8月、夏に咲く花火と見つめる夜空。   作: 龍也/星河琉

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読んでいただきありがとうございます。3話目となります。よろしくお願いいたします。


#3 急転

「あれ、花火(はなび)ちゃん?」

 

 病院の外を歩いていると、見知った間柄の男性とばったり会った。なっちゃんに似た黒色の髪に、細身だけどやや筋肉質な身体。数ヶ月ぶりに会うが、特段何も変わっていない様子だった。

 

咲夜(さくや)さん! なっちゃんのお見舞いですか?」

 

 玉井(たまい)咲夜さん。高校3年生のなっちゃんのお兄さんで、他の玉井家の親族と違ってなっちゃんを大切に想ってくれている数少ない人だ。

 

「そうそう。勉強終わったし、夏輝(なつき)の様子も気になってたからさ。花火ちゃんは?」

 

「私も、なっちゃんのお見舞いに行ってて……咳をして苦しそうだったので、安静にしてもらうために今日は帰ろうかなと……」

 

「あー……タイミング悪かったか。んじゃ俺も、軽く顔見せたらおいとました方が良さそうだな。いつもありがとね。花火ちゃん」

 

「いえっ……私が好きでやってることなので!」

 

 幼馴染が病で入院しているなら、お見舞いに行くのは当然だ。無理をしてるとかそういうことは一切ないし、なっちゃんがよく口にする『迷惑』のうちに入らない。

 

 ふと、なっちゃんの兄である咲夜さんなら、なっちゃんの今の状態をよくわかってるかもしれないと思った。根拠はないけれど、なぜかそんな気がした。

 

「あの、咲夜さん。なっちゃんのことで……お話があるんですが、少しよろしいでしょうか?」

 

「ん、良いよ! あ、立ち話もなんだしさ。あそこのベンチで話そっか! 面会の締め切りまでまだ時間あるし!」

 

「は、はいっ……」

 

 咲夜さんは親指で近くにあったベンチを差し、私達はそこに座って話をすることになった。

 

「はい。お見舞いに来てくれたお礼も兼ねて!」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 咲夜さんにお礼を言って、ベンチの側にある自販機で買ってもらったジュースを受け取り、それを膝の上に置く。咲夜さんは隣に座ってすぐに缶コーラのプルタブを開けて口を付けていた。髪色や顔立ちはなっちゃんと似通う部分は一部あるけど、口調やこういう豪快な所作は似ていないな、と思う。いつも明るくて、それでいてよく喋る咲夜さんは、なっちゃんとは真逆の性分と言える。

 

 咲夜さんが缶ジュースから口を離して一息ついたところで、私は話を切り出す。

 

「なっちゃん、入院してからもう1年くらい経ちますが……具合、良くなりそうでしょうか?」

 

「んー……見た感じ良くはなってきてるんだろうけど、けっこう重めの喘息だからなぁ。今より体調がマシになったとしても、花火を作れるようになるかって聞かれたら……答えはノーだね。夏輝には、酷な話かもしれないけど」

 

「そう、なんですね……」

 

「重い喘息だから、ちょっとの刺激でも発作が出る。薬で症状抑えるのにも限界があるしね。リハビリで呼吸器を強くすれば、退院した後でもある程度普通に生活できるようになるかもしれんけど……夏輝が耐えられるかどうか心配、ってところかな」

 

 咲夜さんは真剣な表情でなっちゃんの病のことを話す。今より体調が回復しても、花火を作るのは難しい。それはなっちゃんにとってすごく辛いことだと思う。親族の人達みたいな花火師になるために病を治そうと頑張っているのに、それでは本末転倒だ。花火を作れないのなら、親族からの風当たりも強いまま。何も変わらず、なっちゃんばかりが辛い思いをするばかり。……苦しい。想像するだけで、胸が痛む。

 

「なっちゃん、身内の人達から言われた悪口を夢に見てるんです。言葉も、すごく後ろ向きになっちゃってて……」

 

 なっちゃんの現状を話すと、咲夜さんは辛そうに表情を歪める。

 

「そっか……長い入院生活で気が滅入っちゃってんだろうな。身内からなんか言われても俺みたいに「うるせぇバーカ」って流せるタイプじゃないしなぁ、あいつ……」

 

「そ、そうですね……」

 

 再び缶コーラに口を付けて、咲夜さんは深い溜息を吐いた。

 

「ぶっちゃけさー、花火師とか後継とか……俺は別にどーでも良くね? って思ってんだよね」

 

「えっ?」

 

 咲夜さんの口から出た意外な言葉に思わず声が漏れる。楽観的な人だな、とは思っていたけれど、まさか伝統ある家業を『どうでもいい』と言えるのは予想外だった。

 

「だって俺らの人生じゃん。花火なら作りたい奴が作りゃ良いし、別に身内じゃなくても他人を育てて継がせりゃ済むものを……あの親父頭固いからさ。血の繋がりに固執しちゃってんのよ」

 

 やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめながら咲夜さんが続ける。

 

「まぁでも……あの頑固ジジイも色々考えてるみたいだし? あっちが相応の態度を示すんなら、可愛い弟の為に俺が一肌脱ぐのもやぶさかじゃあない」

 

 缶を持っている左手の人差し指を立て、咲夜さんは歯を見せて笑う。

 

「もしかして……咲夜さんが家業を継ぐんですか?」

 

「ま、そんなところかな! 色々迷いはしたんだけどね」

 

「咲夜さんは理工学系の大学に入って、プログラミングを学びたいんじゃ……?」

 

「覚えてくれてたんだ! そう。俺のやりたいことは今も変わらない。大学出た後はシステムエンジニアになって、親父みたく機械に疎い人達でも簡単に使える花火の打ち上げシステムを作る……一応花火師の生まれだし、何か仕事の手伝いできねぇかなーって考えた末に生まれた俺の夢さ」

 

 雲混じりの空を見上げて、咲夜さんは自分の夢を語る。

 

 前に、咲夜さんから花火の打ち上げの仕組みを教えてもらったことがある。昔は作業員が導火線に直接火を点けて、点火までの時間を調整して打ち上げのタイミングを見計っていたらしい。でもこのやり方だと作業員がつきっきりで打ち上げ用の筒の側に居ないといけないし、花火を打ち上げる場所が増えると、それだけ作業員の人数も増える。点火作業はどうしても危険と隣り合わせになってしまうのを改善するために、電気を使った遠隔での打ち上げ方式が導入されたと言っていた。なっちゃんのお家も、今はこの方式を使っているみたい。

 

 筒から数10mの長い電気の導火線を点火スイッチまで引いて、着火を電気の通電で行うというもの。これなら離れた場所から花火を打ち上げられるから、作業員の安全はほぼ確保されるけれど、基本的には導火線へ直接点火する作業を電気スイッチに置き換えただけだから、1つ1つの花火を細かく制御できるわけではないのが問題だった。

 

 だから咲夜さんは、コンピューターを使って生まれた花火の打ち上げや管理ができるシステムを、今ある複雑なものから誰でも使えるような仕様で作って、花火師に提供するのが目標なのだと言う。昔から科学が好きで、気になったものはとことん調べる程に勉強熱心な咲夜さんらしい、素敵な夢だ。

 

「すごく良い夢だと思います! でも……その夢があるから家業を継ぐつもりはないって前に言ってませんでした?」

 

「あー。最初はそうだったよ。身内からあーだこーだ言われたけど、「親父達が将来楽できるモンを作るんだから良いだろ口出しすんな」って伝えて押し通してた。……でも、さ」

 

 親族の人達から家業を継ぐように言われても強く言い返す咲夜さんの姿が容易に想像できた。良くも悪くも自分の考えをはっきり口に出すこの人ならそうするだろうな、と思う。けれど何か心境の変化があったのか、家業を継がずに大学を目指すのを通そうとしていたことに『でも』、と続ける。

 

「それ作るにしても、まずは打ち上げる花火がないとじゃん? 幸い俺は風邪ひきにくいし、持病もないから花火師になろうと思えばなれる。俺の夢を継いでくれそうな友達も何人か居るし、そいつらにノウハウを託してソフト作りを任せられそうだしね!」

 

「咲夜さん……」

 

 咲夜さんはさっき、花火は作りたい人が作ればいいと言っていた。花火を作ることは咲夜さんが本当にしたいことではないんじゃないかと一瞬思ったけど、私の方を向いた咲夜さんがにかっと笑う。

 

「良いんだよ! 元々花火作りには興味あったし、花火の炎色反応の仕組みを実物で知れるのは楽しそうだから! 単に面白そうだからやりたいってのは私欲としてあるけど、1番は……夏輝の為かな」

 

「……! なっちゃんの……」

 

「夏輝にはさ、家業とか周りのことなんて気にしないで……好きなように生きててほしいんだよ。持ちたくもない病背負(しょ)って相当しんどいはずなのに、人や物に一切当たらない。誰にでも優しいんだ、あいつ。(メンタル)が全然ブレない。人を嫌いにならない。不運が重なると軽率にこの世の全てが憎くなる俺とは大違いだ。強い子だよ、本当に」

 

 そう言う咲夜さんの目は、とても優しかった。なっちゃんのことをよくわかってるし、認めている。なっちゃんもよく『兄さんはすごいんだ』って話してたし、2人がお互いに尊敬し合えている仲で本当に良かった。咲夜さんは、ちゃんとなっちゃんを理解してくれている。

 

「花火ちゃんから話聞いて思った。夏輝は今、相当参ってる。身内に言われたことが夢に出てるあたり、心が限界になりつつあるのかもしれない」

 

「っ……なっちゃんが苦しむ姿は見たくありません。私にできることならなんでもします!」

 

「ありがとう。俺も同じ気持ちだよ。だから……まずは俺が親父に直談判してみる。「俺が花火師を継ぐ代わりに、2度と夏輝を悪く言うな」ってね。もちろん親族の人らも含めてな。あいつへの侮辱は、俺が許さねぇ」

 

 空になった缶を握りつぶして、咲夜さんは低い声でそう言った。

 

「もう……夏輝にあんな顔はさせない」

 

 その声音に、今まで見たことがないくらいの強い意思を感じた。やっぱり咲夜さんも、なっちゃんが身内の人達から悪く言われることに怒っているようだった。当然だ。大切な弟をひどく貶されて、我慢できるわけないよね。好きな人を傷付けられて怒らない人なんていない。私だってそう。なっちゃんの心に消えない傷を残したあの人達とは、きっと分かり合えない。

 

 なっちゃんとよく遊んでいた私を見る彼らの目は、とても冷たいものだった。目の仇にしているなっちゃんが私と居るのが面白くなかったんだと思う。それならそれで構わない。互いに良く思っていないのなら、互いに顔を合わせないのが1番だ。それに、咲夜さんがなっちゃんのために動いてくれる。なっちゃんの周りを取り巻く環境が変わっていく気がして、さっきより気持ちが楽になった。

 

 そうだ。なっちゃんには誰も味方が居ない訳じゃない。私だけじゃなくて、咲夜さんというお兄さんも居てくれる。今は辛いかもしれないけど、もう少しだけ耐えれば幸せな道が拓けると信じてる。そのために、私が側でなっちゃんを支える。

 

「咲夜さん、なっちゃんのために……ありがとうございます。私も、なっちゃんにできることを頑張ります!」

 

「全然! 俺がそうしたいからそうしてるだけよ。あ、一応夏輝には内緒ね? 話が全部まとまった後で報告したいんだ。あいつに余計な心配とか、罪悪感とか感じさせたくないからさ」

 

「わかりました! 内密にしますね」

 

「ありがと! 花火ちゃんはなるべく、夏輝の側に居てやってほしい。きっと安心するだろうぜ。世話のかかる弟だけど……よろしく頼む」

 

「もちろんです。任せてください! なっちゃんを独りにはさせませんから!」

 

「ははっ。頼もしいね! 任したよ、花火ちゃん!」

 

 ベンチから立って頭を下げた咲夜さんに私の意思を伝えると、嬉しそうに歯を見せて笑ってくれた。面会の締め切り時間が近くなったので、咲夜さんはなっちゃんが居る病室へ小走りで向かっていった。私もベンチから立って、1口も飲まずにすっかりぬるくなった缶ジュースを握る。

 

 大丈夫。なっちゃんは大丈夫。絶対に具合が良くなって、退院するんだ。

 

 そう心に言い聞かせながら見上げた空は、さっきよりも鈍く灰がかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 パリン、という音が短く響く。着物を畳む手を止めて振り返ると、店の着付室に置いていた丸型の鏡が床に落ちていた。

 

 咲夜さんと最後に会った日から数日。私は実家の呉服屋を手伝いながら、毎日なっちゃんのお見舞いに行き続けた。今は夏休みで学校がないから時間を作りやすくて助かっている。

 

 なっちゃんとは今まで通りに話ができている。時々咳き込むけれど、しばらくこのまま安静にすれば退院できるんじゃないか、という淡い期待がここ最近自分の中にある。『絶対だ』と約束された訳でもないのに、そんな期待を抱いてしまう。でも、それで良い。前向きなことだけ頭に浮かべていたいの。もしものことなんて、考えたくないから。

 

 音が聞こえてたのか、お母さんが着付室に駆け込んで来た。

 

「あら、割れちゃったのね……花火、怪我はない?」

 

「鏡から離れたところに居たから、大丈夫だよ」

 

「そう。良かった……にしても急に割れるなんて、なんだか不吉ねぇ。最近雨も多いし、やんなっちゃうわね」

 

「うん……お祭りの花火も、中止になっちゃったしね」

 

 最近は雨続きで、一昨日行われるはずだった花火大会も中止になってしまった。今日も空が泣いているような雨が降り続いている。雨で湿気が増えると着物に良くないし、気分もどんよりする。7月に花火は見れたし、来年なっちゃんと見に行く楽しみが増えたから中止になってもそんなに落ち込まなかった。また次に見られれば良いのだから。

 

 割れた鏡を処理するから、受付に居るようにとお母さんに言われたからそのまま着付室を出たその時。服のポケットに入れていた携帯が震えた。

 

 画面には『咲夜さん』という文字と通話ボタンが2つ映し出されていた。私が携帯を買ってもらったタイミングで咲夜さんとも一応連絡先を交換してたけど、なっちゃんと話すことがほとんどで咲夜さんとはあまり電話をしたことがなかった。急に来た珍しい着信に驚きながら、画面の応答ボタンを押す。

 

「もしもし。咲夜さんですか?」

 

『……し? ……ちゃ……てる?』

 

「ん……? 咲夜さん? もしもし?」

 

 咲夜さんと電話が繋がったけれど、雑音がすごくて咲夜さんの声がほとんど聞こえない。雨音と、たまに水に足を付けた時のようなばしゃっ、という音が聞こえる。

 

「咲夜さん、私です。花火です。聞こえますか?」

 

『もしもーし! 花火ちゃん!? 聞こえるか!? もしもーしっ!!』

 

「あっ、はい! 今は聞こえてます!」

 

『良かった!! 花火ちゃん、今すぐ夏輝が居る病院に来れるか!?』

 

 やっと聞こえた咲夜さんの声は、非常に鬼気迫っていた。走りながら通話しているのか、呼吸も荒い。嫌な予感が、一気に頭の中を駆け巡る。

 

「は、はい……行けま……」

 

『夏輝がやべぇんだ!! 急がねぇと夏輝が……夏輝がっ……!!』

 

「……えっ?」

 

 咲夜さんの叫びが耳に入った瞬間、全身に冷や水をかけられたような感覚が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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