副キャプテン 辰馬 作:匿名希望のぽっちゃり
皆様のおかげで少しずつですが改善されています。
日本ユース ― 観戦席にて
試合を終えたばかりの日本代表が、汗を拭きユニフォームを着替えると、チーム全員で観客席へと移動した。
目的は――他国の偵察。
ロッカールームから出ると、会場の熱気はまだ残っている。照り返す午後の日差しがスタンドに差し込み、各国の応援団の声がまだ響いていた。
「岬くん!」
呼び止める声に振り返ると、岬の日本人学校時代の友人・早川あづみが笑顔で手を振っていた。
日本代表チームの応援に来ていてくれたらしく、元気で勝ち気な雰囲気をまとった少女が友人たちと並んでいる。
岬が小さく息を吐いて、「なんか……フランスの姉御って感じだよね」とつぶやいた。
すると隣の石崎がニヤリと笑う。
「知らないだろうけどな、日本の“姉御”は今じゃすっかりお淑やかになったんだぜ。」
「えっ、そうなの?」岬が驚く。
石崎は肩をすくめ、「今じゃ翼とお似合いのカップルってとこだよ」と茶化した。
「ちょ、ちょっと石崎くん!」翼が慌てて否定するが、照れたように頬をかくその姿に、周囲の選手たちはどこか和やかに笑った。
束の間の安らぎ。しかし、グラウンドでは次の戦いが始まろうとしている。
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西ドイツ対カナダ戦
観客席の少し離れた場所。
友坂辰馬、日向小次郎、松山光の三人が並んで腰を下ろしていた。
彼らの視線はすでに次の戦いへと向けられている。
「俺たちには……西ドイツにも借りがあるからな」
日向の声は低く、真っ直ぐだった。
「ああ」松山も短く応じる。
友坂は無言のまま、鋭い眼光でピッチの一点を見つめていた。
その視線の先――西ドイツのエース、カール・ハインツ・シュナイダー。
西ドイツの試合は圧巻だった。
中盤を完全に支配するのは、冷徹な頭脳を持つシェスターと、鋭い読みのカルツ。
彼らが生み出す完璧なリズムの中で、ツートップ――シュナイダーとマーガスが躍動する。
炎をまとうかのような右足が唸りを上げた。
シュナイダーの放ったボールが、空気を裂き、カナダのゴールネットを突き破るように突き刺さる。
歓声が地鳴りのように響き渡る。
実況が叫ぶ。
「シュナイダー、今大会初のハットトリック達成です!!」
スコアは4-0。
西ドイツ、完勝。
観客席では静かな緊張が走った。
日向が拳を握る。
友坂が口を開いた。
「――世界一のストライカーになるためには、避けては通れないぜ、小次郎。」
「……ああ、俺は負けないぜ。」
日向の瞳には闘志が宿り、炎のような決意が宿っていた。
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ウルグアイ対ベルギー戦
翌日も日本チームは観戦を続けていた。
この日はウルグアイ対ベルギー。
会場の空気は一段と熱を帯びている。
突如、ピッチを駆け抜ける黒い影。
「速い……!」と誰かが息をのむ。
それはウルグアイの俊足ストライカー、ビクトリーノだった。
流れるようなドリブルから、一閃のシュート。
まるでスプリントの延長で放たれたかのような蹴りが、GKの手を弾いてゴールネットを揺らす。
スタンドがどよめく。
実況が叫ぶ。
「ビクトリーノ、ゴール!!」
その瞬間、友坂が少し離れた席に視線を向けた。
鋭く新田を見据える。
「新田!」
突然名を呼ばれた新田瞬は驚いたように顔を上げた。
「は、はい!」
「よく見ておけ。お前と似たタイプのFWだ。これから先、世界に出ようと思うなら――必ず比較されるぞ。」
友坂の声は静かだが、芯が通っている。
「ビクトリーノと自分の同じところは?違うところは?何が得意で何が苦手か?自分ならどうするか。常に考えろ。」
新田の目に火が灯った。
「わかりました!」
背筋を伸ばし、視線をピッチに戻す。
その眼差しは、もはや一人前の戦士のものだった。
松山が横でつぶやく。
「ずいぶん言うな……新田は世界に行く選手だと?」
友坂は少し目を細め、スタンド越しに夕陽を見た。
「俺たちは大空翼という男を中心に動くだろう。翼が“世界一”を目指すなら、今のうちに世界に目を向けてもらわないとな。……世界を目指さないなら、それはそれで構わん。」
その言葉には、不思議な静けさがあった。
決して傲慢ではない。だが、確固たる覚悟があった。
松山は唇を噛む。
「ずいぶんあっさり言うな……でも、そうだな。」
彼もまた真剣な眼差しで試合を見つめ直した。
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ピッチ上のビクトリーノは、まるで風のようだった。
縦横無尽にグラウンドを駆け抜け、相手を抜き去るたびにスタンドの空気が揺れる。
スコアは――ウルグアイ3、ベルギー1。
ビクトリーノもハットトリック達成した。
試合終了のホイッスルが鳴る。
「世界には、すげえ選手がゴロゴロいるな……」
日向が低く言った。
「そうだな。」友坂が頷く。
そして、少しだけ笑みを浮かべる。
「だが――今回は戦う機会はないだろう。」
「えっ?」日向が振り向く。
「ウルグアイが勝ち上がっても、次の相手は西ドイツだ。過小評価するつもりはないが……勝つのは、ほぼ間違いなく西ドイツだろう。」
友坂の声に、他の選手たちも静かに頷いた。
皆、同じことを感じていた。
“あのチーム”が立ちはだかる限り、決勝でしか彼らとは戦えない。
――世界の頂をかけた、最後の壁。
その壁を越えるために、彼らはこの瞬間から再び走り出すのだった。
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第四試合 ― フランス vs イングランド
午後の日差しが傾きはじめたスタジアムに、地鳴りのような歓声が響いていた。
大会開催国フランス。ホームの声援が、青いユニフォームの選手たちを包み込む。
トリコロールの旗が波打ち、吹奏楽のファンファーレが鳴り響くたび、観客席は熱狂の渦と化した。
対するはサッカーの母国――イングランド。
白と赤のユニフォームに身を包んだ彼らは、整然と並び入場した。
キャプテンのロブソンは、まるで鉄壁の城壁のような体躯を誇る。
その存在感だけで、相手FWの闘志を削ぐほどだった。
観客席。
日本ユースのメンバーも、その試合を見守っていた。
「辰、お前の目指すイングランドだぞ。」
隣の席で、日向小次郎がからかうように言った。
友坂辰馬は肘をつきながら、口元をわずかにゆがめた。
「別にイングランドを志したわけじゃないよ。俺の“推し”はプレミアリーグだからな。」
「なるほどな……」日向がニヤリと笑う。
若林源三が腕を組みながら、冷静に分析を加えた。
「フランスは“フィールドのアーティスト”ピエール。
イングランドは“欧州No.1ディフェンダー”のロブソン。
両チームの中心は明確だな。」
「ピエールは僕も知ってるよ。すごいテクニシャンだった。」
岬太郎が頷く。その声に、翼も懐かしそうに目を細めた。
「ふむ……」
友坂はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、静かに試合に集中していく。
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キックオフと同時に、スタンドのボルテージが上がる。
開始から動きを見せたのはイングランドだった。
鋭いショートパスとロングフィードを織り交ぜた連携。
チーム全体がひとつの歯車のように噛み合い、フランスの攻撃を封じる。
「コンディションをこの試合に合わせてきたな……」
若林が呟く。
フランスはピエールを中心に華麗なボール捌きを見せる。
ヒールリフト、ルーレット、ノールックパス――まるで舞台上のダンサーのような技術。
しかし、その華麗なテクニックもゴールという結果には繋がらない。
FW陣の決定力が不足していた。
「得点にはならなかったが……ピエール、岬の言う通りすげえテクニックだな。」
松山が感心して言う。
石崎が肩をすくめた。
「まるで小学生の時の三杉を見てるみたいだぜ。」
その言葉に、三杉淳は少しだけ顔を上げた。
自らの心臓の持病――プレイ時間が限られる身体。
それでも、ピエールのような司令塔としてかつて仲間を導いた記憶が、胸をよぎる。
「テクニックはな……」
友坂の静かな声が響いた。
「だが、三杉の方が“統率力”は上だったよ。三杉が司令塔なら、最悪でもシュートは枠内に飛ばせてたさ。」
三杉は小さく微笑んだ。
「……ありがとう。」
その背中に、チームメイトたちも穏やかな眼差しを向ける。
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「軍師の辰馬さんは、試合をどう見てるんですか?」
と、友坂の後輩・沢田タケシが尋ねた。
周囲の視線が一斉に辰馬へ向かう。
彼は少しだけ姿勢を正し、淡々と分析を口にした。
「イングランドは特定の司令塔を置かない。
チーム全体の連携で試合を組み立ててる。
対してフランスはピエールのワンマンチーム。
どちらも決め手に欠けてるが、今のところ優勢はイングランドだな。」
「フランスにはピエールの他に、試合を動かせる選手か、得点力のあるFWが必要だ。
……欲を言えば、守り抜くセンターバックも。」
「ってことは、勝つのはイングランドか?」
石崎が身を乗り出す。
「いや、初戦だからな。全力を出してないか、戦力を隠してる可能性もある。
……もっとも、開催国フランスが“本気を出さずに負ける”なんてのは、許されない話だ。
早くても前半、遅くても後半には……何か動きがあるだろう。」
周囲から「ほぉ〜」という感嘆の声。
選手たちも思わず真剣に試合へと目を戻した。
友坂は心の中で呟く。
(俺の憧れ――プレミアリーグのあるイングランド。
このチームも悪くない。アタッカーは地味だが、組織としてよく出来てる。
……世代別大会ってのは、やはり難しいものだな。)
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前は15分。
サイドを突破したイングランドのミッドフィールダーがクロスを上げる。
中央で待ち構えていたFWが、完璧なタイミングでヘディング――
ボールは一直線にゴールへ吸い込まれた。
「ゴォォォォル!!!」
実況の声が会場を揺らす。
「ずいぶん簡単に点が入ったな……」日向が眉をひそめた。
「GKの反応が悪かったな。開催国のプレッシャーだろう。」若林が淡々と分析する。
「重たいものを背負ってるな……」松山が呟く。
岬が少し心配そうに見つめた。
「ピエール……」
友坂は静かに言った。
「もう一点取られたら、このままフランスは沈む。」
その予感は的中しかけていた。
ピエールが単独突破からシュートを放つが――
ロブソンのブロック。鉄壁の守りに弾かれる。
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サイドラインを越えたボール。
その瞬間、フランスベンチが動いた。
20番の背番号をつけた男が立ち上がる。
浅黒い肌、険しい目つき。
その表情には闘争心が剥き出しだった。
岬が思わず立ち上がる。
「あの男は……!?」
「知ってるのか?」友坂が問う。
「詳しくは知らないけど……ワンプレーだけ見たことがある。
凄まじいシュートを撃ってた。確か、名前は――ナポレオン。」
「ナポレオン……」日向の目が鋭く光った。
ピエールのパスを受けたナポレオンは、ノートラップで踏み込み――
凄まじい回転のかかったボールを叩き込んだ!
ブンッ――と空気を裂く音。
イングランドGKが反応するが、手を弾かれ、ネットが波打つ。
石崎が叫ぶ。
「翼のドライブシュートとは違う回転だったな!」
若林がうなずく。
「胸で正面から受けないと弾かれるタイプだ……難しいシュートだ。」
日向は目を細めた。
(また一人、ライバルが増えたな……)
友坂は唇の端を上げる。
「流れが変わったな。今のイングランドじゃ、ナポレオンは止められまい。」
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前半は1-1で終了。
だが後半、重圧から解き放たれたフランスが本来の輝きを取り戻す。
ピエールの芸術的なパスが、リズムを刻み始めた。
「アーティスト」が「指揮者」へと変貌する瞬間だった。
ナポレオンが抜け出し、渾身のシュートを叩き込む――ゴール!
さらにもう一点。
ピエールのスルーパス、ナポレオンのスプリント。
完璧な呼吸で決まった三点目。
スタジアムが歓喜の大爆発に包まれる。
実況が絶叫した。
「ナポレオン! ハットトリック!! 今大会三人目の達成です!!」
スコア――3-1。
試合終了の笛が鳴る。
友坂は静かに拍手を送った。
「やはり……開催国が簡単に負けるわけがない。」
日向が小さく笑った。
「面白くなってきたじゃねぇか。」
若林は呟く。
「欧州の壁……だが、必ず超えてみせる。」
――スタジアムの歓声の中、
日本の若き戦士たちは、世界の舞台を見据えて立ち尽くしていた。
その瞳には、確かに“未来の戦い”が映っていた。
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大会一日目、わずか数試合で三人ものハットトリック達成者が生まれた。
西ドイツの“若き皇帝”シュナイダー。
ウルグアイの“黒豹”ビクトリーノ。
そして開催国フランスの“核弾頭”ナポレオン。
そのニュースが電光掲示板に並んだ瞬間、観客席にいた翼は、胸の底からこみ上げる喜びに体を震わせていた。
「すごい……!すごいよ……!」
思わず立ち上がり、拳を握る。
世界はこんなにも広くて、強くて、輝いている――。その事実が、翼にとってたまらなく嬉しかった。
隣で友坂辰馬は、呆れ半分、微笑ましさ半分といった顔で翼を見ていた。
(翼は本当にサッカー小僧だなぁ〜。こういう時、こっちまで楽しくなるわ)
試合観戦が終わり、日本チームはそろそろ宿舎に戻ろうかというタイミングで、沢田タケシが遠慮がちに手をあげた。
「辰馬さん……!もし、日本が勝ち上がったら…次、フランスですよね?どうなるんですかね?」
その声に、周囲のメンバーが一斉に友坂へ視線を向ける。
期待と不安と好奇心が入り混じった空気が漂う。
友坂は腕を組み、ゆっくり口を開いた。
「ふむ、フランスへの対処法は3つだな」
「3つ!?」とタケシが目を丸くする。
「ああ。まず一つ目は“司令塔・ピエールを抑えること”。
二つ目は“司令塔ピエールとストライカー・ナポレオンのラインを切ること”。
三つ目は“ストライカー・ナポレオンを潰すこと”だ」
淡々と言う友坂に、なるほどと松山が頷いた。
「確かに、それができれば勝ちは見える気がするな…」
他のメンバーも「うんうん」と納得していく。
だが友坂はさらに続けた。
「まぁ、フランスは地元だからな。応援やジャッジがどこまで試合に影響するか…そこが一番厄介だ」
「やっぱりそこだよな…」と誰かがつぶやく。
友坂は続けて、具体的な配役のように手短に指示を整理した。
「ピエールを押さえるのは俺や翼、それに太郎がいれば問題ない。
ピエールとナポレオンのラインも、こっちの読みで封じ込められる」
そこまで言って、友坂の視線がゆっくりと早田へ移る。
「で、ナポレオンそのものを止めるのは……早田、お前だ」
「俺!?」と目を丸くした早田だったが、すぐにフッと笑みを浮かべ、
「まかせろよ。エース殺しの早田が、バッチリ抑えてみせるぜ」
その言葉に周囲のメンバーも「おおおっ!」と頼もしげに声を上げる。
だが友坂はそこで、ぽつりと蛇足を落とした。
「ただな…ナポレオンは気が強そうだからな。お前も気が強いだろ?試合中に殴り合いにならんように気をつけろよ」
そう言ってスッと席を立ち、自然に翼と岬と並び、穏やかな会話をしながら歩き始める友坂。
……その場に残されたメンバーは、口をぽかんと開けたまま動けなかった。
そして全員、心の中で同じ叫びをあげた。
((((((お前が言うなぁーーーー!!))))))
なぜなら――
つい先日のハンブルグ戦。
試合終了後のあの大乱闘。
火種の中心にいたのが、よりによって友坂辰馬本人だったからである。
((((((お前が言うなぁーーーー!!))))))
その心の叫びは、もはや観客席の隅から隅まで届く勢いだった。
だが、本人はまったく気にしていない様子で、翼達と笑いながら廊下へ消えていった。
――日本代表、初日から濃すぎる。