2話目となります。よろしくお願いいたします。
なっちゃんの他に患者が居ない病室で、私は備え付けの丸椅子に座ってなっちゃんと色んな話をした。
今日お店に来たお客さんのこと、学校のこと、着物のこと。ほぼ毎日なっちゃんと話すけど、話題は尽きない。むしろ話したいことが溢れてくる。
私の話を、なっちゃんは楽しそうに聞いてくれる。頷いて、たまにびっくりした顔を見せたり。昔から表情が顔に出やすいから、わかりやすい。
なっちゃんの実家……『
仕事での付き合いがあって家も近所だから、なっちゃんと私は幼い頃からずっと一緒だった。なっちゃんはなっちゃんのお父さんや親族の人が作る花火が好きで、『自分も父さんみたいな花火師になりたい』といつも言っていた。
でも……なっちゃんは昔から身体が弱かった。喘息持ちなのもあって、ちょっとのはずみですぐに咳が出ちゃう。風邪をひいたらすぐには治らないし、1週間以上学校を休むのも珍しいことじゃなかった。
それでもなっちゃんは『いつか喘息を治して家業を継ぐんだ』と、夢を諦めなかった。お薬で喘息を抑えて、定期的に病院に行かなくちゃいけない身体でも、なっちゃんの目はいつも澄んでいて、真っ直ぐだった。
世界中に和服文化を広めたいという私の夢を、なっちゃんは応援してくれた。周りの人達が『無理だ』と馬鹿にして笑った夢をなっちゃんだけは肯定して、『花ちゃんならできるよ!』って言ってくれた。本当に、嬉しかった。私も夢を見ていいんだって、味方してくれた唯一の男の子だった。
なっちゃんは勉強も運動も、他の人より抜きん出た才能がある訳ではないけれど、周りの人達にない思いやりの心と、純朴な優しさを持つなっちゃんのことが……どうしようもなく好きになった。溢れそうな程に愛おしいこの気持ちこそが、恋なんだって自覚した。
何か特別なことができなくても、他の人よりどこかが劣っているとしても。それでも側に居たい、一緒に生きていたいと思えるのが恋なんだと思う。私が心からその気持ちを抱く相手が、なっちゃん。世界でたった1人、私の全部をあげたいと思える人。誰がなんて言っても、この気持ちだけは揺らがない。
私のお母さんの近況を話している途中でふと、なっちゃんが俯いた。先程まで微笑みを返していたその顔が、今は何故か曇っていた。
「なっちゃん? 大丈夫?」
「……最近、思うんだ。ぼくは……生きてていいのかなって」
「えっ……?」
「身体が弱くて、咳も出るから花火師の仕事に関われないし……入院して、母さんや父さんに迷惑ばっかりかけてる。
私はすぐに首を横に振る。そんなことない。なっちゃんに会うためだもん。迷惑と思ったことなんて、1度だってない。
「身内に言われた言葉が、夢に出てくるんだ。『役立たず』、『穀潰し』、『野垂れ死ね』……そう言われるのも無理ない。ぼくは、花火を作れないから」
そう言われても仕方がないとなっちゃんは平気そうに口にするけれど、悲しい気持ちを誤魔化しきれていないのは、なっちゃんの顔を見れば明白だった。
「そんな……『身体を治して花火を作る』って言ってたじゃない! 大丈夫よ……きっと治るから……!」
今から1年前、なっちゃんはひどい発作を起こして救急車で病院に運ばれた。喘息の症状がひどく、今までより咳が出やすくなっていることで入院を余儀なくされた。お薬を飲んでいるのに咳が止まらないし、熱を出して何週間も苦しんだり、前まで起きなかったことが立て続けに重なっていた。身体が弱くて体調を崩しやすいこと、それと喘息の発作で呼吸困難を起こす危険があるかもしれないとのことで退院できず、それ以来ずっと入院生活が続いている。
私は体調が治ると信じてるし、いつか退院できるとも思っている。けれどなっちゃんは遠い目で病室の天井を見つめる。
「ありがとう。でも……体調が良くなって、ぼくが花火を作ってる未来が想像できないんだ。先のことは真っ暗で、見えない。身体がいつ良くなるかもわからない……わからないのに、どんどんお金が消えていく。花ちゃん達の時間も奪っていく……」
なっちゃんの目に、涙が溜まる。
「ぼくは……生きてても、いいのかな……」
咳の影響で掠れた声を震わせるなっちゃんに、胸がズキズキと痛む。
なっちゃんのお父さんは、身体が弱いなっちゃんを跡取りにしたがらない。お父さんも親族の人も、なっちゃんに対してとても厳しかった。花火玉を作るために使う火薬の煙で発作が出て、家業に関われないなっちゃんにいつもひどい言葉を浴びせた。その度に、腹が立った。
あなた達になっちゃんの何がわかるの。望んでそうなった訳じゃないのに、どうしてそこまで言われなくちゃいけないの? 腹が立つし、悲しかった。けれどなっちゃんは何も言い返さない。親族から罵られる度、いつも『ごめんなさい』と謝るばかり。それが、もっと辛かった。
「花ちゃん……いつもごめん。迷惑ばかりかけて……ごめん。花ちゃんの時間を使わせて、ごめんっ……」
「っ……」
涙声で私に頭を下げるなっちゃんの姿に、言葉が詰まる。
『病で苦しむ人間は、何故いつも謝るのか』。流行りに乗ってなんとなく読んだ漫画に書かれていた言葉が、未だに頭の中に残っている。
いつも申し訳ない、迷惑をかけて申し訳ない、時間を使わせて申し訳ない。1番辛くて苦しいのは本人のはずなのに、なっちゃんはいつも誰かに対して謝ってる。何も悪いことなんてしてないのに。誰も、迷惑だなんて思ってないのに。
身体の弱さは、自分の力で簡単にどうにかできるものじゃないと思う。生まれ持ったものならしょうがないし、それを補うために他の人達がいる。私だって、これまで色んな人に助けてもらってきた。なっちゃんが人に迷惑をかけてると思ってるのは、なっちゃんの実家の花火師の人達が嫌な顔をするから。なっちゃんを見る度に、厄介者として扱うからだ。
なっちゃんの親族のことを、『仕事が絡まなければ良い人達』なのだとお母さんは言う。たしかに、あの人達が作る花火はすごい。とても綺麗で、美しい。その花火を絶やさないために、今でもその技術が受け継がれてるんだと思う。でも……家業に関われないなっちゃんを貶すのは、我慢ならない。
身体が弱かったら、生きることさえ許されないのか。
何かができないだけで、身内からひどく虐げられなければならないのか。
『家業を継ぎたい』という思いで病と向き合う真っ直ぐな気持ち、家族の役に立ちたいと願うその心には……なんの価値もないのだろうか。
違う。そんなことはない。絶対に。たとえこの世界の誰もがなっちゃんを嫌っても、私だけはなっちゃんの味方で居続ける。たった1人の、大切な幼馴染だから。
「私は、なっちゃんに会いたいからここに来てるの。迷惑なんかじゃない。だから謝らないで?」
「花ちゃん……」
なっちゃんが瞳を潤ませて私の方を向く。なっちゃんを元気付けるために、私は彼の手をぎゅっと握る。
「ねぇ、なっちゃん。体調がよくなったら、花火を見に行こう? 前みたいに、一緒に浴衣を着て!」
「そう……だね。……うん、行きたい。今年の花火は、見れそうにないけど……」
「いいの。今年見れなくても、また花火は上がるから。来年でも再来年でも、なっちゃんの具合が良い時に見に行こうよ!」
「……!」
なっちゃんの潤んだ瞳が、大きく開いた。
「その時は……なっちゃんにとびっきり似合う浴衣を用意するから、楽しみにしててね! お母さんもね、お店に遊びに来てって言ってたよ!」
最近はお店が忙しくてお見舞いに行けてないけど、お母さんはいつもなっちゃんに会いたがっている。私の幼馴染だし、なっちゃんが優しい性格なのもあってすごく気に入ってる。
玉井家の人達はなっちゃんに冷たく当たるけど、私の家族……お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、なっちゃんを気にかけてくれてる。なっちゃんが『自分は生きてていいのか』って言ってたことを伝えたら、皆悲しむに決まってる。なっちゃんはそのくらい駒形家にとって大切で、愛されている人。だからあんな悲しいこと、言ってほしくない。
ぎこちなく私の手を握り返して、なっちゃんは頬を緩ませる。
「ありがとう。花ちゃん。また一緒に……見に行こうね」
「うんっ! 絶対行こう! 私との約束!」
お互いに手を握った状態から、私達は小指を結ぶ。なっちゃんの体調が良くなったら、花火を見に行く。絶対に叶えたい。また一緒にお祭りの屋台を見て回って、笑って。そんな夏を過ごしたい。想像しただけで心が跳ねる。胸がドキドキする。もうしばらくお薬を飲んで、病院で安静にしていればきっと治るはず。早ければ来年には叶うと信じたい。
期待と胸の高鳴りが心に満ちていく中、なっちゃんが病院着の袖で口元を覆って咳き込んだ。血を吐くような激しい咳が怖くて一瞬体が動かなかったけれど、急いでなっちゃんの背中を摩った。暫くして咳が収まって、なっちゃんは大きく呼吸して息を整えた。
「ごめん、花ちゃん……ありがとう……」
「大丈夫……?」
「ぼくは、大丈夫……心配しないで……」
胸に手を当てて深呼吸を繰り返すなっちゃんを見て、無理に話をさせ過ぎてしまったことに気が付いた。
安静にしてもらうためになっちゃんに今日は帰ると伝えて、ゆっくり寝るように言うとなっちゃんは小さく笑みを返してくれた。軽く手を振って病室を出てから、身体が震え始める。
あんなに激しく咳き込むなっちゃんは初めて見たし、苦しそうに呼吸するなっちゃんの姿に、浮かんでほしくない最悪な想像が頭をかすめた。
なっちゃんが大丈夫だと言うなら大丈夫。きっと、大丈夫。バクバクする心臓を落ち着けるため、『大丈夫』だと何度も心の中で言葉にする。
「きっと大丈夫……大丈夫……」
廊下を歩きながら、夏なのに寒気が走る身体を抱いて、私は病院の出入口へと向かった。
続きます。引き続きよろしくお願いいたします。