副キャプテン 辰馬   作:匿名希望のぽっちゃり

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軍師の策略

 

 

翼のドライブシュートで同点とされた直後、東邦ゴール前ではまだ余韻が残っていた。

 

──ゴールネットに沈んだまま、悔しそうに立ち上がるGK若島津健。

 

「若島津」

キャプテン・日向小次郎が真っ先に駆け寄った。

 

「惜しかったな。でも、あのドライブシュートに飛び込んだのは間違ってないぞ。あれを止めるには、その判断しかねぇ。なあ、辰」

 

横から友坂辰馬も同調する。

「ああ。ただな若島津……前にも言ったはずだ。あれは掴むな。キャッチじゃなく、拳で弾け。お前ほどの反応速度なら…パンチングなら十分に防ぐことが出来るはずだ。」

 

若島津は強く頷いた。

「分かっています!次は必ず止めてみせます!」

 

だがその言葉を遮るように、友坂がふいに彼の左肩を掴んだ。

「うぐっ……!」

抑えきれない声が漏れる。

 

「若島津!?お前まさか──」

日向の顔色が変わる。

 

だが友坂が素早く小声で制した。

「小次郎、落ち着け。悟られるな」

 

「……」

日向は歯を食いしばり、声を低くして問いかける。

「いけるのか、若島津」

 

「当たり前です。東邦学園のゴールは、この俺が守ります!」

痛みを隠すように、若島津は気迫の笑みを浮かべた。

 

友坂は目を細めると、さらに低い声で囁いた。

「若島津……南葛と戦うにはお前が必要だ。前半が終わったら必ずテーピングを巻け。それまで耐えられるな?」

 

一瞬の沈黙。

だが若島津は力強く答えた。

「行けます」

 

友坂の脳裏に、彼の過去がよぎる。

(四年前の交通事故……あのとき肩と脚をやられて、一時はサッカーも危うい状態だった。古傷が再発してるのか……だが今は、頼むしかない)

 

若島津と距離を取り、日向と友坂はそれぞれのポジションへ戻ろうとする。

 

「小次郎」

背後から友坂の声が飛ぶ。

「今日は点取り合戦になるかもしれん。ゴールが見えたら、迷わずタイガーショットを撃ち込め」

 

日向は力強く拳を握る。

「ああ、まかせろ」

 

友坂は短く頷き、内心で呟いた。

(翼のドライブシュート……止めるのは至難だ。若島津が身体を張るしかない。だが小次郎の得点力があれば勝機はある。俺の役割は、その均衡を崩させないことだ…もしもの時はおれも身体を張る。)

 

観客は知らない。ピッチの中では、既に仲間の体が悲鳴を上げていることを。

だが東邦イレブンは悟らせない。

彼らの視線はただ一つ、勝利へと向かっていた。

 

試合はすでに熱気の渦にあった。

 

南葛と東邦の攻防は一進一退──だがやや南葛が押し込む展開が続く。守護神・若島津に負担がかかり始めていた。

 

その姿を見て、東邦の二人は同時に決断していた。

 

「若島津に負担は掛けられない!みんな攻めるぞ!」

キャプテン日向小次郎の声がピッチを震わせる。

 

「そうだ、みんな!小次郎に続け!」

友坂辰馬もすぐに檄を飛ばした。

 

東邦イレブンは一気に前へ。ゴールを守るのではなく、攻めに出ることで守る──その選択だった。

 

 

 

南葛のエース、大空翼がカットしたボールからカウンターが始まる。

だが、その前に立ち塞がったのは猛虎・日向小次郎。

 

翼は正面からの勝負を避け、技巧で抜く決断をした。

 

「ヒールリフト──!」

 

宙に舞うボール。

それはまさに友坂辰馬の得意技。

 

だが日向は動じない。

「辰の奴の方がキレはあるぜ!」

反転しざま、オーバーヘッドで跳ね返す。

 

(小次郎は俺との練習で散々見てきた。対策くらいあるに決まってる)

友坂は冷静にそう分析していた。

 

跳ね返ったボールは反町の足元へ。

反町が押し込もうとしたが、無情にもポストに阻まれる。

 

こぼれ球を狙って翼と日向が競り合う。

最終的に日向が力で押し込み、近くの辰馬に頭で落とす。

 

「辰!」

「おう!」

 

そこからの展開は早かった。

 

 

友坂の疾走

 

ボールを足元に収めた瞬間、友坂のギアは最大に入った。

 

翼と日向が着地した頃には、彼はすでに数メートル先を走っていた。

 

「いけぇー!」

日向の咆哮が背を押す。

 

「はやい!」

翼の目に驚きが宿る。

 

「翼と同じくらいだぞ!」

「いや、それ以上かもしれねぇ!」

南葛イレブンも息を呑んだ。

 

トップスピードを保ちながら、マルセイユルーレット、エラシコ、ファルカンフェイントを繰り出す。観客がどよめく。

(翼が来る前に決める!)

 

石崎と高杉が立ちはだかる。

「来るぞ!ヒールリフトだ!」

 

二人はタイミングを合わせて跳んだ。

だが、宙に浮いたはずのボールはまだ足元にない。

 

「なっ……!?」

 

着地しようとした瞬間、二人の頭上をボールが越えていった。

 

「消えた!?」

 

次の瞬間、落ちてくるボールを友坂は渾身のボレーで叩き込む。

 

「龍は気まぐれなんだよ」

 

鋭く変化する無回転スピードシュート──飛龍。

森崎は手を伸ばすが、空を切る。

 

ゴールネットが大きく揺れた。

 

「ゴォォォォル!!!」

実況の絶叫。

「東邦学園、友坂辰馬!十八番のヒールリフトからの無回転スピードシュート・飛龍が炸裂!前半18分、東邦が勝ち越し!スコアは2-1!!」

 

 

 

 

呆然とする南葛ディフェンス陣。

 

「おかしい……タイミングは合ってたはずだ!」

石崎が地面を叩く。

 

「俺も取れると思ったんだが……」

高杉も首を振る。

 

そこで翼が声を上げた。

「分かった!あのヒールリフトの秘密が!」

 

皆が注目する。

 

「一度目で蹴り上げるのは背中の高さまで……その瞬間に相手が跳ぶ。でも本当の勝負はそこじゃない。落ちてきたボールを二度目に蹴る。だからまるで消えたように見えるんだ!──ダブルヒールだ!」

 

「なっ……二度蹴り!?」

石崎と高杉は目を剥いた。

 

「タネは割れた!次は止めてやる!」

石崎が拳を握る。

 

「よし!今度は俺たちが決めるぞ!」

翼が声を張ると、南葛の士気が一気に上がった。

 

実況席もざわめく。

「スローで確認しました!確かに二度蹴っている!これは驚異的な発想力です。努力の積み重ねなくしてはできない大技でしょう!」

 

 

東邦イレブンは歓喜に沸いていた。

 

「よし!この調子で3点目だ!」

日向の雄叫びに仲間たちが応える。

 

その中で、友坂が小声で囁いた。

「小次郎」

 

「おう辰!やったな!」

日向は笑う。

 

だが友坂は肩を組み、耳元で何かを呟いた。

一瞬で日向の目が大きく開く。

そして頷いた。

 

(……策があるのか)

 

試合再開。南葛は同点を狙って攻め上がる。

井沢がボールを持つと、沢田タケシが食らいついた。

 

「一年に抑えられるか!」

井沢は怒気を含んだ声をあげる。

だが焦りが仇となり、突破できない。

 

「井沢、こっちだ!」

翼にボールを戻す。

 

その瞬間、翼の背後に迫った影。

「翼!勝負だ!」

友坂辰馬だった。

 

翼はヒールリフトで抜きにかかる。

(さっきの辰馬と同じように!)

 

だが友坂はすぐに跳ぶ。

──来ない。

 

「なっ!?」

翼はダブルヒールでかわしたのだ。

 

スタンドが騒然とする。

「辰馬さんの技を翼が!?」「人の技を即座にモノにするのか!」

 

南葛ベンチは誇らしげに叫んだ。

「それがサッカー小僧、大空翼だ!」

 

だが──翼がすれ違った瞬間、友坂がニヤリと笑った。

 

「やれ、小次郎」

 

ボールはすでに宙に飛んだ日向がカットしていた。

 

翼が追おうとするが、友坂の身体が絡む。反則ぎりぎりで翼の腕を押さえ、封じ込める。

 

「お前……!」

「わざわざお前に見せたんだよ、ダブルヒールをな」

「……!?」

 

友坂の低い声が翼を貫いた。

 

「俺が遅れてマークしたのも、お前に抜かせたのも、全部計算だ。お前なら必ずダブルヒールでぬくって自信があったからな」

「まさか……最初から!?」

「当たり前だ」

 

翼が振り向く。

「はっボールは!?」

 

すでに日向はゴール前。

五人の南葛DFをタイガーショットでまとめて吹き飛ばし、森崎をも突破した。

 

ネットが豪快に揺れる。

 

前半22分──東邦学園、3-1!

 

 

 

膝をつく翼。

 

笑顔で駆け寄り、強烈なハイタッチを交わす日向と友坂。

 

観客席も騒然としていた。

 

「辰馬の奴……よろけたの、ワザとだな」

松山光が呟く。

 

「うん。腕を絡ませて翼くんを止めていたし」

三杉淳が頷く。

 

「でも、あれ……最初から仕組んでたのかも」

 

弥生が首を傾げる。

「仕組んでたっていつから?」

 

三杉の目が細くなる。

「準決勝で明和東を相手に、初めてダブルヒールを出したときからだよ。いつかタネが割れるのを見越して──翼くんに盗ませるためにわざと披露したんだ」

 

松山は顔をしかめた。

「性格悪ぃな、あいつ」

 

「ちょっと!」

弥生が焦って止める。

隣にいる宗像尚美が彼の彼女だからだ。

 

だが宗像は微笑んでいた。

「ふふ、大丈夫。辰馬はいつだって勝つために最善を尽くす人だから」

 

その言葉に、周囲は二人の絆の深さを感じ取った。

 

 

ーーーーー

 

 

 関係者席の最前列。

 片桐宗政と、現・日本Jr.ユース監督である見上辰夫が、眼下で繰り広げられる南葛対東邦の激闘を真剣に見守っていた。

 

片桐「……えっ、準決勝から仕組んでいたと?」

見上「ああ。ダブルヒールのトリックは、分かれば対策がとれる。翼が必ず真似ると見越して罠を張る……試合の読みの鋭さは、日本一かも知れんな。いや――もしかしたらもっと前から考えていたのかも知れんがな、ハハッ。」

 

 見上の口元には笑みが浮かんでいたが、その瞳は鋭く光っていた。彼は選手の才能を誰よりも早く見抜き、代表の未来にどう組み込むかを常に考える立場にある。

 

 片桐は腕を組みながら、友坂辰馬という存在の奥深さに思案を巡らせていた。

 

片桐「以前、元・明和FC監督の吉良さんに会う機会がありました。その時に……辰馬の話を聞いたんです。」

見上「ほう、吉良さんからか。」

 

 片桐の脳裏に、あの日の吉良の姿が甦る。

 

――沖縄の古びた居酒屋、泡盛を片手に吉良耕三は語った。

「南葛FCには負けはしたがのう……ストライカーの才なら小次郎以上の人間はおらん。サッカープレイヤーとしての総合力なら大空翼が一番じゃろう。だが、ポテンシャルだけで言えば――辰馬は翼にも負けんじゃろうよ。」

 

吉良の友坂辰馬のポテンシャルに対する評価に片桐は懐疑的だったのが吉良にも伝わったのか

 

「お主、あいつの“本気”を見たんか?」

酒を飲みながらも、吉良は赤い顔で目だけはギラつかせていた。

 

「辰馬は小次郎を一番、自分を二番と考えとる。そういう男よ。だがそれが枷でもある。その枷が外れれば――辰馬はもっと違う姿を見せる」

 

「……」

 

「明和のサッカーは小次郎中心に組み立てとった。だがもし小次郎がいなければ……辰馬を中心にした明和があったはずじゃ。奴にはその器がある」

 

「……!」片桐は息をのんだ。

 

「辰馬を本気にさせたけりゃ――一番になれる環境に置くことだ。あるいは留学じゃ。自分が動かにゃどうにもならん状況に追い込まれれば……奴は必ず牙をむく」

 

吉良の声と鋭い眼光が、今も片桐の胸に重く残っていた。

 

 

――回想は途切れる。

 

 

片桐「……そう言っていました。」

見上「留学、か。」

 

 見上はしばし沈黙した後、低く呟いた。

見上「確かに……日本のためには、ああいう選手が海外を経験することが必要だ。翼や若林だけでなく、もう一人、別のタイプの旗手がいた方がいい。」

片桐「ええ。協会としても動いてみますよ。日本サッカーの未来のために。」

 

 二人の視線は再びピッチへ向けられる。

 そこには仲間と声を掛け合いながら、戦術を組み立て、日向小次郎と共にゴールを狙う友坂辰馬の姿があった。

 

見上「……やはり、底が知れん男だな。」

片桐は無言で頷き、その視線に確かな期待を込めた。

 

 

ーーーーー

 

 

ピッチ上、日向が肩を並べて歩きながら問いかけた。

「なあ辰。この策……いつから考えてたんだ?」

 

友坂はあっさり答えた。

「え? ダブルヒールを開発してた時からだ」

 

「……なっ、ホントか!?」驚愕する日向。

 

「当たり前だろ?」とニヤリ。

「翼がコピーするのは読めてた。だからその一歩先を俺は考えてたんだ」

 

「だが、あれはお前が作った技だろ? 自分の武器を、自分で対策するなんて……」

 

「俺が作ったからこそ分かるんだ。翼は必ずコピーする。そして仲間を鼓舞するために使う。だから俺は、その先を抑える。――勝つためにな」

 

日向は言葉を失い、ただ友坂の横顔を見つめた。

(辰……お前、やっぱりとんでもねえ男だ)

 

友坂は前を向いたまま背を軽く叩いた。

「さあ行こうぜ、小次郎!」

 

「……あ、ああ!」

 

二人の背中は、決勝の熱気に包まれるフィールドへと再び走り出していった。

 

 

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