ヤン・ウェンリートレーナーの短編集   作:灯火011

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ゴールドシップ編
怪物と魔術師―幕間


 皇帝と怪物。二人のウマ娘との契約も円満に続き、ナリタブライアン、シンボリルドルフという二人の天才を率いる、名トレーナーとなったヤン・ウェンリー。

 

 彼らは自然と「チーム・ヤン」と呼ばれ始め、彼らの一挙手一投足は常に注目の的であった。

 

 とはいえ、彼のやることは特に変わらない。レース場に出張る事は稀であり、大抵は、日がな一日を歴史書と、紅茶と、昼寝に費やす日々が続いていた。

 

「と、まぁ。2人を無敗の三冠に仕上げたので、私、そろそろ引退を……」

 

「却ッ下ァッ!!!」

 

 週に一度は理事長の元に向かい、引退の話を突っ返されるのも彼の日常である。

 

 ―――そんなある日、彼の部屋のドアが、何のノックもなく唐突に蹴破られた。

 

「よーっす!アンタがルドルフやブライアンを手懐けたっていう魔法使いかー?」

 

 そこに立っていたのは、芦毛の髪をなびかせたウマ娘、ゴールドシップだった。彼女は部屋に上がり込むと、ヤンの大事な紅茶の葉を勝手に嗅ぎ、ソファに寝転がった。

 

「……君は誰かね。そして、さっさとその扉から出て行って、私の平穏を返してくれないだろうか」

 

「アタシ?アタシはゴールドシップってんだ!なぁ、アンタ、アタシのトレーナーになれよ!退屈なんだ、最近!」

 

「お断りする」

 

 ヤンの即答に、ゴールドシップはニヤリと笑う。

 

「まぁそう言うなよ。じゃあ賭けをしようぜ!次のレース、アンタがアタシの勝ち方を予測できたら、静かにしててやる。できなかったら、アンタはアタシのオモチャ決定な!」

 

 ヤンはため息をついた。追い出すのも面倒だ。一度だけ付き合って、この予測不能な生物に「論理」の壁を思い知らせてやればいい。数日をかけ、ゴールドシップの過去の全レースを分析した。

 

 だが、データで見るゴールドシップは、ヤンにとって最悪だった。一貫性というものが全くない。だが、彼はいくつかの勝利パターンを導き出し、レポートにまとめた。

 

「ルドルフ。彼女は一体何なんだい?」

「ある意味では怪物、と言えるだろうね。御愁傷様、とだけは言っておくよ。トレーナー君」

 

 そして迎えたレース当日。ヤンは観客席でレースを見ていた。そして、絶句した。

 

 ゴールドシップは、スタートで大きく出遅れたかと思えば、突然コースを外れて観客席に手を振り、かと思えば、最後の直線でありえない位置から、まるでワープでもしたかのように飛んできて、圧勝してしまったのだ。

 

 ヤンが予測したどのパターンにも、いや、『ウマ娘のレース』というスポーツの常識のどこにも当てはまらない、無茶苦茶な勝ち方だった。

 

 レース後、ゴールドシップはヤンの前に現れ、満面の笑みで言った。

 

「どーだ!アタシの勝ち方、分かんなかっただろ!」

 

「……」

 

 ヤンは、生まれて初めて、自分の知性が全く役に立たない相手と出会い、眩暈がするのを感じていた。

 

「……君は、一体、何なんだ……」

 

「ゴルシちゃんだぜ!さて、約束通り、アンタはアタシのオモチャ(トレーナー)だ!まずは焼きそばパン買ってこーい!」

 

 ヤンは、天を仰いだ。

 

「ルドルフの時より、ブライアンの時より、遥かに、遥かに面倒なことに巻き込まれている気がするな……」

 

 だが、彼の瞳の奥には、困惑と共に、これまで感じたことのない種類の、純粋な知的好奇心の炎が揺らめいていた。

 

 この非論理的で、予測不能な生命体の謎を解き明かすこと。それは、歴史上のどんな英雄や戦術を分析するよりも、困難で、そして……面白い挑戦になるのかもしれない。

 

 魔術師の、最も奇妙で、最も頭の痛い戦いが、今、始まってしまった。

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