副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
夏の陽射しが傾きはじめた午後、熱気を帯びたグラウンドに笛の音が響いた。
対戦相手は高校サッカー界の名門・三原中央高校。全国大会の常連であり、その身体能力と組織力は高校トップクラス。
だが、日本Jrユース選抜の選手たちの表情に怯えはなかった。むしろ、その挑戦的な目の奥に燃えるものがある。
「いけぇ!中学生に負けるなぁ!」
高校生たちの応援がベンチから飛ぶ。
その声を背に、三原中央の選手たちが一気にプレスをかけてくる。序盤から圧をかけ、中盤を支配しようという狙いだ。
しかし、友坂辰馬は冷静だった。
「みんな!落ち着いていこう!DFはまずマークチェック! ラインの声かけ忘れるなよ!」
短く鋭い指示が飛ぶ。声のトーンは低く、だが芯がある。
仲間たちの間に一瞬の緊張が走り、それが団結へと変わっていく。
「おう!」
中盤で松山がボールを奪い、すぐさま友坂へ。
友坂は一度ボールを止め、全体の配置を確認する。
(相手は縦の速攻狙い…なら、こちらは横へ流してテンポを崩す)
彼の脳裏に瞬時に戦術のイメージが浮かぶ。指先が軽く動き、パスが通る。
DFからFWへ、まるで糸で結んだような滑らかな連携が始まった。
ピッチサイドでは、住友コーチが唸るように言った。
「高校生相手ですから攻められてはいますが、友坂が良くまとめていますね。」
「そうだね。」見上監督が腕を組む。「立花政夫は不慣れなポジションだから、まだ動きが硬いけど…それを友坂が上手くカバーしている。」
三杉も頷きながら目を細めた。
「彼は戦いを知っています。ボランチでありながらDFの意識が強い。攻撃の起点にもなれる…まさに司令塔です。」
「なるほどな…」見上は口元に微笑を浮かべる。「松山をDFに下げて、友坂にゲームメイクを任せるのも面白いかもしれない。」
「三杉くんの案ですね。」住友が笑った。「彼なら上手くまとめられるでしょう。翼が戻ってきた後の布陣にも影響しそうです。」
試合は動いた。
前半、友坂のカバーリングで守備が安定すると、松山が中盤からロングスルーパス。
それを受けた日向が、地を這うようなドリブルで中央突破。
「うおおおっ!!」
日向のタイガーショットが炸裂し、ネットが揺れる。
スタンドがどよめき、仲間たちが駆け寄る。
「ナイスだ日向!」
二点目もまた日向。今度は松山のクロスに合わせて豪快なボレー。
友坂はそのすべての流れを冷静に読み、リズムを整えていた。
前半終了、スコアは2-0。だが、友坂の視線はまだ冷めていなかった。
(後半、相手は前がかりにくる。オフサイドトラップでリズムを崩す)
後半開始、見上監督は石崎・立花兄弟・若島津を交代させる。
友坂は指示を受けて最終ラインに下がった。
新布陣で臨む南葛選抜。中盤の支配力はやや落ちるが、友坂がDFから声で全体を動かす。
「ライン上げるぞ!早田、右サイドは押し上げろ!」
「了解!」
早田のスライディングが炸裂、ボールを奪ってすぐ前へ。
友坂のロングパスが的確に早田の足元へ届き、そこから再び日向へ。
カミソリのような展開。
三原中央の守備陣はついていけない。
「いけぇ、日向ぁ!」
強烈な三発目――タイガーショット!
ゴール左隅に突き刺さり、ハットトリック達成。
試合を決定づける一点だった。
その後も、友坂はボランチの位置で冷静にDFラインを統率し、パスカットやオフサイドトラップを的確に仕掛けた。
高校生たちが焦れて攻め込むが、ことごとく潰される。
終わってみれば4-0。無失点の完勝だった。
笛が鳴る。歓声が爆発した。
「やったー!高校生相手に勝ったぞ!」
「日向さん、ハットトリックですよ!」
「松山も1点おめでとう!」
「早田もワンアシスト!やったな!」
「おうよ!友坂の演出通りだな!さすが“軍師”だ!」
チーム全体が喜びに包まれる。
友坂は微笑みながらも、どこか冷静に戦況を分析していた。
(でも…今日の布陣で見えた。守りを整えた上で攻撃を繋げば、もっと上を狙える)
見上監督が静かに言う。
「友坂は高校生相手にも支配力で負けていなかったな。」
「ええ。」住友コーチも頷く。「攻撃では目立たなかったが、守備の安定は彼の功績です。中盤とDFを繋げたのは間違いなく彼でしょう。」
三杉が微笑む。
「間接的にでも、彼の演出が随所に見えました。次は…彼にゲームメイクを任せてみたいですね。」
「見てみたいな。」見上の目に確かな期待が宿った。
夕方、練習が終わると石崎たち南葛中組は電話をかけた。
相手はもちろん、今は療養中の大空翼だ。
「翼ー! 三原中央に勝ったぞ! 4-0だ!」
「日向のハットトリック! 松山も一点! 友坂がチームまとめて無失点だ!」
電話越しの翼の声が、少し笑って返す。
「そっか…すごいじゃないか。みんな、成長してるな。」
「でもなー、翼がいればもっと楽に勝てたかもな!」
「ははっ、それはどうかな。」
その笑い声に、夕暮れの風が通り抜けた。
その瞬間、彼らの中に次の目標が生まれていた。
――翼のいる日本Jrユースで、もう一度、最高のチームを。
夕暮れが沈み、窓の外は橙から群青へと変わりはじめていた。
合宿所の食堂には、カレーと味噌汁の香ばしい匂いが漂っている。
昼間の熱気がまだ残る部屋に、試合を終えた選手たちの笑い声が弾んでいた。
勝利の余韻と、全身に残る疲労が入り混じった心地よい時間だ。
「いやー!高校生相手に4−0って! ちょっと信じられねぇよな!」
石崎がスプーンを握りながら満面の笑み。
「お前、後半出てなかったくせにテンション高ぇな!」と早田が突っ込む。
「そりゃ嬉しいに決まってるだろ! チームが勝ったんだぜ!」
そのやりとりに、食堂のあちこちから笑いが起こった。
「日向さん、今日のハットトリックすごかったです!」
タケシが目を輝かせる。
日向は照れたように鼻をこする。「まあな。けど、あれは辰の仕込みだ」
その一言に、食堂の空気がふっと和む。
「仕込み?」と立花兄弟が首をかしげる。
「そうだよ。」早田が補足する。「後半、ライン上げろって声を出したのは友坂だ。俺が上がるタイミングも、あいつが後ろから全部見てた。」
友坂はスープを啜りながら苦笑した。
「たまたまだよ。相手が縦に突っ込んでくるのが見えたから、早田に抜けてもらっただけ。」
「それを“たまたま”でやるかよ。」日向が真顔で言う。「お前の“読み”は本物だ。」
その言葉に、少しだけ周囲の空気が変わった。
チームの中心に立つ者が、もう一人いる。
皆がそれを自然に感じ取っていた。
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食事がひと段落したあと、見上監督と住友コーチ、三杉、それに友坂が残っていた。
他の選手たちは風呂に向かい、食堂には静けさが戻っていた。
湯気の消えたコップの水が、天井の蛍光灯を淡く反射している。
「…よくやってくれた、友坂。」
見上がゆっくりと口を開く。
「今日は高校生相手に怯まなかった。それだけでも収穫だ。だが――」
「けど、まだ“支配しきれて”はいなかった。」
友坂が先に言葉を継ぐ。
見上は軽く目を細めた。「その通りだ。君は自分の立ち位置をよく分かっている。」
三杉がノートを開いた。そこには今日の試合の簡易メモがびっしりと書かれている。
「前半の中盤は、松山のパスが効いていました。でも後半、友坂くんが下がったことで中盤が空いた。そこで相手のポゼッションが増えましたね。」
「うん。」住友が頷く。「友坂を下げると守備は安定するが、攻撃の起点が減る。逆に上げれば支配力は増すが、背後が薄くなる。」
見上が静かに言う。「要するに――彼をどこで使うか、だ。」
友坂は少し黙って、窓の外の闇を見た。
「僕はどこでも構いません。ただ、今のチームは“形”よりも“意志”が先にある気がします。」
「意志?」三杉が聞き返す。
「はい。みんな、翼の代わりに“勝ちたい”じゃなくて、“認められたい”と思ってる。だから、ポジションの責任を超えて、全員が繋がってる感じがするんです。」
その言葉に、住友と見上はしばらく沈黙した。
やがて見上が静かに笑う。
「……なるほど。戦術ではなく、意志で戦うチーム。面白い考えだ。」
三杉が笑みを浮かべる。
「やっぱり、君は“軍師”というより“哲学者”かもしれませんね。」
「そんな立派なもんじゃないですよ。」
友坂は少し頬をかいた。「ただの分析屋です。」
その控えめな言い方が、逆に周囲をうならせた。
友坂辰馬――ピッチの中でも外でも、常に全体を俯瞰して考える少年。
その存在が、確実にチームの中心へと近づいていた。
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夜風がカーテンを揺らす。
見上が最後に一言、低く言った。
「友坂、次は“ゲームメイク”を任せてみようと思う。お前が中心だ。」
友坂は驚いたように目を上げ、そして深く頷いた。
「はい。やってみます。」
その声には、恐れも迷いもなかった。
翌日の空が、少しだけ明るく感じられた
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日本Jrユース合宿 六日目
午前九時。照りつける夏の太陽の下、白いユニフォームに身を包んだ日本Jrユースの選手たちがピッチに散っていった。
相手は高校サッカー界でベスト4に名を連ねる強豪・帝和高校。
高校生とはいえ、全国を代表する実力者たちだ。だが、今日の日本Jrユースの表情には迷いがなかった。
中央には友坂辰馬。
見上監督の「ゲームメイクは任せる」という一言を受け、ボランチから一列上がって司令塔としてピッチを支配する。
「よし、いこう。まずはボールを回して相手の守備の穴を探そう。」
仲間たちに短く声をかけると、彼の周囲の空気が一瞬にして引き締まった。
開始直後、相手高校生のプレスは鋭かった。だが、友坂は慌てず、最初のワンタッチでボールを捌く。
「早田、サイド広げろ!」
その声で一気に展開が変わる。右サイドに展開されたボールを、早田が低く鋭いクロスで中央へ――
日向が飛び込み、強烈なタイガーショットを突き刺した。
――ゴール!
まだ前半10分。
早くもスコアは1-0。
スタンドの高校生たちがざわめく。
見上監督が腕を組んで呟いた。
「高校生相手に怯まず、完全に支配しているな。まるで…プロのようだ。」
その後も試合は友坂の掌の上にあった。
中盤で敵のパスコースを読み切り、前を向いた瞬間、視界の端にいた新田へロングスルーパスを通す。
「走れ、新田!」
叫ぶと同時に新田が反応。ノートラップのまま、隼ランニングボレー!
ボールは一直線にゴールへ吸い込まれた。2-0。
ピッチ上の帝和高校キャプテンが苛立ちを露わに叫ぶ。
「おい!中盤を押し上げろ!あの7番(友坂)を自由にさせるな!」
しかし、遅かった。
友坂はすでに次の一手を描いていた。
「早田、上がれ! 日向、ポストだ!」
日向が受け、身体を張ってボールをキープ。その背中に友坂が走り込む。
日向のワンタッチパスを受けた瞬間、友坂はわずかに体を傾け――
「飛龍ッ!!」
無回転の弾丸シュートがゴール左隅へ突き刺さる。
3-0。
ベンチから歓声が上がる。
その後も彼のゲームメイクは冴え渡り、後半には立花和夫のスカイラブハリケーンを完璧に演出。
終わってみればスコアは 6-0。
全6得点中、5点に友坂が直接絡む異常な支配力だった。
見上監督は笑みを浮かべながら住友コーチに言った。
「これが“軍師”のサッカーか。」
「ええ。まさに、試合を設計して勝つプレイヤーですね。」
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試合後のロッカールーム。
汗を拭いながら、選手たちは高揚と疲労の入り混じった表情で座っていた。
そんな中、友坂がゆっくりと立ち上がる。
「二試合終わって二連勝。不慣れなポジションでも全員がよくやった。」
「やったー!」「二連勝だ!」と声が上がる中、彼の声は落ち着いていた。
「でもな、これで満足してたら国際大会では勝てない。今のうちに修正していこう。」
その一言に、全員の表情が真剣になる。
「まずFW。新田と立花。高校生相手だと身体で負ける場面があった。接触される前に次のプレイを決めよう。」
新田と立花が同時に「はい!」と返す。
「日向は…」
「俺は完璧だったろ?」胸を張る日向。
「だからこそ、ポストプレイだ。仲間が動きやすいように意識してくれ。」
「うっ…気をつける。」
「MFは政夫と佐野。動きは良くなってる。でも視野が狭い。ボールを持ってる時も、持ってない時も周りを見ろ。」
「了解!」
「松山はDFとしてキープ力が光ってた。ただ、持ちすぎると奪われる危険もある。次は一瞬で展開できるように。」
松山は静かに頷いた。「わかってる。」
「早田、石崎。サイドの攻撃参加は効いてた。でも両サイドが同時に上がるとリスクが大きい。どっちかは残るように。」
「おう!」
「次藤、相変わらず高さは武器だな。でも、サイドバックが上がった時は必ずカバーを頼む。」
「気をつけるたい!」
「最後にGKとの連携だ。守備ラインの位置はGKによって変わる。互いの守備範囲を確認しておけ。」
全員が真剣な表情で頷いた。
そして、最後に友坂は柔らかく笑った。
「俺たちの世代が、初めて海外へ挑むチームだ。勝つために、全員で最善を尽くそう。」
その声に、部屋中から力強い「おうっ!」の声が響いた。
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ミーティングが終わると、友坂はホワイトボードを片付けていた。
そこへ松山と日向が笑顔で近づく。
「さすが軍師だな。みんなをよく見てる。」
「それにまとめ方もうまいぜ。」
友坂は少しだけ苦笑した。
「今日の試合で勝てたから聞いてくれるんだよ。そうでなきゃ、誰も耳を貸さないさ。」
松山が首を振る。
「いや、違う。みんなお前の実力を知ってる。だから信じてるんだ。」
日向がにやりと笑う。
「そういや昨日、練習後に一人で残ってシュート練習してたよな?」
松山も「見たぞ。ロングレンジから撃ってたけどバーの上に外してたな。」
「実はドライブシュートを練習してたんだ。」
「なにっ!?」
日向の声が一段高くなる。
「翼のドライブシュートか…!」
松山が感心したように目を細めた。
「そう。飛龍は無回転で変化するけど、ロングからだと精度が落ちる。だから回転系も身につけたいんだ。」
「完成しそうか?」
「大会中には…俺の右足でも難しいかもな。」
日向が肩を叩く。
「無理すんな。点は俺たちFWが取る。お前はゲームを支配してくれりゃいい。」
松山も頷く。
「そうだ。今のお前のサッカーがチームを動かしてる。」
友坂は小さく笑って答えた。
「ありがとう。でも、いずれ見せてやるさ。俺の“ドライブシュート”をな。」
日向がにやりと笑い返す。
「その時は、俺のタイガーとどっちが上か勝負だ。」
夜の風が窓を揺らす。
3人は笑いながら部屋を出た。
翌日の相手は、まだ分からない…しかし2試合で得た自信がみんなの胸の中にあった.
誰もが眠りにつく前に、胸の奥で静かに闘志を燃やしていた。