副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
試合終了のホイッスルが鳴り響き、東邦学園が決勝進出を決めた。スタンドはまだ熱気に包まれ、観客たちの歓声と拍手は収まる気配を見せない。ピッチを後にする友坂辰馬と仲間たちの胸中にも、達成感と高揚感がまだ残っていた。
だが、興奮冷めやらぬ会場ではすぐにもう一つの準決勝が始まろうとしていた。
V3を狙う静岡代表・南葛中学と、北の大地から勝ち上がってきた北海道代表・ふらの中学。
両チームが入場口に姿を現すと、会場は再びざわめきに包まれた。特に目を引いたのは、白い鉢巻を頭に締め、鋭い眼光で前を見据えるふらのイレブン。その姿は、北国の雪原を突き進む狼の群れのように統率が取れていた。
その光景を東邦学園の面々も見届けていた。試合を終えたばかりだというのに、疲労よりもライバルを見極める緊張感が勝っていた。
友坂は腕を組み、目を細めながら呟く。
「すげぇ気合いだな。見てるこっちまで燃えてくる。」
その横顔には、好敵手を前にした嬉しさがにじんでいた。
タケシが隣で首をかしげる。
「軍師の辰馬さん、この試合のポイントはどこだと思いますか?」
友坂はしばし考え、過去の記憶を呼び起こすように言葉を選んだ。
「ふらの中は小学校時代からの結束力で知られている。チームワークだけなら日本一といってもいいだろう。だが、それだけじゃない。松山光…あいつの地を這うロングシュート――いや、あれは“イーグルショット”と呼ぶべきだな――あれのおかげでロングレンジからでも十分に得点が狙えることが証明された。それが今のふらの最大の武器だ。」
反町が口を挟む。
「でもロングレンジなら南葛にも翼のドライブシュートがあるじゃないか。」
友坂はうなずきながらも冷静に分析を続ける。
「ああ、確かに。だが翼は花輪戦で肩を負傷した。ドライブシュートを放つ時、肩に鋭い痛みが走るはずだ。あれを連発するのは難しいだろうな。」
「じゃあ…辰馬さんは、ふらのが勝つと思うんですか?」
タケシが真剣な目で問いかける。
友坂は視線をグラウンドに戻し、少し口角を上げて答える。
「いや、南葛は翼一人じゃない。滝、来生、井沢…ストライカーもゲームメイカーも揃っている。翼は松山を抑えることに集中すればいい。負担は大きくない。ふらのはFW小田くらいだが、それでも滝や来生と比べても一つ落ちるからな…。それでも勝負は最後まで分からないが…予想するなら、3対2で南葛の勝ちだな。」
分析を聞いていた若島津が大きく頷き、拳を握る。
「おれは南葛に勝ってほしいですね。去年も一昨年も、あいつらにやられてますから。その借りは決勝で返したい。」
反町も「そうだな」と笑みを浮かべ、タケシは「決勝で南葛とぶつかるのか…」と胸を高鳴らせていた。
ただ一人、日向小次郎は会話に加わらず、険しい顔でピッチを見つめていた。
(翼と松山か…。どっちが勝っても決勝に進むのは強敵だ。だが、俺は監督に“南葛戦だけで構わない”って言った。翼との勝負さえあればいい。それが、俺にとってのケジメだ。)
静まり返った一瞬のスタンドを、両チームの入場を告げるアナウンスが切り裂いた。南葛の青いユニフォームと、ふらのの白いハチマキが対照的に光を反射し、会場は新たな戦いの始まりを予感して大きなうねりを見せる。
東邦学園の選手たちは、その光景を食い入るように見つめていた。決勝でぶつかる相手が誰であれ、次に待つのは全国の頂点を決める戦いだ。その重みを、友坂も日向も胸の奥で噛みしめていた。
全国大会準決勝 南葛中 vs ふらの中
前半
主審の笛と同時に、両軍のキャプテンが中央で握手を交わした。
松山光――ふらの中のキャプテンであり、チームの心臓部。
大空翼――南葛のキャプテンであり、日本の未来を背負う天才。
ポジションはともにMF、背番号はともに10。
運命に導かれるかのように、二人の視線は真正面からぶつかった。
「よろしくな、翼」
「うん、全力でいこう!」
ボールが南葛ボールで試合開始。翼はキックオフから仲間にパスを散らし、自らもすぐに中央でボールを受ける。
(この試合、翼さんのゲームメイクを徹底的に研究するんだ…!)
――東邦学園の1年生ゲームメーカー沢田タケシは、目を輝かせながら見つめていた。
だが、その翼に最初から立ちはだかったのは、やはり松山だった。
「行くぞ!」
松山の鋭いスライディング。翼は瞬時にボールを浮かせてかわすが――。
松山は転倒から即座に反転し、ボールを刈り取った。
「フェイントタックルだ!」
ふらのベンチから歓声が上がる。
簡単にボールを奪われた事に、スタンドの日向小次郎は目を細めた。
(怪我が響いてるのか…翼?)
一方で友坂辰馬は腕を組む。
(いや、松山ならこのくらいは当然やるさ)
序盤から火花を散らすキャプテン同士。
翼が再びボールを拾い、ドライブシュートのモーションに入ろうとした瞬間――。
「させるか!」
松山が読み切ったように飛び込んでカット。
(ドライブシュートを撃たせる前に奪う…! そういう手もあるのか)
友坂は顎に手をやり、軍師の目で分析を進めていく。
開始5分、両者の蹴り足が激しくぶつかり合い、ボールが宙に舞う。
「中盤を支配させない!」
翼と松山の叫びが重なる。
すぐさま両軍の選手が雪崩れ込み、中盤は激戦の様相を呈した。
「序盤の山場だな…」
三杉淳が呟く。
「ここをどっちが制するかで試合が決まるぞ」
サッカー協会の片桐の目が鋭さを増す。
ボールを制したのは――南葛の井沢守。
翼に次ぐ第2のゲームメーカー。井沢の存在は南葛にとって大きい。
「戻れ!」
松山の声がふらの全員に響く。
(井沢は翼ほどじゃない…守り切れる!)
ふらのは組織的な守備で井沢の攻撃を阻み、やがてボールは再び松山の足元へ。
「全員上がれ! なだれ作戦だ!」
松山の号令で、ふらののフィールドプレイヤー全員が一斉に前線へと駆け上がる。
「大胆な…!」
友坂は目を見開く。
(松山のキープ力への信頼がなければできない布陣だ。まさしくチームワークのふらの…!)
南葛の滝、来生が松山に襲いかかるが、まったくボールを奪えない。
松山のキープ力は今大会随一。その事実が、南葛イレブンに重圧を与えていく。
やがて翼がマークにつこうとした瞬間、松山の足から放たれたのは――。
鋭く、地を這うようなロングシュート!
「イーグルショットだ!!」
友坂が思わず名を叫ぶ。
砂塵を巻き上げるその弾道は南葛ゴールネットに突き刺さった。
スコア、0-1。ふらの先制!
「ナイスだ松山!」
「キャプテン!」
ふらのイレブンが抱き合って喜ぶ。
観客席では日向が腕を組む。
(松山…お前、練習の成果を全国の舞台で見せられて幸せ者だな)
だが南葛もすぐに切り替える。
翼と松山、再び中盤で火花を散らす。
「まるで去年の友坂と松山の競り合いだな!」
観客席からそんな声も上がった。
(そうだな、あれは熱かったな……松山)
友坂辰馬は、遠い日を思い返す。
両軍の選手たちは手を出さず、キャプテン同士の一騎打ちを静かに見守る。
(翼に勝てなければ、南葛には勝てない……小次郎は、そして俺は勝てるか?)
友坂は翼に問いかけるように目を細めた。
翼は華麗なフェイントを重ね、ついに松山をかわしきる。
渾身のドライブシュート体勢――!
だがインパクトの瞬間、松山がスライディングでブロック!
ボールは大きく真上に舞い上がった。
「チャンスだ!」
翼は即座に身体をひねり、宙で回転する。
――オーバーヘッドキック!!
鋭い一撃がゴールを揺らし、南葛同点!
前半28分、スコアは1-1。
キャプテン同士の激突は、互いの信頼と誇りを鮮烈に示すものとなった。
そして前半終了の笛。
(翼…肩と足の怪我、大丈夫なのか…?)
友坂はふと、不安を胸に抱いていた。
⸻
後半
再開の笛が鳴ると同時に、両チームの10番が再び中盤で火花を散らした。
後半も激しい攻防が繰り広げられる中、均衡を破ったのは南葛だった。
翼が巧みに右サイドへ展開し、中央に走り込む井沢にピンポイントクロス。
「行けっ、井沢!」
井沢は飛び込み、ダイビングヘッドで豪快にネットを揺らす。
スタンドが揺れた。
スコアは2-1。南葛がついに勝ち越し!
「やっぱり翼はただのエースじゃない…!」
三杉が興奮を隠せずに呟く。
(南葛はタレント揃い…翼一人じゃないのが強みだ)
友坂は冷静に分析するが、その瞳の奥にはわずかな焦燥も浮かんでいた。
一方、失点を許したふらのも怯まない。
「全員攻撃だ! 上がれ!」
松山の声で全員が雪崩れ込み、南葛ゴール前へ殺到する。
しかし、南葛のDF陣が体を張ってボールを奪取。
その瞬間、南葛のカウンターが始まる。
「速い!」
反町が息を呑む。
翼を起点とした怒涛の速攻は、あっという間にふらのゴール前へ迫る。
(ここで追加点が入れば、この試合は決まるぞ…!)
日向の眼光が鋭さを増す。
(やはりタレントの差が出たか…)
友坂は小さく眉を寄せる。
――だが、ふらのの守備陣も必死だった。
残り時間10分、南葛が放つ連続シュートをことごとく防ぎ、松山自身も身体を投げ出してシュートブロック。
「くそ…通らない!」
南葛の攻撃陣が焦る。
クリアボールがこぼれ、再び翼の足元へ。
フリーだ――!
「撃てぇぇ!!」
観客の声が一斉に響く。
翼の渾身のドライブシュートが炸裂!
松山が腹で受け止めるも、そのままゴールへ押し込まれる――かに見えた。
しかし、最後の砦としてふらのの5人が体を張って松山ごと止めた!
信じがたい守備にスタンドはどよめきと拍手に包まれる。
(あの距離で翼のシュートを防ぐには、5、6人必要ってことか…)
友坂は唇を噛みしめた。
(あの威力…撃つたびに翼の身体に負荷がかかってるはずだ。大丈夫なのか…?)
日向は苦い顔で翼の肩を見つめる。
案の定、翼は肩を押さえて立ち止まった。
(まずいな、やはり…)
日向は拳を握りしめる。
その隙を逃さず、松山が攻め上がる。
抜群のキープ力で翼や井沢のチェックを受けても倒れず、さらには翼の怪我した左肩に体をぶつけてかわす冷静さまで見せた。
「松山、持ってけ!」
ふらのベンチが沸き立つ。
ついに南葛ゴール前へ。松山がイーグルショットの構えを見せると、石崎や高杉ら南葛DFが必死にブロックに入る。
「今だ、全員で行け!」
松山はシュートのモーションからスッと切り替え、ゴール前へクロスを放り込む。
そのボールに飛び込むふらのの集団――!
押し込みゴール!!
スコアは2-2。ふらのが意地で同点に追いついた。
会場は割れんばかりの歓声に包まれる。
「まだまだ勝負は終わらないぞ!」
松山の声がグラウンドに響く。
試合は再開され、南葛の来生から滝へボールが渡り、すぐさま翼へ。
翼はフリーでロングレンジからシュートモーションに入った。
「まさかこの距離から…!」
観客が息を呑む。
渾身のドライブシュート!
弾丸はゴールポストに直撃し、地面に落ちる――が、その回転は止まらない!
強烈なドライブ回転により、跳ね上がったボールはそのままゴールネットに突き刺さった。
「ゴォォォル!!!」
実況の絶叫が響く。
南葛、3-2!
そして試合終了の笛。
南葛中、決勝進出!
スタンドが揺れる。
敗れたふらのも全員がうつむかず、松山を中心に誇り高く肩を組んでいた。
(翼…怪我を抱えながら、ここまでやるか。お前は本当に――)
友坂辰馬は胸の内で呟き、目を閉じた。
⸻
南葛中とふらの中の死闘は、翼のドライブシュートで幕を閉じた。
スコアは3-2。友坂辰馬の試合前の予想どおりの結果だった。
(松山、惜しかったな……。本音を言えば、俺はお前とも戦いたかったよ)
ベンチに腰を下ろした友坂は、ふとそんな思いを抱いていた。
「決勝戦の相手は南葛か」
隣で腕を組んでいた日向が、静かに言葉を落とす。
「嬉しいだろ、小次郎」
「……ああ。俺のタイガーショットは、あいつらに勝つために会得したんだ」
日向の瞳には、すでに炎が宿っている。
「というか!」
タケシが身を乗り出す。
「3-2って、試合前に辰馬さんが予想したスコアじゃないですか! 流石です!」
友坂は苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「ああ、だが思った試合とは違ったよ。翼はドライブシュートを何度も撃っていたしな。それだけ、ふらのが強かったってことだろうがな」
若島津が腕を組み、うなずきながら口を挟む。
「しかし、ドライブシュートはすごい回転でしたね。ポストに当たって地面に落ちたと思ったら、そのままネットに突き刺さるなんて……」
「……ああ。若島津、あの回転はお前でもキャッチは困難だろう。取るよりも弾くことを優先しろ」
「……分かりました」
不服そうな声色だったが、若島津の胸中には確かに悔しさが燃えていた。
友坂はその心情に気づいていたが、あえて触れなかった。
(不満もまた力になる。今はそれでいい)
「――お前たち、そろそろ帰るぞ」
北詰監督の声がかかり、東邦学園の部員たちは帰り支度を始めた。
友坂は一人、トイレに立った。
用を済ませて通路を戻ろうとしたその時――。
「あれ?」
見知った顔が視界に飛び込んできた。
ふらののマネージャー、藤沢美子。泣きはらした瞳をして母親に付き添われ、スタジアムの外へ歩いていく。
「大丈夫? 試合、惜しかったね」
声をかけると、彼女ははっとして顔を上げた。
「あ……友坂くん。ええ、残念です。私は……ふらの中サッカー部のマネージャー、藤沢美子です。でも、もう辞めるんです」
「えっ?」
友坂は思わず聞き返した。
「父の転勤で、これから海外に行くんです。お願いして、夏の大会が終わるまでは残らせてもらいましたけど……もう、飛行機に乗らないと」
「これからすぐ!? 松山は知ってるのか?」
彼女は小さく首を振る。母親に促され、慌ただしく去っていった。
友坂は宗像尚美の顔を思い浮かべた。
(……松山。これで言い訳はないよな)
そう心に呟くと、友坂は財布の中身を確かめ、スタジアムの外に走った。
(足りるか……いや、片道分で十分だ)
――数分後。
正面ゲートを駆け抜けてきた松山が、血相を変えて友坂の前に現れた。
「おい、松山!」
「すまん、急ぐんだ!」
松山はタクシーを追いかけ、全力で走る。だが試合の疲労で足がもつれ、膝から崩れ落ちた。
「くそっ……!」
握りしめた白いハチマキに汗と涙が滲む。
その肩に、友坂が静かに手を置いた。
「バカ、そうじゃない。藤沢さんを追いかけるんだろ? そこにタクシーを呼んである。今なら間に合う」
松山が顔を上げる。
「なぜ、それを……」
「たまたま知ったんだよ。男なら、このまま終われないだろ?」
松山は一瞬、驚きに目を見開いたが、すぐに立ち上がった。
「……恩に着る! 本当にありがとう、友坂!」
タクシーのドアが閉まり、松山は空港へと走り去っていった。
友坂はその背中を見送りながら、小さくつぶやく。
(間に合うといいな、松山……)
そして苦笑し、肩を落とした。
(すまんな、持ち金がなくて片道分しか払えなかった。俺も足りないから北詰監督に借りたけど……帰ったらお年玉貯金で返すしかないな)
――数日後。松山から金は返ってきた。
その時、事の顛末を彼自身の言葉で聞いた。
空港に着いてすぐ、藤沢と再会できたこと。
そして、互いの未来を見据えてゆっくりと話ができたこと。
「……良かったな、松山」
友坂は心からそう思い、ライバルの幸せを噛みしめるのだった。
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