副キャプテン 辰馬   作:匿名希望のぽっちゃり

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キャプテン代理・辰馬

東邦学園・日向不在のグラウンド

 

翌日、東邦学園のグラウンドには、まだ朝靄が残る中でボールを蹴る音が静かに響いていた。

日向小次郎が沖縄へ向かったことで、チームの中心は一気に友坂辰馬に移った。

彼はキャプテン代理としての重責を全身で受け止め、グラウンドに立っていた。

 

「みんな、今日からキャプテンは不在だ。俺ができる限り引っ張る。だから、全員が自分のベストを尽くせ。」

友坂の声は普段よりも低く、しかし確固たる力を持って響き渡る。

部員たちはその声に自然と背筋を伸ばした。誰もが、辰馬の覚悟を感じ取ったのだ。

 

グラウンドに並ぶ部員たちを見渡し、友坂は最初の確認を行った。

「まず、ポジションの入れ替えや指示に関して質問あるやつ?」

若島津が手を挙げ、静かに口を開く。

「辰馬さん、ゴール前での指示をもう少し具体的に教えてもらえますか。俺はキーパーですから、最終防衛線として不安があります。」

 

反町も続く。

「俺も同じです。日向さんがいない分、攻撃に集中していいのか、守備に下がるべきか迷うことがあります。」

 

友坂は頷き、グラウンドを歩きながら説明する。

「小次郎は不在だが、攻撃の中心は俺がフォローする。若島津、は守備攻撃問わずに声出しを徹底してくれ。サイドもカバーは俺が見ている。無理に前に出すより、ボール保持時にお互いがカバーし合え。反町、前線からの守備はお前の持ち味の一つだが、小次郎のいない今、お前がストライカーなんだ、自分が点をとると言う覚悟を持ってプレイしろ。そしてタケシ、俺はボランチとして攻守の舵取りを行う以上、ゲームメイクはお前がやっていくんだ。だがな…ドリブルやパスは点を取るまでの手段しかないんだお前からもシュートしてゴールを狙う意志を見していけ。」

その言葉は、経験不足の一年生タケシにも届き、彼は目を輝かせて頷いた。

「はい、辰馬さん!わかりました!」

 

練習は、ボール回し、連携パス、シュート練習と続いた。

友坂は各場面で的確な指示を出しながら、部員一人ひとりの動きや癖を観察した。

 

 

チームメイトとの相談

 

練習の合間、若島津、反町、タケシの三人が集まり、日向のことやチームの現状について話し合った。

 

「日向さん、沖縄に行ったのは吉良監督に言われたからだろ?」

反町が呟く。

「そうだろうな。強くなるために、ってことだろうが……ゴールを守る立場としては少し不安だ。」

 

若島津はゴール前での責任感をにじませる。

「キャプテン(日向さん)がいないと、攻撃の際の戻りやサポートのタイミングが計れない。キーパーとしても全体のバランスが重要だからな。それに反町には悪いが…絶対に点をとってくれると言う安心感がちがう。」

 

タケシは少し俯きながら言った。

「でも、辰馬さんがいるじゃないですか。あの人の統率力なら、俺たちもついていけると思います。」

 

若島津は頷き、少し笑みを浮かべた。

「そうだな。辰馬さんの力はみんな認めている。日向さんが帰ってくるまで、俺はゴールを死守しつつ、攻撃を支えるしかない。」

 

反町も拳を軽く握り、決意を示す。

「なら俺はキャプテン(日向さん)が戻ってくるまで、キャプテンの分まで点を取る。俺たちは辰馬さん中心に纏まっていこう。」

 

三人はそのまましばらく黙り込み、夜の寮の静寂を共有した。

月明かりが差す部屋で、キャプテン(日向さん)の帰還を信じる思いが胸の奥で熱く燃えていた

 

ーーーーーー

 

東邦学園の練習場に、ひとつの影が消えてから数日が経っていた。

キャプテン・日向小次郎の姿は、もうそこにはない。

 

虎の咆哮にも似た彼のシュート、仲間を鼓舞し敵を威圧する存在感――

そのすべてを欠いたグラウンドは、広さを増したかのように静かで、どこか物足りなさを漂わせていた。

 

事情を詳しく知る者は少ない。日向が「鍛え直し」に出たことを知るのは、友坂辰馬と北詰監督だけ。

他の選手たちは、ただ「吉良監督の声に応えて沖縄にいるらしい」「もっと強くなるために旅立ったらしい」程度しか知らない。

 

だが、その背中を見送った者たちは、誰もが確信していた。

――必ず帰ってくる、と。

そして、その日まで自分たちは崩れてはならない、と。

 

 

「集合!」

グラウンドに響く声は、日向のような鋭さこそないが、落ち着きと芯の強さを持っていた。

 

キャプテン代理を務めるのは、友坂辰馬。

日向の右腕とも言える存在であり、冷静な判断力と豊富な経験、そしてチームを束ねる統率力を備えていた。

 

選手たちは自然と耳を傾ける。

「日向さんがいない間、俺たちが弱くなるわけにはいかない。むしろ――強くなって帰りを迎える。それが東邦学園の意地だ。」

 

声に応じるように、若島津、反町、沢田、そして一年生のタケシらが頷いた。

誰もが辰馬を信頼していた。日向の後継としてではなく、ひとりのリーダーとして。

 

 

 

練習は二つの柱で進められた。

 

ひとつは フラッシュパス。

高速のダイレクトパスを連続でつなぎ、相手の守備を切り裂く東邦独自の新戦術だ。

日向不在の穴を埋めるためには、連携とスピードで勝負するしかない。

 

「もっと速く! 一瞬でも遅れたら崩れるぞ!」

辰馬が声を張り上げ、選手たちは息を合わせてボールを繋ぐ。

反町の強靭なフィジカルから繰り出されるパス、沢田の巧みなトラップ、タケシの俊敏な走り。

それらを束ねるのは辰馬の視野の広さだった。

 

もうひとつは、辰馬自身の 新しい武器の開発。

 

彼には元々、正確な無回転シュートの技術があった。だが、それは決して日向のような破壊力には及ばない。

「足の甲で撃つ――それによって威力を増し、無回転のブレを大きくする。」

辰馬は繰り返し挑戦した。だが、強く蹴れば狙いが外れる。抑えればブレが消える。

 

「まだ未完成か……」

息を吐きながら、辰馬は空を仰ぐ。

 

さらに彼は、必殺技の代名詞でもある ヒールリフトに改良を加えようとしていた。

単に相手を抜くだけでなく、パスやシュートに繋げる応用、あるいは複数のフェイントを組み合わせる発想。

「今までの延長じゃ駄目だ。まったく新しい発想が必要だ。」

ボールを後ろ足で持ち上げる動作を繰り返し、体の角度やタイミングを変えて試行錯誤する辰馬の姿は、仲間から見ても鬼気迫るものがあった。

 

 

翌朝。

辰馬の号令で始まる練習は、前日よりもさらに熱を帯びていた。

 

フラッシュパスの完成度は徐々に高まり、無回転パワーシュートの手応えも少しずつ形を成し始める。

仲間たちは辰馬の奮闘を目にし、自らの力を引き上げていった。

 

「キャプテンが戻ってきた時、このチームはもっと強くなっている。」

それは誰もが心に抱く誓いだった。

 

 

虎の帰還を信じて

 

夕暮れのグラウンド。

辰馬はひとり、ボールを蹴り続けていた。

 

「日向……お前がいない間に、俺たちは進化する。お前を迎えるにふさわしいチームにしてみせる。」

 

風に乗ってボールが揺れ、落ちていく。

その軌道はまだ未完成。だが確かに、新しい可能性を孕んでいた。

 

東邦学園は動き出していた。

虎の帰還を信じて――。

 

 

 

 

嵐を撃ち抜く虎の咆哮

 

 

沖縄の夏は、ただでさえ厳しい。照りつける太陽、熱を持った砂浜、潮の香りと波の音。だが、日向小次郎に与えられた環境はさらに苛烈なものだった。

 

「走れ小次郎!止まるな!」

 

砂浜に竹刀の音が響く。吉良耕三監督の声は、潮風にも負けず響き渡った。日向は額から汗を噴き出し、荒い呼吸を繰り返しながらも、砂を蹴ってひたすら走る。裸足で踏みしめる砂は沈み込み、足を取られる。だが、それでも歯を食いしばり、一歩一歩を刻んだ。

 

「まだだ! その程度で南葛の翼を倒せると思うな! もっとだ小次郎!」

 

吉良は竹刀を振り上げ、日向の背中を叩く。痛みに顔をしかめるが、日向は倒れない。むしろその痛みが火をつける。

 

(負けねぇ……! 翼にも、若林にも、辰にも……誰にも!)

 

走り終えると、次は海だった。

 

「入れ! 膝まで沈め! そして蹴るんだ!」

 

日向は膝下まで水に浸かり、ひたすらボールを蹴る。だが海水の抵抗は想像以上に重く、蹴った瞬間にボールは力を奪われ、ろくに飛ばない。何度も蹴り、何度も失敗する。

 

「まだだ! もっと腰を落とせ! 全身で蹴るんだ!」

 

監督の竹刀が振り下ろされる。波が打ち寄せ、ボールは思うように進まない。だが日向は止めない。膝を水に沈め、足の甲で思い切り蹴り込む。海面が弾け、塩水が飛び散った。

 

「ぐっ……はぁっ……!」

 

息が切れても、足が鉛のように重くなっても、日向は蹴り続けた。

 

そして――夜。

 

嵐が来た。

 

黒雲が空を覆い、稲光が海を照らす。轟音とともに大波が押し寄せる。吉良監督は海岸に立ち、竹刀を構えながら叫んだ。

 

「小次郎! これがお前の壁だ! この津波を撃ち抜け!」

 

「なに……!?」

 

高さ数メートルにも及ぶ大波。自然そのものが牙を剥いたかのような景色に、さすがの日向も一瞬ひるむ。だが次の瞬間、燃え盛る闘志がそれをかき消した。

 

「負けるもんか……こんな波に! 俺は翼に勝つんだ! 辰にも、若林にも負けてたまるか! 負けたくねぇんだぁああ!!」

 

ボールを置き、助走をつける。雨粒が顔を打つ。砂浜に深く足が沈む。だが日向は全力で踏み込み、足の甲でボールを叩きつけた。

 

「うおおおおおお!!!」

 

轟音とともに、シュートが放たれた。ボールは海風を切り裂き、無回転のまま津波に突き刺さる。しかし……押し戻された。

 

「ぐっ……まだ足りねぇ!」

 

もう一度。二度。三度。蹴っても蹴っても、波に弾かれる。だが日向は止めなかった。

 

「小次郎! 心を燃やせ! お前のサッカーは、どこから来た!?」

 

監督の叫びに、日向の脳裏に浮かぶ。小学生時代、新聞配達で家計を助けながら、それでもボールを蹴り続けた自分。母や妹たちを支えるため、強くなるしかなかった日々。

 

(俺は……勝たなきゃならねぇんだ! 誰にも負けずに! 俺が……東邦の……虎だ!!)

 

吠えるように叫び、再び助走をつける。

 

「うおおおおおおおおっ!!!」

 

雷光が空を裂いた瞬間、日向の足がボールを捕らえた。

 

――ドゴォッ!!!

 

ボールは大津波を正面から突き破り、雨と潮を切り裂いて飛翔した。

 

吉良監督の目が見開かれる。

 

「やったか……! これが……虎の咆哮――タイガーショットだ!」

 

荒れ狂う海を撃ち抜いたその一撃。日向は、ついに自らの必殺技を掴み取ったのだった。

 

 

 

 

全国大会を明日に控えた今日

 

南葛中学、放課後。

 

部室に集まったメンバーたちは、一冊の雑誌を食い入るように見ていた。

「月刊サッカーイレブン」。表紙には大きく書かれている。

 

『優勝候補筆頭は南葛中! V3へまっしぐら!』

 

「おー、やっぱりウチが優勝候補だってよ」

「ははっ、そりゃそうだろ。翼がいるんだしな」

 

井沢が紙面をめくる。記事には、サッカー協会強化本部長・片桐のコメントが載っていた。

 

『翼を倒すライバルはいない』

 

さらに全日本Jr.ユース監督・見上の言葉も。

 

『南葛を倒すチームの出現を望む』

 

「……片桐さんも随分大きく出たな」

「翼ひとり贔屓しすぎじゃないか?」

「これ、日向が見たらブチ切れるだろうな」

「ははっ、想像できるな」

 

笑い声が漏れたそのとき、石崎が新聞の隅を見て大声を上げた。

 

「お、おい! なんだこりゃあ!? 見ろよこれ!」

 

「なんだよ、いきなり大声出して」

「ここだ、ここ! 小っちゃく載ってるぞ!」

 

皆が集まり、紙面を覗き込む。

 

『東邦学園・主将・日向小次郎、謎の失踪!』

『日向抜きで戦う』――北詰監督コメント

 

「な、なんだって!?」

「嘘だろ……あの日向が失踪? そんなわけねぇだろ!」

「まさか俺たちに負けるのが嫌で逃げたとか?」

「バカ言うな、あの日向だぞ」

 

ざわつくメンバーの中で、井沢が静かに記事を読み上げる。

 

「キャプテン代理……友坂辰馬、だとよ」

 

翼が目を細めた。

 

「……友坂くんか」

 

井沢もうなずく。

 

「あいつの実力も統率力も、相当なものだからな。日向がいなくても、手強い相手になるのは間違いない」

 

「日向の影に隠れがちだが、『軍師』の二つ名は伊達じゃない。あいつに何度、ピンチを作られた事か…」

 

「ああ、それに得点力も結構ある。小学生時代とは言え、あの若林さんから点をとったんだからな」

 

「守備でもすごい、一時的とは言え翼や井沢相手に一歩も譲らなかったしな」

 

「そうだね。彼が明和FC時代にいる頃から何度も戦ったけど、本当に強い選手だった」翼も真剣に言う。

 

南葛メンバーは顔を見合わせる。笑いはもうない。

 

(東邦のキャプテンが日向から友坂辰馬へ……)

 

静かな緊張が、部室を包んだ。

 

 

 

こうして――日向は沖縄で虎の牙を得、南葛は友坂という新たな脅威を意識し始めた。

 

全国大会を前に、物語はさらに熱を帯びていく。

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