【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第82話 安全確認! 油断した時こそ事故が起こるぞ!

 街には不思議なほどに影がなかった。

 太陽が存在せず、全方向から橙色の光が平等に世界を照らすその光景は、まるでショーケースの中に丁寧に保管されたジオラマのようである。

 行きかう人々も風の音も何もかもか自然的だったが、それでも妙な息苦しさを感じるのは彼女達がこの世界の異物だからだろうか。

 

「エイ、こうして移動してわかったのだけれど、どうやら全員が耳に鈴をつけているわ。アレが異縁存在の本体、あるいはそれに近しい何かよ」

 

 街を駆けながら、セナノは目の前からやってくるサラリーマン風の男を指さして言った。

 確かにその耳には鈴が付けられており、歩く度に小さくその存在を主張するように鳴っている。

 

「という事は皆さんの耳から鈴を外せば……!」

「今は駄目よ。それで正気に戻っても足手まといになるだけ。このまま迷宮の一部であった方がこっちに都合が良いわ」

 

 男の耳を観察するエイにくぎを刺し、セナノは自分たちの遥か前方を指さす。

 ビルや街路樹の隙間から見えるのっぺりとした橙色の壁こそが、彼女達が目指す場所だ。

 

「あそこまで辿り着いたら、私が構文を焼却して迷宮を脱出するわ」

「その後はどうするのですか?」

「これは私一人に手に負える案件じゃないわ。……悔しいけれど、他の縁者の力を借りるしかないわね。封縁五家を相手にするなら、S階位が派遣される可能性が高い」

「S階位……! セナノさんと同じエリートですね!」

「現状は、私よりもエリート揃いよ。縁者なら誰でも知る偉業も、縁者ですら知ることを許されない事件も、片手間にこなしてしまうでしょうね」

 

 夢想や憧れの押し付けのように聞こえるその言葉を吐露する彼女の目は、まるでその光景を見てきたかのようだ。

 セナノを見ていると、本当にそのような縁者が存在するのだと信じてしまいそうになる。

 

「す、すごい……!」

 

 現に一人、あっさりと信じていた。

 

「そのために、まずは私達だけでここを脱出するわよ」

「はい!」

「えぇ、私も一緒に連れて行ってよー」

「っ!?」

 

 人々の間を縫うように駆けていた二人は、どこからか聞こえた声に足を止める。

 そして周囲を見渡すが、自分たちが思い浮かべていた少女の姿はどこにもなかった。

 

「この声、あのクビリとかいう封縁五家……!?」

「名前を覚えていてくれて感謝感謝。ついでに私も仲間に入れてくれると嬉しいなぁ」

 

 辺りを見渡すセナノ達の傍を、ふと一人の老人が横切る。

 道行く人々の一人でしかないが、その手には花束を持っていた。

 それは通り過ぎた瞬間、花束の中から一本のヒナギクが落下しそれはみるみるうちに一人の少女の形をとる。

 

 黒いセーラー服をわざとらしく揺らして、彼女は両手を上げ道化の様に二人へと姿を現した。

 

「ばあ! びっくりした? ……してよ、もうー」

「っ、ヒバリ!」

 

 考える必要などない。

 セナノはすぐさまヒバリをクビリへと差し向けた。

 

「うわお! ちょっと、私は仲よくしようって言っているんだけど!」

「封縁五家の子供が、これは疑似媒介体を奪う殺し合いって言っていたのよ。それなのに、アンタと仲良くできると思う?」

「そんなこと言わずにさぁ」

 

 向かってくるヒバリをあり得ない角度に上半身を曲げ回避したクビリは、その曲げた体のまま、一本の花を差し出した。

 鮮やかな赤色をした百合の花だ。

 

「仲間になろうよ」

「なるわけないでしょう!」

「……セナノさん、この人は信頼できますよ」

「エイ!?」

「お、こっちのお嬢さんはわかるみたいだねぇ。……あ、男だっけ? ややこしいな。まあいいや、こっちおいで」

 

 花を片手にクビリは手招きをする。

 エイはそれを見て、ふらふらと進み始めた。

 

「はい。一緒に、ここから脱出しましょう」

「エイ! ――っこっちに来て!」

 

 クビリに向かって歩き始めたエイの手を握り、セナノは無理やりその動きを止める。

 エイは心の底から困惑したように首を傾げていた。

 

「セナノさん、どうしてですか?」

「その花が悪さして、貴方に思考誘導を仕掛けているのよ! ヒバリ!」

 

 名を呼ばれた鳥は旋回をやめ急降下をすると、エイの周りを数度舞った。

 すると火の粉のようなものが激しく散り、何かを燃やす。

 

「っ、セナノさん! 私、今何を……」

 

 ハッとした様子で顔を上げた時、エイの瞳には光が戻っていた。

 その光景を見て、クビリは上半身を勢いよく戻し、薔薇を放り投げる。

 

「あら、燃やされちゃった。……うーん、セナノちゃんだっけ?」

「気安く名を呼ばないで」

「そんな固いこと言うなよぉ。君さ、何? 洛永の花は効かないし、そのNARROWの中に在る異縁存在も、相当な代物ぶっこんでるでしょ」

 

 今までとは違い、その視線は確かにセナノへと向けられていた。

 まるで新しい玩具を見つけた子供の様に無邪気な好奇心に満たされた瞳で、彼女はその手に新しい花を生み出した。

 それは深海で花びらを模ったかのように深い蒼の彼岸花である。

 

「どこまで遊べるか、気になって来たよ。良ければ、君も一緒に洛永に来ない? 悪いようにはしないよ。盛大に歓迎してあげる」

「お断りよ! ヒバリ!」

 

 ヒバリが再び舞い降りる。

 しかし今度はクビリを狙う事はせず、羽ばたきで激しい焔を辺りに生み出しその視界を熱と火で奪い去った。

 

「わぁっ、花を燃やすなんて非人道的!」

「走るわよ、エイ!」

「はいっ」

 

 二人は再び走り始める。

 が、間もなく背後から声が聞こえ始めた。

 

「待ってよー」

 

 のんきで明るい声。

 決してこの場で聞こえる筈がない場違いなその声色は、この世界では恐怖と焦燥感を掻き立てるばかりだ。

 

「何か、あいつから逃げる方法は……あっ」

 

 セナノの前方には、客を届け終えたであろうタクシーとその傍にある自販機に立ち寄った運転手の姿があった。

 エンジンはかけっぱなしのようであり、セナノは即座にそれを決断する。

 

「ごめんなさい! 後で縁理学園から色々とお返しするので!」

 

 聞こえて居なくとも謝罪を入れ、セナノはタクシーの扉を開けエイと共に中に入り込む。

 窓の外を見れば、のんきに手を振りながらクビリが駆け寄ってきていた。

 あと十秒もすれば追いつかれるだろう。

 

「セナノさん……来ますよ!」

「任せなさい! 実戦は忙しくてまだだけど、一応これでも免許は持っているの! エリートペーパードライバーよ!」

「えっ」

 

 エイが何かを言う前に、アクセルが全開でふかされる。

 そして次の瞬間にはエイは座席に強く体を押し付けられた。

 

「うっ、うわあ!?」

「シートベルトはして……るわね! ヨシ、ならもっと飛ばすわ!」

 

 ペーパードライバーとは思えない巧みな運転でセナノは次々と前方の車両を躱していく。

 そして通りを走る大きな道路に出ると、更に加速した。

 

「この世界なら警察だって法制速度だって関係ないわ! エイ、あいつは付いてきているかしら?」

「……いいえ」

 

 後ろを見たエイは胸を撫でおろしながら、そう告げる。

 

「なら良いわ。このまま壁まで行くわよ!」

「はい。わかりました」

 

 セナノの言葉に安堵と共に返事をして、前を向こうとした次の瞬間。

 

「――駄目だよ、待たなきゃ。悲しいじゃん」

 

 助手席側の窓の向こう、聞こえる筈のない声がした。

 弾かれるように視線を向ければ、そこには逆さの状態でこちらを覗き込むクビリの姿がある。

 

「きゃぁっ!?」

「エイ! なるべくこっちに来て!」

 

 エイを抱き寄せ、少しでも離れようとするが狭い車内では意味がないに等しい。

 クビリはそんな光景を見ながら窓の外で笑みを浮かべ、一つの花を風に揺らしながら見せつけた。

 

「私も乗るから、止まってよ」

 

 取り出されたのは、緑色のスズランであった。

 それはぴたりと窓に張り付くと、みるみるうちに増殖し、あっという間に車体後部を全て包み込んでしまった。

 内部に入り込むように、花はタイヤを絡めとりその動きを無理矢理停止させる。

 動くことをやめた後輪は暫くの間アスファルトをスライドしていたが、やがて限界が訪れたのか軽い音共に両方同時にパンクした。

 

「っ!? エイ、掴まってて!」

 

 次の瞬間、車内は激しいスピンにより揺れる。

 セナノはハンドルから手を離し、エイの安全を確保するために覆うように抱きしめた。

 

「わっ、回りすぎ」

 

 ぶちぶちという音共に、クビリが車から遠心力で弾き飛ばされ近くのビルの壁にその体を無抵抗でぶつける。

 まるで癇癪を起した子供が壁に人形をぶつけたかのように無機物めいたぶつかり方をしたクビリは、べしゃりと落下してすぐに何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「ま、止まったならいいか。死んでないと良いなぁ。死んでいると価値が下がるからなぁ」

 

 のんきに呟き歩き出した先には、ガードレールに車体前部をめり込ませ、煙を上げながら停止している車。

 歪んだ扉がたった今、ごつごつとした靴で蹴り破られ中からセナノ達が出てきたところだった。

 

「エイ、大丈夫!?」

「うぅっ、私は大丈夫です。セナノさんこそ、血が……!」

「エリートは流血なんて気にしないわ!」

 

 焦燥しているが無事なエイとは対照的に、セナノは額から血を流している。

 事故の際に腕も折ったようで、右腕を押さえながら彼女は気丈に振る舞いクビリからエイを守る様に立ちはだかった。

 

「大丈夫、私に任せて。ヒバリもまだいる」

 

 壊れた車の上に降り立ったヒバリが、空を裂くような声でなき返事をする。

 クビリにとってその光景は、素直に感心せざるを得ないものだった。

 

「わぁ、丈夫だね。あれだけ派手に事故を起こして。疑似媒介体は半分は異縁存在だから大丈夫だろうけど……セナノちゃんは立っているだけでもやっとでしょ?」

「……うるさい、まずはアンタから焼き殺す事にするわ」

「怖いなぁ。でもさ……セナノちゃんて自分から人を殺した事ってないでしょ?」

「っ」

「ひゅー、大好きな相棒の前で強がってカッコいいー。ますます気になっちゃうよ。君は、どんな花を咲かせるんだろうね」

 

 クビリの袖や胸元から色とりどりの花が、まるで泥水の様に零れ落ちていく。

 地に落ちた花はまるで彼女を飾り立てる絨毯の様に、広がり、花弁を空に舞わせた。

 

「じゃあ、一番乗りって事でー」

「ヒバリ、お願い……!」

 

 そうして、戦いという名の蹂躙がクビリにより行われようとしていたその時だった。

 

「そいつはマズいな」

 

 空から割り込むように何かが落下してくる。

 重量があるのか、それはアスファルトを砕きながらセナノ達とクビリの間に割り込むようにして現れた。

 

 機械仕掛けの鋏をカチカチ鳴らし泡を吹く蟹と、その傍には清掃員の恰好をした長身の男。

 

「こいつはまだ使えるだろう。先に殺すなら、お前だ」

「ここで眞柴かぁ……」

 

 なんの脈絡も因縁もない。

 ただ必要だからという理由でこの瞬間に封縁五家の二人は対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間がボロボロです! エイ、怒る準備!』

『はい(従順)』

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