副キャプテン 辰馬   作:匿名希望のぽっちゃり

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猛虎の決闘状!

 

 

夕日に照らされて東邦学園。

決勝進出のバスが校門をくぐると同時に、待ち構えていた生徒や先生、関係者たちから大歓声が沸き起こった。

 

「おめでとう!」

「今度こそ優勝だ!」

「大学も高等部も優勝したぞ!中等部も続いて完全制覇だ!」

 

拍手と声援が一斉に降り注ぐ。

部員たちは誇らしく胸を張りながらも、その視線はどこか決勝戦を意識して引き締まっていた。

 

そんな中、北詰監督が一歩前に出て、低く通る声を響かせる。

「お前たち! グラウンドに行って軽く汗を流してこい」

 

そして鋭い目で友坂辰馬を指し示した。

「友坂。私が戻るまでキャプテンとしてお前が指揮しろ!」

 

突然の指名に一瞬驚いた辰馬だが、すぐに真っ直ぐな眼差しで頷く。

「はい!」

 

(キャプテンとしてか……今日で最後だろうし、きっちり務めてやるさ)

胸の奥に湧き上がる熱を押し込み、友坂は仲間たちを率いてグラウンドへ向かった。

 

──夜風が吹き抜ける人工芝のピッチ。

そこでは既に日向小次郎がボールをリフティングしていた。

一見いつもの練習風景のようだが、彼の背中から漂う気迫は、普段のそれとは明らかに違っていた。

 

仲間たちは自然と彼の周りに集まっていく。

若島津が、堪えきれぬ思いを口にした。

「キャプテン……」

 

日向はリフティングを続けながら、冷徹とも思える声で答えた。

「今の俺はキャプテンじゃないぜ」

 

その言葉にタケシが目を見開き、慌てたように叫ぶ。

「そんな……!」

 

だが日向は視線を落とさず、さらに力強い言葉を吐き出した。

「キャプテンなんて肩書きはどうでもいい。……その代わり、どんな事をしても決勝戦には出る!」

 

その瞬間、空気が震えた。

それは命令でも、願望でもない。

仲間全員に叩きつけるような、魂の宣言だった。

 

彼の脳裏に蘇るのは、沖縄の荒海で繰り返した特訓。

荒れ狂う波に挑み続け、己の肉体を削りながらも最後にねじ伏せた――あの一撃。

吉良監督の厳しい言葉が、今も胸を焼くように響いていた。

 

「これがおれの……タイガーショットォッ!!!」

 

咆哮とともに振り抜かれた一撃。

轟音を立てて飛んだボールは一直線にゴールへ突き進み、バーを直撃。

次の瞬間、空気の抜ける鋭い音が響き、ボールは無惨に破裂した。

 

「キャプテン!?」

「おおぉーーっ!!」

 

破れた革の切れ目から空気が抜け、ペシャンコになったボールが芝の上に転がる。

仲間たちは目を丸くし、やがて抑えきれぬ興奮を爆発させた。

 

「す、すげぇ……!」

「これがコンクリの壁に穴を開けたシュート……!」

 

日向は荒い息を整えながら、仲間一人ひとりを鋭い眼差しで射抜いた。

その瞳に宿るのは――決勝の舞台で必ず戦うという揺るぎなき意思。

 

彼こそが東邦学園の魂。

その姿を見た部員たちは、言葉を失いながらも心の奥で確信していた。

 

──この男がいなければ、優勝などあり得ない。

 

 

部員たちがグラウンドに向かった後の校舎の玄関前には、決勝進出を祝う声がまだ響いていた。

北詰誠監督は、その喧噪を背に受けながらも、校長やスカウトたちと固い表情で言葉を交わしていた。大学・高等部と並んで、中等部も優勝を――と関係者たちの熱は高い。だが、その熱狂の裏側で、北詰の胸中には別の影が落ちていた。

 

「監督、こちらにお手紙が届いております」

職員のひとりが封筒を差し出してきた。

 

「手紙?」

受け取った北詰は、差出人の名に視線を落とした瞬間、目を細めた。

 

――吉良耕三。

 

沖縄で日向を鍛え上げた男の名であった。

その筆跡が浮かぶだけで、北詰の背筋にぴんと張り詰めるものが走る。

 

監督室に戻ると、扉を閉める音がやけに重く響いた。

机に腰を下ろし、封を切る。便箋を取り出すと、紙に刻まれた文字が彼の心を深く打った。

 

『前略、東邦学園監督・北詰誠殿。

この度はお願いがあって筆をとった次第です。――小次郎を決勝戦に出して欲しいのです。』

 

北詰の眼差しが鋭く揺れる。

日向小次郎。己の最も頑なに封じようとしている存在。

 

『日向が試合に出られぬのは、チームを離れ沖縄に来たことが原因でしょう。キャプテンとして大事な時期にチームを離れたのは、確かにいけないことです。ですが、それは勝ちたいという一心からの行動なのです。』

 

北詰は無意識に手紙を握る手に力を込めていた。紙がかすかに震える。

 

『全ては私に責任があります。どうか今度だけは若さ故の過ちとして、私に免じて小次郎を許してやってください。』

 

最後に署名された「吉良耕三」の文字は、奇妙に穏やかでありながらも、熱を帯びていた。

監督として、己が育てた教え子をどうしても救いたいという祈りのような筆致だった。

 

北詰はしばし沈黙したまま、便箋を凝視していた。

窓の外では、夜風に木々がざわめいている。

耳の奥では、生徒たちの「今度こそ優勝だ!」という歓声がまだ響いている。

 

――だが、その声の裏で、確かに別の叫びも聞こえる気がした。

沖縄の荒波を貫いてきた少年の雄叫び。

そして、その背を押した師の願い。

 

「……吉良さん、あなたは……」

 

北詰は小さく息を吐いた。

便箋をそっと畳み直すと、机に置いたまま、両の手を組み合わせる。

 

その眼差しには、まだ迷いが色濃く残っていた。

だが――その迷いが、やがて決勝戦の運命を大きく動かすことになるのだった。

 

 

ーーーー

 

 

夕食の時間。

食堂のざわめきは決勝前夜という緊張と高揚に包まれ、普段よりも声が大きかった。テーブルに並ぶのは栄養士が気を配ったエネルギー補給のための献立。だが、東邦の選手たちの眼差しは皿の上ではなく、ある一点に向いていた。

 

「辰馬さん」

トレイを持ったまま近づいてきたのは若島津。反町、タケシ、そしてその他の部員たちも続く。

 

「どうした、食事中だぞ。そのあとはミーティングして、すぐ就寝だ」

友坂は箸を止めて、彼らを見上げた。

 

若島津の瞳は強く燃えている。

「辰馬さん、俺たちは今から監督に直訴します」

 

「直訴?」

友坂は眉をひそめた。

「日向を試合に出すように監督にお願いするってことか」

 

反町が力強く頷いた。

「はい。辰馬さんも分かっているはずです。南葛に勝つには、キャプテンが必要だと」

 

静寂が落ちる。

友坂はゆっくりと立ち上がり、全員を見渡した。

 

「お前たちはどうなんだ? 全国大会前に勝手をやった男が試合に出るのを、本当に許せるのか?」

 

しかし、その問いに迷いはなかった。

タケシが一歩前に出て、拳を握りしめる。

「もちろんです!」

 

続けて、他の部員たちが声を重ねる。

「キャプテンと共に戦いたいです!」

「俺たちは、あの人のために走れる!」

 

その声は重なり、ひとつの意志となった。

 

――部員全員の意志。

 

友坂は小さく笑みを漏らし、頷いた。

「……わかった、行こう」

(部員全員の意志か。小次郎……お前、本当に慕われてるな。そんなお前だから、俺もついて行ったんだけどな)

 

部員たちを率いて、友坂は監督のもとへ向かう。

離れた席で関係者と談笑していた北詰監督の前に立ち、深く頭を下げた。

 

「監督、お話があります」

「……なんだ、一体」

(とうとう来たか)と、北詰は心の内で呟く。

 

友坂は一歩前に出て、腹の底から声を響かせた。

「小次郎を明日の決勝に出してください! これは俺たち部員全員の意志です。どうかお願いします!」

 

次の瞬間、全員が一斉に頭を下げた。食堂全体のざわめきが消える。静まり返った空間に、選手たちの決意だけが重く響いた。

 

北詰が何かを言おうと口を開きかけたその時――

 

ガチャリ、と音を立てて食堂の扉が開いた。

 

そこに立っていたのは、長袖長ズボンのジャージに身を包んだ日向小次郎だった。夏の夜には似つかわしくない厚着。それでも、その姿は誰よりも鋭く、野獣のような気配を漂わせていた。

 

彼の眼はただひとつ、北詰監督を射抜いている。

部員たちにも友坂にも、一切目を向けない。

 

日向は無言で歩み寄り、手に持っていた封筒をテーブルに叩きつけるように置いた。

「北詰監督……これを受け取ってもらいます」

 

その封筒には、大きな墨文字が踊っていた。

 

――決闘状。

 

「こ、これは……」

若島津が思わず息を呑む。

 

「まさか、日向さん……!」

タケシの声が震えた。

 

友坂の目が細められる。

(小次郎……とうとう出したな)

 

北詰監督は無言で封を開き、中身を広げる。

そこには、ただ一文だけが力強く書かれていた。

 

『今夜八時 東邦学園サッカー部グラウンドにて

 日向小次郎』

 

空気が凍りつく。

全員の視線が、日向と北詰監督の間に張り詰める。

まるで、この瞬間からすでに「決戦」が始まっているかのように

 

 

ーーーー

 

夜8時。グラウンドは静まり返っていた。照明が淡く周囲を照らし、湿った芝生がかすかに光る。

日向小次郎は学ランの上着を肩にかけ、ジャージ姿のまま凛と立っていた。まるで夜の闇さえも従えるかのような存在感。対峙する北詰監督の前には、長年の信念を背負った眼差しが光る。

 

友坂を含めた部員たちは、グラウンドの外側、網越しに息を潜めて見守るしかなかった。互いに距離はあれど、心はひとつ。静かな緊張が張り詰める。

 

日向の視線は監督だけを捉え、部員たちに向くことはない。

そして突然、彼はひざまずき、土下座をした。

 

「本当なら、こんなことはしたくない――だが、これは俺ができる最低限のことです!チームを離れたことは、本当に悪かったと思っています!申し訳ありませんでした!どうか、俺を試合に出してください!」

 

土下座する背中には、これまでのすべての後悔と決意が刻まれていた。

 

北詰監督は一瞬、言葉を失った。

(――日向…)

 

友坂も息をのむ。

(小次郎…)

 

部員たちの瞳に光が宿る。

「キャプテン…」

 

北詰監督はゆっくりと口を開く。

「わしは、これまで自らの信念のもと指導してきた。曲げたことは一度もない」

(約束はした。だが…果たしてこれでいいのか…)

 

友坂は部員たちを見渡し、静かに問いかけた。

「お前たち、行くなら今じゃないのか?」

 

部員たちは互いの目を見て、深く頷いた。

走り出す足音が夜のグラウンドに響き、外で見守っていた友坂も後を追う。

 

監督と日向のやり取りは白熱していた。

その時、部員たちが駆け込み、一斉に土下座する。

 

「お願いします!キャプテンを試合に出してください!」

「キャプテンが行かないと勝てないんです!」

「南葛に勝つために、チームのために行ったんです!」

 

日向は部員たちの誠意に少し驚きつつも、静かに見下ろす。

 

北詰監督の目に、信じがたい光景が映る。

(お前たちは……そんなに日向のために――)

 

友坂も歩み寄り、低く頭を下げた。

「監督、日向を決勝戦に出して欲しい…それは部員全員の願いです。お願いします」

 

日向が友坂を見やり、かすかに笑む。

(辰…)

 

北詰監督は目を閉じ、深く息を吐く。

(お前もか…いや、知っていたものな。約束の念押しか…やることに隙がないな)

 

やがて目を開けた北詰監督は、低く力強く告げた。

「誰かボールを一つ持ってこい!照明もつけろ!」

「はい!」

部員たちの声が一致する。

 

北詰監督は日向をじっと見据える。

「日向、お前がいなくても東邦は決勝まで来た。しかし、スタメンとして戻るには実力を見せねばならん。確固たる実力をな……」

 

日向は黙って頷く。

「FW反町、MF沢田、GK若島津との3対1で試してもらう。この三人から得点できたら試合に出す」

 

部員たちの目が一斉に輝く。

「おおおぅー!」

 

「ただし、本気でやること。手を抜くなら、試合には出さない」

北詰監督の眼は鋭く、日向を射抜く。

「わかったな!本気でやれ!」

 

日向は深く息を吸い込み、力強く答えた。

「分かりました」

 

友坂がボールを渡す際、静かに囁く。

「見せてくれよ、お前の実力を」

日向は鋭く睨み、拳を握る。

「わかってる」

 

位置につく4人。笛が鳴り、一斉に走り出す。

沢田と反町も本気で向かう。

日向の目に、覚悟の炎が燃える。

 

日向はセンターサークルで止まり、構える。

「俺は試合に出る!」

 

ボールが蹴られ、タイガーショットが炸裂。

若島津は一歩も動けず、全員がその威力に息を飲む。

 

「翼のドライブシュートと同じセンターサークルからのシュートだ!」

「若島津が一歩も動けない!?」

 

若島津は慌てて否定する。

「ち…違う!手を抜いてなんかない!反応できなかったんだ!」

 

友坂は目を見張る。

「これがタイガーショットか……」

 

北詰監督は静かに目を閉じ、深く息をつく。

(よくぞここまで…)

 

そして力強く宣言する。

「これより明日のスターティングメンバーを発表する!

GK若島津!」

 

慌てて手を挙げる若島津。

「は、はい!」

 

「DF今井、川辺……」

「MF友坂、沢田!」

「FWツートップ右、反町!左、キャプテン日向小次郎!」

 

部員たちは歓声を上げ、拍手が響く。

「明日はこのメンバーで南葛と戦う!リザーブも準備を怠るな!全員で優勝を獲りに行くぞ!」

 

「はい!」

 

北詰監督の目が日向に向く。

「キャプテンとして、一言言え」

 

日向は静かに顔を上げ、皆を見渡す。

「みんな、ありがとう。俺は勝ちたい一心で周りが見えていなかった。でもみんなは俺を信じ、決勝まで連れてきてくれた。辰を中心に、よくやってくれた。感謝している……明日は俺が東邦学園を優勝させる。絶対に、勝つぞ!」

 

「おう!!」

部員たちの声が夜のグラウンドに響き渡る。

 

夜が明ける――決戦の日が、ついに訪れた。

 

 

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