副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
スタジアム全体が熱気に包まれていた。
実況「さあ――2点差をつけられた王者・南葛のキックオフで試合再開です!」
応援スタンドからは、南葛サイドのファンの声援が飛び交う。
観客「がんばれ!」「負けるな南葛!」
まるで彼らの声が選手たちの背中を押しているかのようだった。
南葛イレブンはピッチ中央で気合を入れ直す。
翼「いくぞ、南葛!」
石崎「目指せ、V3だぁ!」
その表情には決意と執念が宿っている。
一方の東邦学園。王者の猛攻を迎え撃つべく構えるが――今回は南葛の気合いが上回った。
中盤での競り合いを制したのは、やはり日向小次郎だった。
日向「もらった!」
相手の足元からボールを刈り取ると、センターサークルよりも手前、ロングシュートの射程に入る位置で振りかぶる。
日向「これで3点目だ!」
会場がどよめいた。タイガーショット――鋼鉄の弾丸のような一撃が放たれようとしている。
だが、その瞬間、大空翼の目が光った。
翼(タイガーショットの軌道はまっすぐだ……なら――!)
翼「日向くんの正面に立てば、必ずボールはそこに来る!」
日向の右脚が唸りをあげる。轟音と共にタイガーショットが放たれた。
次の瞬間、翼は一直線にその軌道へ飛び込み、まるで予知していたかのように身体をひねった。
翼「はあああっ!」
――ドライブシュート。
回転が加わった翼の一撃が、日向のタイガーショットと衝突した。
その衝撃は倍加し、通常では考えられない速度と威力となってゴールへ突き進む。
若島津は反応すらできなかった。
鉄壁の守護神と称された男が、一歩も動けぬまま――ボールはゴールネットを突き破り、そのまま背後の壁にめり込み、金属を叩くような轟音を響かせた。
観客「うおおおおおっ!」
南葛サイドの観客は総立ちとなり、歓声は地鳴りのように響き渡る。
呆然とする東邦学園イレブン。
友坂「はは……マジかよ。天才には困るね……」
その顔には呆れが浮かぶが、瞳には冷静な光が宿っていた。
友坂(だが――あの足は、本当に大丈夫なのかな?)
不敵な笑みを浮かべる。
南葛の奇跡の一撃。試合の流れが一瞬にして変わった。
片桐「奇跡が……奇跡が起きました!」
見上「ああ……大空翼には奇跡を起こす力があるようだな。」
片桐「はい。タイガーショットをドライブシュートで打ち返すなんて……この決勝戦で、その奇跡を見せられるのはまさに――サッカーの申し子、大空翼です!」
場内の熱狂とは裏腹に、東邦学園の面々は言葉を失っていた。
タケシ「た、辰馬さん……」
若島津「……」
不安げな空気がチーム全体を覆う。
そんな中、友坂は声を張り上げた。
友坂「東邦! 顔をあげろ! こんな事、二度も出来るわけがない!」
力強い声が響き渡る。
友坂「若島津! 気にすんな! 今のは行ってたらお前の身体が危なかったんだ!」
東邦学園イレブン「……っ、は、はい!」
少しずつ表情に力が戻る。
その時、さらに大きな声が響いた。
日向「いくぞ! みんなぁ!」
キャプテンの声に、味方も敵も思わず目を向ける。
友坂「小次郎……」
タケシ「日向さん!」
南葛イレブンさえも、その気迫に目を見張った。
日向「まだ一点リードしてるんだ! 打倒南葛! 東邦学園V1に向けて――発進だ!」
東邦学園イレブン「おう!!」
友坂「まだ時間はある! もう一点、狙いに行こうぜ!」
観客席も熱気を増していた。
南葛サイド「いいぞ南葛! もう一点取って同点だぁ!」
東邦サイド「よーし! いけぇ東邦学園! こんな一点気にすんなー!」
残り時間は、前半あと7分。
スコアは――東邦学園3―2南葛中学。
決勝戦の火蓋は、さらに激しく切って落とされた。
東邦学園のキックオフで試合は再開された。
先ほどの翼の超絶カウンターゴールで一点差に迫られたが――以前の日向小次郎なら、興奮に身を任せて遮二無二攻めに出ていたはずだ。
だが今の彼は違った。
日向「……落ち着け」
冷静にピッチを見渡すと、最前線へ突っ込む代わりにタケシへパスを送る。
タケシ「はいっ、日向さん!」
東邦は落ち着いたパスワークで南葛陣内へと攻め込んでいく。
一方の南葛も、必死の形相でチェックを仕掛けた。
翼「絶対に止める!」
石崎「負けてたまるか!」
まさに一進一退。中盤で激しい攻防が繰り返される。
そして――
タケシは走り込んできた日向を見つけ、迷わずスルーパスを送った。
タケシ「日向さんっ!」
鋭い軌道を描いたボールに、日向が猛然と走り込む。
その姿に観客席もどよめいた。
観客「来るぞ!日向だ!」
だが――翼が一直線に飛び込んだ。
翼「させるかっ!」
スライディングで日向へのパスをカット。そのままボールを拾い、怒涛のドリブル突破を仕掛ける。
東邦の小さなテクニシャン、澤田タケシを華麗にかわし――
友坂「ここだ!」
友坂辰馬のスライディングが襲い掛かる。
翼はジャンプしてかわすものの、着地の瞬間――
翼「……っ!?」
痛めていた右足に激痛が走り、翼はその場に倒れ込んだ。
南葛「翼!?」
こぼれ球を拾ったのは井沢。すぐさま右隅を狙ってシュートを放つ。
だが東邦のゴール前、若島津が反応する。
若島津「守るっ!」
横っ飛びでボールに食らいついた――が、左腕が思うように上がらない。
若島津「なっ……!?」
古傷の肩が悲鳴をあげた。
それでも、彼は執念で右拳を突き出し、ボールをパンチングで弾き出す。
観客「うおおっ!防いだぁ!」
しかし、南葛サイドはそれどころではなかった。
倒れ込む翼のもとに、仲間たちが駆け寄る。
石崎「翼!おい、しっかりしろ!」
審判も状況を見て試合を止める。医師が駆けつけ、翼のスパイクとソックスを脱がせると、巻かれていたテーピングが切れていた。
医師「無茶をしすぎだ!こんな状態で走れるわけがない!」
怒りすら込めた叱責。
だが翼は、荒い息を吐きながらもはっきりと言い切った。
翼「……東邦に勝つには……日向くんに勝つには……全力でやるしかないんです!」
その言葉に、南葛も東邦も、一瞬言葉を失った。
日向「翼……」
友坂は心の中で呟く。
友坂(……俺は、翼のV3への執念を……甘く見ていたのかもしれないな)
翼は担架に乗せられ、治療のため一時退場。南葛は十人で戦わねばならなくなった。
⸻
試合はコーナーキックで再開される。
空中戦。若島津が必死のパンチングで弾き出す。
ボールは運よく日向の足元へ。
南葛は急いで守備に戻るが、翼を欠いた十人の陣形は薄い。
東邦イレブンが一斉に前線へと駆け上がった――が。
日向は立ち止まったまま、うつむいていた。
友坂(小次郎……)
次の瞬間。日向が顔を上げた時、その瞳は炎のようにギラギラと燃えていた。
日向「いくぞ!翼のいない南葛なら……10点差にしてやる!」
咆哮と共に、友坂へとパスを送る。
友坂「小次郎!ゴールまで突っ走れ!」
日向「おう!」
友坂は胸トラップでボールを浮かせ、そのままオーバーヘッドで後方へ蹴り出した。
――合図。東邦名物となった連携のサイン。
実況「出ました!東邦学園のフラッシュパス!」
瞬時にボールが回り始める。
観客「きたきた!フラッシュパスだ!」「なんて速いんだ!」
「考案したのは友坂らしいぞ!」「軍師だ、軍師・友坂だ!」
南葛は混乱。ボールは次々と足元を離れ、次の選手へと移っていく。
石崎「くそっ、速すぎてついていけねえ!」
必死にマークに入るが、ボールはすでに別の場所へ。
井沢が叫んだ。
井沢「日向、反町、それに友坂をマークしろ!シュートできるのはあの三人だ!」
南葛「お、おう!」
だが友坂と反町は目で合図を交わす。
友坂(小次郎で仕留めるぞ。俺たちが囮になる)
反町(わかった!)
二人がサイドに流れると、中央で待ち受ける日向にダイレクトパスが通る。
すかさず――
日向「タイガーボレーッ!!」
強烈な弾丸シュートが放たれる。
しかし石崎と高杉が、体を張って飛び込んだ。
石崎「ぐおおおおっ!」
腹にボールがめり込み、その場に倒れ込む。
だが、こぼれ球は再び日向の前へ。
日向「今度こそ……!」
タイガーショットを叩き込む。
巨漢DF・高杉が腹で受け止めるが、そのまま吹き飛ばされてしまった。
それでもなお、ボールは日向の目の前に転がる。
日向「三度目の正直だ――くらえ!」
振り抜こうとした瞬間――
ピーッ!
前半終了の笛が鳴り響いた。
⸻
南葛ベンチは安堵の声を漏らす。
南葛「はぁ……翼がいない中、なんとか守り切った……助かった……」
一方の東邦は悔しげに顔を歪めていた。
東邦「あと1秒……あと1秒あれば……!」
「そしたら二点差にできたのに……!」
両者の明暗がくっきりと分かれたまま、前半は終了した。
ベンチに戻った東邦学園。
息を切らしながらも、選手たちはすぐに氷嚢を手に取り、熱を帯びた身体を冷やしていた。真夏の日差しは容赦なくグラウンドを照らし、汗に濡れたユニフォームが肌に張り付く。給水用のボトルから水をあおる者、肩や膝にアイシングを施される者。誰もが疲労を隠せない。だがその目にはまだ消えていない闘志の光が宿っていた。
北詰監督がゆっくりと前に出る。
「……みんな、前半はよくやった。よく集中していたぞ。その調子で、後半も日向を中心にボールを集めていけ」
指揮官の短い言葉に、選手たちが力強く「はい!」と応じる。
そのとき、日向が監督に視線を向けた。
「監督……」
言葉を探すような日向に、北詰はわずかに口元を緩めた。
「友坂」
「はい」
「最後のフラッシュパスは、得点にはならなかったが実に良かった。お前の判断がなければ、あそこまで南葛を追い込めなかった。後半も頼むぞ」
「……ありがとうございます」
友坂は汗を拭いながらも、誇らしげにうなずいた。
その頃、若島津の姿が見えなくなっていた。彼は周囲の目を避けるようにロッカールームへと向かい、チームのコーチに左肩へテーピングを施してもらっていたのだ。
「うっ……しっかり巻いてください。試合中に弛んだら困ります」
苦悶の声を押し殺しながらも、若島津の眼差しは揺らがない。
そこへ日向と友坂が足を運んできた。
「若島津……いけるんだな?」
真剣な日向の問いに、若島津は真っすぐ応える。
「日向さん、当たり前です。俺は東邦学園の守護神――どんなことがあっても、このゴールを守り抜いてみせます」
その声音には痛みに抗いながらも確固たる意志が滲んでいた。
友坂が静かに口を開く。
「若島津……ドライブシュートに対してはパンチングを主体にしろ。さっきも言ったが、後半は無理なキャッチングは必要ない。お前が傷を悪化させてまで止める必要はないんだ。点を取らせないこと、それが最優先だ」
「……辰馬さん」
悔しさを押し殺すように若島津は唇を噛む。だが、友坂の言葉に含まれる温かさと現実的な冷静さに、自分でも納得せざるを得なかった。
そこに沢田タケシが駆け寄る。
「若島津さん! 大丈夫です、若島津さんが弾いたボールは、僕たちが絶対に守ります!」
その言葉に他の東邦イレブンも口を揃える。
「そうだ、若島津。セカンドボールは任せろ!」
「俺も前線からガンガン潰しにいくからな!」反町が拳を握り、力強く言った。
友坂はその光景を見渡し、頷いた。
「そうだ……若島津ひとりに背負わせる必要はない。俺たち全員で戦うんだ。だからこそ、前線から守備を意識していこう!」
日向が立ち上がり、仲間を見渡す。
「そしてボールを奪ったら――必ず点を取る! 俺たちはまだリードしているんだ。このまま突き放して、南葛を叩き潰すぞ!」
その声は力強く、震えるほどの迫力でロッカールームに響き渡った。
「おう!!」
全員の声が重なり合う。士気が一気に高まり、東邦学園の結束は固く結ばれていく。南葛中に勝るとも劣らぬ団結力が、彼らの胸に確かに息づいていた。