カーラ・アッカーマン   作:Mikan2025

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話が進まない。文字書きの大変さを知りました。


観察

 目が開き、涙が引く頃には、カーラはすでに冷静だった。

 

 見渡す限り、鬱蒼とした竹林が広がっている。

 風が吹くたび、竹の葉が触れ合い、サラサラと音を立てていた。

 

 洞窟の出口を整え、崩落しないよう補強を施す。あとは雨水の侵入防止に、出口が外からわからないよう、偽装を施せばいいだろう。

 

 カーラは妙な高揚感のまま、無駄のない手つきで作業を進めていたが、時間が経てば喉も乾くし、空腹も気になってくる。

 

 一旦作業を止めて、洞窟に戻れば、眩しい光の世界から一転。目の奥にはすぐ闇が戻ってくる。手を壁に添わせ、声を出し、音の反響を頼りに狭い洞窟の中を進んでいく。数週間を超える時間、光源ひとつないこの漆黒の空間にいたとは思えないほど、洞窟は狭くじめっとしていた。

 

 この洞窟は、人為の洞窟に自然の空洞が繋がっている。酸素の心配がいらないのは、そのおかげである。

 なかでもカーラは最も地下街に近い洞窟の部屋を拠点にしており、一部を除き食料や道具は全てここに集めてある。

 

 硬いパンをかじり、水代わりの薄い酒を飲む。相変わらず美味しくないが、地上に出られた以上、綺麗な水が確保できるかもしれない。地下街では、薄めた酒が1番安全な水分であることは間違いないのだが、子供の体で酒を飲むことには、どうしても慣れなかった。

 

 満腹になると、急に眠気が押し寄せてきた。地上に出た緊張が切れたのかもしれない。カーラは、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 悪い夢を見た。

 川を発見し、煮沸して飲んだはいいものの、死ぬ夢だった。

 喉が焼けるように渇いている。

 

 ありえない。確かにカーラは十分な栄養を取れているとは言い難いが、最低限腹を満たすパンくらいは確保できている。急性水中毒のことだって知っている。まさか、最初から大量に煮沸した水を飲むようなミスを冒すとは思えない。

 

 まあいい。そろそろパンと酒のストックが切れる頃だ。今日一日地上で観察や探索をして、水と食料が得られないようなら地下街で買い足そう。

 

 カーラがよろよろと起き上がれば、変わらぬ暗闇が広がっている。

 何週間、何ヶ月と洞窟で暮らしているうちに、目を閉じているのが普通になっていたが、なぜか今日は目を開いていた。相変わらず何も見えない。

 

 目をつぶり、耳をすませば、地下街のほうからわずかな声が聞こえてくる。酒でも飲んで酔っているのか、随分と声が大きい。

 

 カーラの優れた聴覚は、人の声だけでなく、あらゆる音を拾う。

 洞窟は静かじゃない。

 心拍、呼吸、筋肉の軋み。常に己から最大のノイズが響いてる。

 土のわずかな崩れ、水滴、さらに自身の声の反響は、地図になる。

 土圧で軋む音、地面を伝う微振動。

 

 一定の反響、圧、振動が常にこだましている。

 

 それら全ては、変わらなければ安全であった。

 反響が変われば、土の圧がズレれば、音の抜け方が変われば、それらは崩落の前触れになる。

 

 今思えば、崩落したあの直前。

 シャベルの音の返りが違った。いつもより、わずかに遅れて返ってきた。壁の奥で、何かが軋むような音がしていた。ほんの一瞬、音が消えていた。それより前、空気の音も変化していた。

 予兆はあったはずだ。作業を止めるべきだった。なのに何もしなかった。

 二回目があってはならない。今回は少量の土が落ちてくるだけで済んだが、次もそうとは限らない。どんな変化にも注意を払おう。安全第一、命大事に。

 

 

 カーラが地上にでれば、そこはまだ夜であった。竹の葉の隙間からは星空が見えている。電灯もないこの世界、無数の星々が煌びやかに輝き、確かな存在を放っていた。

 カーラは特段、星に詳しいわけではないが、昔の人はこの夜空を毎日見ていたのなら、七夕伝説が誕生したのも納得である。

 

 夜明けまで少し時間がありそうだったが、カーラは早々に探索を始めることにした。洞窟のなかよりか、格段に明るいのだから。

 

 この探索の一番の目標は、水源の発見だ。次に地形及び環境の確認を適宜していく。

 

 ひとまず息を止めて目を閉じて、耳を澄ます──何もない。あるのは身が軋み、葉が擦れる竹の音のみだ。

 

 手を叩く。

 

 パン………パン……パン……パンパンパン

 

 カン、と軽く乾いた反響。細かく散る高い音。風で揺れる微振動。

 

 繰り返し手を叩いて比較すれば、だいたいの空間がわかってくる。

 右側ほど反響が細かい上多い。逆に左側は反響が少ない。どうやら右側ほど竹が多く密集しており、左側は比較的開けているようだ。

 特に左斜め前はよく開けているようで、音が弱く遅れて返ってきている。

 

 迷わないよう竹とナイフを駆使し、洞窟の出入り口に目印をつけば、準備万端。

 

 手にはナイフを、肩にはパンと酒を掛け、左斜め前に進んでいく。

 

 こまめに竹に傷をつけ、枝や葉を使って方向を記しておく。

 

 20mほど進んでは、手を叩いて適宜開いたほうへ進んでいく。

 

 

 繰り返すことおよそ1時間。洞窟から200mほどの位置で川を見つけた。

 

 川から約20m。風でも竹の音でもない、一定の揺らぎ。

 

 ──水だ。

 

 足を速める。

 そこには確かに、川があった。

 

 

 そこでカーラは、今世で初めて己の顔を見た。

 黒い髪に黒い目。しかし、彫りが深く額や眉骨が前に出ている。鼻筋は通って高く、立体的な顔立ちだった。

 

 あらためて前世とはかけ離れた顔立ちに、ここは日本ではないと実感する。

 

 ここが地球かどうかさえわからぬ世界で、カーラは生きていくのだ。いや、地球ではないのかもしれない。地球だと断言するには、知らない存在が多すぎた。

 それはあまりにも唐突で、急激に訪れた。

 

 水源を探しているうちに、空は明るくなり、今にも太陽が上ろうとしている。

 

 少なくとも、死ぬのは今日じゃない。

 ──ひとまず、この水との出会いを喜ぶとしよう。

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