副キャプテン 辰馬   作:匿名希望のぽっちゃり

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応援のファンファーレ

 

 

 

残り十四分──決戦の刹那

 

後半もついに終盤、スタンドからは割れんばかりの声援が渦を巻いていた。

スコアは4―3。東邦学園が南葛を一歩リードしたまま、時計は刻一刻と針を進める。

このままなら東邦学園の初優勝…だが、試合の空気はどちらにも傾かない。フィールドの上では、ただ熱と意地だけがぶつかり合っていた。

 

「攻め続けるぞ! 若島津は腕をやられている!」

南葛イレブンが一斉に声を張り上げる。

 

「同点にはさせない!」

東邦の守備陣も即座に応じる。まるで剣を打ち合うかのような声の衝突。観客席からはため息と歓声が入り混じる。

 

南葛は再三の攻撃にも決定打を欠き、息が乱れ始めていた。

それでも、最後の希望はやはり大空翼――。

井沢が後方から冷静にボールを戻す。

「頼む、翼!」

 

パスを受けた翼は一瞬だけ視線を上げ、迷わず右足を振りかぶる。

狙うは必殺・ドライブシュート。

だが、その軌道に割って入った影があった。

 

「させるかよッ!」

日向小次郎が稲妻のように滑り込み、鋼の右脚からタイガーショットを放つ。

衝撃音とともにボールはラインを割り、スタンドの壁にまで突き刺さった。

芝に舞う砂煙。

誰もが息を呑む。

 

荒い呼吸を整えながら、日向は獲物を狙う猛虎の目を翼に向ける。

「同点にはさせない」

言葉は低く、しかし鋭かった。

 

翼は言葉を失ったまま、鋭い視線だけを返す。

その間に、南葛のスローインで試合は再開されたが、東邦の反応は早かった。

鋭いカットでボールを奪うと、一気に攻勢に出る。

 

タケシから反町へ。

シュートを狙える位置だったが、反町は迷わず後方にパスを戻した。

ボールは再び日向の足元へ。

 

「日向さん、決めてください!」

「ここでトドメを!」

 

味方からの声援が、虎をさらに奮い立たせる。

友坂が拳を握りしめ、叫んだ。

「キャプテンのお前が決めろ!」

 

一瞬、日向の胸に熱が走る。

(お前たち……)

 

迷いを捨て、フリーで受けた日向は再び全身をしならせた。

「これで終わりだ!」

二度目のタイガーショットが唸りを上げる――その刹那。

 

「うおおおおぉぉッ!」

大空翼が体ごと正面に飛び込んだ。

凄まじい衝撃音が響き渡る。

 

「危険だ! 翼くん!」

三杉が悲鳴に似た声を上げ、

松山も叫ぶ。「翼!」

 

誰もが思った。もしこのまま直撃すれば、選手生命に関わる。

 

しかし日向は、翼が目前を横切る瞬間、脚を止めていた。

(違う。庇ったわけじゃない。東邦学園のキャプテンとして、必ず決めるためだ)

 

翼の身体が通り過ぎたのを確認すると、再び振りかぶる。

三度目のタイガーショットが空気を裂く。

 

だがその視界を、思わぬ影が横切った。

「石崎ィ!?」

翼の死角から飛び込んだ石崎が、体ごとブロック。

ボールは顔面に直撃し、鈍い音を響かせてコーナー方向へ跳ねた。

 

「ぐあっ……いてぇ!」

石崎は目をぐるぐる回しながらも、すぐに立ち上がる。

その根性にスタンドからは大きなどよめきが起きた。

 

日向は悔しげに奥歯を噛む。

(くそっ、石崎……翼の影から飛び出したせいで見えなかった…)

 

友坂が駆け寄り、笑みを浮かべる。

「ドンマイ、小次郎!」

 

「次は俺たちのコーナーだ、チャンスはまだある!」

「またキャプテンに託します!」

 

仲間たちの声がフィールドに弾ける。

日向は一瞬、照れくさそうに肩をすくめ、

「キャプテンが慰められるとはな……ふっ」

と小さく笑った。

 

東邦イレブンもつられて笑みをこぼす。

この一瞬、重苦しい空気がわずかに和らぐ。

だが試合は、まだ終わってはいない――。

友坂は自陣ゴールを見つめていた…

 

 

コーナーフラッグ付近でボールを手にした東邦学園。

スタンド全体がどよめきに包まれる。南葛も東邦も、誰もが息を詰めていた。

 

その直前。

友坂辰馬はタケシの肩を抱き寄せ、耳元で何かを囁いた。

「小次郎と俺にマークが集まるはずだ……その時は――」

 

タケシは目を見開き、言葉を失う。

「……! 分かりました!」

胸の奥が熱くなる。友坂の意図を瞬時に理解したのはタケシだけだった。

 

そしてコーナーキックの笛が鳴る。

日向と友坂に二人、三人とマークが集中。

ニアへと走り込んだタケシの周囲は驚くほど空いていた。

 

(すごい……辰馬さんの読み通りだ)

心中でつぶやきながら、飛んできたボールをタケシは胸で受ける。

 

ゴール前に詰めていた南葛守備陣は完全に日向と友坂に引きつけられていた。

その瞬間、タケシの視界の奥に、ただ一人フリーで走る影があった。

 

――若島津健。

 

ゴールマウスを飛び出し、驚くほどのスピードで駆け上がってくる。

それに気づいたのは友坂と、彼から耳打ちを受けていたタケシだけだった。

 

「それっ!」

タケシが体をひねり、南葛ゴールからやや離れた位置へパスを送る。

観客席に一瞬ざわめきが走る。

(誰に?)と誰もが首をかしげる中、ボールの先に若島津がいると気づいた瞬間、スタンド全体がどよめきに変わった。

 

若島津はかつて準決勝でも明和東を相手にゴールを奪った経験を持つ。

その得点感覚は、少年時代に吉良監督が日向とのツートップを構想したほどだ。

攻め上がった守護神は、迷いなく右足を振り抜いた。

 

ドォン――!

豪快なロングシュートが放たれる。

森崎が飛びつくも、その手は空を切る。

だが、高杉が渾身の体当たりでブロック。

弾かれたボールは高く宙を舞い、フィールド中央へ。

 

すぐさま井沢と反町が競り合い、井沢が制してヘディング。

ボールはセンターサークル付近へこぼれ、両チームの選手が一斉に走り出す。

残り時間はわずか十分。

 

最初に追いついたのは――

ボロボロの体で、それでも誰よりも早く走った大空翼だった。

 

「……クリアか?」

誰もがそう思った。

だが、翼の右足が振り抜かれた瞬間、友坂が叫ぶ。

 

「違う! 戻れ東邦! あれはシュートだ!」

 

東邦学園イレブンが息を呑む。

ボールは驚くべき伸びでそのまま東邦ゴールへ吸い込まれるように飛んでいく。

 

「くっ!」

若島津が懸命に後方へ全力疾走。

ゴールネットが視界に迫る。

間に合うか――。

 

ギリギリのタイミングで飛び込み、ライン上に両手を差し出す。

指先に重い衝撃。

ボールは辛うじてゴールを割ることなく止まった。

そのまま若島津は背中からネットへ飛び込み、

反動を利用して力強くクリアを蹴り返した。

 

(少しの隙も見せられない……)

荒い呼吸の中、若島津が心でつぶやく。

(辰馬さんが早く気づいてくれたおかげだ)

 

友坂も遠くから拳を握りしめた。

(よくやった、若島津……)

 

観客席は総立ちとなり、フィールドを包む歓声は雷鳴のようだった。

緊張の糸が切れぬまま、試合はなおも続く。

 

 

 

 

 

沢田タケシは足元で転がるボールを必死にキープしていた。

周囲を見渡すが、日向と友坂に南葛のマークが集中し、パスコースがない。

試合は終盤、東邦学園はあと一歩で優勝という時間帯。観客席も固唾を呑む。

 

「こっちは気にすんな!トドメは俺じゃなくてもいい!今は勝つことだけ考えろ!」

日向が声を張り上げた。

 

「周りがフリーだ! どんどん攻めろよ!」

友坂も叫ぶ。

 

タケシの胸に熱が灯る。「はい!」

彼は迷いを捨て、反町とのパスワークで自らドリブル突破を仕掛ける。

――日向不在で戦った今大会、何度も繰り返したコンビプレー。

 

しかし、タケシの視線の先で翼は動かない。

(あんなに目をギラつかせているのに、なぜ動かないんだ?)

不安がよぎる。

 

その頃、南葛ベンチでは医師が監督に耳打ちした。

「限界だ。大空は交代させるべきです」

 

観客席に掲げられる「10」の交代ボード。

「翼を交代だと!?」「そんなに危険なのか!」

松山や三杉も驚きを隠せない。

 

タケシは必死にボールを運びながら(翼さんが動けない……今が得点チャンスだ!)と決意を固める。

そこへ日向にパスが渡る。

 

シュートフォームに入った日向は、ふと翼へ目をやった。

(翼が……交代? これで終わりなのか翼!?

俺はお前を倒すためにタイガーショットを習得したんだぞ!)

 

カッ! 目を見開いた日向が叫ぶ。

「翼! 本当にここで終わるのか! ここで力尽きるのか翼!!」

 

怒声とともに、シュートフォームのまま翼へ向き直り――

鋭いタイガーショットを一直線に放つ!

 

フィールドも観客席も凍りついた。

「なにぃ!」「日向が翼に!?」

 

衝撃の一撃は、動けぬ翼の胸に直撃。

それでも翼は倒れない。

 

「俺がトドメをさしてやる!」

日向がスライディングで迫る。

 

その刹那、翼の目が閃光を放った。

ジャンプ一閃――日向のタックルをかわし、ドリブルで走り出す。

 

「翼が蘇った!」

南葛応援団の叫びがこだまする。

片桐は息を呑んだ。「奇跡が起こった……」

 

「まるで不死鳥だな……だが、させない!」

友坂はすぐさま意識を切り替え、ゴールへ戻る。

日向も叫ぶ。「最後の勝負だ、翼!」

 

ボロボロの翼はフェイントで東邦DFを次々と抜く。

友坂はその一瞬、翼が目を閉じたまま相手をかわしたのを見逃さなかった。

(もう、視界も危ういのか?)

 

翼がシュートレンジに入った。

ドライブシュートの体勢――

同時に日向も飛び込む。

 

激突!

ボールは一寸も動かず宙に浮き、両者は吹き飛んだ。

日向は倒れるが、翼は踏みとどまる。

 

――落ちてくるボールを翼が再び右足で捉えた。

ドライブシュート!

 

日向は立ち上がろうとするが間に合わない。

(俺は、また負けるのか……)

 

ボールは紺碧の空へ弧を描き、右隅をめがけて落ちていく。

 

「いけーー!」南葛イレブン。

「ま、まずい!」東邦学園。

 

GK若島津がゴールライン際で反応。

しかし勢いを殺しきれず、身体ごとネットへ押し込まれそうになる。

若島津は瞬時に遠心力を利用、回転しながら手刀のような一撃で弾く!

 

だが左肩がポストへガンッとぶつかり、苦痛に顔を歪める。

弾かれたボールに両軍殺到。

 

「守れ! あと少しで優勝だ!」友坂。

「若島津の体を張ったセービングを無駄にするな!」日向。

 

しかしクリアされたボールは偶然にも翼の足元へ転がった。

両膝をついたままの翼が、再び立ち上がり――

三度目のドライブシュート!

 

「今度こそ同点だ!」南葛応援団。

 

若島津は立てない。

だが日向がゴールポストを蹴って跳躍、タイガーショットでカウンター!

驚愕の威力が南葛ゴールへ向かう。

 

「そんな……90メートルあるぞ!」松山が叫ぶ。

 

その弾道に飛び込む影――

翼だ。

ジャンピングハイボレーで打ち返す。

 

閃光のようなシュートが左隅を襲う。

若島津は力尽き、日向も痺れた足が動かない。

 

「優勝は譲らない!」

ゴール前へ飛び込んだのは友坂辰馬。

全身でボールを受け止めるが、凄まじい威力が彼をゴールへ押し込む。

 

宗像尚美の悲鳴がスタンドを貫いた。

「辰馬ぁ!」

 

後頭部をポストにぶつけながら、辰馬はネットへ突き刺さった。

 

実況の声が震える。

「同点! 大空翼、執念のシュート! 友坂辰馬を吹き飛ばしての同点ゴール!」

 

審判がゴールを認め、同時に後半終了を告げる笛。

試合は延長戦へ――。

 

 

 

沸き立つ南葛。

「やったーー!」「V3の夢はまだ終わらない!」

 

悔しがる東邦。

「くっそー!」「あと少しだったのに!」

 

若島津は地面を叩き、日向は痺れた足を悔しげに見つめる。

 

しかし観客席の宗像尚美は一点を見つめて動かない。

倒れたままの友坂辰馬――心配になった東邦学園の面々は友坂の元へ集まっていくが、友坂は僅かな動きもみられなかった。

東邦学園の心配は南葛中に伝わらと観客にも伝わりスタジアムがざわついていた。

 

弥生が心配そうに声をかける。「尚美ちゃん?」

尚美は唇を噛みしめ、楽器ケースを開けた。

 

「ごめんなさい、少しうるさくなるわ」

トランペットを凛と構え、息を吹き込む。

 

突如、澄み切った旋律が競技場に響いた。

「なんだ、この曲は?」「すごい音色……」

観客のざわめきが驚きへ、そして感嘆へ変わる。

 

――『アイーダ』。

壮大な凱旋行進曲。サッカー日本代表でもおなじみの応援曲。

 

音に引き寄せられ、東邦・南葛の吹奏楽部も演奏に加わる。

楽器を持たぬ観客までもが歌い出した。

60分の激闘を讃え、延長戦へ挑む両雄に贈る凱旋の調べ。

 

尚美の脳裏に、辰馬との記憶がよみがえる。

練習場の隣でアイーダを吹いた日。

「オーオーオオー♪」と無邪気に歌う辰馬。

その笑顔、仲間たちの温かな声。

 

――フィールドでは、辰馬が静かに横たわっていた。

(辰馬……このままじゃ交代だよ。悔しいでしょ? 起きて……起きて、またプレーする姿を見せて!)

 

涙をにじませながら尚美は吹き続ける。

 

同じ旋律が、夢の中で辰馬の耳にも届いていた。

(懐かしい音だな……尚美か)

 

「うっ……」

ゆっくりと瞼が開く。

 

「辰! 起きたか!?」日向の声。

「やった! 辰馬さん!」東邦学園イレブンが歓声を上げる。

 

医師が駆け寄る。「無理するな!」

しかし辰馬は強い眼差しで言った。

「俺は出ます」

 

医師が驚く。「将来があるんだぞ!」

「翼が引っ込むツラじゃないなら、俺も下がれません」

 

その視線の先には、なお闘志を燃やす大空翼。

 

タンカで運ばれながらも辰馬は右腕を高く掲げた。

――自分は健在だ。まだ戦う。

 

観客席から大きな拍手が湧き起こる。

演奏を終えた尚美は涙を拭い、弥生に抱きしめられた。

「よかった……」

 

延長戦を前に、スタジアムはひとつになっていた。

凱旋の曲がまだ胸に響く中、再び笛が鳴ろうとしている――。

 

 

 

 

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