『面会謝絶』。実家の呉服屋を訪ねてそう告げた
なっちゃんが今の状態で感染症にかかって、また危険な状態にさせないための措置とのことらしい。HCUに居られる期間は決められていて、このまま容態が安定していればHCUの滞在期限が切れる1週間で一般病棟に戻れるとも咲夜さんは言っていた。
なっちゃんが一般病棟に戻れれば今までみたいにお見舞いに行けるだろうけど、目先の望みよりも今なっちゃんが無事なのかどうかが1番に気になる。HCUに居られる期限日まで面会できないということは、最低でも1週間はなっちゃんに会えない。その間になっちゃんの身にもしものことがあれば、咲夜さんや私が病院に駆け付けた頃には既に手遅れな状態になっているかもしれない。
口が異様に渇いて、唾を飲み込む。背中を駆け巡る怖気と悪寒で左の二の腕を掴む。いつ爆発するかわからない大きな爆弾を抱えているような……そんな状況のなっちゃんと1週間も会うことを許されない。不安で、不安で。頭がどうにかなってしまいそうだった。
「もしも。もしも
「……やめてください」
嫌だ。そんなこと……想像したくない。
「万が一とか……そんな話、聞きたくありません」
「こら
「いえっ! 良いんです! ……花火ちゃんだって辛いし、可能性の話とはいえ夏輝に何か起こるなんて想像したくないよな。ごめん。失言だった」
「いえっ……こちらこそ、すみません。言葉が強くなってしまって……」
……情けない。咲夜さんだってきっと辛いし、叫び出したいはずなのに。不安を煽るつもりはなかったのもわかってるのに、語気が強くなってしまった自分に嫌気がさす。
「気にしないで!
なっちゃんにとって1番の友達。そう口にした咲夜さんの表情や声色に、偽りはないように感じた。本心でそう思ってくれたのなら、とても嬉しい。なっちゃんにとっての1番に、私がなれているのなら。
「良いのよ。花火のことを思ってくれてありがとう。1週間なっちゃんに会えないのは寂しいけど、何も起こらなければこれまで通り会えるのよね?」
「はい。一般病棟に戻るので面会時間の制限もなくなりますし、会えると思います」
「じゃあ、なっちゃんの体調が良くなるようにめいっぱいお祈りしなきゃね!」
「駒形さん……! いつも夏輝を気にかけてくれて、ありがとうございます。すごく心強いです!」
「私達は祈ることしかできないけど……早くなっちゃんに元気になってほしいの。また、花火と一緒に仲良く遊んでるなっちゃんが見たいからね」
そう言って、お母さんは咲夜さんに微笑む。なっちゃんを本当に気に入ってるんだって改めてわかって、自分のことじゃないのに少し照れくさい。
「俺も同じ気持ちです。1日でも早く退院できるように……祈りましょう。花火ちゃんも辛いだろうけど……祈ってやってほしい」
「そのつもりです。1週間後に絶対、なっちゃんに会いに行きます!」
一般病棟に戻ったら、必ずなっちゃんのお見舞いに行く。私が、なっちゃんが回復するのを1番に祈るんだ。彼を大好きになったあの日から、何があっても側に居るって決めた。だから……諦めない。
「うん。ありがとうね。花火ちゃん」
咲夜さんは安心したように笑った後、「用件は済んだし長居すると店の迷惑になるから」と、私達に頭を下げてお店を出て行った。
報告するだけなら電話でも良いのに、お店まで足を運んで伝えに来てくれた咲夜さんはやっぱり優しい。そういう真面目なところや優しさは、なっちゃんとよく似ている。というより、なっちゃんが咲夜さんに似たのかな。
咲夜さんがお店から居なくなってから、なっちゃんにしばらく会えないという事実が重くのしかかってきた。1日会えないだけでも寂しいって思うのに、それが1週間も続く。私に、耐えられるだろうか。でも、祈らなくちゃ。なっちゃんの容態がこれ以上悪化しないことを。なっちゃんに、また会えることを。
重たい空気が流れる店内で、吊り下げていた風鈴がチリン、と音を立てた。
〜〜〜
「ねぇ、花ちゃん」
「なに? なっちゃん」
「花ちゃんは、花ちゃんのままでいてね」
「えっ。どうしたの?」
「さっき、クラスの人たちにバカにされてたから。花ちゃんの夢……」
「あぁ。私は気にしてないよ。だから大丈夫!」
「ほんとう? 大丈夫……?」
「ほんとうだよ。もう、どうしたのなっちゃん?」
「花ちゃんが大丈夫なら良いんだけど……その、周りに理解されないのは……誰でも辛いから」
「あ……」
「ぼくは、ぼくの身体のことを身内からわかってもらえなくて辛かった。だから、花ちゃんには辛い思いをしてほしくなくて。ぼくは……ぼくだけは、花ちゃんの味方でいたいんだ」
「なっちゃん……」
「着物が好きでいいし、無理して周りに話を合わせようとしなくていい。花ちゃんは、花ちゃんのままでいいんだよ」
「着物の文化を広めたいって、思ってても……?」
「もちろん! 夢があるのは良いことだと思うし……花ちゃんの夢、全力で応援する! 誰がなんて言っても、ぼくは花ちゃんの味方だよ」
「っ……!」
「好きなものを「好き」だって堂々と言える花ちゃんが……ぼくは好きだよ」
「う……ううっ……」
「はっ……花ちゃんっ!? 大丈夫!?」
「そんなふうに……言ってくれたの、なっちゃんだけだからっ……うれしくてっ……」
「そっか……そうだったんだね。ぼくは、そのままの花ちゃんがいい。花ちゃんはそのままで……最高だよ!」
「……ありがとうっ。なっちゃん……!」
「ん……」
気が付いてすぐ目に入ったのは、いつもの天井と、いつもの明かり。瞬きをすると涙が耳に向かって伝う。枕元のスマホに手を伸ばして日付を見ると、『9月1日』と表示されている。今日はなっちゃんの面会謝絶が解除される日。そんな日になっちゃんが夢に出てくるのは、少し運命じみた何かを感じた。
夢に見たのは、なっちゃんを心の底から好きになったあの日のこと。忘れられない、小学校の帰り道で交わしたやりとりだった。
昼休みの教室で、何がきっかけだったかは忘れちゃったけどふと将来の話になり、周りは『ペットショップの店員になりたい』とか、『消防士になりたい』とかそういう夢だった中で、私はお店を大きくして着物がより身近になるように広めたいという、野望にも似た夢を語った。そうしたら、周りの男子はこぞって私を揶揄った。女子達もそれと似たような反応だったり、苦笑いをしている子も居た。
そんな反応をされるのは慣れっこだった。周りに理解されなくても、私が好きならそれでいいって思っていた。だから平気だった。平気なはずだった。けれど、自分でも気付かないうちに心が悲鳴をあげていたんだと思う。それに唯一気が付いて、私の心をすくいあげてくれたのがなっちゃんだった。
なっちゃんは喘息持ちで身体が弱いことを親族から理解されなかった。だから他人から理解されない辛さや痛みを人一倍わかっていて、それで私にあんなふうに言ってくれたんだと思う。なっちゃんも和服が好きで、着物を着るのも他の人が着ている姿を見るのも好きだと前に話してくれた。私の着物姿を見ると、いつも「綺麗だよ」って褒めてくれた。なっちゃんが褒めてくれるのが嬉しくて、着物を着るのがもっと好きになっていった。
なっちゃんはいつだって私の味方で居てくれる。皆が笑った夢や野望を、楽しそうに聞いてくれる。嘘偽りのないありのままの私を受け入れてくれる……ただ1人の男の子。「ずっと一緒に居たい」って、強くそう思った。この先何があっても、なっちゃんとの繋がりは失いたくない。
なっちゃんに会えない1週間は、時間の流れがひどく遅く感じた。中学校は2学期が始まって、放課後は毎日お店の手伝いに入って忙しくしていたはずなのに。なっちゃんのことで頭がいっぱいになって、勉強や大好きな着物のお手入れさえもちっとも集中できなかった。食べるものも、あまり味がしなかった。
祈ることしかできないのは、なんて無力なんだろう。どんな思いがあっても、その思いがどれだけ強くても、お医者さんじゃない私たちはなっちゃんが元気になることを祈る他ない。わかっているのに、腹立たしい。何もできない自分が、何もできないと自覚せざるを得ない自身が恨めしい。
私がなっちゃんのために何ができるかずっと考えているけれど、未だにわからないまま。なっちゃんの好きな和菓子を持って行こうと考えたことがあったけど、食欲がなくて病院食もほとんど手をつけないで残してるって言ってたから食べさせてあげられなかった。病は、食べることさえも億劫にしてしまうんだと思うと苦しかった。息をするだけでも辛そうにしているなっちゃんを元気付けるにはどうすればいいか。私が考え続けなくちゃ。
この1週間、咲夜さんからなっちゃんが危ないといった連絡は1つもなかった。だから多分、なっちゃんの容態は急変していない。
布団から起き上がったところにお母さんが部屋にやってきて、今朝方に「今日から夏輝のお見舞いに行って問題ない」と、咲夜さんから電話があったと伝えてくれた。もし私の携帯に連絡がつかなかったら固定電話にかけるようにってお母さんが咲夜さんに伝えていたのを思い出し、スマホの履歴を見てみると咲夜さんから1件の着信が入っていた。おまけにお母さんが今伝えに来てくれたことと同じ内容の伝言も残されている。『俺は午後に病院に行く』とのことだった。
なっちゃんは無事。今日からなっちゃんに会いに行ける。会えなかったのはたった1週間だけど、とても遠い日かのように思えた。苦痛で仕方がなかった日々は、ここで終わる。
「今行くね。なっちゃん」
なっちゃんに会いに行くために、私はすぐに身支度を始めた。
今日から9月に入ったけれど、外はまだ夏みたいに蒸し暑い。土曜日だからか街を出歩く人も多くて、皆ハンディ扇風機を手放せないようだった。長袖で肌の露出がない和服アレンジの私服を着たいつもの私を、すれ違う人はぎょっとしたように見る。半袖も涼しくて良いけど、これが私の着たい服なのだからしょうがない。今更人目は気にしないし、私は私のまま、自分の好きを貫くだけだ。
病院に着いて、中に入ると院内の消毒の匂いが一気に肺を満たす。1週間ぶりに吸ったその匂いは、なんだか新鮮に感じられた。受付で手続きを済ませて、なっちゃんが新たに移動となった一般病棟の部屋番号を案内してもらった。なっちゃんが、その病室に居る。なっちゃんに会える。そう思うと自然と早足になった。身体がたくさんのチューブに繋がれていても、寝ていて話ができなくても……生きているなっちゃんに会えるならただそれだけで充分だった。
病室の前に着いて、私は何度も深呼吸をする。縦長の取っ手を握ると、金属のひやりとした冷たさが掌に走って、じんわりと温かくなる。院内感染防止のためになっちゃん1人しか居ない個室。緊張、不安、高揚。それらを振り払うようにぐっと力を入れて引き戸を横にずらす。
中に入ったその病室は、まるでお祭りの後みたいにしん、と静まり返っていた。
「え……なっちゃん?」
医療用ベッドは綺麗に整えられていて誰も寝ていない。あるのは真白のブランケットのみ。この病室の中に居るのは、私だけだった。
「どうして……」
なっちゃんが病室に居ない。でも入口のネームカードには確かに「
身体を動かすのにお散歩に行ったのかな。でもちょっと動くだけでも辛そうだったなっちゃんが院内を歩き回ろうと思うかどうか。なっちゃんがどこへ行ったのか見当がつかないけれど、まずはこの近辺を探してみようと考えて病室を出ると、医療器具が載せられた台車を押して歩いている看護師さんが居た。なっちゃんのことを知ってるかもしれないと思い、私は看護師さんの背を追う。
「あの、すみません」
「はい? どうかなさいましたか?」
「えっと、なっちゃ……玉井夏輝さんのお見舞いに来たんですけど、病室に居なくて……どこに居るか、知ってたりしますか……?」
「あぁ、玉井さんなら先程
「……え?」
思わず聞き返してしまった。なっちゃんが、リハビリ? 今までそんな話……1回も聞いたことがない。
「リハビリって……どういう……」
「あれはちょうど……1週間くらい前ですかね。玉井さん、「リハビリを受けたい」って自分から申し出たんですよ。目を覚ましてからすぐにリハビリの希望をいただいたので、びっくりしました」
「なっちゃんが……自分から……?」
「ええ。症状の重さを鑑みて薬物療法を中心に治療を進めるのが主治医の意向だったんですが……玉井さんがどうしてもリハビリを受けたい、と」
看護師さんの言うことは全て本当で、嘘はないとわかるけれど、にわかには信じられなかった。前に咲夜さんがなっちゃんに耐えられるか心配だって言ってたくらい、呼吸器のリハビリはすごく過酷なはず。なのになっちゃんが自分からリハビリを受けたいと言った。しかも、目を覚ましてすぐに。一体、どんな心境の変化だろうか。
看護師さんにリハビリ室までの道を教えてもらい、エレベーターで下の階まで降りる。そこから早歩きで目的の場所まで向かう。なっちゃんに会いたい気持ちが今にも膨れ上がってはち切れそうだった。早く、早く。この前までは息をするだけで精一杯だったなっちゃんが、今の状態でリハビリに耐えられる訳がない。急いで止めないと、また苦しむことになる。嫌だ……嫌だっ。なっちゃんが苦しむ姿はもう見たくない。
もうすぐリハビリ室に着くところで、血を吐くような咳が聞こえた。この激しく咳き込む声に、確かな覚えがあった。
「……なっちゃんっ!!」
院内を走ってはいけないルールを、守ってはいられなかった。ドアのない入口をくぐってリハビリ室へ足を踏み入れ、なっちゃんの姿を探した。目線を動かした先に……男の人に背中を摩られながら咳き込む最愛の人が居た。
「はっ、はぁ……はぁっ……うっ……」
なっちゃんは吐き気を催したように口元を右手で覆い、肩で息をしていた。額や頬から汗が流れていて、目は涙で潤んで充血している。私の、思った通りだった。やっぱりなっちゃんは、リハビリに耐えられる身体じゃない。身体が、病と戦うのを拒んでいる。私がなっちゃんに声を掛ける前に、リハビリの担当者と思われる若い男の人が青ざめた顔で叫ぶ。
「玉井さんっ! これ以上は駄目ですっ……! 無理したら、また……」
「すみません……でも、もう少し……もう少しだけ、やらせてください」
「えっ……」
少し離れた距離で、私と男の人の声が重なった。なっちゃんは口から手を離して、細くて白い腕で額と目元を拭う。
「玉井さん……どうしてそこまで……? やっぱり今の状態でリハビリなんて、とても……」
「……ぼくは、なんとしても退院しなくちゃいけないんです」
息が絶え絶えになっている状態で、なっちゃんは今まで私ですら見たことがない程の、強い意志を宿した眼をしていた。綺麗な紅色の瞳が、大きく開かれる。
「
「そうですけど……退院までどのくらいかかるか……」
「来年。来年には……退院できるように頑張ります」
「来年……!? 玉井さん、それは……」
「お願いします。やらせて、ください」
なっちゃんは男の人に頭を下げる。縛られるようにベッドに寝て、生きるだけで精一杯のなっちゃんはそこに居なかった。発作で苦しみながら、それでもリハビリを続けることを望む。入院する前の、親族からどれだけ罵られても花火師になる夢を諦めずに病と向き合い続けた、私がよく知るなっちゃんだった。
「ぼくは……花ちゃんとの約束を守りたい。今までのこと、なにひとつお返しできてない……だからせめて……あの約束は、なんとしても果たしたいんです」
「玉井さん……」
「花ちゃんと、これから先も一緒にいるために……」
静かに耳を傾ける男の人に、なっちゃんは話を続ける。
「ぼくは死ねない。生きて……約束を果たすんです」
その短い言葉に、どれほどの思いが乗せられているか。痛いくらいに、なっちゃんの気持ちが伝わってくる。私と一緒に花火を見る約束を守るために、リハビリを受けて身体を治す。その決意がなっちゃんの心に火を灯して、生きる原動力になっているみたいだった。嬉しくて……嬉しくて。涙が溢れそうになった。
「わかりました。ですが、あくまで無理のないペースでですからね。少しずつ……ん? 玉井さん、ちょっとすみません。……失礼します。リハビリ希望の方ですか?」
「え……あ、そのっ……私は……」
リハビリ希望なのかと男の人に話しかけられ、咄嗟に言葉が出てこなくてなっちゃんが居る方に目線を向けると、すぐに目が合った。
「あっ。花ちゃん……!」
「『花ちゃん』 ……? あぁっ! 今玉井さんが言ってた……!」
合点がいったように男の人がなっちゃんと私を交互に見る。なっちゃんのお見舞いでここに来たことを伝えると、彼は「リハビリはここまで」となっちゃんに告げて、今日は病室に戻ることとなった。
なっちゃんと一緒に歩いて病室へ向かっているけれど、何故か私と目を合わせないし、何も喋らない。おまけに耳まで真っ赤に染めている。私は話したいことがたくさんあるのに、なっちゃんからは何も話してくれない。病室に戻ってから、色々聞いてみることにした。
病室に着いてなっちゃんはベッドに身体を潜らせてから、やっと私の方を見てくれた。けれど、少し気恥ずかしそうに頬を赤くしていた。
「来てくれてありがとう、花ちゃん。さっきの……見てた……?」
「うん。なっちゃん……リハビリ、してるの? 咳が出て辛そうだったけど……」
「うるさかったよね。ごめん……」
「ううん、気にしないで。それよりもリハビリのこと、聞かせてもらえないかな?」
「ありがとう。……ぼく、決めたんだ。リハビリを続けて、生活に支障をきたさないくらい動けるようになるって」
リハビリを受けていること、これからもリハビリを続けようとする意志は本物だった。でもさっきの男の人への伝え方とは違う、言うなればぼかしたような表現だった。ちょっと気になったので、なっちゃんに質問を重ねてみようと思う。
「そうなんだ。でも……そんなに苦しい思いしてまで、どうして?」
「え、えっと……さっき聞いてたんじゃ……」
「聞いてないよ?」
「うそ! 絶対聞いてる!」
「聞いてないよっ。ねぇ、聞かせて?」
「うぅ……」
なっちゃんの反応が見たくて、ちょっぴりいじわるしちゃった。本当は聞いてたけど、もう1度ちゃんと聞きたい。さっきは担当の人にすらすら言ってたのに、私に言うのは恥ずかしいのかな。恥ずかしがるなっちゃんも、すごくかわいい。この前まで意識が朦朧としていたのが嘘みたいに、今はころころと表情が変わる。
「……花ちゃんと花火が見たいからって言ったら、笑う?」
なっちゃんは控えめの声で私にそう言った。あの日病室で結んだ約束を、守ろうとしてくれている。やっぱり、どうしようもなく嬉しい。
「笑わないよ。笑うわけない」
「ほんとう? 良かった……」
「さっきね、なっちゃんは1週間前からリハビリしてるって看護師さんから聞いたの。その度に、発作が出るの?」
「今はまだ、ね。1週間前は今日よりもっとひどい咳が出てリハビリにならなかった。でも、少しずつ咳の回数が減ってきてるんだ。こうして、花ちゃんと話せるくらいに。だから……頑張る」
長い入院生活で心が疲れ、光を失いかけていたなっちゃんの瞳に今は輝きが灯っていて、言葉から私達への後ろめたさや罪悪感がなくなって前向きになっている。会えなかった1週間の間に、なっちゃんに何らかの心境の変化があったのを肌で感じた。
「花ちゃんとの約束のために……ぼくは必ず退院する。こんなぼくでも、「生きてていい」って言ってくれる人が居る気がするから」
そう言われてはっとする。最後になっちゃんに会った日に言った言葉が、もしかしたら耳に入っていたのかもしれない。「居る気がする」じゃなくて、今なっちゃんの目の前に居るのに。
「ふふっ。居るよ、ここに」
「えっ?」
「誰に何を言われても、私はなっちゃんに生きててほしい。なっちゃんと……生きていたい」
「花、ちゃん……」
私の正直な気持ちを話すと、なっちゃんは悲しげな表情を見せる。そうして、躊躇いがちに口を開いた。
「……先生に言われた。リハビリで回復できるのは、普通の生活がおくれるところまでだって。火薬を扱う花火師の仕事は……させられないって。ぼくはきっと……花火師にはなれない」
「そう、なんだ。ずっと、頑張ってきたのにね」
咲夜さんの言っていた通り、なっちゃんは花火を作れるようにはならない。重い喘息だから、日常生活ができるところまで治すのが限界なんだ。それでも、私は。
「なっちゃん。……生きて。後ろめたいとか、そんなこと思わないで。たとえ花火師になれなくたって、人より身体が弱くたって……生きてていい。生きてて、いいんだよ」
「ほん、と……?」
「誰のために生きればいいかわからないなら……私のために生きて。なっちゃんとこれから先も……ずぅっと一緒に居たいから!」
これだけは、私の中で変わることはない。なっちゃんと生きたい。どんななっちゃんでも私は受け入れる。なっちゃんと、ずっとずっと一緒が良い。
「花ちゃん。ぼくは……生きてて、いいんだね……」
泣き笑いの顔で、なっちゃんはそう呟く。
「当たり前だよ。何度だって言う。私は、なっちゃんと生きていたいの」
「ぼくも……花ちゃんと生きてたい。もう、現実から目を背けない。生きて……花ちゃんとの約束を守るよ」
涙を頬に伝わせて、なっちゃんは笑った。泣いているのに、表情は晴れやかだった。この前までは生きることにどこか消極的だったなっちゃんが、「生きていたい」とはっきり言えるようになった。嬉しさであふれてきた涙を手の甲で拭って、私も笑う。
「うん。楽しみにしてる! リハビリする時、私にも何か手伝えることないかな? なっちゃんの力になりたいの」
「手伝って、くれるの?」
「病院の人じゃないから、手伝えることはあんまりないかもしれないけど……私にできることで、なっちゃんを支えたい。良い……かな?」
お医者さんじゃないから、手伝えることは少ないかもしれない。でも、祈ることしかできない自分も嫌。なっちゃんがリハビリするにあたってできることが必ずあると思う。まずはそれを探したい。私がなっちゃんにすべきこと、してあげられること。なんとなくだけど、見えてきた気がする。
「もちろんっ! 本当に、嬉しい。いつもありがとう。花ちゃん」
「こちらこそだよ。一緒に頑張ろう? なっちゃん!」
「うんっ……! ぼくたち2人で、一緒に!」
私のお願いを快く受け入れて、なっちゃんは顔を綻ばせる。花が咲いたような、心からの笑顔だった。なっちゃんが「生きたい」と思えて前を向いた今、風向きが一気に変わる気配がした。私がなっちゃんを支えて、退院する助けになるんだ。絶対に、希望を捨てない。私がなっちゃんの心を照らす。照らしてみせる。
眩いくらいに光を放ち、煌めく花のように。
あぁ、そうだ。
どうして、忘れていたんだろう。
初めから、君と出会ったその日から。
ぼくは、独りじゃなかったんだ。