【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
軽鳴市から遠く離れた■■県の片田舎のとある町は、丸々一つ封縁五家の管理する所有物である。
ムカタが目を覚ましたのは、そんな町の隅にある小さな一軒家であった。
「……チッ、まさかこんな無様な結果に終わるとは」
筋肉質な男の体こそが、今のムカタの本体である。
過去それは封縁五家とは全く関係の無い人間の肉体であったが、ムカタはそんな些末事は忘れてしまっていた。
「うぅむ、おびき出しは完璧だったはずだ。情報の操作も何も問題はない」
空澱大人の疑似媒介体及びセナノの宿した災主級の確保はどちらも失敗に終わった。
異縁存在の脱走というシチュエーションを用意し、セナノと疑似媒介体を誘い出すまでは完璧だったのだ。
封縁五家の参戦も予定調和。
セナノの災主級こそイレギュラーではあったが、変わらず彼にとっては賞品が増えただけに過ぎない。
問題はやはり、二人の少女にあった。
「笛吹とS階位のクソガキのせいだ。アイツらが余計な真似をしなければ私は今頃二つの災主級をこの手に収めていたというのに」
苛立ち混じりのため息をつきながらムカタはベッドから起き出す。
感情とは別に彼は既に次の手を考え始めていた。
「……そうだな。次は別々にアプローチを仕掛けるとしようか。所詮はクソガキだ。感情のコントロールなど容易い」
今回の失敗はムカタにとっては確かに手痛いものだ。
が、これで終わったわけではない。
むしろセナノの中に宿った災主級についてある程度の情報を得られた良い機会だったと言っても良いだろう。
既に脳内では有効と思われる異縁存在の選定が行われており、次なる一手を生み出そうとしていた。
「さて。ではさっさと新たな作戦を練って――ん?」
視界の端で何かが動く。
それは銀色の小さな蜘蛛であった。
シルエットこそ蜘蛛そのものであるが、それはまるで針金をねじり合わせて模ったかのようにどこか無機質かつ歪である。
鈍い光沢を放ちながら部屋を動くそれを見て、ムカタは悲鳴にも近い声を上げた。
「
ムカタだからこそ、その蜘蛛の恐ろしさを知っている。
その蜘蛛は、いや異縁存在は常染家がいくつもの異縁存在を組み合わせて作り上げた最高傑作のひとつなのだから。
「くっ」
迷いなく彼は自身の指を齧る。
そして血を流そうとした――が、指先から溢れてくるのは極小の蜘蛛の群れだった。
「いつの間に――がぁっ!?」
途端に背中へと鋭く重い痛みが走る。
それが何かなど考察するまでもない。
「体が……作り替えられ……て」
地獄ですら生ぬるいと思ってしまう程の痛みと圧迫感は、体中が蜘蛛で溢れ返ろうとしているからに他ならない。
それは体外から侵入したのではない。
ムカタの肉体内で生まれたのだ。
「ぎ、ぃっ」
苦しむムカタを他所に体の外へと這い出ていった蜘蛛はやがて一つになる。
二メートルを超える多脚型の胴に複数の特殊なスコープを搭載した複眼、そしてその上部に取り付けられた巨大な砲身。
自身を苦しめる蜘蛛の正体が自己増殖型の自律兵器であることをムカタはよく知っていた。
「何故だ……! お前は既に縁理庁に処分された筈!」
床で苦しみ悶えるムカタへと廻鉄蟲は砲身をゆっくりと向ける。
そして次の瞬間には轟音と光が部屋を包み込んだ。
一拍置いて建物が爆発し、空気を震わせ黒煙を上げる。
その中からボロ雑巾のように吹きとばされ地面を転がったムカタは、苦痛に顔を歪ませて仰向けになった。
「ぁ」
視界には、いっぱいの青空が映り込んでいる。
夏の暑さを助長させる蝉の声がうんざりするほどに響いていた。
「ま、さか」
一つ、最悪かつ納得がいく結論をムカタの脳がはじき出す。
縁理庁が60年前に跡形もなく処分した異縁存在の答えは、何よりもこの青空が雄弁に語っているではないか。
「空澱大人が、私を見ているのか!?」
「――ようやく理解しましたか。鈍いですね」
「っ!」
幼い声が聞こえる。
跳ねるように明るく、あざ笑うように軽薄な声がムカタへと向けられていた。
「こそこそと逃げ回っていたようですが、もうそれもおしまいですね!」
「何を――」
「誰が話して良いと言ったんですか?」
喉笛が内部から食いちぎられ、再び蜘蛛があふれ出す。
苦痛に悲鳴を上げようとしたムカタだったが、口内を満たす蜘蛛がそれを許すはずもなかった。
「起き上がってください」
その言葉に従うようにムカタの体が起き上がる。
仮にいつもの彼であったのなら、自身の手足に巻き付いた赤い糸にすぐに気が付いただろう。
まるで磔にされるように吊るされたムカタの背後には継ぎ接ぎだらけの花嫁が存在していた。
「こうしてお前に姿を見せるのは初でしょうか」
「……っ」
目の前に広がる青空の下には、多脚戦車の上に立つ幼い少女がいた。
無邪気な笑顔を向けながら、砲身を踵でコツコツと叩きムカタへと視線を向けている。
幼くも端正な顔立ちに大きく丸い目。
陽に照らされ海面の様に煌めく青い髪と、柔らかな雲のように揺れるワンピースの裾。
そのどれにもムカタは見覚えが無い。
しかし本能が理解していた。
「お前の望んでいた空澱大人が来たのですよ? ほら、もっと笑ってください」
「っ」
「私は笑えと言ったんです。ヨイの時は、こんなものではなかったでしょう?」
「っ!? ぃぁ……!」
顔の内部へと糸が侵入し、彼の顔を無理矢理笑顔へと作り替える。
涙が流れようとも体が異常なまでの痙攣を起こそうとも構わない。
生かすも殺すも笑うも泣くも全ては空の思うがままだった。
「私は人間を愛すように作られているので、人間を憎んだりすることはできません」
戦車をひょいと降りて空澱大人はムカタへと駆け寄る。
そして笑顔のムカタを見上げて、その指先を向けた。
「けれど……どうやらお前は人間ではなくなってしまったようですね」
「……」
ムカタは何も答えない。
答える権利は既に剝奪されていた。
「私のコンテンツにお前はもう必要ありません。封縁五家は他にもいますからね。だから――お前は空に堕としてあげましょう」
空澱大人はゆっくりと両手を上げる。
そして、ムカタの目の前でそれを一度軽く合わせた。
ぱん、と乾いた拍手の音が一度鳴り響く。
すると、そこにあったものは建物を除いて全てがなくなっていた。
戦車も花嫁も空澱大人もムカタもそこにはいない。
静かで穏やかな風が辺りに吹き、昇る黒煙もやがて消してしまった。
そこに在るのは、大半が破壊された建造物と青空だけ。
それだけが残されたものだった。