副キャプテン 辰馬   作:匿名希望のぽっちゃり

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ハンブルグ練習試合④ ー完敗の果てー

 

 

試合は終盤、日本Jrユースはなおも1-5と苦しい状況に追い込まれていた。

だが誰一人として諦めてはいなかった。

「まだ終わっちゃいない……!」

ベンチ横から響く声があった。

翼だった。

 

「頑張れ!ファイト!全日本!」

ピッチの仲間たちへ、声を振り絞って叫ぶ翼。

 

その声に、フィールド上の選手たちの闘志が再び燃え上がる。

友坂辰馬は、汗に濡れた前髪をかき上げ、苦しくも鋭い視線を前に向けた。

 

(このままじゃ終われんよな……!)

 

体力は限界に近い。

しかし心の炎は、むしろ強く燃えていた。

 

ハンブルグの中盤でボールを奪おうとした瞬間、友坂は一瞬の隙を突いてスライディングタックル。

刃のような正確なタックルが、ボールを綺麗にカットする。

「奪ったぁ!友坂だ!」

実況席の声が高ぶる。

 

ハンブルグJrユースの選手が叫ぶ。

「シュナイダーから離れたのか!?」「こいつは注意しろ!」

 

しかし肝心のシュナイダーは追ってこない。

ただ腕を組み、笑みを浮かべながら呟いた。

「ふっ……お手並み拝見だな。」

 

友坂は立ち上がると、ドリブルを開始した。

左、右、中央。ボールは彼の足に吸い付いたように動く。

一人、二人、三人――

突破。

 

「なっ、速い!」「前半よりも切れてる!」

ハンブルグの選手たちが動揺する。

 

友坂は華麗にマルセイユルーレットを繰り出すと、そのままヒールリフトでさらに一人をかわした。

まるで滑るように前線へ駆け上がっていく。

 

左腕を広げ、二本指を立てて前方に振る。

「新田!反町!左から駆け上がれ!」

鋭い指示の声に、新田と反町が即座に反応。

「はいっ!」

彼らはサイドを駆け上がり、一直線にゴールへ向かう。

 

友坂はそのまま日向の近くまで迫ると、短く親指で自分の背後を指した。

(後ろにつけ!)

 

日向の瞳がキリッと光る。

(辰……わかった!)

 

東邦学園時代、何度も敵陣を切り裂いてきた二人。

全国を制したあの頃と同じ呼吸、同じ鼓動――。

ピッチ上に、東邦の血が甦った。

 

「わかってるな!お前ら!」友坂が叫ぶ。「日本JrユースのFWとして、何としても一点取るんだ!」

日向・新田・反町「おう!!!」

 

ハンブルグDFたちは慌てて戻るが、友坂の動きは読み切れない。

彼のリズムは速すぎた。

「右か!?左か!?」DF同士の声が交錯する。

 

ペナルティエリア直前、友坂は最後のDFを抜き去り、ペナルティエリアへ侵入。

腰の後ろに手を回し、親指で“右”を指す。

(いけ、日向!)

 

その動作を読んだ新田と反町が「こっちだぁ!」と左サイドで声を上げる。

若林の目が左に動く。

(新田、反町……いや、日向か?どっちだ!?)

 

次の瞬間、日向が鋭く右サイドに飛び出した。

若林(やはり日向か!?)

 

友坂はそのタイミングで体を翻し――

シュートと見間違うほどの威力のボールを、左サイドへ。

 

「なにっ!?」若林の瞳が大きく開かれる。

反町がその強烈な弾道をダイレクトで受け、瞬時に折り返した。

まるで銃弾のようなパスが、中央へ一直線に飛ぶ。

 

(来いよ、反町!)

(ああ、任せろ!)

 

その呼吸、わずか0.2秒の連携。

東邦で幾度となく磨き上げた“フラッシュパス”が炸裂する。

 

日向が右足を振り抜いた。

「決まれぇっ!!!」

 

反町のダイレクトパスを完璧なボレーで合わせ、爆発的なタイガーショットが放たれる!

若林はポジショニングを崩していた。

反応すらできない。

 

ゴォォォォォォォォン!!

 

轟音とともにネットが破れる。

スタンド席が唸り、実況の声が掻き消されるほどの歓声が巻き起こる。

 

翼(……日向くん、ナイスシュート。あれでは若林くんでも止められない)

三杉(友坂くんの戦術が光った一点だ。さすが“軍師”だな)

 

若林はボールを見つめ、口角をわずかに上げた。

(ふっ……やるな、友坂)

 

スコアボードが書き換わる。

日本Jrユース 2-5 ハンブルグJrユース。

 

残り時間はわずか。

それでも、この一点は、彼らの誇りと魂を証明するに十分だった。

 

観客の中には涙ぐむ者もいた。

誰もが知っていた――このチームは、まだ終わっていない。

 

 

芝を揺らす歓声が、まだどこか遠くに聞こえていた。

ハンブルグが3点リード。

その差が、数字以上に重くのしかかっていた。

 

だが、その中で友坂、反町、そして日向が見せた連携は見事だった。

右サイドで反町が一瞬のフェイントで相手DFを抜き、ライン際ギリギリで折り返す。

中央へ飛び込んだ日向が、友坂の視線と呼吸を感じ取るように走り込んでいた。

友坂の足元を抜けるスルーパス。

一拍遅れて日向が、鋭く地を叩くボールを足裏でトラップし、反転シュート。

 

乾いた音と共に、ボールはゴール右隅に突き刺さった。

ようやくの2点目。

ベンチからは歓声が上がるが、誰もがまだ笑顔を見せる余裕はなかった。

 

ゴール裏で立ち尽くす若林が、ただ黙ってボールを拾い上げる。

その表情に笑みも悔しさもない。

日向は、息を整えながらその背中を見つめた。

(……流石に、あれは取れねえだろ)

少しだけ、勝ち誇ったような笑みを浮かべた瞬間――

 

若林は、くるりと背を向けて呟いた。

「……逃げたな」

 

その一言が、爆薬の導火線に火を点けた。

日向の表情が一瞬で変わる。

「……何だと、若林!」

 

若林は振り向きもせず、淡々と続けた。

「昔のお前なら、こんな時でもペナルティエリア外から撃ってきたはずだ。

たかが一点取るために、俺との勝負を避けたんだ。……違うか?」

 

「なにぃ……!」

日向のこぶしがわずかに震えた。

グラウンドの空気が、急に張りつめる。

 

若林はゆっくりと振り返り、今度は真正面から日向を見据えた。

その目には冷たい光が宿っている。

「どう見ても勝ち目のない点差だってのに、そんなに一点が欲しかったのか? 日向。」

 

まるで、心の奥を覗き込むような声。

挑発ではなく、断罪のように響いた。

 

「今の一点は俺からのプレゼントだ。

そんな意気地のない男がキャプテンを務めるチームじゃ――

この遠征で一勝もできやしないぜ!」

 

その瞬間、空気がはじけた。

堪忍袋の尾が切れた日向が、猛獣のように地面を蹴った。

「……俺たちを侮辱するにもほどがあるぞ、若林ィ!」

 

怒号とともに突進。

日向の拳が唸りを上げて振り抜かれる。

若林もすかさず反応し、カウンターで殴り返そうと腕を上げる。

 

「やめろっ!!」

 

両者の拳が交差する刹那、一人の影が割って入る。

左右の拳をそれぞれの手でがっしりと受け止めた。

芝が軋み、風が止まったかのような静寂。

 

「!?」

「なっ…!」

 

その男の名は――友坂辰馬。

 

松山が息をのむ。「……友坂!?」

日本Jrユースのメンバーも、ハンブルグの面々も言葉を失う。

 

若林(止めにきたのか…)

日向「辰!邪魔すんな! コイツだけは、殴らなきゃ気が済まねぇんだ!」

目を伏せた友坂が、静かに口を開く。

「オレが――」

 

「お抱え軍師に止めてもらえて良かったな。」

若林が冷たく遮る。

「友坂もお前みたいな奴の軍師やってて大変だろうよ。」

 

「……なんだとぉ!」

 

再び前へ出ようとする日向。

それでも友坂は目を伏せたまま、わずかに震える声で言った。

 

「おい、オレが話して――」

 

またも若林の声が被さる。

「タイマンならいつでも相手になるぞ。」

 

……ブチッ。

 

空気が切れるような音がした。

次の瞬間、友坂の声が冷たく響く。

 

「小次郎。オレが止めたのはな……」

 

全員の視線が彼に集中する。

その瞬間、友坂は若林の手を掴み、強く引き寄せた。

 

「うわっ!」前のめりになる若林。

「オレが殴るためだぁ!!」

 

友坂の右ストレートが、爆音のように若林の頬を撃ち抜いた。

乾いた音がグラウンドに響く。

一瞬、時が止まる。

 

「辰っ!!」

「やめろ、友坂!」松山、次藤、早田が走る。

 

だが友坂は止まらない。

「おらぁ若林! “タイマン”ならいつでもいいんだろうが! 今すぐ相手になってもらうぞ!」

 

若林の胸ぐらを掴み、もう一発。

殴られた若林も黙ってはいない。

「友坂ぁ!!」

拳が交錯し、二人がもみ合う。

 

実況の日本人アナウンサーが絶叫する。

「これは、いけませんっ! 日本Jrユース初戦でまさかの乱闘です! 試合後の握手の場面で、なんと――友坂辰馬がハンブルグGK若林源三選手を!」

 

カメラが乱れ、レンズ越しに芝が揺れる。

 

ハンブルグの選手たちも駆け寄る。

「ゲンさん!」「若林、やめろっ!」

体格の大きな次藤、松山、早田、日向が友坂を羽交い締めにして引き離す。

「何てパワーたい!」

「何でこいつ、こんなに力あるんだよ!?」

「それより体力だ! 1番走ってたのに、まだ動けるのかよ!?」

 

「辰!もうやったから!オレの分もやったから!落ち着け!なっ!」

日向の声に、ようやく辰馬の呼吸が乱れ、肩が上下する。

 

力を抜くと同時に、彼を押さえていた

 

友坂は荒い息を吐きながら、ようやく力を抜く。

「……ふー……すまん。手間かけた。」

 

四人は脱力したように地面に座り込む。

若林は頬を赤く腫らせ、膝をついていた。

ハンブルグの仲間が心配そうに彼の肩を支える。

 

日向が近寄り、キャプテンマークを松山に渡す。

「……頼む。」

 

そして背を向け、グラウンドを後にした。

翼がその背中を見つめる。

その頬に、涙が伝っているのを確かに見た。

 

若林はうつむいたまま、小さく呟く。

「……予定と違ったけど、これでよかったんですよね……見上さん。」

 

日本Jrユースの面々は黙り込んだまま、その背中を見送るしかなかった。

友坂もまた、俯いて動かない。

(小次郎……強くなろう。もっと、強く――)

 

 

その頃、日本。

宗像尚美はテレビの前で身を乗り出していた。

「ぷっ……ふふっ……!」

 

そして次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。

「辰馬ぁ……あなた、そこで殴るぅ!?」

 

彼女は録画停止ボタンを押した。

その後何度もこの映像を見返しては、涙を流して笑うことになる。

そして、後日――

「辰馬、ここ、何回見ても最高よ……!」

顔を赤くする友坂の横で笑う宗像尚美の姿があった。

 

 

石崎了の声がナレーションのように響く。

(5−2、まさに完敗だった……日向はキャプテンを降り、松山が後を継ぐ。

日向、松山、友坂は翼の出場を認めず、若島津は怪我……

これから、俺たち全日本Jrユースはどうなっちまうんだ……)

 

沈む夕陽の中、チームの影が長く伸びていた。

敗北よりも重い、“火種”を抱えたまま――。

 

 

 

 

 

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