副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
気をつけていきたいです
夜の帳がドイツの郊外を包み込みはじめていた。
宿舎の明かりがいくつかの部屋から漏れており、その窓越しに映る影が、選手たちの焦燥と決意を映し出している。
ブレーメン戦の敗北。イタリアJrユースからは試合を断られる。
それは、誰にとっても受け入れがたい結果だった。
夕食後も部屋に籠る者、静かにランニングをする者、黙々とノートに戦術を書き込む者……。
日本Jrユースの選手たちは、それぞれの方法で「悔しさ」と向き合っていた。
宿舎裏の簡易グラウンドでは、数人がまだボールを蹴っていた。
その中には、黒い練習球を使いシュートの重みを確かめる日向の姿もあれば、筋トレを続ける早田、タックル練習に没頭する松山の姿もある。
全員が、明日のミュンヘン戦に向け、何かを掴もうとしていた。
そんな喧噪から少し離れた時間、宿舎のロビーに現れたのは友坂辰馬だった。
彼は一息つくように窓の外を眺め、しばらく考えたあと、廊下の奥にある部屋のドアをノックする。
「おーい、暇か? 三杉。ちょっと付き合ってくれよ。」
ドアが開き、三杉淳が顔を出す。手にはメディカルチェック用のノートを持っていた。
穏やかに笑いながら、「友坂くん、こっちは一段落したから大丈夫だけど……練習かい?」と尋ねる。
友坂はニッと笑い、「おお、少しだけでいいからよ」と答える。
その笑顔に、どこかいつもより柔らかいものがあった。
⸻
二人は静まり返った街灯の下、宿舎から少し離れた公園へと歩いた。
昼間の喧騒が嘘のように、夜風が木々を揺らしている。
コンクリートの広場に出ると、友坂が持参したサッカーボールを地面に置き、足で軽く転がした。
「ほら」と言って、三杉に向かってボールを蹴る。
軽快な音が夜の静寂に響いた。
「黒いボールじゃないんだね」と三杉。
吉良監督から送られた練習球ではなく、普通のボールを前に首を傾げる。
友坂は、受け取ったパスをワントラップして返す。
「重たいボールばかり蹴ってると、細かい感覚が鈍るんだよ。
普通のボールも蹴っておかねぇとな。」
三杉は軽く笑う。「確かにそうだね。
でも、あの黒いボールって、日向くんが気に入ってたよね。」
「アイツは力加減なんて考えねぇからな。」
友坂が苦笑する。
その言葉に、三杉も「それはひどいよ」と吹き出した。
だが次の瞬間、友坂の表情がふっと真顔に戻る。
三杉がその変化に気づく。
「……練習しとけよ、三杉。」
「え?」
思わず問い返す三杉。
「僕は今回、選手じゃなくてコーチ役だよ?」
友坂はパスを受け取りながら、夜空を見上げた。
「関係ないさ。合宿に参加してなかった翼が試合に出られるんだ。
三杉が出れない理由なんて、どこにもねぇだろ。」
「でも、僕は……30分しか出られないんだよ。」
自分の心臓を気にするように胸に手を当てる三杉。
友坂は迷いなく答えた。
「なら──スーパーサブになれよ。」
「スーパーサブ……?」と三杉がつぶやく。
「そうだ。膠着した試合をお前が変えるんだ。
チームが停滞したとき、お前が風を吹かせるんだよ。」
パスのリズムが少し速くなる。
三杉の瞳が、次第に真剣な光を帯びていく。
「必要かな?岬くんも来るのに?」
三杉の声に、友坂はボールを止めて笑った。
「岬の今の実力なんて、誰もわかんねぇだろ。
でも俺は知ってる。お前の実力を、な。」
そう言ってボールを軽く蹴り返す。
「“フィールドの貴公子・三杉淳”の実力を、な。」
夜風が二人の間を抜ける。
少しの間、言葉はなかった。
ただボールのリズムだけが、二人の間に静かに流れていく。
やがて、友坂がボールを止める。
「さて……こんくらいにしとくか。明日はミュンヘン戦だしな。」
「うん。」
三杉の顔には、いつになく清々しい表情が浮かんでいた。
彼は自分の胸を軽く叩き、笑みを返す。
「ありがとう、友坂くん。」
「礼なんていらねぇよ。明日も頼むぜ、スーパーサブ。」
二人は宿舎へ向けて歩き出した。
夜空には満天の星。
その光が、彼らのこれからの戦いを見守るように瞬いていた。
________
朝の冷たい風が、ドイツ郊外のピッチを優しく撫でていた。
昨日までの敗北の重さは、まだ誰の胸にも残っている。
だがその空気は、今日の朝日とともに少しずつ変わりつつあった。
白い日本のユニフォームに袖を通す選手たち。
その胸のエンブレムが、静かに光を返している。
「――ようやく、ここからだな。」
友坂辰馬は、スパイクの紐を結びながらつぶやいた。
目の前には、かつては夢の中でしか見られなかった光景があった。
大空翼、日向小次郎、松山光――
そして自分。
この4人が同じピッチで、日本代表として肩を並べる。
それだけで、胸の奥が熱くなった。
⸻
試合開始の笛が鳴る。
日本ボールでキックオフ。
開始早々、翼が中盤でボールを受け取ると、相手を一人かわし、もう一人を抜き去る。
そのまま距離を取って、ロングレンジから――ドライブシュート!
“ギュオンッッッ!!”
空気を裂く音が響き、ボールはミュンヘンゴールの右上に突き刺さった。
開始わずか1分。完璧な一撃だった。
「ナイスシュート、翼!」
日向が声を上げ、笑みを浮かべる。
「でも次は俺たちFWに決めさせてくれよ!」
翼は微笑んで返す。
「うん、でも足の具合は大丈夫かい? 一昨日の夜からずっと自主練してたみたいだから……」
その一言に、友坂と松山、日向の3人は思わず目を見張った。
――見てたのか。あの夜も。
「気にすんな翼!」
日向は笑い、拳を握る。
「ガンガン決めてやるからな!」
「うん!」と翼。
「そうだぜ翼!」と友坂が続く。「大会前だし、いろんな連携や得点パターンを試しておこうぜ!」
「友坂くん、そうだね!」
声を交わすたびに、チーム全体の士気が上がっていくのが分かった。
友坂は内心でつぶやく。
(やっぱり翼は別格だな……でも、俺もスーパーボランチを目指すって決めたんだ。置いてかれるわけにはいかねぇ)
⸻
失点を許したミュンヘンは、意地を見せ始めた。
ドイツの下部チームらしい、組織的なプレスと堅守。
彼らの視線には、「日本に負けるわけにはいかない」というプライドが滲む。
(シュナイダーやシェスターほどの個は居ねぇが……良いチームだ。やっぱり、ドイツのサッカーは甘くねぇな)
友坂は冷静に分析しながらも、心の奥で燃えるものを感じていた。
そして、その瞬間が来た。
松山が相手の攻撃を鋭く読み、完璧なスライディングタックルでボールを奪う。
「ナイスだ松山!」
友坂にパスが渡る。
「今日の日本は強いぜぇ! 翼っ!!」
友坂が前線へとロングフィード。
翼はボールを受け、華麗にドリブルで2人を抜き去る。
そしてゴール前の日向へ、完璧なタイミングのスルーパス。
日向はノートラップのまま右足を振り抜いた。
――“タイガーボレーシュート!!”
“ドゴォォン!!”
ボールが唸りを上げてゴールネットを揺らす。
GKは一歩も動けなかった。
「日向さぁーん!」「すげぇ!!」「早くも2点目だ!!」
ベンチも大歓声。
⸻
観客席。
そこには、ハンブルグのユニフォーム姿の若林源三、そして西ドイツの皇帝・カール・ハインツ・シュナイダーの姿があった。
シュナイダーは数日後、ミュンヘンへの移籍を控えており、この試合を視察に来ていた。
若林は、試合を見つめながら小さく息をつく。
「翼が一人入るだけで……チームがこんなにも変わるんだな。」
シュナイダーも頷き、鋭い目でピッチを見つめた。
「……9番のシュート。前よりも速いな。日向小次郎――あの男もまだ伸びている。」
⸻
前半の終盤。
早田がサイドを駆け上がり、カミソリセンタリングを上げる。
そのボールを日向が胸でポストプレイ。
後方から走り込んだ友坂が、左足で狙いすましたシュートを放った。
“ズドンッ!!”
ボールはゴール左下に突き刺さり、3点目。
「友坂ぁー!!」「やったぞー!!」
チームメイトが駆け寄る。
友坂は拳を軽く握り、空を見上げた。
(やっと、流れを掴めてきたな……)
⸻
後半。
すでに勝負は傾いていたが、翼たちは連携確認を続ける。
松山がオーバーラップを仕掛け、翼からのパスを受けて振り抜く。
“イーグルショット!!”
鋭く弾道を描いたボールは、ミュンヘンGKの手を弾きゴールネットに吸い込まれた。
4点目。
試合終了の笛が鳴る。
スコアは――4-0。
日本、圧勝。
翼は1ゴール2アシスト。
日向は1ゴール1アシスト。
友坂1ゴール。松山1ゴール。
チーム全員が翼のもとに駆け寄った。
「やったぁ!」「いけるぞこのチーム!」「翼ぁー!」
歓声と笑い声がピッチに響く。
その中で、友坂は少しだけ後ろに立ち、仲間たちの姿を眺めた。
「やっと……一勝か。」
呟く声は静かだったが、確かな安堵が混じっていた。
(間に合った。大会には……このチームは、間に合ったんだ。)
夕陽がピッチを赤く染める。
勝利の余韻の中で、風が日本の旗を優しく揺らしていた。
ミュンヘン戦での完勝から数日──
日本Jr.ユースは勢いそのままに、ヨーロッパ遠征の後半戦へと突入していた。
ドイツを離れ、オランダ・アムステルダムでの試合。
相手は堅実なパスサッカーを持ち味とする、アムステルダムJr.ユース。
だが、日本の選手たちはそのテンポを完全に上回っていた。
中盤の要・友坂が、広い視野でボールを散らす。
彼のパスを起点に、翼と日向が攻撃を組み立てていく。
「翼! 前、空いてる!」
「わかってる!」
翼のロングレンジドライブシュートがいきなりネットを揺らすと、試合は一方的な展開となった。
日向のタイガーボレー、松山のヘディングシュート、そして友坂のロングシュート──
それぞれが自分の役割を理解し、チームとして連動していた。
結果は5-0。
オランダの観客からは拍手すら起こる完勝だった。
続くベルギーJr.ユース戦。
フィジカルの強い相手に序盤こそ押し込まれたが、松山を中心とした守備陣が奮闘。
三杉の提案で、松山をDFラインのリーダーとして配置した采配が見事に的中していた。
「松山、右サイド寄せて!」
「了解!」
友坂がラインを押し上げ、全体の距離を調整する。
この“指揮”があったからこそ、日本は全体で戦うチームになっていた。
後半、早田のオーバーラップからのクロスに日向が合わせて先制。
続いて翼のスルーパスから友坂が左足を振り抜き、ネットを突き刺す。
ラストは松山のイーグルショットで3点目。
3-0の快勝。
チームは完全に波に乗っていた。
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そして──フランス、パリ・シャルル・ド・ゴール空港。
冷たい秋風が吹く中、白い飛行機雲が青空を横切る。
新たな戦場に降り立った日本Jr.ユース一行は、少し緊張した面持ちでフランスの地を踏んだ。
「……フランスか。」
日向が肩を回しながら呟く。
「いよいよ本番だな。」
翼はゆっくりと街を見渡した。
「ここが、世界への入口になる……そんな気がするよ。」
友坂はスーツケースを引きながら、周囲を観察していた。
街の空気、人々の声、チームメイトたちの表情──
戦術家らしく、環境すら“情報”として捉えているようだった。
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ホテルに到着後、見上監督がコーチ陣を会議室に集めた。
淡い照明の下、ホワイトボードの前に立った監督は穏やかに言葉を切り出した。
「みんな、お疲れさま。ここまで三勝二敗──まずまずの結果だね。」
「三勝二敗……」と、住友コーチが復唱する。
その声には悔しさではなく、自信があった。
三杉が静かに言葉を添える。
「勝ち越して、このフランス入りです。内容も確実に良くなっていますね。」
見上監督は頷いた。
「三杉くんの提案も大きかった。松山くんをDFに下げたおかげで、ディフェンスラインが安定したよ。」
三杉は軽く微笑んだ。
「ですが、やはり友坂くんが全体を上手くコントロールしてくれているのが大きいですよ。」
監督も同意するように口角を上げた。
「うん、彼のように戦術理解が深く、冷静に全体を見られる選手がいると、監督としては楽ができる。」