カーラ・アッカーマン   作:Mikan2025

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話を修正、統合しました。


誕生

 

 カーラは、鳥の声を聞いた。

 

 鳴き声を聞いた瞬間、胸が張り裂けそうになり、息が苦しくなった。

 今まで無視し続けてきた、喪失感や寂しさが一気に溢れ出てきた。

 

 涙が頬をつたる。洞窟はよく声が響いた。

 

 

 

 泣きすぎた。

 涙が収まる頃には、もう目がカラカラだった。泣いたのなんて前世を含めていつぶりだろうか。

 

 カーラは何度も、何度も、場所を確認しながら洞窟の入り口に戻った。

 流石にお腹が空いたのだ。あるのは硬いパンのみだが、無いよりはマシだった。

 

 お腹が満たされたからか、また涙が出てきた。

 今まで全く美味しいと感じなかったパンが、美味しい気がする。いや、美味しくない。どんな状況であろうと、硬いパンは硬かった。硬すぎて、まるで石を食べているような咀嚼音がする。

 けれど、なにかは満たされるような気がした。

 

 

 不意に、眠気に襲われる。

 日がささない地下街は時間感覚が薄く、誰しもが眠くなったら寝る。

 カーラも、眠気に身を任せ、意識を手放す。

 

 洞窟は、相変わらず、真っ暗だった。

 

 

 

 目を覚ましたカーラは、以前洞窟の隅で見つけたシャベルを手に取った。

 

 以前、偶然見つけたときは、ただのガラクタでしかなかったが──今は違う。

 あの「鳥の声」がした場所へ向かう。

 

 そこは、いくつもある行き止まりのひとつだった。

 崩落の危険もある。けれど、迷っている時間はもったいない。

 カーラは斜め上へ、慎重に掘り進めていった。

 地表はそう遠くない──そう信じられずにはいられなかった。

 

 木の根が見えないのは気がかりだが、それ以上に胸を占めていたのは、

 「外に出られるかもしれない」という希望だった。

 

 

 

 

 今世で初めて鳥の声を聞いてから、数日が経った。

 

 カーラは、自分の聴覚が“普通ではない”ことをよく知っている。
 一メートルほどの距離なら、他人の心拍さえ拾える。この洞窟の奥へ誰かを連れてきたとしても──あの鳥の声を聞き取れるのは自分だけだろう。

 

 数日間、時間を見つけては掘り進めてきた。しかし、上へ伸びた穴はせいぜい一メートルにも満たない。
 どれだけ掘れば外へ通じるのか、見当もつかないのが一番の不安だ。

 

 木の根が一本も現れないということは、まだ二メートル以上は土があるのだろうか。五メートルかもしれない。十メートルだってありえる。
 考えれば考えるほど胸がざわついたが、それでもシャベルを握る手は止まらなかった。

 

 ── 日の目も見ずに死ぬなんて、ごめんだ。

 カーラはそうつぶやき、今日もまた、斜め上へと掘り続ける。

 

 

 

 

 その日、カーラは洞窟を出て地下街へ繰り出していた。

 情報収集を兼ねた食料調達と、壊れてしまったシャベルの代わりを探すためだ。

 

 カーラの鋭い聴覚は、歩くだけで様々な情報を拾う。

 特に酒場と市場の周辺は情報が集まりやすい場所だ。

 しかし、酒場周辺は酔った大人が闊歩しているだけでなく、タバコや違法な薬物で満ちている。

 いくら情報収集に向いている場所でも近づきたくなかった。むせるような酒と薬物の臭い。あんな空気、肺に入れたくもない。

 

 かく云うその日も、カーラは酒場を避け、大きく迂回して市場に向かった。多少遠回りでも、安全を優先したのだ。

 せっかく地上に出れるかもしれないのに、わざわざ死にに行く必要はない。安全第一、命大事に。

 

 

 

 食料と道具を買い揃えて市場を出たとき、ふと空気を切る独特の音が聞こえた。

 

 ガスの噴射音。ワイヤーの巻き取り。鋭い金属音。

 聞き覚えがある──立体機動装置だ。

 

 地下街を素早く駆け抜ける3人を、兵士4人が追っている。

 誰もが立体機動装置を身につけている。

 

 前方は最近頭角を表した3人組の盗賊団。

 カーラも何度かその姿を目撃しており、初めて立体機動装置を肉眼で見たのも彼ら3人のものであった。

 

 初めて立体機動装置を目撃したときの衝撃は、転生したと自覚した瞬間よりも大きかったかもしれない。

 “兵士が空を飛ぶ”──そんな荒唐無稽な話は尾ひれのついた噂でしかないと、あっても滑空程度だと思っていたのに。現実は、カーラの想像を軽く超えていた。

 

 対して後方は憲兵──ではなかった。

 ふと見えた背中はユニコーンではなく、2枚の翼のような紋章であった。

 

 後方の兵士4人は盗賊団と比べて、立体機動が上手いようで、グングンと距離を詰めていった。ならば、駐屯兵団か、常に壁外に出て巨人と戦っているという調査兵団の者であろう。

 

 カーラが観察をやめて洞窟に戻ろうというとき、盗賊団が進路を変え、カーラのいる方へ飛び込んできた。

 

 そのまま各自散開し、追っ手の兵士を振り切ろうしているようだ。

 音は急速に近づき、壁にアンカーが刺さる衝撃や、建物に何かがぶつかった気配が響いた。

 

 カーラは巻き込まれるのを避けるため、近くの建物に身を隠した。

 

 しばらくして、追手の声が聞こえた。薄い壁1枚を挟んだ先、音を遮るものはなく、自身の息と心拍が異様に大きく感じられる。

 

「仕留めたか、エルヴィン。」

 

「いや。」

 

 重たい衝撃音。金属が転がる甲高い音が響く。

 その直後に、荒い呼吸音が3つ、規則正しいものが4つ。

 

 

「離せっ‼︎ このっ!」

「よせ!周りをよく見ろ!」

 

「分隊長、ご無事ですか⁉︎」

「ああ、2人ともよくやってくれた。」

 

 戦闘が収まり、盗賊団らは拘束されたのだろう。兵士も周囲に集まっている。

 そして、分隊長らしき人物が低く問いかける。

 

「いくつか、質問させてもらう。これをどこで手に入れた。」

「「「・・・」」」

「立体機動の腕も見事だった。あれは誰に教わった?」

「「「・・・」」」

「どうやって、私たちを殺して逃げてやろうか、といった顔だな。できれば手荒なマネはしたくないのだが──。」

 

 返答はない。

 少し間が空き、何かが地面に当たる鈍い音がした。

 

「もう一度訊こう。立体機動をどこで学んだ?」

 

「誰にも習ってねぇよ!公僕の分際で偉そうにいばるな!」

「ゴミ溜めで生きるために身につけたのさ。下水の味も知らねぇお前らには分からんだろうよ。」

 

「私の名前はエルヴィン・スミス。お前の名前は?」

「・・・」

 

 声の主は冷静であった。

 再び、沈黙と、荒く息を吐く音。

 

「がはっ、ぐっ・・・。」

「見上げた根性だが、このままではお前の仲間に手をかけることになるぞ。」

「!」

「やるなら、さっさとやれよ!」

「てめぇ・・・」

「お前の名前は?」

「・・・リヴァイだ。」

 

「リヴァイ、私と取引しないか?」

「取引・・・?」

「お前たちの罪は問わない。代わりに力を貸せ。調査兵団へ入団するのだ。」

「・・・断ったら?」

「憲兵団に引き渡す。これまでの罪を考えれば、お前はもとより、お前の仲間もまともな扱いは望めんだろう。」

「好きな方を選ぶがいい。」

 

 リヴァイは吐き捨てるように言った。

 

「・・・チッ、いいだろう。調査兵団に入ってやる。」

 

 

 

 

 

 それから数週間後、カーラは相変わらず洞窟を掘り進めていた。掘り出した土は行き場を失い、いくつかの部屋を静かに埋めていった。

 

 木の根は見えない。けれどもそんなに落ち込むことでもなかった。

 カーラはここが草原のような樹木の少ない場所だと推測していた。実際、細長い植物の根は多々あるのだ。今もなお、鳥の声は聞こえる。たった木の根が見えないからといって、洞窟を掘り進めない理由にはならなかった。

 

 

 カーラが最も恐れていることは何か。それは希望が幻であったと突きつけられることだ。

 

 もし、地上がなかったなら。

 もし、この声が、ただの錯覚だったら。
 

 

 いや、そんなことはない。カーラの耳は確かに地上の存在を聞き取っているのだ。それが人伝であったとしても、鳥の声であったとしても。

 

 カーラは地上がないと思うわけにはいかない。だからこそ、カーラは己の不安を無視することしかできない。

 

 では、最も表面的な恐怖はなにか。それは崩落だろう。いわば、生き埋めだ。

 

 そしてそれは突如として訪れた。

 

 

 

 もはや考えることではなくなっていた作業の日々。

 シャベルを振り上げ、突き刺す。その繰り返しに意識などなかった。

 

 

 シャベルを突き刺したそのとき。

 

 カーラは押し潰されることになった。口には土が入り、息が止まる───

 ───はずだった。

 

 

 

 重いはずの土が、指の間から崩れ落ちる。

 まるで、空気を掴んでいるみたいに。

 

 力を入れれば、それは簡単に重荷ではなくなっていく。

 

 

 土は、軽かった。

 

 

 

 立ち上がれば目には光。

 

 何時間も暗闇にいたその身に、太陽は眩しすぎた。

 まぶたには血管の赤が映り、目は開けられなかった。しかし、涙が止まることはなかった。

 

 

 

 どれだけの時間が経っただろうか、目を開けられるようになった頃には、木の根がなかった理由を知ることになった。

 

 竹林だったのだ。

 竹の根に支えられていた土が崩れてきただけだったのだ。

 

 根の隙間からは一筋の光が差し込み、一メートル先に地上の存在を知らしめている。希望は現実であったのだ。

 

 根につかまってよじ登れば、そこは大地の上。お天道様の下。

 

 聞こえてくるありとあらゆる音と、大地の存在。

 木の葉の合唱から始まる、鳥の囀り、川のせせらぎ。

 

 澄んだ空気を肺いっぱいに収めれば、より鮮明に空の青さが見えてくる。

 

 

 その日、間違いなくカーラは誕生したのであった。

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