怪物と魔術師―幕間
皇帝と怪物。二人のウマ娘との契約も円満に続き、ナリタブライアン、シンボリルドルフという二人の天才を率いる、名トレーナーとなったヤン・ウェンリー。
彼らは自然と「チーム・ヤン」と呼ばれ始め、彼らの一挙手一投足は常に注目の的であった。
とはいえ、彼のやることは特に変わらない。レース場に出張る事は稀であり、大抵は、日がな一日を歴史書と、紅茶と、昼寝に費やす日々が続いていた。
「と、まぁ。2人を無敗の三冠に仕上げたので、私、そろそろ引退を……」
「却ッ下ァッ!!!」
週に一度は理事長の元に向かい、引退の話を突っ返されるのも彼の日常である。
―――そんなある日、彼の部屋のドアが、何のノックもなく唐突に蹴破られた。
「よーっす!アンタがルドルフやブライアンを手懐けたっていう魔法使いかー?」
そこに立っていたのは、芦毛の髪をなびかせたウマ娘、ゴールドシップだった。彼女は部屋に上がり込むと、ヤンの大事な紅茶の葉を勝手に嗅ぎ、ソファに寝転がった。
「……君は誰かね。そして、さっさとその扉から出て行って、私の平穏を返してくれないだろうか」
「アタシ?アタシはゴールドシップってんだ!なぁ、アンタ、アタシのトレーナーになれよ!退屈なんだ、最近!」
「お断りする」
ヤンの即答に、ゴールドシップはニヤリと笑う。
「まぁそう言うなよ。じゃあ賭けをしようぜ!次のレース、アンタがアタシの勝ち方を予測できたら、静かにしててやる。できなかったら、アンタはアタシのオモチャ決定な!」
ヤンはため息をついた。追い出すのも面倒だ。一度だけ付き合って、この予測不能な生物に「論理」の壁を思い知らせてやればいい。数日をかけ、ゴールドシップの過去の全レースを分析した。
だが、データで見るゴールドシップは、ヤンにとって最悪だった。一貫性というものが全くない。だが、彼はいくつかの勝利パターンを導き出し、レポートにまとめた。
「ルドルフ。彼女は一体何なんだい?」
「ある意味では怪物、と言えるだろうね。御愁傷様、とだけは言っておくよ。トレーナー君」
そして迎えたレース当日。ヤンは観客席でレースを見ていた。そして、絶句した。
ゴールドシップは、スタートで大きく出遅れたかと思えば、突然コースを外れて観客席に手を振り、かと思えば、最後の直線でありえない位置から、まるでワープでもしたかのように飛んできて、圧勝してしまったのだ。
ヤンが予測したどのパターンにも、いや、『ウマ娘のレース』というスポーツの常識のどこにも当てはまらない、無茶苦茶な勝ち方だった。
レース後、ゴールドシップはヤンの前に現れ、満面の笑みで言った。
「どーだ!アタシの勝ち方、分かんなかっただろ!」
「……」
ヤンは、生まれて初めて、自分の知性が全く役に立たない相手と出会い、眩暈がするのを感じていた。
「……君は、一体、何なんだ……」
「ゴルシちゃんだぜ!さて、約束通り、アンタはアタシの
ヤンは、天を仰いだ。
「ルドルフの時より、ブライアンの時より、遥かに、遥かに面倒なことに巻き込まれている気がするな……」
だが、彼の瞳の奥には、困惑と共に、これまで感じたことのない種類の、純粋な知的好奇心の炎が揺らめいていた。
この非論理的で、予測不能な生命体の謎を解き明かすこと。それは、歴史上のどんな英雄や戦術を分析するよりも、困難で、そして……面白い挑戦になるのかもしれない。
魔術師の、最も奇妙で、最も頭の痛い戦いが、今、始まってしまった。