【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
街はいつの間にか音という名の異常で溢れていた。
鳴りやまぬ鈴の音は蝉しぐれのようにも、セナノ達を笑っているようにも聞こえる。
道行く人々は誰もセナノ達を見ようとはしない。
ただそれがいつもの事であるかのように平然と各々の日常を営んでいた。
まるで、セナノ達が世界から外れたように、誰も一度も視線を向けようとしない。
「っ、何よコレ。全然そんな兆候はなかったじゃない!」
「頭の中、鈴の音でいっぱいです……」
音、音、音、音――。
風でも声でも車でもない。
それは鈴の音が重なり合って生み出される不協和音であった。
「急に存在感を出してくるじゃないの」
セナノはギターケースを降ろし、中から羽を取り出す。
それは彼女の唯一にして最強の切り札であった。
『認識接続、オース・リンク開示。確認しました』
一枚の羽はやがて赤いシマエナガのような姿に変わり、セナノの頭に着地する。
ただの小鳥と侮るなかれ。それは異縁存在を焼却する力を秘めた人類最先端の兵器なのだ。
「エイ、音の発生源を探るわ。私から離れないで」
「はい……!」
いつでも対象を焼却できる準備をしてセナノは辺りを探る。
そして、ついにそれを見つけた。
「――いた」
ヒバリにすら視線を向けない人々。
しかし、その中でただ一人セナノへと視線を一瞬だが向けた子供がいる。
観察力において他の縁者よりも秀でているセナノがそれを見逃すはずがなかった。
「ヒバリ!」
セナノは駆け出す。
ただ距離を詰めるだけではなく、走る中で時折混ぜ込まれる独特のステップは最小限の動きで完結する舞を内包していた。
舞の奉納による段階的な解放が行われ、ヒバリは更にその体を大きくする。
翼を広げて飛び立ったその姿は、もはや小鳥ではない。
焔を纏った真紅のカラスとでも言うべき体躯に変貌を遂げたそれは、一気に子供へと向かった。
子供は迫るヒバリを見て駆け出すが、一手遅かったようだ。
ヒバリは敢えてすぐに捕まえることはせずに、子供を誘導するように飛翔する。
そして人混みを抜け、街中を駆け抜け、子供は細い裏路地へと飛び込んでいった。
「獲ったわ」
子供を通り越し、行く手を阻むようにヒバリが羽ばたき焔を散らす。
足を止め踵を返そうとした子供だったが、その時には既にセナノとエイがその場を塞いでいた。
「ふふん、完璧ね」
「ぜえっ、ぜえっ、さすっ、流石、セナノしゃん……」
片方は息も絶え絶えだが、それも問題ではない。
既に音の発生源であろう子供は捕獲したも同然なのだから。
「じゃあ、後は拘束させて貰おうかしら」
セナノは銃型兵装を、子供へと向ける。
その目に躊躇はない。相手が子供だとしても、異縁存在が関わる場合は油断してはいけないというのは縁者の世界では常識だ。
むしろ、器としては子供の方が適しているといっても良い。
故に彼女はすぐに引き金を引いた。
迷うことなく警告や脅しもなく、銃口を向けた次の瞬間には拘束するための杭が発射されたのだ。
「おっとと」
が、しかしそれは他の誰でもない子供の手によってあっけなく掴まれることになる。
手の中で即座に拘束構文を起動させようとした杭が震え始めるが、子供は動じない。
それどころか、杭をその手で軽々と砕いて見せたのだ。
「っ!? エイ、もう少し離れていなさい。やっぱり人間じゃないわ!」
「人間だよ、少なくともさっきまでは普通の子供だった。今日はお母さんと一緒にお買い物だったかな? なのに、こんな事に巻き込まれて可哀そうに」
まるで他人事のように子供はつらつらと言葉を重ねながら、杭の欠片を放り投げる。
そして、セナノとエイへと手を広げながら無邪気とは言い難い笑みを浮かべた。
「初めまして、クソガキ共。私の名前は常染ムカタ。皆が大好き、常染家のお兄さんだよ」
「っ、封縁五家がまた!?」
「なんで、なんて考えているのかクソガキ。ここまでくればもうわかるだろうに」
ムカタは自分の耳へと手を伸ばす。
そこには、鈴のついたイヤリングがあった。
「これは正当な戦いだよ。誘いに乗ってくれた他の封縁五家と共に誰がそこの疑似媒介体を得るに相応しいか、殺し合いをしようじゃないか」
セナノが言葉を吐き出すよりも先に、鈴が指先で弾かれる。
りん、と無機質で冷たい音が響いたとセナノが認識した次の瞬間には、そこには子供の姿は無かった。
それどころか、世界のありさまが変わっている。
空を染めるのは青さではない。
息苦しくなる程の橙色が、雲一つ無い空を均一に染めている。
それをセナノがただの夕方などと思うはずがない。
「迷宮……!?」
街並みも、行きかう人々も決して変わってはいない。
しかし、その空がこの空間の異常性を示していた。
■
同時刻、橙色に変化した空を見つめながら眞柴は葉巻を丁度一本吸い終えたところだった。
屋上から見上げる空は、より一層異常に見える。
まるで自分達を飲み込むために怪物が口を広げているのではないかと錯覚してしまう程に、それは自然的な物ではなかったのだ。
「始まる前に、さっさと常染の爺さんを殺せればよかったが。幕が上がる寸前まで舞台に上がりたがらないのは昔から変わらないか」
眞柴に渡された招待状は、ただの異縁存在を回収する任務ではない。
それ自体は、ただ迷宮を作り出すための道具。
舞台そのものに興味を持つほど、眞柴は好奇心がある人間ではなかった。
故にここからが彼にとっての本当の仕事となる。
「疑似媒介体ねぇ。前に分家が獲りにいったときは、とんでもない目にあったとか聞いたが……今回はどうなる事やら」
問いかけるように新たな葉巻を蟹へと差し出す。
蟹は言葉を発することはなく、主の望み通りに先端を切り落とした。
「ま、仕事を受けたからには果たさねえとな」
眞柴は煙を揺らしながら、街を見下ろす。
変わらず道行く人々。
その全員の耳に、鈴のイヤリングが付いていることを彼は見逃さない。
「よし、行くか」
彼が手招きすると、蟹は彼の背中に飛び乗る。
次の瞬間、彼は屋上から飛び降りた。
――そんな彼を、街中の花屋から見上げていた小さな小さな花が一つ。
「あ、もうスタート? よぅし奪おう。すぐ奪おう!」
可愛らしい白の花だったそれは、唐突にその身を揺らし始め辺りの花を喰らい始める。
羊の群れに狼が混じったかのように残虐かつ獰猛に花屋の軒下に並べてある全てを平らげる頃には、それは黒いセーラー服の少女になっていた。
「おばちゃん、お花美味しかったよ」
異常な言葉に対して、レジ内で退屈そうに腰かけている店主は「はーい、またどうぞー」と言って雑誌に視線を落したままだった。その耳には、やはり鈴のイヤリングがついている。
「これは常染のお兄さんも考えたもんだ。空が悪さをするなら、別の空で完全に閉じてしまえばいいって」
出来の悪い夕焼けのような空を見上げ、クビリは感心するように拍手を送る。
しかし、称賛はここまで。ここからは殺し殺される敵となるのだから。
「じゃ、私も行こうかな。楽しみだぁ、空ってどんな花になるんだろう。綺麗だといいなぁ」
勝利した後の事を考えながら、彼女は普通の学生のような足取りでゆっくりとその場に向かった。
そうして、この事件はようやく幕を上げた。
今までの出来事はほんの前座に過ぎない。
転がっていた死体も、逃げ出した異縁存在も全てがただの序説。
故にここから始まるのだ。
疑似媒介体、折津エイの争奪戦が。
それは、空澱大人の視線を完全に遮断した巨大な迷宮での、封縁五家による正当な殺し合い。
しかしこの時点でそもそも大きなイレギュラーが発生しているとは誰一人として気が付いていなかった。
何より大きく、見逃すべきではなかったイレギュラーそれは――。
『来ました! 全員揃ったので始まりますよ^^ エイの争奪戦です! いやぁ、楽しみですねぇ!』
『はわわわ……』
既に空澱大人が現地入りしていたことだった。
視線は既にこの街へと向けられている。