【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
灰燼と化したムカタだったそれを一瞥しただけだった。
セナノは次の獲物を求めてゆっくりと動き出す。
「え、い」
聡明な頭脳も崇高な精神もそこにはない。
僅かに残った理性が、たった一人の友人を助けなければならないと叫んでいた。
もはやそれは本能といってもよいだろう。
人に宿すにはあまりにも大きすぎる神格は、彼女の全てを塗りつぶし半ば焼き付くだけの機械へと変化させてしまったのだから。
「しゅく、ふ、く」
エイを救い、悪人を焼く。
それだけの単純な目的のために彼女は歩く。
一歩歩くだけでビルが溶け落ち、アスファルトがマグマの川となって溢れ流れていった。
まさに歩く災害。
不幸中の幸いは民間人がこれを認識できていない事だろう。
迷宮内の人間は、異縁存在の維持に使われる特殊な存在。
故に、民間人へと意識を向けなければ焼き殺されることもなかった。
溶けたビルの中を平然と歩く人や、熱波の中を駆け抜ける子供。
それらを取るに足らない存在として意識の外に追いやったセナノは、ただ一人を目指して進む。
そうして、大通りに出たときだった。
「――セナノさん」
陽炎の向こうで笑う姿があった。
セナノは足を止める。
そして、ゆっくりと振り返り掠れた声で名を呼んだ。
「えい」
「私……いつも、セナノさんに助けて貰ってばかりですね」
エイの言葉など聞こえていないかのようにセナノは進む。
そんな彼女の頬を、夏の風が撫でたような気がした。
すぐに熱によりかき消されてしまったが、まるでエイがセナノを撫でたような、優しく心に触れる風。
しかしそれはセナノをより掻き立て、彼女の歩を早めただけだった。
今の彼女に理性はない。
故に、割れた空より降り注ぐ青の視線に気が付くことはなかった。
「
ビルの一室、歪んだ窓の向こうで何かが這いずる音が聞こえる。
否、ビルの窓だけではない。
車のフロントガラスや捨てられたペットボトル、道行く人々の眼鏡に至るまで。
向こう側が透けるという条件に合致する世界の中に、それはいた。
それはまるでエイを守る様に辺りに集い、独特の声でセナノへと威嚇を繰り返す。
「――蛇の窓」
かつて二人の手により打倒された異縁存在は、今この瞬間に切り札として顕現したのだ。
「……え、い」
「セナノさん、私の声が聞こえますか?」
「しゅくふ、く」
「っ……やっぱり今のままじゃ駄目ですね」
エイは空を見上げる。
そこには既に青空はなかった。
異縁存在顕現の力だけを行使して、空澱大人は再び迷宮の向こう側へと戻ったのである。
「後で、犠牲者を弔わなければいけません。そのためにもまずは、貴女を助けます!」
例え縁者として経験が浅くとも、世間知らずであろうとも、そこには友を助ける者としての矜持があった。
「お願いします、蛇の窓」
主の命を受け、窓の中で一斉に蛇が動き出す。
黒い鱗に蒼い目を持つ蛇たちは這い出るとセナノへと大口を開けて果敢に飛び込んでいった。
「セナノさんを、助けて」
熱波などものともせず、蛇は次々とセナノに迫る。
彼女に近寄れば近寄るほどに増していく熱に耐えきれず、蛇たちは次々と赤く変色し溶けていくが、その屍を越えて更に次々と蛇が濁流の様に押し寄せていった。
間もなく辺りは蛇で覆いつくされ、セナノの姿は黒い塊に覆われて見えなくなる。
「……まだ、ここからですよね」
災主級と幼い頃から通じ合っていたエイは理解していた。
この程度で今のセナノが終わる訳がない。
これは前座に過ぎないのだと。
「えい」
蛇が覆い形成した黒い塊の一部が一瞬にして穴の形に溶け落ちた。
どろりと滴るそれを潜り抜け、セナノはエイへと歩いていく。
「やっぱり、セナノさんは凄いです。本当なら、私なんかじゃ勝てない」
エイは人差し指をセナノへと向ける。
それを合図に彼の背後にあったあらゆる窓から蛇が飛び出してきた。
蛇は構わずセナノへと向かって行き、その道半ばで溶け落ちる。
一匹たりともセナノに害を与えることはできない。
今の今までセナノはただ歩いているだけなのだから。
「ヒバリを使う事すらないですか」
空を舞う鳥は未だにこの戦いに参加してくる気配はない。
いや、そもそもこれはセナノにとっては戦いと呼べるものなのだろうか。
いつものように、困っているエイを助ける。
日常の延長線上にあるだけの行為を、果たして誰が戦いと呼ぶのだろう。
「まだ……私は貴女にとっては、正しく相棒ではないのですね。もっと頑張らないと」
既にセナノとエイとの距離は数メートルまで迫っていた。
一歩近づく度に、エイの肌を焼くように熱さが迫ってきている。
「っ……」
「だい、じょうぶ。しゅく、ふくを」
「大丈夫じゃない人にそんなこと言われて誰が信じるんですか!」
エイは後ろに飛びのき、再びセナノを指さす。
三度目の蛇による濁流がセナノに迫るが、それらはあっけなく溶け落ちていく。
地面に落ちた蛇だったものには目もくれず、セナノはゆっくりと手を伸ばす。
するとエイの首に巻き付いていた焔が激しさを増した。
「っぐぁっ、熱っ……」
熱が思考を一時的に奪い、エイは距離を取ろうと動いた矢先に脚を絡ませて転んだ。
「うあっ」
地べたに尻もちをつく。
まるで鉄板のように熱された地面に咄嗟についた掌は、僅かに触れただけでも柔らかく白い肌を焼かれた。
「っ」
「え、い」
手を引き、顔を上げる。
既にそこにはセナノが立っていた。
「セナノさん……!」
返事の代わりに差し出されたのは、熱を帯びた手。
そして無表情な顔と夢の中にいるような覇気のない視線だった。
「しゅくふく」
そう言って、彼女はエイへとそっと手を伸ばしやがてエイの頭へと――。
「蛇の窓!」
名を呼ばれた瞬間、セナノの背後から大きく重く何かを引き摺る音が聞こえた。
セナノは振り返るようなことはしない。
せずとも、それはすぐに目の前まで移動しエイを咥えてしまったのだから。
「……え、い」
見上げるセナノの前にいたのは、全長20メートルを遥かに超える巨大な黒蛇だった。
蛇の頭にしがみついて、エイはセナノを見下ろす。
「大きな窓が必要だったんです。だから、セナノさんの熱を使わせて貰いました」
セナノの歩いてきた道には、既に蛇の死骸はなかった。
あるのは、それが急速に冷えて固まった結果生み出された、歪なガラスの地面。
しかし、それが何かを透かすという特性を持つならば、条件を満たしている。
「この子の事を、ようやく理解しました。御空様とルウちゃんが口を揃えておすすめした理由も」
仮にセナノがいつものように聡明であるならば、途中で気が付いただろう。
クビリやムカタのように灰にならず、蛇がその場に溶け落ちた理由。
蛇一匹一匹が独立した構文による、相性の不得手。
最初からこれはセナノに分の悪い戦いだったのだ。
そして、対象を燃やすという今のセナノの力に真っ向から対抗する権能こそ。
「――増殖。貴女が燃やせば燃やすほど、この子たちは数を増やし、大きくなる」
構文の焼却は、個体一つ一つに適応する。
故に多対一の状況は、セナノにとっては避けるべき状況だ。
それが例え、身体に災主級を宿していたとしても。
「どうですか。セナノさんをいっぱい見てきた私が頑張って考えた作戦です!」
エイはそう言って笑った。
それは、普段の彼からは考えられない勝気な笑みだ。まるで自分が一番憧れている存在を真似したかのように、エイは叫ぶ。
「私もエリートになります! そして絶対に助けますよ!」
首元で燃え盛る焔ももう気にならない。
後は、大切な友人を救うだけだ。
『まあ鏡でさっさと従属させて終わらせるのが一番早いんですけどね^^』
『オラの村は舐めプが特産だっぺよ』
『舐めプ……? エイ、いつの間にそんな俗世の言葉を覚えたんですか?』
『セナノちゃんと見ていた動画で知ったっぺ! (言いくるめ)』
『ふーん^^』