【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第73話 眠れ! きっと明日のエリートが何とかしてくれる!

 夜も明けぬ内から、二人はテーブルをはさんで向かい合って座っていた。

 男女が深夜に二人きりなどと言うとあらぬ誤解を受けそうなものだが、生憎とその場にいればそんな考えは浮かびもしないだろう。

 

「突然来るものだから、やっすいアイスコーヒーしかなかったわ。ごめんなさいねぇ、縁理庁の職員さんならもっと上等なものを飲んでいるんでしょうけど。せめて昼間に来てくれたらよかったのだけれど、まさかの深夜だから」

 

 それはセナノの嫌悪感がたっぷり詰まった嫌味でしかなかった。

 誰が好き好んで21連勤の後に、自分の大切な人を利用するような組織の手先である血色の悪い男を歓迎するのだろうか。

 そしてその気持ちを全て飲み込めるほどセナノは大人ではなかった。

 

「……いいえ、ありがたいです。カフェインを体が欲していましたから」

 

 対して鏑矢は悲しい程に大人であった。

 感情をぶつけられたことに気が付いていないかのように、彼はコーヒーを一口飲む。

 

「私もこのアイスコーヒーは好きですよ。安くて量が多くて、何よりどこのコンビニでも買える」

「あっそ!」

 

 セナノの方は、嫌悪感を隠そうともせずに睨みつけている。

 対して鏑矢の方は、嫌味と共に差し出されたアイスコーヒーをいつもの死んだ顔で啜っていた。

 

「で、なんの用なのかしら。こっちはエイみたいにぐっすり寝たいのだけれど」

 

 セナノはそう言って自分の背後の扉を親指でさした。

 彼女の足元にはギターケースが立てかけられており、万が一のことがあれば荒事も辞さないという考えが見て取れる。

 

「……まずは、依頼お疲れさまでした。S階位と言えども、これだけの異縁存在を対処したのは初めてではないでしょうか」

「ふん、別に労いなんていらないわよ。私はエリートなんだからこれくらい当然でしょう?」

「流石ですね。私なら、2週間で限界を迎えてしまいそうです。審縁導師様も気にかけてらっしゃいました」

「そう」

 

 セナノは言葉の続きを促す様に短い返事で完結させる。

 しかしどれだけセナノが露骨な態度を取ろうとも鏑矢は顔色一つ変えない。

 それどころか、アイスコーヒーをしっかり飲み干した彼は、アタッシュケースを一つ取り出した。

 

「依頼を完了させた実績を理由に審縁導師様が作らせた新型のNARROWです。と言っても、疑似媒介の首輪の改良版ですが」

「っ、アンタ達またふざけたものをエイに――」

「話は最後まで聞いて下さい」

 

 立ち上がったセナノを片手を上げて制した鏑矢は、アタッシュケースを開けて中を見せる。

 彼の言う通り、確かにその中には白い首輪があった。

 その外見は、今エイが取り付けているものと大差ない。

 

「今まで、疑似媒介体に取り付けられていたNARROWはあくまで上層部が操作するための制御装置のようなものでした。まさに、首輪と呼ぶにふさわしいでしょう。反抗すれば、首に仕掛けられた薬品が投与され、同時に抑制構文により体の自由が利かなくなる」

「……ええ、その効果はこの目で確認したわよ」

 

 特殊部隊驟雨の前で倒れたエイの姿を思い出し、セナノは顔を顰める。

 

「しかし、それでは疑似媒介体に余計な刺激を与えるだけであると上層部は結論付けました」

「遅いのよ」

「私もそう思……いえ、なんでもありません。それで、今回のNARROWの機能ですが……空澱大人の力を使う際に観測室に信号が発信されます。以上です」

「は?」

「ですから、疑似媒介体が力を使えば信号が発信されます。それだけです」

「冗談が下手くそなのね」

 

 セナノの言葉に鏑矢は何も言わなかった。

 僅かな沈黙の中で、空のコップに残された氷が小さく音を立てる。

 やがて根負けしたように、セナノから口を開いた。

 

「詳しく聞かせて頂戴」

「現状、疑似媒介体を肉体への構文作用で制御するのは危険であると判断しました。そもそも、あれが機能した状態で天津裁を引き起こされた時点で、NARROWとしての本来の役目を果たせていません」

「そもそも、そんなものを付けるなって話よ」

 

 鏑矢はセナノの言葉を否定も肯定もしなかった。

 代わりに、アタッシュケースをセナノ側へと押し出す。

 

「私達に出来ることは、このNARROWから送られる信号を頼りに日本国民の保護や情報統制に回る事のみ。いいですか、上層部はもしもの時に、貴女に全ての決定権を委ね、責任を押し付けるつもりです」

「……そう」

 

 セナノはじっと首輪を見つめる。

 自分の持つヒバリのように力を与えてくれるものではない。

 白く冷たいそれは、エイという存在に取り付けられる烙印でもあった。

 

「そして審縁導師様はこうもおっしゃっていましたね」

 

 鏑矢はわざとらしく咳払いをして、こう言い直す。

 

「これは貴女の実績が形になったものだ、と。三鎌縁者であれば、有事の際に疑似媒介体を止めることが出来る。縁理庁の上層部を実力で黙らせた証であると」

「……はっ、わかってんじゃない」

 

 セナノはあくまで強気に笑うと、アタッシュケースを閉じて自分の側へと引き寄せた。

 それが何よりも彼女の意思表示であったのだ。

 

「痛みで制御しようなんて思ってる連中にあの子は任せられないわ。それに、既にあの子は私の相棒よ」

「そうですか。では、引き続き励んでください。あ、そうそう。それ、結構高額なので乱暴に扱ったりはしないでください。災主級の顕現時でも信号を発信できるというのは、地味ながらも相当な技術の結晶ですので」

 

 鏑矢はそれだけを一方的に告げるとセナノの返事も待たずに立ち上がり、玄関へと向かった。

 その背中は帰路につくというよりは、次の仕事場に向かうようである。

 

「次からは、来る前に連絡を頂戴」

「連絡をすればむしろ会えなくなると審縁導師様がおっしゃったので。あの方の勘は当たりますから」

「……ノーコメント」

「では、コーヒーありがとうございました」

 

 鏑矢はくたびれた革靴を履き、靴ひもをしっかりと結んでから立ち上がる。

 構図だけを見れば、仕事へ向かう父親とそれを見送る娘なのだが、いかんせん彼女達の立場と漂う空気が違いすぎた。

 

「…………そうだ、最後に一つ独り言を」

 

 鏑矢は扉に手を掛けたまま、セナノにかろうじて聞こえる程度の声量で言葉を吐き出した。

 

「封縁五家が動き出しました。恐らく、依頼の形をとって貴女達に接触してくるでしょう」

「……っ! 貴重な情報ありがとう」

「いえ。ちなみにこれは私の個人的な独り言なので、縁理庁が封縁五家に対して敵対するわけではありません」

「わかってるわよ、それくらい」

 

 律儀に補足を加える鏑矢に呆れながら、セナノは手をひらひら振って返事をする。

 それを横目でチラリと確認した鏑矢は、軽い会釈と共に今度こそ部屋を後にした。

 

 扉がぱたんと締まり、換気扇の音だけが辺りを支配する。

 

「……さて」

 

 セナノはアタッシュケースの前まで戻ると、その箱を指先でなぞる。

 

「……どうやって渡そうかしら、これ」

 

 プレゼントと言って無駄に喜ばせるのは裏切りだ。

 しかし、全てを説明して渡してもそれは下手に怖がらせるだけの気もする。

 

「うーん、異縁存在の処理なんかよりよっぽど難しいわね、これ」

 

 そう考えたセナノはアタッシュケースをギターケースの傍に置き、背伸びをする。

 途端に、どっと疲れと眠気が押し寄せ、彼女はエリートらしからぬだらしのない欠伸を一つ。

 

「ふぁ……寝よ」

 

 難しい事は、明日のエリートが解決してくれるだろう。

 そう考えて彼女は自室のベッドへと向かう。

 

 ベッドではエイが丸くなり、胎児のような恰好で眠っていた。

 心地よさそうに眠る彼の姿を見ていると、更に眠気が掻き立てられる。

 

 セナノはそれを見て、すんなりと受け入れてしまった。

 どうやら眠気と疲労で思考に()()が生まれてしまっており、今の状況に何も違和感を抱かないようだ。

 

「んぅ……」

「エイ、ちょっと詰めて。ふぁぁ」

 

 セナノは眠気に支配された思考のまま、エイと同じベッドへと潜り込む。

 そして、向かい合う形でスヤスヤと寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

『ヨシ^^』

 

 それを空が静かに見下ろしている事には誰も気が付かない。

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