副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
試合は終盤、日本Jrユースはなおも1-5と苦しい状況に追い込まれていた。
だが誰一人として諦めてはいなかった。
「まだ終わっちゃいない……!」
ベンチ横から響く声があった。
翼だった。
「頑張れ!ファイト!全日本!」
ピッチの仲間たちへ、声を振り絞って叫ぶ翼。
その声に、フィールド上の選手たちの闘志が再び燃え上がる。
友坂辰馬は、汗に濡れた前髪をかき上げ、苦しくも鋭い視線を前に向けた。
(このままじゃ終われんよな……!)
体力は限界に近い。
しかし心の炎は、むしろ強く燃えていた。
ハンブルグの中盤でボールを奪おうとした瞬間、友坂は一瞬の隙を突いてスライディングタックル。
刃のような正確なタックルが、ボールを綺麗にカットする。
「奪ったぁ!友坂だ!」
実況席の声が高ぶる。
ハンブルグJrユースの選手が叫ぶ。
「シュナイダーから離れたのか!?」「こいつは注意しろ!」
しかし肝心のシュナイダーは追ってこない。
ただ腕を組み、笑みを浮かべながら呟いた。
「ふっ……お手並み拝見だな。」
友坂は立ち上がると、ドリブルを開始した。
左、右、中央。ボールは彼の足に吸い付いたように動く。
一人、二人、三人――
突破。
「なっ、速い!」「前半よりも切れてる!」
ハンブルグの選手たちが動揺する。
友坂は華麗にマルセイユルーレットを繰り出すと、そのままヒールリフトでさらに一人をかわした。
まるで滑るように前線へ駆け上がっていく。
左腕を広げ、二本指を立てて前方に振る。
「新田!反町!左から駆け上がれ!」
鋭い指示の声に、新田と反町が即座に反応。
「はいっ!」
彼らはサイドを駆け上がり、一直線にゴールへ向かう。
友坂はそのまま日向の近くまで迫ると、短く親指で自分の背後を指した。
(後ろにつけ!)
日向の瞳がキリッと光る。
(辰……わかった!)
東邦学園時代、何度も敵陣を切り裂いてきた二人。
全国を制したあの頃と同じ呼吸、同じ鼓動――。
ピッチ上に、東邦の血が甦った。
「わかってるな!お前ら!」友坂が叫ぶ。「日本JrユースのFWとして、何としても一点取るんだ!」
日向・新田・反町「おう!!!」
ハンブルグDFたちは慌てて戻るが、友坂の動きは読み切れない。
彼のリズムは速すぎた。
「右か!?左か!?」DF同士の声が交錯する。
ペナルティエリア直前、友坂は最後のDFを抜き去り、ペナルティエリアへ侵入。
腰の後ろに手を回し、親指で“右”を指す。
(いけ、日向!)
その動作を読んだ新田と反町が「こっちだぁ!」と左サイドで声を上げる。
若林の目が左に動く。
(新田、反町……いや、日向か?どっちだ!?)
次の瞬間、日向が鋭く右サイドに飛び出した。
若林(やはり日向か!?)
友坂はそのタイミングで体を翻し――
シュートと見間違うほどの威力のボールを、左サイドへ。
「なにっ!?」若林の瞳が大きく開かれる。
反町がその強烈な弾道をダイレクトで受け、瞬時に折り返した。
まるで銃弾のようなパスが、中央へ一直線に飛ぶ。
(来いよ、反町!)
(ああ、任せろ!)
その呼吸、わずか0.2秒の連携。
東邦で幾度となく磨き上げた“フラッシュパス”が炸裂する。
日向が右足を振り抜いた。
「決まれぇっ!!!」
反町のダイレクトパスを完璧なボレーで合わせ、爆発的なタイガーショットが放たれる!
若林はポジショニングを崩していた。
反応すらできない。
ゴォォォォォォォォン!!
轟音とともにネットが破れる。
スタンド席が唸り、実況の声が掻き消されるほどの歓声が巻き起こる。
翼(……日向くん、ナイスシュート。あれでは若林くんでも止められない)
三杉(友坂くんの戦術が光った一点だ。さすが“軍師”だな)
若林はボールを見つめ、口角をわずかに上げた。
(ふっ……やるな、友坂)
スコアボードが書き換わる。
日本Jrユース 2-5 ハンブルグJrユース。
残り時間はわずか。
それでも、この一点は、彼らの誇りと魂を証明するに十分だった。
観客の中には涙ぐむ者もいた。
誰もが知っていた――このチームは、まだ終わっていない。
芝を揺らす歓声が、まだどこか遠くに聞こえていた。
ハンブルグが3点リード。
その差が、数字以上に重くのしかかっていた。
だが、その中で友坂、反町、そして日向が見せた連携は見事だった。
右サイドで反町が一瞬のフェイントで相手DFを抜き、ライン際ギリギリで折り返す。
中央へ飛び込んだ日向が、友坂の視線と呼吸を感じ取るように走り込んでいた。
友坂の足元を抜けるスルーパス。
一拍遅れて日向が、鋭く地を叩くボールを足裏でトラップし、反転シュート。
乾いた音と共に、ボールはゴール右隅に突き刺さった。
ようやくの2点目。
ベンチからは歓声が上がるが、誰もがまだ笑顔を見せる余裕はなかった。
ゴール裏で立ち尽くす若林が、ただ黙ってボールを拾い上げる。
その表情に笑みも悔しさもない。
日向は、息を整えながらその背中を見つめた。
(……流石に、あれは取れねえだろ)
少しだけ、勝ち誇ったような笑みを浮かべた瞬間――
若林は、くるりと背を向けて呟いた。
「……逃げたな」
その一言が、爆薬の導火線に火を点けた。
日向の表情が一瞬で変わる。
「……何だと、若林!」
若林は振り向きもせず、淡々と続けた。
「昔のお前なら、こんな時でもペナルティエリア外から撃ってきたはずだ。
たかが一点取るために、俺との勝負を避けたんだ。……違うか?」
「なにぃ……!」
日向のこぶしがわずかに震えた。
グラウンドの空気が、急に張りつめる。
若林はゆっくりと振り返り、今度は真正面から日向を見据えた。
その目には冷たい光が宿っている。
「どう見ても勝ち目のない点差だってのに、そんなに一点が欲しかったのか? 日向。」
まるで、心の奥を覗き込むような声。
挑発ではなく、断罪のように響いた。
「今の一点は俺からのプレゼントだ。
そんな意気地のない男がキャプテンを務めるチームじゃ――
この遠征で一勝もできやしないぜ!」
その瞬間、空気がはじけた。
堪忍袋の尾が切れた日向が、猛獣のように地面を蹴った。
「……俺たちを侮辱するにもほどがあるぞ、若林ィ!」
怒号とともに突進。
日向の拳が唸りを上げて振り抜かれる。
若林もすかさず反応し、カウンターで殴り返そうと腕を上げる。
「やめろっ!!」
両者の拳が交差する刹那、一人の影が割って入る。
左右の拳をそれぞれの手でがっしりと受け止めた。
芝が軋み、風が止まったかのような静寂。
「!?」
「なっ…!」
その男の名は――友坂辰馬。
松山が息をのむ。「……友坂!?」
日本Jrユースのメンバーも、ハンブルグの面々も言葉を失う。
若林(止めにきたのか…)
日向「辰!邪魔すんな! コイツだけは、殴らなきゃ気が済まねぇんだ!」
目を伏せた友坂が、静かに口を開く。
「オレが――」
「お抱え軍師に止めてもらえて良かったな。」
若林が冷たく遮る。
「友坂もお前みたいな奴の軍師やってて大変だろうよ。」
「……なんだとぉ!」
再び前へ出ようとする日向。
それでも友坂は目を伏せたまま、わずかに震える声で言った。
「おい、オレが話して――」
またも若林の声が被さる。
「タイマンならいつでも相手になるぞ。」
……ブチッ。
空気が切れるような音がした。
次の瞬間、友坂の声が冷たく響く。
「小次郎。オレが止めたのはな……」
全員の視線が彼に集中する。
その瞬間、友坂は若林の手を掴み、強く引き寄せた。
「うわっ!」前のめりになる若林。
「オレが殴るためだぁ!!」
友坂の右ストレートが、爆音のように若林の頬を撃ち抜いた。
乾いた音がグラウンドに響く。
一瞬、時が止まる。
「辰っ!!」
「やめろ、友坂!」松山、次藤、早田が走る。
だが友坂は止まらない。
「おらぁ若林! “タイマン”ならいつでもいいんだろうが! 今すぐ相手になってもらうぞ!」
若林の胸ぐらを掴み、もう一発。
殴られた若林も黙ってはいない。
「友坂ぁ!!」
拳が交錯し、二人がもみ合う。
実況の日本人アナウンサーが絶叫する。
「これは、いけませんっ! 日本Jrユース初戦でまさかの乱闘です! 試合後の握手の場面で、なんと――友坂辰馬がハンブルグGK若林源三選手を!」
カメラが乱れ、レンズ越しに芝が揺れる。
ハンブルグの選手たちも駆け寄る。
「ゲンさん!」「若林、やめろっ!」
体格の大きな次藤、松山、早田、日向が友坂を羽交い締めにして引き離す。
「何てパワーたい!」
「何でこいつ、こんなに力あるんだよ!?」
「それより体力だ! 1番走ってたのに、まだ動けるのかよ!?」
「辰!もうやったから!オレの分もやったから!落ち着け!なっ!」
日向の声に、ようやく辰馬の呼吸が乱れ、肩が上下する。
力を抜くと同時に、彼を押さえていた
友坂は荒い息を吐きながら、ようやく力を抜く。
「……ふー……すまん。手間かけた。」
四人は脱力したように地面に座り込む。
若林は頬を赤く腫らせ、膝をついていた。
ハンブルグの仲間が心配そうに彼の肩を支える。
日向が近寄り、キャプテンマークを松山に渡す。
「……頼む。」
そして背を向け、グラウンドを後にした。
翼がその背中を見つめる。
その頬に、涙が伝っているのを確かに見た。
若林はうつむいたまま、小さく呟く。
「……予定と違ったけど、これでよかったんですよね……見上さん。」
日本Jrユースの面々は黙り込んだまま、その背中を見送るしかなかった。
友坂もまた、俯いて動かない。
(小次郎……強くなろう。もっと、強く――)
⸻
その頃、日本。
宗像尚美はテレビの前で身を乗り出していた。
「ぷっ……ふふっ……!」
そして次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「辰馬ぁ……あなた、そこで殴るぅ!?」
彼女は録画停止ボタンを押した。
その後何度もこの映像を見返しては、涙を流して笑うことになる。
そして、後日――
「辰馬、ここ、何回見ても最高よ……!」
顔を赤くする友坂の横で笑う宗像尚美の姿があった。
⸻
石崎了の声がナレーションのように響く。
(5−2、まさに完敗だった……日向はキャプテンを降り、松山が後を継ぐ。
日向、松山、友坂は翼の出場を認めず、若島津は怪我……
これから、俺たち全日本Jrユースはどうなっちまうんだ……)
沈む夕陽の中、チームの影が長く伸びていた。
敗北よりも重い、“火種”を抱えたまま――。