【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
朝、起床を知らせるアラームと共に意識が浮上したセナノの前にあったのは、とても美しく愛らしいエイの寝顔であった。
「アッ!?」
全てを察したその聡明な頭脳と耐性の無い未熟な精神が混ざり合い、まるで潰れた蛙ような声が寝起きの声帯から押し出される。
「な、な……」
「んぅ、あと10分……」
声で一度は目覚めかけたエイだったが、余程疲労が溜まっていたのか更に微睡を享受するためにより寝心地の良い姿勢へと移行する。
ベッドの中に潜り込み、近くにあった抱き心地の良さそうな枕――セナノへと腕を回した。
「ッ!」
「……すぅ、すぅ」
セナノの胸の中で、エイはまるで幼い子供のような安堵の表情で再び寝息を立て始める。
今まで熟睡していたエイの体は温かく、触れているだけだというのに何故か恐ろしく背徳的な気がした。
「え、エイ……一度、離れて貰っても良いかしら。え、エリートはこれから朝のランニングがあるの」
「ぅ」
返事と呼べるほどでもない声がエイの口から発せられ、より強く抱きしめられる。
エリートは朝から大ピンチであった。
(しっかりしなさい、三鎌セナノ! 私はエリート! それに今までもこんな場面はあったでしょう! エイが近くで寝ているからなんだっていうのよ! この子の朝ごはんも用意しなきゃいけないんだから、さっさと剥がして――)
と、その時エイがセナノの胸に自身の頭を擦りつけるように更に潜り込んだ。
ふわりと彼の髪の香りがセナノの鼻まで届き、優しく包み込む。
「うん、しょうがない」
気が付けば、セナノはエイをしっかりと抱きしめ返していた。
エイはそのぬくもりが気に入ったのか、僅かに寝顔をほころばせる。
(人々の営みを陰から守るのが縁者。なら、こうしてエイの相手をすることで疑似媒介体の精神安定を図るのは当然私の仕事よ。まったく、エリートは休む暇が無いわねぇ!)
鮮やかな理由づけにより、セナノは再び眠りに付こうと瞳を閉じる。
伝わるのは、エイの香りと体温、そして小さな吐息――。
(ね、寝れるわけないじゃない! ふんわり優しい拷問よこれ!)
セナノは日本の生まれではあるが漢でも武士でもない。
故に据え膳があろうとも、手を出すことはなかった。
(我慢よ我慢! 今のこの子は男の子なんだから、余計に我慢よ! 寝ている年下を襲うなんて、倫理的に駄目よ絶対!)
セナノは鋼の意思により、何とか理性を保とうとしていた。
その時である。
まるで彼女の気高きエリート精神を手助けするようにスマートフォンが通知を知らせた。
簡潔な電子音が二度。
「……っ、はぁ」
それはセナノが設定した、依頼が来たことを知らせる音である。
今までの初心な雑魚縁者から一転、彼女はS階位として意識を切り替え、今まで躊躇していたことなど微塵も感じさせない軽やかな動作でエイの抱擁から抜けだした。
「本当に、退屈しないわね」
うんざりした様子でそう吐き捨てながら、セナノの一日は始まりを告げた。
■
朝から寝ぼけたふりをして女の子に抱き着いているのはだーれだ!
そうです、俺です。切腹でいいっすか?
『よかったですよぉ』
『ウィッス』
俺の体はソラのおかげでショートスリーパーになったようだ。
特に、あのイチジクを食ってから体の調子がすこぶる良い。
眠る時間は短時間で済むので、先んじてセナノちゃんにコンテンツを仕掛けることが出来るのである。
休みなく働いてきたセナノちゃんをコンテンツに巻き込むのは申し訳ねえのだが、そうでもしないとうちの村の神様が何をしでかすのかわからないのだ。
セナノちゃん、縁理庁……聞こえていますか?
今年も御空様を鎮めるコンテンツ祭りの季節がやってきます。
各々、畑で育てた瑞々しいコンテンツを持参して、青い青い空がこちらを見下ろす日に集まりましょう……。
『さて、エイもそろそろ起きますよ。あ、胸元は大胆に見せてくださいね! 無防備さがあなたの売りの一つですからね!』
『はい』
起床タイミングやパターンも決められた俺に果たして自由や人権はあるのだろうか。
俺は無害かつ性善説を信じる心清らかな人間だというのに。どうしてこんな目に……。
「ふあぁ……ねむ」
脳みそはばっちり覚醒しているのだが、俺は寝ぼけまなこを擦りながらゆっくりと体を持ち上げる。
ポイントは、わざと胸元を覗けるように四つん這いに似た姿勢で緩慢かつ自然であることを心がけることだ。
『いいですよぉ! この人間もドキッとしているのがわかります!』
『少女の純真を弄んでしまうとは……』
『弄ぶ……? やだなぁ、祝福ですよ^^』
価値観が違いすぎるっぺよ。
「っ、あ、あらエイ! 起きたのね!」
「んぅ、ふぁい。おはよーござい、ま……す」
俺は舟を漕ぐように首をこっくりこっくり動かす。
セナノちゃんは一瞬、俺の胸元に視線をやったがすぐに明後日の方向を向いた。
その顔が朱に染まっていることから、セナノちゃんの心情は丸わかりだった。
『良い演技ですね! 良い一日が確約されたも同然! 報酬に天移10%OFFクーポンをあげちゃいます!』
『あざっす』
いらないねぇ……。
『しかも天移ポイントと併用できるので、お得に天移が出来ますよ!』
消費者に寄り添うな。
『さ、今日も張り切って依頼を達成しに行きましょう!』
『と言っても、俺はご当地の美味しい物を食べながら、セナノちゃんの後ろでウロチョロしているだけだけどね』
『それでいいんですよ^^ 今回はどんな美味しい食べ物とコンテンツに出会えるんでしょうか!』
セナノちゃんには見えていないが、ソラはベッドの上でそれはそれは楽しそうに跳ねていた。
ご当地の美味い物食ってコンテンツを楽しむ……これが上位存在の姿か?
観光3日目の海外オタクと何が違うんだ。
「エイ」
ふざけたやり取りをしている俺達とは違い、セナノちゃんは真面目な声で俺を呼んだ。
その度に俺は申し訳なくなってくる。
だからと言って、ソラを止めることはできないが。
「せっかくの休日だったけれど、お仕事よ」
『わぁい^^』
この場でセナノちゃんだけがただひたすらに真っ当で真面目だった。
■
縁理庁や縁理学園だけが異縁存在を扱う場所ではない事は、縁者の中では常識だった。
それでも縁者達がその名を滅多に口にしないのは、忌み嫌われる存在だからである。
封縁五家。
異縁存在を扱う五つの家は、古い時代の貴族に端を発する。
政府の主導による安全な異縁存在の管理や運用といった日本の存続の為ではなく、それぞれが私利私欲のために動く五つの名家。
それは時に、忌むべき家と揶揄されることもあった。
自身が抱える事情や悲願の為ならば、どんな犠牲も厭わない。
それでも今まで存在しているのは、封縁五家が縁理庁と同等以上の力を有しているからだ。
その場所は、封縁五家が一つ
山奥に人知れず佇むその建物は和の贅を尽くしたかのような豪邸であり、隠れているにもかかわらず妙な存在感を見る者に与える。
「ようやく、こちらもアレの争奪戦に介入できるか」
庭園を眺めながら、一人の壮年の男が呟く。
その背後には、今にも茎から上が朽ちて落ちそうな一輪の薔薇があった。
花瓶に挿さった薔薇は、飾るでもなく無造作に床に置かれ、男は目線も合わせずにそれに向けて言葉を続ける。
「常染家や縁理庁よりも先に奪え。折津ヨイの時のような無様な真似はごめん被るからな」
返事はない。
しかし、頷くように落ちた薔薇が彼の言葉への何よりの答えだった。