【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
焦燥感は、次第に苛立ちや疲労へと変換されていった。
街の中をどれだけ散策してもそれらしいものが見当たらないのである。
異縁存在がいれば騒ぎの一つでも起きそうなものであるが、今のところその兆候は見当たらない。
最初に見た依頼主の死体だけが、まるで異物の様にこの日常の中に紛れ込んでいたのだ。
「暑い、へとへとです……」
セナノの後ろを追従するエイは、本当にただその背中を追っているだけであった。
最初こそセナノの役に立とうと意気込んでいたエイだったが、空澱大人の力を使わなければ非力な少女♂である。
縁者としてもまだ知識は浅く、経験もここ三週間のものしかないと言って良いだろう。
それでもセナノについて行っているのは評価されるべき点ではあるが。
「ふぅ」
セナノは後ろをちらりと見て、思考を落ち着けるために息を吐く。
生ぬるい風はまるで今のセナノ達を笑っているかのように髪を揺らすが、一切のそう快感は与えなかった。
「エイ、一度休憩にしましょうか」
「え! いいんですか!?」
汗で額に髪を張り付かせながら、エイは表情を輝かせて顔を上げる。
まるで散歩と聞いた子犬の様に無邪気な顔だが、セナノには今のエイは大変官能的に映ったようだ。
汗まみれでほんのり上気した頬と少しだけ疲労でとろんとした目。
今まさに彼女の頬を伝い顎先からしたたり落ちるように、鎖骨の間を流れ服の中に入っていった汗。
それはセナノの中にいた男子中学生を呼び起こすにはあまりにも十分だった。
「っ、と、とにかく休憩よ! 適当な店に入って涼むわよ!」
「はいっ!」
一人は煩悩を打ち消すように必死に別の事を考え、一人は食べ物の事を考えながら一時休憩とすることにした。
夏の日差しの前にはS階位縁者も疑似媒介体も関係ないようだ。
■
「――まさか、どこの店もいっぱいだとは思わなかったわね」
「うぅ……冷やしラーメン……」
コンビニのレジ袋を傍らに置いた彼女達は今、公園のベンチで項垂れていた。
木々により日は遮られ、吹く風も幾分かマシになっている。
こんな暑い日、しかも平日に公園にいるようなもの好きは二人しかいないようで、公園は貸し切り状態だった。
といっても、飲食店に入ってクーラーの下での昼食の方がずっと良かったのだが。
「ほら、エイ。アイス食べていいわよ」
「ありがとうございます」
揺れる木々に合わせて地面の影も踊り、耳に柔らかな雑音を届ける。
エイは受け取ったアイスの包装を剥くと、冷やしラーメンへの無念をどこかへ置き去りにしたのか目を輝かせた。
「いただきます!」
夏らしくスイカ味をチョイスしたエイは一気にかぶりつき、しゃくっという小気味の良い音と共にアイスを食べ始めた。
「~っん! おいひいれふ!」
「そう、良かったわ。じゃ、私も食べようかしら」
セナノはそう言ってシンプルなアイスキャンディーを取り出す。
気分的にも涼しくなるという小癪な理由で彼女はソーダ味を選んでいた。
「ふふっ、お揃いですね」
「え?」
突然のエイの言葉にセナノは首を傾げる。
すると彼は自分のアイスとセナノのアイスを交互に指さして笑った。
「私はセナノさんの赤色! セナノさんは御空様の青! 互いの色を選んでいるみたいで、なんだか相棒って感じです!」
些細な共通点だがエイはそれが余程嬉しかったのか体を揺らし始めた。
一蹴しようとしたセナノはそんなエイの姿を見て、仕方が無さそうに笑い返す。
「ふふっ、そうね。私達ってば息ぴったりだから」
「はい!」
言いたいことを言い終えたエイは、再びアイスに夢中のようだ。
随分とのんきなその姿を見ながらセナノもアイスキャンディーを口に運ぶ。
「うま」
咥えたセナノは無意識の内にそう呟く。
瞬間、彼女の体はそれを渇望していたかのように求め始めた。
エイの模範になる様にと、一気に食べてしまう事はないがそれでもセナノは普段よりもずっと速いペースでアイスキャンディーを食べ始める。
暫くの間、風に吹かれながら二人はアイスの冷たさに心を奪われていた。
やがて、食べ終えたセナノは二本目に手を出したエイを見ながら冷静になった思考で客観的に自分を見る。
(手がかり探しに躍起になりすぎたわね。エイのペースも考えないと)
封縁五家の存在は、セナノ自身の想像しているよりも大きく精神に負担をかけていたらしい。
暫しの休憩のおかげで、ようやく彼女はいつも通りの落ち着きを取り戻せたようだ。
「エイ、夜は美味しい物を食べましょうね」
「ふぁい!」
アイスを口に含んだままエイは力強く頷く。
セナノと違ってまだまだ食欲がありそうな彼は、アイスに集中していた。
と、その時ふとエイの髪に眼が行った。
先ほどは汗で張り付いて随分と鬱陶しそうだった。
セナノが短く切り揃えているのは、偏に長いと不便かつ鬱陶しいからである。
故にセナノは髪を伸ばす者の考えている事などわからなかった。
が、エイの髪は特別に思えた。
手入れされた髪は、木漏れ日の中でより一層美しい黒を際立たせている。
風にふわりと揺れるたびに汗に混じったエイの香りが漂いまるで自然のアロマのようで――。
(うん、気持ち悪いわね私!)
思考が脱線し始めていたことに気が付き、セナノは切り替える。
本当は、こう考えていたのだ。
「エイ、暑いでしょうし髪をまとめてあげるわ」
「お願いひまふ」
アイスをしゃくしゃく齧りながらエイは何も考えることなく後ろを向く。
セナノからすればそこそこ緊張する申し出だったのだが、杞憂だったようだ。
コンビニでついでに買っておいた赤いヘアゴムを手に、彼女はエイの髪と真正面から対峙する。
そして、恐る恐る触れた。
「っ……相変わらずさらさらね」
「御空様のおかげですね!」
「そ、そうなのね」
時折、浴室にメーカー不明の謎のコンディショナーなどが鎮座していることがあると、考えてセナノは首を横に振る。その辺の報告書は明日のセナノが何とかしてくれるだろう。
「取り敢えず、ひとまとめにするわ。こうも髪が長いと暑いでしょうから」
「ありがとうございます。なんだか、お姉さんみたいですね」
「そう? なんなら、セナノお姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
軽い冗談のつもりだったが、エイは素直に受け取ったようですぐにその名を呼んだ。
「はい! セナノお姉ちゃん!」
「っ、や、やっぱり恥ずかしいから無し!」
「? わかりました」
よくわかっていない様子ながらもエイは了承する。
そして残ったアイスに再び意識を向けた。
静かになったエイの髪をまとめてセナノは簡易的なポニーテールを作り上げていく。
その過程で視界に入った白い首を見て、彼女は思わず手を止めた。
人形のように細く美術品のように美しい白を携えた首には、より無慈悲で無機質な白の首輪が巻き付いていた。
あの日の夜、エイを苦しめた呪いの首輪である。
「……っ」
今まで任務を言い訳に思考の外に追いやっていたそれが再び思い出される。
エイに用意された次なる首輪。
人ではなく疑似媒介体であるということを認識させるための証。
それをセナノは持っているのだ。
当然、エイの首に取りつけるために。
(どう渡せば、この子が傷つかずに済むかしら……)
それが裏を返せばどうすれば嫌われないかを考えていることに彼女は気が付いていない。
少なくとも、ここで答えが出せるほどセナノの精神が成熟していなかったのは事実だった。
「はい、出来たわよ」
「おお」
エイは自分の頭を振ってポニーテールが揺れる様を楽しむ。
そして十分に揺らして満足してから笑顔をセナノに向けた。
「ありがとうございます!」
「別にこれくらいの事でそんなにはっきりと礼をしなくても良いわよ」
「そうですか? 私は嬉しいですよ! ……村の皆さんはあんまり触れてくれなかったので」
神の巫女であり生贄であるが故、その身を汚すことは許されない。
エイを取り巻く環境は彼女には残酷なまでに清らかであることを徹底されていた。
「なので、今こうしてセナノさんと一緒にいられることがすっごく楽しくて嬉しいです!」
エイが振り返れば、ポニーテールが追従するように揺れる。
それを目で追いながら、セナノは無意識の内に頭を撫でようと手を伸ばす。
その時だった。
――チリン、と鈴がどこかで鳴る。
「……?」
遠くもなく近くもなく、澄んだ音色はまるで脳内から響くようにはっきりと聞こえた。
理屈はまだない。
しかし、セナノは感覚的にそれが逃してはならない手掛かりであると瞬時に理解した。
「エイ、音が聞こえたわね?」
「音……ああ、確かに鈴のような可愛い音が聞こえますね」
それは葉の擦れる音に混じって、あるいは噴水の傍で水音にまぎれるように、いたるところに潜むように鳴っている。まるで、こちらを見て笑っているかのように。
自分の存在感を示すことに満足したのか、鈴の音は次第に不自然に遠ざかっていく。
逃すわけにはいかないと、セナノは立ち上がりギターケースを背負った。
「アイス食べて休憩も十分できたわね」
「はい」
ゴミ箱に袋を入れたエイは、胸の前で拳を作って頷く。
「向こうからやってくるなら好都合じゃない。私達が一番最初に回収するんだから!」
「頑張ります!」
鈴の音を追うように、二人は街の中へと駆けだして行った。
そんな彼女達を遠くのビルの屋上から見つめる影が一つ。
「あれが今回の疑似媒介体と相棒か。いいねぇ、ハッピーそうだ」
ブラウンのブレザーに、チェック柄のスカート。大人しめのネイルに肩あたりまで伸ばされた茶髪と、その姿はどこにでもいる女子学生のように見える。
しかし、その双眸が黄金であることが彼女が普通の人間ではない事を示していた。
「どうかまだ私の事は見逃してくれよ。悪いようにはしないからさ」
ソレは青空を見上げながら、人差し指を立てていたずらっ子のように微笑んだ。
返事はなかった。
いや、その空の青さこそが、かの者の返事だったのかもしれない。
「うーん、楽しみだ」
次の瞬間にはソレの姿は風と共に消えていた。
『へえ^^』
『どうしたのソラ。あの鈴の音についてわかったの?』
『いえ。どうやらコンテンツの持ち込みがあったようなので^^』
『上位存在の世界にも出版社がある?』