ヤン・ウェンリートレーナーの短編集   作:灯火011

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外伝:魔術師のいない評価検討会

 トレセン学園の正門から少し離れた路地裏にある、トレーナーやスタッフたちが夜な夜な集う居酒屋。今夜も、煙草の煙と焼き鳥の匂い、そしてジョッキがぶつかる音に混じって、彼らの愚痴と情熱が渦巻いている。

 

 そして、その喧騒の中、トレーナーが集う中央テーブルの話題は、ある一人の人物に占拠されていた。

 

「……で、だ。またあの男のチームが勝ったらしいぞ」

「マジかよ。今度は誰だ?ナイスネイチャとそのトレーナーか?」

「ああ。あの『ブロンズコレクター』が、見事に格上を食い散らかしたそうだ。しかも、指示は『何もしないで待っていろ』だけだったとか」

 

 中堅トレーナーの一人が、呆れたように枝豆を口に放り込んだ。 彼らの視線の先にあるのは、畏怖と、嫉妬と、そして純粋な疑問だ。

 

「なぁ、お前らどう思うよ。ヤン・ウェンリーって男を」

 

 その問いかけに、テーブルを囲む数人のトレーナーが、一斉に複雑な顔を見合わせた。

 

「正直……分からん。俺は昨日、グラウンドで奴を見たんだがね。ベンチで紅茶を飲みながら、膝の上に分厚い本を広げてやがった。ストップウォッチすら持ってなかったぞ」

「俺なんか、この前『今日のメニューは何ですかー』って聞いてるトウカイテイオーに、『カップの水をこぼさずに歩くことだ』って言ってるのを聞いたぞ。大道芸の練習かと思ったね」

 

 彼らはプロフェッショナルだ。だからこそ、理解できない。

 

 徹底的な管理、最新のトレーニング理論、栄養学に基づいた食事。それらを積み重ねてようやく1勝をもぎ取るのが、この世界の常識だ。だが、トレーナー達から見たヤン・ウェンリーという男は、その全てのセオリーを無視し、いとも簡単に勝利を重ねているように見えていた。

 

「まさか、本当に『魔術』でも使ってるんじゃないだろうな」

「バカ言えよ。だけど……結果が出ているのは事実だよなぁ」

 

 沈黙が落ちる。

 

 皇帝シンボリルドルフの海外制覇。怪物ナリタブライアンの復活。荒ぶる神ゴールドシップの制御。ライスシャワーの躍進に加えてアグネスタキオンの活躍。そして、名脇役ナイスネイチャの覚醒。一つなら偶然で済む。だが、これだけ続けば、そこには何らかの『法則』があるはずなのだ。

 

 その時、端の席で静かにウーロン茶を飲んでいた若手トレーナーが、ポツリと口を開いた。

 

「……以前、私は彼に教えを乞いに行ったことがあります」

 

 視線が集まる。彼は、かつてヤンの部屋で打ちのめされた、あの真面目な青年だった。

 

「彼は言いました。『私は何も指導していない。ただ、過去のデータから蓋然性を導き出し、彼女たちの本質に当てはめているだけだ』と」

「データだって?そんなものは俺たちだって見てるさ。それこそ毎日な」

 

「ええ。ですが、ヤントレーナーが見ているデータは、その『深度』が圧倒的に違うんです」

 

 若手トレーナーは、自身の端末を取り出し、ある資料を表示させた。それは、彼がヤンの言葉に従って独自に分析し直した、担当ウマ娘のレース記録だった。

 

「彼は、レースのタイムや順位だけを見ていない。その日の湿度、風向き、観客の歓声の大きさ、レース前の食事内容、果てはウマ娘の『瞬きの回数』まで……歴史書を読むように、全ての事象を『因果関係』として処理しているんです」

 

「瞬きの回数だと……?」

 

「私もこんな風に資料を作って、少しだけわかったことがあります。彼にとって、レースはスポーツじゃないんです」

 

 青年は、戦慄と尊敬を込めて言った。

 

「ヤントレーナーにとってのレースは、不確定要素を極限まで排除した『数式』であり、あるいは……言葉を選ばずに言えば『戦争』そのものなんです。彼はウマ娘を、アスリートとしてではなく、戦場における『一個師団』として運用していると、言ってもいいのかもしれません」

 

 居酒屋の空気が変わった。

 

「そして、奇妙に見える指導法も、よく見ていると過去の積み重ねから来ているものなんです。トレセンにあった、過去の指導方法、過去にあったレースの運び、過去の食事内容、過去のウマ娘の特徴やその血脈を全て考慮し、その上で目の前のウマ娘を観察し、研究して、判断を重ねているんです。

 ―――彼の行動は、一見すると邪道に見えますけど、学園内で一番の『王道』を進んでいると思います」

 

 単なる怠け者だと思っていた男の背後に、途方もない論理の山が見え隠れしたからだ。

 

「……なるほどな。俺たちが『もっと速く!』と根性論で叫んでいる間に、あいつは『どうすれば消耗せずに勝てるか』という兵站を組んでいるわけか」

「しかもどちらかというと、勝つためじゃない。怪我をさせずに、負けないために、ってわけか?」

 

 ベテランのトレーナーが、ジョッキに残ったビールを飲み干し、深くため息をついた。

 

「……そりゃあ敵わねぇな。俺たちにとっちゃ、ウマ娘は『夢』だ。だが、あいつにとっちゃ『歴史』なんだ。視座の高さが違いすぎて話になんねぇよ」

 

 

 場所は変わって、トレセン学園生徒会室。ここでもまた、魔術師の話題が上っていた。ただし、こちらはより実務的で、より切実な嘆きと共に。

 

「……あいつはっ!またこんな書き殴りの報告書を提出してきおって!」

 

 バン!と机を叩いたのは、生徒会副会長のエアグルーヴだ。彼女の手にあるのは、ヤン・ウェンリーが提出した『遠征費申請書』である。 文字はミミズがのたくったようであり、理由の欄には『必要経費として』としか書かれていない。

 

「落ち着いてください、エアグルーヴさん。眉間の皺が深くなっちゃいますよ?」

 

 殺気立つ女帝をなだめるように、緑の帽子の女性――理事長秘書の駿川たづなが、穏やかな足取りでエアグルーヴの持つ書類を覗き込む。

 

「たづなさん!そうは言いましても!これが落ち着いていられますか!会長も会長だ!なぜ奴をもっと厳しく指導しない!奴のチームの備品請求書を見ましたか!?『紅茶葉(最高級)』『電気ケトル(温度調整機能付き)』……これのどこがトレーニング用品だというのだ!」

 

 エアグルーヴの怒りはもっともだ。彼女は「女帝」と呼ばれる完璧主義者。ヤンのような怠惰な人間は、本来最も相性が悪いはずだった。だが、その書類の山を整理していた、早川たづなさんが、苦笑しながら口を挟む。

 

「まあまあ、エアグルーヴさん。でも、見てください。これ」

 

 たづなさんが差し出したのは、ヤンが担当するウマ娘たちの『メディカルチェック・レポート』だった。

 

「……む?」

「怪我の発生率、および疲労の蓄積度。チーム・ヤンは、学園内で圧倒的に低いんです。特に、トウカイテイオーさんとライスシャワーさん。あんな激戦を繰り返しているのに、数値はむしろ改善しています」

 

 エアグルーヴは書類をひったくり、食い入るように見つめた。そこにある数字は、嘘をつかない。彼女たちの身体は、酷使されているどころか、極めて健康的に、そして効率的に管理されていた。

 

 たづなは、遠くを見るような目で言葉を継ぐ。

 

「彼は、『無理をさせない』ことにかけては、学園一かもしれません。その臆病ともいえる慎重さが、彼女たちの選手生命という『未来』を守っているのも事実です」

「……チッ。余計に腹が立つ」

 

 エアグルーヴは悔しげに舌打ちをした。

 

「適当に見えて、抑えるべきところは完璧に抑えているということですか。紅茶を飲んでサボっているように見えて、奴の目は常に生徒たちのコンディションを監視している、と……」

「それに、最近のシンボリルドルフさん、楽しそうだと思いませんか?」

 

 たづなさんが窓の外、夜の校庭を見下ろしながら微笑んだ。

 

「以前は生徒会長、『皇帝』として、一人で全てを背負っているようなお顔でしたけど……ヤンさんのところに入り浸るようになってから、なんというか……肩の力が抜けて、普通の『女の子』に戻れる時間を持てている気がします」

 

 その言葉に、エアグルーヴの手が止まる。

 確かに、最近のシンボリルドルフは、生徒室に戻ってきた時に微かに紅茶の香りを漂わせ、どこか晴れやかな顔をしていることが多い。それは副会長である彼女が、一番望んでいた会長の姿でもあった。

 

「……フン。確かに、あの堅物同士、ウマが合うのかもしれませんね」

 

 エアグルーヴは、ヤンの汚い字で書かれた報告書に、乱暴に『承認』のハンコを押した。

 

「―――たづなさんに免じて認めてやる。ただし!次に字が汚かったら、私が直接乗り込んで書き取りの練習をさせてやるからな!たづなさんからも伝えておいてくださいよ!」

 

 その怒号は、一種の信頼の裏返しでもあった。たづなは

 

「はい、承りました」

 

 と深く一礼し、心の中で『ヤンさん、これ以上エアグルーヴさんを怒らせないでくださいね』と苦笑するのであった。

 

 

 夜の図書館。閉館間際の静寂の中で、二人の知性派ウマ娘が本棚の影で密やかに言葉を交わしていた。一人は、アグネスタキオン。もう一人は、彼女のルームメイトであるマンハッタンカフェだ。

 

「……タキオンさん、最近様子が変わりましたね」

 

 カフェが、ぼそりと呟く。その様子とは、タキオン自身の変化についてだ。

 

「おや、そう見えるかい? 私はいつも通り、真理の探究に忙しいだけだがね」

「いいえ……。以前のあなたは、焦っていました。まるで、明日にも自分の脚がなくなるかのように、生き急いでいた……。でも今は、その『焦り』が消えています」

 

 カフェの瞳には、人には見えないものが見える。以前のタキオンに纏わりついていた、破滅的な死の気配。それが、今は薄らいでいるのだ。

 

「フフ……。まあ、否定はしないよ」

 

 タキオンは、借りていた歴史書――ヤンに薦められた古い戦術論の本――を閉じ、本棚に戻した。

 

「面白いトレーナーに出会ってね。彼は私に『死ぬな』とは言わなかった。『死ぬタイミングを選べ』と言ったんだ」

「タイミング……?」

「ああ。私の暴走を止めるのではなく、暴走するエネルギーを『管理』し、使い所を限定する。……おかげで私は、プランBという名の『長生き』も、悪くない選択肢だと思えるようになったのだよ」

 

 タキオンは白衣のポケットから、一本のしなびた野菜スティックを取り出し、少し嫌そうな顔で見つめた。

 

「それに、あの男と関わると、どうも調子が狂う。私の完璧な理論を、『歴史的観点』などという文系的なアプローチでハックしてくるんだ。……悔しいが、今のところ私の負けだよ」

「……そうですか。あなたが負けを認めるなんて、珍しい」

「勝てないさ。彼は理論を使っているわけじゃないからね。ただ、誰よりも残酷な現実主義者………リアリストでありながら、誰よりもロマンチストなだけだ」

 

 タキオンは野菜スティックをかじり、ニヤリと笑った。

 

「ただ、彼を見ているとね、カフェ。この世には、ウマ娘や人間の認識を超えたある種の………『魔術』があることを認めざるを得ないのだよ」

 

 カフェは不思議そうな顔をタキオンに向けた。

 

「………魔術、ですか。非科学的な言葉がタキオンさんから出るとは。珍しいですね」

「気になるのなら会いに行くと良いさ。もしかすると、カフェ。君の『お友達』とやらに追い付ける、そんな魔術を見せてくれるかもしれないからねぇ」

 

 

 東京の夜景を足下に敷く、超高層ホテルの最上階。一見客はおろか、財界の有力者でさえ予約が困難とされるそのフレンチレストランの一室は、今宵、たった二人の客のためだけに静寂を保っていた。

 

 一人は、深緑のドレスに身を包んだ、シンボリ家の至宝にして、トレセン学園生徒会長、シンボリルドルフ。

 

 もう一人は、そのシンボリ家を支援する若き財界の覇者、タキシードを見事に着こなしているラインハルト・フォン・ローエングラム―――とはいえ、今はただの日本人であるが。

 

 テーブルには、芸術品のような料理と、最上級のヴィンテージワイン、そして未成年の皇帝のための極上の葡萄や、人参ジュースが並べられている。

 

「……味はどうだろうか?ルドルフ嬢」

 

 ラインハルトが、グラスを傾けながら問う。その問いかけは、パトロンとしての儀礼的なものではなく、対等な友人に対する気軽な響きを含んでいた。

 

「素晴らしいですね。特にこのソースが気に入りました。……ですが、今日、貴方が私を呼び出したのは、単に美食を振る舞うためではないのでしょう?」

「人聞きの悪いことを言うね。前回、こちらの都合で無駄に時間を取らせたことへの、単なる礼儀だよ」

 

 ルドルフはナイフを置き、口元をナプキンで拭うと、まっすぐに黄金の獅子を見据えた。

 

「単刀直入に伺います。―――また、私のトレーナーを引き抜く算段かな?」

 

 その言葉に、ラインハルトは喉を鳴らして笑った。かつて銀河を震わせたであろうその笑声は、今は悪戯を見透かされた少年のように無邪気だ。

 

「ハハハ!警戒心が強いな、シンボリルドルフ。安心しろ。あの男――ヤン・ウェンリーにその気がないことは、先日の会談で嫌というほど理解させられた」

 

 ラインハルトは、窓の外に広がる光の海に視線を移す。

 

「『不器用な生徒たちが淹れる紅茶のほうが、君の用意した特級品より美味い』……か。まったく、あの男らしい減らず口だ」

 

「ふふ。それは私も初耳だね。彼にしては殊勝なことを言う」

 

 ルドルフもまた、頬を緩ませた。二人の間にあるのは、一人の男を巡る奇妙な共有感だ。

 

「それにしてもだ。あの稀代の戦術家であり、戦略家でもあるヤン・ウェンリーが……日本ウマ娘トレーニングセンター学園で、教鞭を執るだけではなく『魔術』をも使っているとはな」

 

 ラインハルトは、部下に用意させたタブレット端末をテーブルに滑らせた。そこに表示されていたのは、ナイスネイチャの有馬記念のデータ、そしてアグネスタキオンの皐月賞のラップタイムだった。

 

「見ろ。このアグネスタキオンのレース運び。序盤の遅滞戦術によって敵の精神を摩耗させ、消耗戦を強いた上で、自軍のみ無傷で突破する。……かつて私が煮え湯を飲まされた手口そのままだ」

 

「……失礼を承知で聞くが、君は、彼に苦しめられた口なのかい?」

 

「ん?ああ。常勝を誇っていた私が唯一、一度も勝てなかった男だ」

 

 ラインハルトは懐かしむように、そして少しだけ悔しそうに目を細めた。

 

「彼は決して、正攻法ではぶつかってこない。常にこちらの心理の死角を突き、最小の犠牲で最大の戦果を上げる。……このナイスネイチャというウマ娘の走りもそうだ。『勝てないなら、勝てる状況になるまで待つ』。言葉にすれば簡単だが、それを極限の速度の中で実行させる統率力は、並大抵のものではない」

 

 ルドルフは静かに頷き、葡萄ジュースを口にした。

 

「確かにね。彼の指導は、私たちウマ娘の本能――『ただ速く走りたい』という欲求とは、時として相反するものだ。だが、彼はそれを納得させるだけの論理と、そして何より『我々を生還させる』という奇妙な責任感を持っている」

 

「生還、か……」

 

 ラインハルトの手が止まる。

 

「そうか、嗚呼。………そうだな。彼はいつだってそうだった。どれだけ不利な状況でも、彼は決して味方を見捨てなかった。私が覇道を突き進むために多くの屍を築いたのに対し、彼は常に、名もなき兵士一人の命を憂いていたのだろう」

 

 黄金の獅子は、グラスの中の紅い液体を見つめ、独りごちる。

 

「だからこそ、人は彼を信じるのだろう。……卿も、そうなのではないか?」

 

 その問いに、ルドルフは一瞬の沈黙の後、力強く頷いた。

 

「ああ。彼は私の『覇道』を支えると言ってくれた。だが、それは私を道具として使うということではない。私が私らしくあるために、私の足元にある石を取り除き、道を示してくれる……。彼は、私が知る限り、最も優しい『共犯者』だよ」

 

「クク……。『共犯者』か。言い得て妙だな」

 

 ラインハルトは満足げに頷くと、指を鳴らした。給仕が音もなく現れ、新しいボトルを開ける。

 

「認めよう、シンボリルドルフ。ヤン・ウェンリーは、今のところ卿の隣にいるのがお似合いのようだ。彼が望む『平穏な生活』とやらには程遠いかもしれんが、少なくとも、退屈はしていないようだからな」

 

「譲ってもらうつもりはないが、認めてもらえて光栄だよ」

 

「だが、忘れるな」

 

 ラインハルトの瞳に、鋭い光が宿る。

 

「もし卿らが彼を退屈させたり、その才能を飼い殺しにするような真似をすれば……私はいつでも、彼を私の副総帥として迎え入れる用意がある。あの黒いカードは、そのための招待状だ」

 

「……肝に銘じておこう。だが、その心配は無用だと言わせて頂く」

 

 ルドルフは、不敵な笑みで返した。

 

「私たちの学園には、彼を退屈させない『問題児』たちが山のようにいるからね。彼が引退できる日は、おそらく永遠に来ないさ」

 

「ハハハ!それは魔術師殿にとって、喜劇なのか悲劇なのかわからんな!」

 

 二人の笑い声が、静かなレストランに響く。皇帝と黄金の獅子。世界を動かす二人の巨人が、ただ一人の「紅茶と昼寝が好きな男」について語り合い、その才を愛でる。

 

 それは、ヤン・ウェンリー本人が知れば、『勘弁してくれ』と頭を抱え、胃薬を欲しがるような、贅沢で重厚な夜会であった。

 

「……乾杯しようか。我らが不器用な魔術師と、彼が紡ぐ新たな歴史に」

「ああ。―――プロージット」

 

 グラスが触れ合う澄んだ音が、東京の夜空に吸い込まれていった。

 

 

 夜も更け、居酒屋の喧騒も少し落ち着いてきた頃。ヤンの話題で持ちきりだったトレーナーたちは、ある一つの結論に達しようとしていた。

 

「結局のところ……俺たちはヤン・ウェンリーにはなれねぇよ」

 

 誰かがポツリと言った言葉に、全員が深く頷いた。

 

 彼らは情熱を持ち、ウマ娘と共に汗を流し、涙を流す。それが彼らのスタイルであり、彼らの誇りだ。ヤンのように、一歩引いた場所から全てを俯瞰し、感情を排して最適解を出し続けることなど、到底真似できない。

 

「だが、あいつがいることで、救われている子らがいるのも事実だ」

 

 若手トレーナーが、グラスを見つめながら言った。

 

「テイオーの笑顔が戻った。ライスの呪いが解けた。ネイチャが自信を持った。素晴らしい事です。ただ……僕たちは、僕たちのやり方で、彼に負けない結果を出せばいい。それが、彼への一番の恩返し……いや、対抗策でしょう」

 

「違いない!―――へっ、魔術師だか歴史家だか知らねえが、今は同じトレセンのトレーナーだ。そうそう負けてたまるかよ!」

 

 乾杯の音が響く。そこにはもう、嫉妬や困惑はなかった。あるのは、巨大で異質なライバルを得たことによる、新たな闘志だけだった。魔術師の評価は、本人の知らぬ間に、今日もまた勝手に上がり続けていくのである。

 

 

 そして―――彼らは知らない。

 

『深夜に突撃してきたかと思えば、一体何を……』

 

 今、話題の中心であるヤン・ウェンリー本人は、トレーナー寮の自室で、

 

『細けーこと気にしてんじゃねーよ魔法使い!ほら、時々オメー補給線がーとか、兵站がーとか言ってたじゃねぇか!腹減ってんだろ!?だ・か・ら、ゴルシちゃん特製激辛ワサビ味の焼きそばパン。愛情込めていーっぱい作ったの!―――全部食えよ?トレピッピ』

 

『……これを全て私一人で食べ尽くせ、という暴論は、正味、無理があると思うんだがね?ゴールドシップ』

 

 ゴールドシップが勝手に持ち込んだ大量の焼きそばパンを前に、大いに頭を抱えていることを。

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