【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第71話 これで3巻分ソラねぇ……

 

 

 廻縁都市には異縁存在による被害を受けた人間を収容する特別病棟が存在する。

 中層の居住区域から更に下層。

 散布される霧状の鎮静液と地面全てに構文が刻まれたそこは、異縁存在により命を脅かされた者が死の間際にたどり着く現世最後の救いの手。

 名を【ZONE-歪-223】と呼んだ。

 

 いつもであればB級以上の縁者と特別な階級を持つ医療従事者により、厳粛な管理の元運営がなされているのだが今日は違った。

 

 六角形の病棟が蜂の巣の様に組み合わさった【ZONE-歪-223】は今、厳戒態勢かつ警報を鳴らさない状態で緊急事態を知らせていた。

 赤いランプだけが点灯し、縁者以外がいつでも避難できる状態を保ったまま、屋上から数人がスコープ越しにそれを覗いていた。

 

 黒い髪に白の制服。

 一見して可愛らしい少女だが、今はこの都市の全員がその恐ろしさを知っている。

 災主級疑似媒介体、折津エイ。

 

「お見舞いって初めてで緊張しますね~」

 

 彼女は今、単独で【ZONE-歪-223】へと赴いていた。

 下手に行く手を阻み刺激を与えてはならないと考えた者達により大慌てでお見舞いルートが整備され、特殊作戦行動が開始されていることを本人は知らない。

 

「んーと、こっちですかね」

 

 エイはニコニコ笑いながら歩みを進める。

 下層の入り口でたまたま親切な人から、目当ての病室の番号が書かれたメモを貰ったエイはなんとか迷わずにたどり着けそうだ。

 

 まるで遊園地に来た子供の様に辺りを興味深そうに見渡しながら彼女は進んでいく。

 本来は事前の受付が必要なカウンターを素通りし、許可証がないと開かない筈のエレベーターに乗り込み、目的の階層まで向かう。

 

「病院って、ご飯は美味しいんですかね……?」

 

 何気ない呟きを察知して、特別病棟の調理師たちは万が一に備え急遽準備を始めた事をエイは知らない。

 彼女はそのまま散歩のような足取りで目的の病室まで来た。

 

 ここまで10分と掛からなかったが、周りからしてみれば随分と長すぎる10分だ。

 

「番号は……合ってますね。よし」

 

 エイはどこか緊張した面持ちで扉をゆっくりと開けた。

 

「失礼しまーす……」

 

 扉が開いた先にあったのは、穏やかな風が流れ込む静かな病室であった。

 下層では見られない筈の緑色の鮮やかな木々や頬を撫でる優しい風は全て人工的なものである。

 部屋に差し込む日光すらも計算され、再現されたものだ。

 

 しかし、それを知らなければ本物と見間違えてしまう程にその光景は理想的である。

 そんな病室を贅沢に使うようにベッドが一つ

 その上には、病衣を着込んだセイカの姿があった。

 

「……おや、君は」

「セイカさん! 良かった、目が覚めたんですね!」

 

 セイカの姿を確認した瞬間にエイはぱぁっと表情を明るくして駆け寄った。

 喜びと安堵が入り混じった笑みを浮かべたエイはセイカの傍まで来ると、彼女が言葉を掛ける前に勢いよく頭を下げる。

 

「その……ごめんなさい! 勝手にお友達にしてしまいました!」

「お友達……?」

「はい。その、セイカさんが死んじゃったのでえっと……どうにか出来ないかって御空様に頼んじゃいました。きちんと本人に聞くべきなのに……ごめんなさい」

「……あぁ、色々とここの人間から話は聞いたよ」

 

 セイカは優しく答えて自身の手を見下ろす。

 

「まさか自分にこのような経験が巡ってくるとは思わなかった。ありがとう、エイ。君のおかげで私は助かった」

「はい!」

 

 礼を言われたエイはホッとしたようにまた笑う。

 

「本当にまさかの経験だ。どれだけ礼を言っても足りないくらいだよ」

「えへへ、そこまで言われると照れちゃいます。あの時は必死だっただけですよ。……それで、ユウト君はどこですか?」

 

 エイは辺りをキョロキョロと見渡すが、病室には今までセイカ一人であったようだ。

 

「あの子なら、今は検査中だ。信罰とがびがびの傍にいた影響で体が汚染されていないかを調べているんだよ。もう少ししたら戻ってくるだろう」

「そうなんですね……良かった!」

「……ああ、本当に良かったよ」

 

 セイカはそう言うとベッドの上から手を伸ばし、エイの手を握った。

 

「君のおかげで、私はまだあの子の姉でいられる。家族として愛していけるんだ。何よりもそれが一番嬉しいんだよ」

「ユウト君の事、大切に思っているんですね。素敵です!」

「あぁ、自慢の弟だ。……兄さんや父さん、母さんにおばあちゃん。本当に、自慢の家族だった」

 

 残された者の存在を噛み締めながら、セイカは同時に喪失を改めて実感する。

 生き残ったからこそ、彼女の心は新たな傷を孕み、痛みを訴えていた。

 

「あの子を守ることに必死で立ち止まり悲しむこともできなかったから、今のゆったりとした時間はありがたいんだ。エイ、君も家族は大切にするんだよ?」

「はい! 父様に母様に……セナノさんも、家族って言っても良いんですかね」

「いいだろうとも」

「ですよね! えへへ……なら、セナノさんは私のお姉ちゃんですね!」

 

 笑うエイの姿は、随分と幼く見える。

 セイカはその頭を撫でようと無意識の内に腕を上げたが、止める。

 その役目は自分よりも相応しい者がいると気が付いたからだ。

 

「おや、君のお姉ちゃんが来たようだ」

 

 近づいてくる足音を耳にしたセイカは再びベッドに身を預けて呟く。

 

「え? それって――」

 

 エイが振り向くと同時に扉が開かれた。

 

 

 

 

 

 

 セナノは息も絶え絶えになりながら、特別病棟を駆け抜ける。

 事情を知っている者たちは彼女の登場に何よりも安堵し、特別通行許可証を持たせ、まるでVIPのような対応で病室へと案内をした。

 

「ぜぇっ、ぜぇっ、遠いのよここ……!」 

 

 久しぶりの全力疾走に震える体に鞭打ってセナノは扉へと手を掛け、勢いよく開けた。

 

「エイ!」

「――わっ、セナノさん!」

 

 そこには、ベッドに寝転ぶセイカとエイの姿があった。

 自分のせいでちょっとした騒ぎになっているという事に気が付かず、エイはセナノの顔を見て嬉しそうに表情をほころばせる。

 

 振り返りこちらへと手を振る彼女の姿は、どこまでも無邪気で純粋だ。

 まるで幼さを今まで大切にとっておいたかのように疑う事すら知らない彼女は、あの夜の事など忘れて笑っているようだった。

 

「セナノさんも来たんですね! 書き置きに気が付きましたか?」

「……あー、ごめんなさい。見ていないわ。たまたま、家に帰る前に寄ろうと思ったのよ」

「わぁ、そうなんですね! 偶然、一緒の行動をするなんて、家族みたいで素敵です」

「家族ね……」

 

 おそらくはセイカとの会話で影響されたのだろう。

 エイは家族という言葉を嬉しそうに口にしていた。

 

 セナノはその言葉に笑みと共に曖昧な言葉を返す。

 

 果たして、今のセナノはエイの家族と言えるだろうか。

 彼女を取り巻く現状を前にして、セナノはまっすぐにエイの事を見て居られるだろうか。

 

 そう考えると、不用意に返事をすることは誠実さに欠ける気がしたのだ。

 

「三鎌縁者」

 

 セイカは短くその名を呼んだ。

 視線を向ければ、彼女はまなざしをこちらに向けている。

 何の変哲もない、人間の目だった。

 

「無事だったのね、セイカ」

「ああ、おかげさまで。君にも色々と助けられた。今の私とユウトの扱いは、君が色々と交渉してくれたからだと聞いたよ」

「別に交渉って言うほど大層な物じゃないわ。S階位の肩書を存分に使って、貴女達を別の実験に移動にしただけよ」

 

 照れ隠しのような言葉にセイカはクスクスと笑う。

 

「異縁存在に感染した者達による特殊条件下でのコミュニティ形成の観察実験だったが? 3か月に一度の検診とレポートだけのこれが、本当に実験かい?」

「お望みなら、家に監視カメラでも付けるけど」

「ははは、冗談だよ」

 

 セイカはセナノと顔を見合わせて静かに笑い合う。

 それは何かに勝利したことを確認し合う、勝ち誇った笑みだった。

 

「三鎌縁者」

 

 それからセイカは再びセナノの名前を呼ぶ。

 そして、僅かに躊躇った後その言葉を噛み締めるように丁寧に吐きだす。

 

「私の立場では本来言えた事ではないが……これからは特に用心するんだ。君たちを取り巻く環境は変わるだろう」

「……ええ、わかっているわ」

 

 そう答えるセナノの手は、無意識の内にエイの頭の上に乗せられていた。

 エイは何も抵抗せず、気持ちよさそうに頭を撫でられている。

 

 セナノはハッと気が付いて手をどけようとしたが、すぐにエイが心地よさそうな顔をしていることに気が付いてそのまま頭を撫で続けた。

 

「むふぅ、まるで私が子供みたいですね」

「私もアンタもまだ子供でしょ」

 

 なんてことの無いやり取り。

 しかしだからこそ意味があったのだという事に、この時のセナノはまだ気が付けないでいた。

 

(私が守ればいいわよね。エリートなのだから……!)

 

 それがどれだけの思い上がりであったのか。

 子供である彼女にはまだ、わからない。

 

 

 

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