副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
全国大会開幕 ~虎の帰還~
大会当日の朝。
夏の青空が広がる東京・千駄ヶ谷、東邦学園サッカー部の寮。
選手たちは大きな遠征用バッグを抱え、次々に玄関先へと姿を現していた。今日は全国大会の開会式の日。埼玉・大宮サッカー場に全国から勝ち抜いた猛者たちが集う日である。
「そんな……日向さん、とうとう帰って来なかった。」
タケシが荷物を抱えたまま、ぽつりと呟く。彼の声には期待と不安が入り混じっていた。
「本当にキャプテンなしで戦うのか……」
ゴールキーパー若島津も眉をひそめる。守護神としての責任感が胸を締め付けていた。
部員たちの間に漂う緊張感。日向小次郎の不在は、彼らの胸に大きな影を落としていた。
(あのバカ……間に合わないなんてこと、あるはずがないよな……)
辰馬は心の中で必死に言い聞かせる。
(昨日、沖縄で台風被害が出たってニュースをやっていた……。まさか……いや、大丈夫だよな、小次郎! お前との約束、俺は信じてる!)
気丈に振る舞うため、辰馬は声を張り上げた。
「みんな! 開会式が終わったら、そのまま試合会場に直行だ! 忘れ物がないか、いま一度確認しろ! そこ、準備を急げ!」
「はい! すみません!」
「ボール入れました!」
部員たちは慌ただしく動き回る。だが、その声にはやはり不安の色がにじんでいた。
全員がバスに乗り込み、定位置に座る。やがて北詰監督が乗車してきた。
「では開会式会場へ向かう。その後は試合会場に移動だ。うちは第2試合だから、着いてから2時間は準備運動ができる。いいな!」
「はい!」
部員全員が声を揃える。その響きはまだ少し揺らいでいた。
北詰監督はバスの運転手に向かって「運転よろしく頼む」と静かに声をかけ、自らも席に腰を下ろす。すぐにバスはエンジンを唸らせ、東邦学園を出発した。
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全国大会開幕
会場の大宮サッカー場には、すでに多くの観客が詰めかけていた。真夏の太陽が照りつけ、ピッチから陽炎が立ち昇っている。
アナウンサーの高らかな声がスピーカーから響いた。
「さあ、いよいよ全国中学生サッカー大会が開幕しました! 注目は、静岡・南葛中学の史上初となる三連覇達成なるか! 昨日、沖縄では台風被害の報が入っていますが、ここ埼玉は快晴。灼熱の太陽の下、47校がこの大宮サッカー場に集いました!」
「選手たちの目標はただひとつ。現在、南葛中・大空翼くんの手にある真紅の大優勝旗です!」
翼は整列の中で胸を張り、心の中で誓う。
(3連覇を果たす。無敗で中学を卒業し、そしてブラジルへ! 必ず!)
ライバルたちもそれぞれに炎を燃やす。
「今年は俺たちが奪い取る!」花輪中の立花兄弟。
「ふっ……」東一中・早田の不敵な笑み。
「心配せんでも、あれはワシら平良戸がもらうたい!」次藤洋。
「今年こそ北海道に持って帰ろうぜ!」ふらの中の松山光。
そして東邦学園の列には――。
「今年こそ悲願の全国制覇だ。」
友坂が心に誓う。(ここ埼玉は、俺たち明和FCの地元……。カッコ悪い試合だけは絶対にできない!)
しかし周囲の観客や他校の選手たちはざわめいた。
「おい、見ろよ! 日向がいない!」
「あの記事は本当だったんだ……」
翼も不安げに目を向ける。(本当に日向くんがいない……)
松山も拳を握った。(日向不在の東邦……。だが、友坂のいる東邦だ! 去年の借りは必ず返すぞ、友坂!)
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スタンドの再会
南葛マネージャーの中沢早苗は、後輩マネージャーに翼が卒業後ブラジルへ渡る話をしていた。
「えっ、翼先輩、ブラジルへ……?」
「ええ、本当よ。彼の夢だから……」
二人の少女は、遠くへ行ってしまう人への想いに胸を締め付けられていた。
「早苗ちゃーん!」と明るい声。振り返ると青葉弥生が立っていた。
「弥生ちゃーん!」
弥生の後ろから現れたのは――フィールドの貴公子・三杉淳。
「やぁ、久しぶりだね」
「なによー淳って、そういう仲なの〜?」早苗が冷やかす。
「も〜早苗ちゃんったら!」弥生は頬を赤らめた。
早苗は二人を見て思う。(いいなぁ……。私も……)
弥生が思い出したように言った。
「そういえば早苗ちゃん、さっき東邦の友坂くんの彼女に会ったわよ」
「えっ、彼女……? でも東邦の会場はここじゃないでしょ?」
「そうなの。会場を間違えて来ちゃったんだって。友坂くん、大会に集中したいからって手紙のやり取りも今はしてないんですって。だから私、会場を教えてあげたのよ」
「そうだったのね……」
そのやり取りを隣で聞いていた三杉は、都大会を思い出していた。
「僕らは完敗だったよ。でも、あれが精一杯だった……東邦は強い」
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南葛の初戦
開会式後、南葛中は初戦・大阪代表の東一中と激闘を繰り広げた。早田の剛速シュート、鋭いカミソリシュートが南葛を苦しめる。だが翼を中心に全員が奮闘し、1点をもぎ取って辛くも勝利を収める。
「さすが翼くん……」スタンドから見つめる観客の声が広がった。
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東邦学園・初戦前
一方、東邦学園は開会式のあと別会場へ移動。初戦の相手・松上中学との試合が控えていた。
バスを降りると、そこには――。
身体中に擦り傷を負いながらも、猛虎の眼光を宿す男が立っていた。
「監督……今、沖縄から帰りました」
日向小次郎。
監督も部員も息を呑んだ。
(小次郎……!)辰馬の胸が震える。あの虎が、帰ってきた!
北詰監督は厳しい顔で彼の横を通り過ぎると、冷たく言い放った。
「今大会でお前は使わん」
その場に凍りつくメンバー。だが監督は小声で日向にだけ伝えた。
「よく戻ってきた」
日向は拳を握りしめ、仲間に告げた。
「俺は必ず南葛戦に出る! それまでは……キャプテンである辰を中心に戦ってくれ!」
「キャプテン……」と部員たちは息を呑む。
辰馬と日向の視線が交わった。
(約束通り、俺は強くなって戻った! 頼むぞ!)
(任せろ……!)
辰馬の胸に熱い決意が生まれる。南葛との決戦までに、自分もさらに強くならねばならない――。
東邦学園 vs 松上中(前半30分)
東邦学園のベンチには、タイガーショットを習得した日向小次郎が座っていた。
試合開始のホイッスルと同時に、松上中の選手たちは日向がいないことに一瞬喜びの表情を見せたが、それもつかの間。東邦学園の試合運びは、彼らの期待を瞬時に打ち砕くこととなる。
序盤5分、辰馬はボランチとして中盤でボールを回し、松上中のプレスをかわす。彼の視野は広く、前線の反町やタケシの動きを逐一確認している。
「タケシ、右サイドのスペースだ!」
タケシはボールを受け取り、反町へスルーパスを送る。反町はドリブルで一気にゴール前に侵入、冷静にシュートを決め、東邦学園が早々に先制する。
10分過ぎ、辰馬は再び中盤でゲームを組み立てる。タケシは縦パスで反町を走らせ、2点目のチャンスを作る。松上中は必死に守るも、ボールは若島津のゴール前で絶妙に回され、反町が押し込む。
「シュートタイミングを少しずらせばもっと崩せるな…」と辰馬は計算しながら、チームを落ち着かせる声をかける。
15分、ベンチの日向は胸の奥で何かが燃え上がるのを感じていた。
(まだ俺は出られない…だが、この場で監督と辰馬さんに成果を見せたい…)
目の前の練習のような連続パス、フラッシュパスを繰り出す東邦の選手たち。そのパスの速さと正確さに目を細めながら、日向は自分のタイガーショットの威力を思い浮かべる。
18分、反町が右サイドからミドルシュート。距離はロングシュート並みにあるが、日向はベンチを飛び出し、自らの足でタイガーショットの威力を見せるべくボールを蹴る。
その瞬間、反町のシュートを追い越し、ボールは松上中のゴール正面の壁に突き刺さる。砂埃が舞い、スタンドの記者や監督の視線が一斉に日向に注がれる。
北詰監督の目が一瞬大きく開き、辰馬も無言で頷いた。
(俺の成果…これで見てもらえるか…)
日向の心臓は高鳴る。出られないフラストレーションが、この一撃に凝縮されていた。
20分、東邦学園はフラッシュパスを多用し、攻撃を加速させる。
タケシはゲームメイカーとして、中盤から前線にスルーパスを供給。反町がそのパスに反応し、3点目を決める。
辰馬は守備陣を統率しながら、時折アシストもこなす。彼の冷静な判断で、松上中にほとんどシュートを打たせない。
25分、タケシが自らの突破でゴールを決め、アシストも1本つけ、4点目を記録。若島津は安定したセービングでゴールを守る。
「やるな…タケシ、頼りになるな」と辰馬は小声で呟き、周囲の選手にも指示を出し続ける。
28分、松上中のゴール前でボールをキープした辰馬が、再びフラッシュパスを展開。タケシが受け取り、反町へラストパス。反町が冷静にシュート、前半最後の5点目が決まる。
前半終了時点でスコアは 5-0。反町3点、タケシ1ゴール2アシスト、辰馬2アシストという完璧な連携が光る。
ベンチの日向は、タイガーショットを使い、辰馬と監督に威力を見せつけた達成感に包まれる。
(やはり俺が戻るまでの間、辰馬さんがこのチームをまとめてくれる…東邦はもっと強くなる!)
北詰監督はベンチに目を向ける。
「よし、前半は完璧だ…後半もこの調子で行くぞ。」
辰馬もチームメイトに声をかける。
「落ち着いてボールを回すぞ!フラッシュパスもどんどん使う。途中出場組も準備だ!」
部員たちは力強く頷き、後半に向けて士気を高める。
スタンドで見守る記者たちは、日向がまだ出場していないことに驚きを隠せない。
「何だ…日向くんはまだベンチか…でもこの得点力とパスワークは一体…」
「フラッシュパスが完璧に機能している。友坂の統率力が試合を支配してるな…」
日向はベンチで静かに拳を握る。
(よし、次は監督と辰に、本気のタイガーショットを見せる時だ…)
決意に満ちた瞳が輝く。
東邦学園 初戦・後半戦
後半開始のホイッスルが鳴ると、東邦学園の選手たちはベンチからの指示を胸に、さらなる攻勢を仕掛けた。友坂辰馬は中盤でボールを受けると、落ち着いた視線で周囲を確認し、的確なパスを選択する。彼の目には、前半戦で流れを作った自信と冷静な分析力が宿っていた。
「みんな!後半はフラッシュパスも使ってどんどん攻めるぞ!」
辰馬の声に、沢田タケシは一礼して頷く。まだ一年生で体格も小さいが、ゲームメイカーとしての意識は高い。ボールを受けると周囲の選手の位置を瞬時に把握し、最適なパスを選ぶ。足元でボールを触るたび、仲間たちの連携は自然と滑らかに動き出す。
松上中は前半の圧倒的な展開に疲労の色を隠せず、特に中盤での反応が鈍り始めていた。東邦のフラッシュパスに対応しようと足を伸ばすが、一歩遅れ、パスはすぐに次の選手に渡る。
後半開始わずか3分、タケシがボールを受けると、相手ディフェンスの裏に素早くパスを送り、味方が抜け出す。ワンタッチで合わせたシュートはゴールネットを揺らし、後半最初の得点となった。スタンドの声援よりも、ベンチで見守る日向の視線が厳しく光る。「よし…フラッシュパスはここまで完成しているか。」彼は心の中で呟いた。
辰馬は中盤でボールを回しながら、周囲の動きを細かく指示する。「右サイド空いてる、走り込め!」「タケシ、次はワンタッチで中へ!」その声に反応して選手たちは走り出す。相手のディフェンスを次々と崩し、東邦の攻撃はまるで精密機械のように正確だった。
後半10分、反町がミドルシュートを放つ場面で、ベンチにいた日向は息を飲む。距離はロングシュート並みにあるにも関わらず、シュートの軌道は反町のボールを追い越す。目の前のゴールネットに突き刺さる瞬間、ベンチに座っていた日向は立ち上がり、拳を握った。「これが俺の成果だ…辰よ、監督、見ろ!」
一方、辰馬は中盤で冷静に周囲を指示しながらも、ベンチからの動きを察知する。「おい、日向が動いたか…」彼の目には、ベンチでのフラストレーションと戦いながらも成長して戻ってきた日向の影が映っていた。
松上中は防戦一方。数少ないシュートは若島津のセービングでことごとく阻まれる。相手の攻撃を受け止めながらも、辰馬は中盤でボールを支配し続け、攻撃と守備のバランスを完璧に保つ。試合時間の経過とともに、東邦のリズムはさらに加速していく。
後半15分、タケシが再びゲームメイクを行い、味方の抜け出しにパスを送る。抜け出した選手がゴールを決めると、辰馬は自分でもゴールに飛び込み、ワンタッチでシュートを放ち、ゴールネットを揺らす。後半だけで辰馬は1ゴール3アシスト、タケシは1ゴール1アシストを記録した。
試合はさらに一方的な展開となる。フラッシュパスは相手ディフェンスの裏を正確に突き、東邦の攻撃陣は次々と得点を重ねる。途中出場の選手たちも躍動し、攻撃の流れを途切れさせることはない。ベンチの監督も目を細め、選手交代や指示を的確に行い、チーム全体が統率されていることを確認する。
松上中の選手たちは疲労困憊。フラッシュパスに対応しようとして足が止まり、反応が遅れる。辰馬の指示を受けた選手たちは、連携プレーで簡単にボールを奪い、追加点を重ねる。スピードと精度を兼ね備えたパス回しに、相手は完全に翻弄されていた。
スタンドの記者たちも注目している。
「友坂くんの指揮力が凄い…後半だけでほとんどのチャンスを作っている。」
「タケシも成長したな。まだ一年生なのに、ゲームメイクが安定している。」
「日向がいなくてもここまで点を取るとは…東邦学園は優勝候補筆頭だ。」
「それにフラッシュパスが速すぎる。松上中は全くついていけていない…残り15分、足が完全に止まっている。」
後半30分、試合終了のホイッスルが鳴った。最終スコアは10-0。東邦学園は初戦を圧勝で飾った。ベンチの日向は満足げに頷き、辰馬と目を合わせる。「やっぱりお前がキャプテン代理でよかった…東邦はもっと強くなる。」辰馬も静かに頷き返す。「任せてくれ、日向。南葛戦までには俺もさらに強くなる。」
試合後、記者たちは東邦学園の強さを分析する。
「フラッシュパスの速さと正確さ、統率力の高さ…本当に圧倒的だ。」
「日向がベンチにいる状態でもこれほどの得点力…南葛も気が抜けない。」
「友坂くんが頭一つ抜けた存在だな。キャプテンの穴を完全に埋めている。」
南葛中は初戦を2-1で辛勝。初戦の結果だけで見るなら、東邦学園こそ今大会の優勝候補筆頭であることが明確になった。