ。今までは縁理庁の上層部や一部の縁者にだけその存在が知らされていたけれど……ここからは多くの人間があの子を狙うだろうね」
「……空澱大人の力を求めてですか」
「そうそう。異縁存在に対する向き合い方は一つじゃない。全員が正義を掲げているが方針が正反対の者達もいる。特に封縁五家。あそこはやだねえ、古臭くて頑固で。僕ね、特に
誰に聞かれているわけでもないのに辺りをキョロキョロと見まわしてから、審縁導師はそう囁く。
それにセナノが言葉を返す前に、彼はすぐに話を続けた。どうやら余程会話に飢えていたらしい。
「これは経験則だけど、きっと多方面からエイちゃんに依頼が殺到するだろう。異縁存在を天移させるためにね」
「天移……?」
「空澱大人は生きる異縁存在管理システムだ。異縁存在を自在に出し入れできる金庫のような機能が付いているんだよ。その中ではどんな異縁存在も収納できる。だから、処理に困った異縁存在とか入れちゃうんだ。君も見たことはないかな? あの子がどこからか別の異縁存在を召喚して使役する所を」
セナノの脳裏に、潮目村で伽骸ノ嫁を使役するエイの姿が思い出される。
「……あぁ、あれはそう言う事だったのですか」
「そうそう。だから、エイちゃんを手元に置いておくって事はイコールで沢山の異縁存在を自在に使えるって事。そりゃ欲しがるよね! そもそも疑似媒介体が貴重なんだし!」
何が面白かったのか審縁導師は手を叩いて笑う。
その姿は日本の未来を話しているようには見えなかった。
「……私はこのままあの子の隣にいて良いのですか?」
「当然。それが一番安全だからね」
審縁導師は頷いた。
「きっと依頼してくる奴らは、依頼中に粗探しして縁理庁と縁理学園にいちゃもんを付ける気だ。そして管理体制が悪いとかなんとか言って、エイを保護の名目で奪おうとする。三鎌縁者、ここからは忙しくなるよ?」
「……エイを奪おうとする派閥をけん制しながら、依頼をこなしていく必要がある。ですね」
「そうそう。それも恐らくは難易度が桁違いのやつだ。もしかすると、災主級を相手にすることになるかもしれないね。それともう一つ」
ここで初めて審縁導師は笑みを消した。
今まで辺りに漂っていた穏やかな雰囲気が霧散し、彼に支配される。
それはどうやら彼が本来もつ威圧感のようであった。
「今回の一件、どうにも僕は仕組まれたように感じるよ。空澱大人の存在を知らしめるための大掛かりな計画、そんな気がするんだ」
「私とエイは、後輩の依頼に偶々ついて行っただけです。偶然では?」
「張った罠が一つだったとは限らないよ。沢山仕掛けられた罠の一つに引っ掛かっただけかもしれない。僕の勘は当たるんだ。三鎌縁者――笛吹に気を付けろ」
「……え? それは、異縁存在ですか?」
「違う違う。とある組織の名前だ。本当は色々と教えたいところなんだけど……」
審縁導師は突然黙り込むと、天井を仰ぐ。
いや、それはまるで天井を越え、空を見ているかのようだった。
「何故だか、僕の勘が今は話すなと言っている。うん、ここはやめておこう。また縁があったら話そうじゃないか」
「はい」
老人のような緩慢な動作で審縁導師は立ち上がる。
そして、何かを思い出したように顔を上げた。
「あ、そうだ。エイちゃん、そろそろ特別処置病棟に到着する頃だと思うよ。きっと友達のお見舞いが我慢できなくて、お家を出ちゃったんだね、一人で」
「えっ」
まるで見ているかのようにそう告げた審縁導師を前に、セナノは顔を青くする。
最近常識を身に付けてきたとはいえ、エイを一人で廻縁都市に放り出すのはあまりにもマズイ。
先ほどの審縁導師の言葉を聞いてしまっては尚更だ。
「っ、すみません! 私はこれで失礼します!」
「はいはい、気を付けてー」
セナノは慌てて立ち上がると、勢いよく頭を下げて部屋を後にした。
手をひらひらと振って彼女を見送った後、審縁導師もまたその部屋をゆったりとした足取りで後にする。
白く細く長い廊下を歩きながら、彼はふと懐からスマートフォンを取り出した。
それから丁度3秒後、着信が入る。
審縁導師はその着信の相手を確認することなく、スマートフォンを耳に当てた。
「やあ鏑矢君。お仕事ご苦労様」
『お疲れ様です、審縁導師様』
スピーカーから聞こえてきたのは、疲れ切った男の声であった。
「で、葛原さんには会えたの?」
『……はい。ですが、廃人同然でまともな会話すらできませんでした。縁波密度などは正常なので、異縁存在が巣食っているわけではありません。十中八九、空澱大人による人格の空白化でしょう』
「そっかぁ」
審縁導師は残念そうにため息をつく。
「死んじゃったか、葛原さん」
『いえ、まだ正確には死んでいませんよ』
「死んでるも同然でしょ。そもそも、僕の知ってる葛原さんはとっくの昔に死んでいたのかもね」
『……と言うと?』
廊下には彼の足音だけがむなしく響いていた。
足取りこそ軽いが、仮面の奥の感情まではわからない。
「上層部でも穏健派だったあの人が、強硬な手段で疑似媒介体にちょっかいを掛けた。明らかにおかしいと思うんだよね。仮にも対がびがびの計画責任者に抜擢された人だよ? 今まで慎重だったのに、違和感がないかな」
日本全土に侵食の魔の手を広げていたがびがびに対抗する計画は、上層部だからという理由で任されるものではない。
肩書や実績、そしてその人格が相応しいと判断されたが故に任命される。
その点で言えば、葛原という男は審縁導師にとっては信用できる上層部の一人だったのだ。
「あの時と似ているね」
『あの時?』
「うん。まあ、あったんだよ昔に色々。縁理庁と縁理学園が仲が悪くなるきっかけの事件がさ」
突然、足を止めて審縁導師はゆっくりと振り返る。
歩んできた白い廊下の先には、今まで自分がいた部屋があった。
扉があきっぱなしで誰もいない筈の部屋を審縁導師はじっと見つめる。
そして何かを言いかけたが、途中で止まり何事もなかったかのように再び歩き出した。
「この話は、また今度だ。とりあえず、葛原さん周りの処理から始めるとしようか」
『はい、わかりました』
通話が終わり、再び審縁導師は一人になる。
今度こそ、本当に一人であった。
「……部屋、作り直しかぁ」
その嘆きは空しく廊下に木霊した。